~学校の事情、俺の事情~
~学校の事情、俺の事情~
目覚ましで起きる。昨日は興奮して眠れなかった。でも、あれでよかったのだろうか。でも、実際過去も似たような感じだったはずだ。過去の俺は確か美穂の勢いに負けて逃げ出したんだ。
そういう意味では近かったのかもしれない。でも、自分の行動なんてそんなに覚えていない。まあ、そこまでこだわらなくてもいいのかもしれない。俺が俺らしく全力で生きていたら同じような行動を取るのだろう。
変わったことさえしなければいいんだ。そう、思っていた。俺は自分の部屋を出た。隣は兄貴の部屋だ。だが、扉は閉まっている。兄貴は俺のあこがれだった。あの事故が起きるまでは。そのせいで俺も攻められる。色んな人からだ。だったら高校は違う学校にすればよかったと言われそうだ。
だが、俺の学力で行ける学校は兄貴が3年前に行っていた学校だ。そして、あの事故があった学校でもある。
「浩二、ご飯できたよ」
一階から母さんが声をかけてくる。家族そろって食事をしていたのは三年前までだ。俺が中学生一年生の時が最後だ。それ以降この家の空気が重い。誰も何も言えないからだ。もちろん俺だって何も言えないし、何もできない。
「今降りるよ」
下におりる。紺のブレザーに辛子色のズボン。この服装ははっきり言ってダサい。でも、女子の制服はかわいいのだ。どうしてこう男女で制服に差があるのだろう。
しかも赤いネクタイときている。なんでこんなにカラフルな色合いにしたのだろう。カバンと共にギターケースも持ち出す。
ギターは俺のすべてだ。そう、俺はギターにしかすがれなかった。それに兄貴が戻ってきてくれるとするならば音楽しかないと思っている。今は引きこもっているけれど、それは何かを待っているだけだ。ただ、何を待っているのか誰も知らない。多分兄貴すらも知らないのかもしれない。
食卓には父さんが座っている。新聞を読みながらテレビを見ている。ご飯に目玉焼き、サラダに味噌汁が並んでいる。後はお弁当のあまりなのか冷凍食品の揚げ物がある。
「今日から高校生か。頑張れよ」
新聞を見ながら父さんがそう言った。
「うん、頑張るよ」
「ギターはまだ続けているのか?」
「うん、結構うまくなったよ。でも、学校では弾けないと思うけど」
「そうだな」
あんなことが学校であったのだ。まだ無理だろう。それに俺があの学校に行くのは罪滅ぼしなのかもしれない。いや、違う。兄貴の友達から言われたんだ。
「お前が変えてくれ。今の流れを。そうでもしなきゃあいつは戻ってこない」
俺にギターを教えてくれたユキトさんにそう言われたんだ。でもユキトさんは大東京に行ってしまった。
大学が東京なのだ。たまにメールをするくらい。東京でまたバンドメンバーを新たに組んでいるらしい。
ただ、兄貴以上のヴォーカルがなかなかいないと言っている。本当なのかどうかわからない。
「そろそろ出かけないといけないんじゃないの?」
向かいの家から「行ってきます」の声がしたからだ。向かいに住んでいるのは各務怜奈だ。もうずっと一緒だ。
幼稚園のころから中学まで一緒。そして、この4月から高校までも一緒なのだ。俺は急いでご飯をかけこみ外に出ていく。
「行ってきます」
そう言葉を残して。
少し前を黒いまっすぐな髪をした女性が歩いている。紺のブレザーにタータンチェックのプリッツスカート。
なんで俺のズボンは辛子色なのに女子のスカートは水色が入っていて、辛子色は入っていない。まあ、このズボンも格子状になっている。それがまだ救いなのかもしれない。でも、女子の制服だけはかわいいのだ。まあ、それも着ているのが各務怜奈でなければなのかもしれない。
「おはよう」
俺は各務に追いついたので挨拶をした。
「おはよう。って、どうしてギターケースを下げているのかしら?」
文字にするとそうでもないのだが、どうしてか上から見下されているように感じる話し方なのだ。
実際顔立ちだけは各務はすごく整っている。ただ、クールなのだ。俺のギターを聞いても「よかったんじゃない」しか言わない。いつか各務を音楽で感動させてやる。俺はそう決めているのだ。まあ、実際あの学園祭の時に涙した各務を見たのだが。
だから、今のこのクールな各務じゃない一面も俺は知っている。だが、それは今の各務には言えないことだ。俺、お前を感動させられたんだぜって言いたくでも言えないのだ。
それに、各務自身も認めないかもしれない。学園祭のライブの後にそのことを聞いたら「忘れなさい」と言われたくらいだしな。
「まさか、学校でそれ弾かないよね」
「学校ではな。でも帰る途中に鉄橋あるだろう。あそこで弾くんだ。家に帰っていたらその分時間がもったいないからな」
高校は運よく徒歩で行ける距離なのだ。というか、徒歩でしか行けない場所というのが正しいのかもしれない。
歩くと35分くらいかかる。だが、ギターを手に持ちながらだと自転車に乗れない。だから歩くしかないのだ。それを言うとなぜか各務も歩くと言い出した。
「ほら、こういう散歩みたいなのって気持ちいいでしょう?」
とか言われたんだ。そうなのか。まあ、確かに桜が咲いているのを見るのは楽しい。ただ、あの鉄橋を歩くのは勇気がいる。
結構車が走ると揺れるのだ。少し離れた所では電車も走っている。よく考えたらこの鉄橋から俺は飛び降りたんだ。そう思うと根性があるのかもしれない。
「あ~、昨日のギターくんだ!」
鉄橋を歩いていたら美穂が声をかけてきた。あれ?今日ってここで美穂と出会うんだっけ?記憶では校門付近で出会ったはずだ。なんでこう変化したんだ。横にいる各務が不審そうに美穂を見ている。
「ギターくん。同じ学校だったんだ。やったね。じゃあ、これで学校でバンド活動できるじゃない。さっそく練習しようよ」
そう言いだした。各務が言う。
「あなた誰?それに私たちと一緒の丸北高校でしょう。なら知らないの?」
「え?知っているよ。丸北高校って有名なミュージシャンいっぱい輩出しているじゃない。ここの文化祭は登竜門だと言われていくくらいだし。だから私受験してきたの。
ほら、あの伝説のロックバンドのガンジェの『散りゆく櫻に夢を見る』とか大好きだし、他にTycoon of Tycoonの『さよならのキスを、思い出に』とか大好きなんですよ。
それに三年前にもいたんでしょ。メジャーデビューするかもと言われたバンドが。そのヴォーカルの住吉って人が最高なんですよ。音源も私手に入れましたよ。
でも、なぜか急きょ解散したって聞いたので残念ですけれど。まあ、それくらいバンドに力を入れている学校だから私は来たんです。だから、一緒にやりましょう!そのギターが泣いていますよ。ね、ね」
古いことはしらない。でも三年前のこといわれると俺はその言葉に何も言えなかった。各務が言う。
「三年前に事故があってね。それ以降バンド活動は中止になっているの」
「でも、事故でしょう。三年も経ったのならもう時効ですよ。関係ないでしょう。
このギターさん。ものすごくうまいんですよ。私の歌と合わせたら天下取れますよ。もうメジャーデビュー間違いなしですね。いいでしょう」
そう言って、美穂は俺の腕を引っ張ってきた。
「悪い」
俺はそうとしか言えなかった。そう言いながらこの話は今日教室でしていたはずだ。そしてその説明をしたのが各務だ。場所が違うだけ。同じ展開になる。そう思った。各務が言う。
「あのね、あなたは知らないかもしれないけれど」
「あなたじゃないです。私は野坂美穂って名前があります。あなたたちの名前を教えてください」
「私は各務怜奈よ。そして、こっちが」
「ああ、住吉浩二だ」
俺はそう言った。各務が言う。
「知らないの?三年前に何があったのか?」
「ええ、知りません。何があったのですか。もう三年も前の事なんてみんな忘れていますよ。
それにそんな昔のことを引きずっていたっていいことなんてありません。
どーんと風穴をあけて新たにバンド活動をはじめればいいんですよ」
美穂はそう言いながら手を合わせて上に突き出している。自ら錐にでもなったつもりなんだろう。こういうオーバーアクションが似合うんだ。体が小さいくせに。各務が言う。
「三年前、すごいバンドが居たわ。Glattonというバンドよ。そのバンドはパフォーマンスがすごかったの。
そのパフォーマンスで騒ぎになりすぎて、不運な事故も重なってバンド活動は一切禁止になったのよ」
各務が俺のことを見ている。そりゃそうだな。全てを各務に語らせるわけにはいかない。それに過去でも俺がちゃんと話している。これは俺が話さないといけないことだ。
「ああ、不運な事故と文字にしたらそれまでだ。文化祭の時、ヴォーカルがパフォーマンスで舞台から飛び降りるというのをやったんだ。
ちゃんとその下に大型のマットを敷いて問題ないようにしていたんだ。だからちゃんと受け身が取れるように背中から落ちて行ったんだ。だが、行き違いがあってマットは片付けられていた。
そのため、大けがを負ったんだ。ヴォーカルは足を怪我した。今でも杖が無きゃ歩くこともできない。だからデビューも断ったのさ。不運な事故。だが、学校側の管理体制に問題があったんじゃないかという話しにもなり、学校側がバンドの活動の無期限停止を宣言した。
それが三年前。そして、その怪我をしたヴォーカルが俺の兄貴だ」
そうだ。あれ以来、兄貴はふさぎ込んでいる。怪我をしたことじゃない。自分のせいでバンド活動が出来なくなった仲間や、こうやってバンドをしたくて学校にくるやつの重みを一身に受けている。
だから、俺もこの学校に行こうって決めたんだ。兄貴だけに背負わせたくなかったから。
「なんで、マットはそこになかったの?」
なんでそんなことを美穂は聞いてくる。そんな質問前はしていない。
「撤去されたんだよ。ちゃんと使用申請も出していたにもかかわらず、情報の行き違いで。しかもその指示をしたのが教師なんだ。
だから学校側の管理体制に問題があったっていう声が出ている。学校は管理体制の強化としてバンド活動を無期限停止と決めたんだ」
俺は言いながら納得できなかった。何も知らない生徒が片付けたのならわかる。だが、片付けたのは許可を受理した教師なんだ。
共有とかそういう問題じゃない。俺はあの事故は本当に事故だったのかを調べたい。それもあってこの学校に来たんだ。でも、過去のあの時ですら原因はわからなかった。美穂が言う。
「なら、そんな危ないパフォーマンスはしませんって言えばいいだけじゃない。大丈夫。道は開けるよ~ねえ、浩二」
おい、いきなり名前で呼ばれるのかよ。あれ?はじめっから名前で呼ばれていたっけ?覚えていない。でも、そうじゃなかったような気がする。各務が言う。
「ねえ、浩ちゃん、この子といつの間に仲良くなったの?」
あれ?珍しい。各務が俺のことを浩ちゃんって呼んでいる。そりゃ幼馴染だから兄貴のことは連一兄さんって呼んで、俺のことは浩ちゃんって呼んでいたけれど、ここ最近はねえ、とかおいとかしか呼ばれていなかったはずだ。まあ、そういう気分なんだろう。
「さあ、昨日鉄橋の下でギター弾いて歌っていたら一緒に歌いに来たんだよ」
なんだかこんな展開は前にはなかった。大丈夫なのだろうか。美穂が言う。
「もうね、運命をビビビって感じちゃったね。私の好きなドリンクを持ってきてくれるしさ。ねえ。浩二。いや、浩ちゃん」
おい。なんで美穂まで俺のことを浩ちゃんって呼ぶんだ。そんな呼び方前もしてないだろう。
「そうなんだ。ねえ、浩ちゃんは私の好きなドリンクは何か知っているの?」
なんだこのノリ。意味わからない。なんだか身の危険を感じた。気が付くともう目の前に校門がある。走って中に入るか。そう思っていたら声をかけられた。
「ちょっとそこの君。それは何?」
そこに立っていたのは背が高く黒いメガネに黒スーツを着た女性。髪は短い。そしていつも威圧的だ。手になぜかでっかいアクリルのものさしを持っている。
「ギターです。ダメですか?」
「名前は?」
すごく高圧的に言われた。
「住吉浩二です。一年生です」
そう言ったら一瞬この教師の顔が険しくなった。
「覚えておけ。私がこの学校の生活指導担当の高坂だ」
高坂先生。その名は俺も忘れませんよ。だって、あんたがあのマットを片付けた人ですからね。兄貴から聞いています。そう、そして事あるごとに俺はあんたと衝突した。
「わかりました」
口には出さなかった。そう、この人とケンカしてもいいことはない。だって、この人がライブをする上で一番の障壁になるのだから。
それに、わからなかったのだ。どうして三年前にマットが片付けられたのかということも。次こそは突き止めてやる。その理由を。