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~出会い~

~出会い~


 気が付いたら空を見ていた。雲が流れている。気持ちいい。遠くに桜が咲いている。おかしい。俺がさっきまでいたのは九月だ。文化祭でライブが終わって、打ち上げをした後だ。そう、あの事故さえなければ幸せだった。光り輝いていた。


 手にはギターがある。俺は好きなアーティストの曲を奏でていたんだ。好きな曲はかなり古い曲だ。Mr.Bigというアーティスト。家にあったそのCDを初めて聞いた時にその響きにはまった。この曲を弾いてみたい。そう話したら、そのCDの持ち主だった父親が賛成してくれた。そのおかげでギターを手にすることができた。


 けれど、弾ける場所が限られている。家では近所迷惑になるという理由で弾かせてもらえない。結構音がするからだ。


 だから鉄橋の下で弾いている。ここだと昼間は鉄道と車のおかげでギターを弾いていても何も言われない。それに川までの間に広場もある。ギターを弾きながら大きな声で歌を歌う事だってできる。アンプにつないでいるわけじゃないからギターはペンペンいっている。でも、十分だ。


 手にギターを持っていたけれど俺は鉄橋の近くの斜面に寝そべっていた。さっきのあのLとかいうガキが言ったことが本当なら俺はもうすぐしたら出会うはずだ。


 俺の世界を変えた野坂美穂に。出会った時に弾いていた曲は覚えている。俺は「To be with you」という曲を弾いた。弾きながら歌った。


 するとどこからか歌声が聞こえる。女性の声。でもすごく透き通る声だ。響くのだ。俺はこの声を少し前まで聞いていた。


 本当なんだ。俺はあのLの言うとおり戻ってきたんだ。ライブの後に抱きついたように今すぐ抱きしめたくなった。


 落ち着け。そんなことをしたらおかしい人だと思って去っていく。いや、野坂美穂ならそんなことはないかもしれない。だって、俺があれだけ嫌がっていたにも関わらずずっとしつこく勧誘をしてきたんだから。


 俺は思い返していた。俺と野坂美穂との出会いを。忠実に再現しないといけない。もう一度あのライブをするのだから。歌い終わったら声をかけられる。そう、俺はもう一度野坂美穂と会えること、話せることがうれしかったのだ。思わず泣きそうになる。


 でも、思った。もう一度「あの場所」に立てるのだ。いいだろう。ちょっとくらい楽しんだって。それくらい許してくれてもいいじゃないか。もう少しでこの曲も終わってしまう。あの時のライブを思い出す。


 練習した時も、うまく行かなかった時、笑いあった時。泣きそうだ。まあ、この曲の歌詞が今の気持ちにあっているのかなんて言われたらわからない。



I'm the one who wants to be with you

Deep inside I hope you feel it too

Waited on a line of greens and blues

Just to be the next to be with you


 別に野坂美穂が失恋をしたわけじゃない。でも、俺は「ただ君の横で 一緒にいたいだけなんだよ」ってことだ。


 俺の歌に野坂美穂がハモってくる。この曲はヴォーカルとメンバーで歌う場所が違うのだ。俺はヴォーカルじゃない。ギタリストだ。だからさっきの所を歌っていた。でも、もう曲が終わってしまった。あの声が聞けない。


「良い曲だよね」


 そこには背が低く、ウェーブのかかった少し茶色で、でも肩までの長さをした、細く、それこそ触ったら折れてしまいそうなくらいの身体をした女の子が立っていた。


 目が大きく、そしてその目は輝いている。何か宝物でも発見したみたいだ。宝物は野坂美穂の方だ。俺は自分の目が同じように輝いているのではと焦った。いや、今すぐライブの後のように野坂美穂を抱きしめたくなった。でも、そんなことはできない。


 そう言えば、この時の野坂美穂は私服だったんだ。ピンクのパーカーにクリーム色のキュロットスカート。そこから見える足がまた白い。よく考えたらどうしてこんなに肌が白いのだろう。


 まあ、俺は橋の下でギターを弾きながら歌っている。だから日焼けもしている。そして、この辺りの雑草も邪魔になるから定期的に刈り取っている。というか、そういうボランティアに勝手に入れられたんだ。


 父親のせいだ。元々この場所で歌ったらと言ってきたのは父親だった。場所を知った理由は町内会の良くわからない当番らしい。なので、定期的に休みの日に朝から草刈りをして、この川付近のゴミを回収するのだ。


 まあ、ギター購入の代金みたいなものだと言われたら返す言葉がなかった。だから、この場所は俺にとってなじみのある場所だ。そして、これからしばらく野坂美穂と一緒に練習する場所でもある。そう、思い出の場所。俺が飛び降りた場所。


「ああ、いいよな。Mr.Big」


 Mr.Bigはアメリカのハードロックバンドだ。1989年にデビューをしたらしい。もちろん俺は生まれていない。じゃあ、どうして知っているかというと俺の父親が好きだったのだ。


 今もそうだが父親の部屋ってどうしてかこっそり入りたくなるのだ。入るなと言われたら余計に入りたくなる。


 当時、兄貴と一緒に忍び込んだのだ。そこで手にしたCDがこのMr.Bigだった。兄貴と嵌って一緒に歌っていた。ギターを弾きたいと思ったのもこの時期だ。


 兄貴はヴォーカルだった。でも、あの事があってから兄貴はもう歌うことを諦めた。


「もう、パフォーマンスもできないからな」


 残念な事故だった。だが、それ以降兄貴は部屋に閉じこもっている。だからこそ余計に俺は家で音楽の話しができなくなった。気が付けば俺は学校が終わってからずっとこの鉄橋の下にいる。そして、ギターを弾きながら歌っているのだ。


 それだけがすべてだった。その世界を変えたのがそう野坂美穂だ。


「うん、でもギターうまいよね!」


 野坂美穂がものすごいテンションで話しかけてくる。すでにぴょんぴょんはねながら斜面を降りてきて俺の横に近づいてくる。もう少し離れたら階段があって降りやすいのだ。だが、すぐにでも近くに来たかったのか野坂美穂は降りてきた。そしてこける。


「大丈夫か?」


 俺は手を差し出す。柔らかい手。小さい手。この手にどれだけ救われたことだろうか。野坂美穂がいなかったら何も変えられなかった。うまくしないといけない。もう一度やり直すんだ。ただ、結末だけを変える。案なんてない。でも、大丈夫だ。なんとかなる。俺はそう思っていた。


「うん、平気。平気」


 俺は野坂美穂を引き上げた。野坂美穂が言う。


「ねえ、一緒にバンドやろうよ。私夢なんだ。バンド組んでライブするの。ねえ、いいでしょう」


 いいと言いたかった。だが、この時の俺はいきなり現れた野坂美穂を邪険に扱ったはずだ。それに、俺がこれから通う高校はいや、野坂もなのだがこの高校は―まだ、この時は一緒の高校だという事も知らないのだが―バンド活動が禁止されている。


 少し前に起きた事故のせいでだ。だから俺はこう言ったはずだ。


「ダメなんだよ。俺はバンドはできないんだ」


 そう言ったはずだ。でも、顔がわらってしまいそうだ。だって、俺は野坂美穂とバンドを組んでライブがしたいからだ。ただ、変わったことをしてしまったら未来が変わってしまう。


「どうして?そんなにギターうまいのに。いいじゃん。バンド組もうよ」


 そう言って腕を引っ張ってくる。


「なら、お前は何の楽器ができるの?」


 確か俺はこう聞いたはずだ。いや、この会話はもう少し先だったかもしれない。うまく思い出せないんだ。話した内容の一言一句覚えているやつがいたら会ってみたいくらいだ。


 それに、俺には思い出す時間すらなかった。こんなことならもう少しだけ前に戻してもらえたらよかった。実際、過去に戻れるなんて思ってもみなかったからそこまで頭が回らなかったんだ。


「私はこれだよ」


 そう言って野坂美穂が歌い出した。透き通る声。まるでその声は風になってどこかに連れて言ってくれるようだ。実際俺はこの声に惹かれたんだ。それは認める。そう、この時にそう思ったのも事実だ。


「いい声だな」


 つい声に出てしまった。やばい。この時俺は頑張ってこの野坂美穂を拒絶していたんだ。


「でしょ、でしょ。私ね、歌声には自信あるんだ。ボイトレもしているしね。それに、色んな歌も歌えるようにしているんだ。でも、一番好きなアーティストはMr.Bigなんだ。ねえ、他に弾ける曲あるの。一緒に歌おうよ」


 こんな展開はなかった。いや、近いのはあった。だが、それは学校で再会をして、バンドを組むという話しになりかけた時だ。今日ではない。どうする。どうした方がいいんだ。


「もう結構歌ったから今日はいいよ」


 苦し紛れだ。こんな言い方で野坂美穂が納得するわけがない。野坂美穂が言う。


「まあ、歌いすぎて喉やられたらバンドもできないしね。じゃあ、ギターだけでも弾いてよ。何が弾けるの?」


 ほら、結局そうなる。だが、ここで曲を弾くとその後がどうなるのかわからない。できるだけ軌道修正をしなければ。


「ちょっと喉が渇いたから」


「あそこに自動販売機があるよ。買ってこようか?」


 失敗した。仕方がない。自分で買ってくるか。


「いいよ。自分で買ってくる」


 そう言って立ち上がって橋脚の上にある自動販売機に向かう。ここで何度二人分を買ったことか。野坂美穂はいつもチェリオのグレープだ。俺はメロン味をいつも買っている。


 二本買って降りていく。そこには俺のギターをぶら下げている野坂美穂がいた。むちゃくちゃかわいい。やばい、やっぱり俺は野坂美穂が好きだ。


 そう言えば、いつから意識をしたんだったんだ。もう思い出せない。でも、好きという気持ちってそんなはっきりしたものでもない。そう思っている。


「ほら、飲むだろう?」


 いつも渡しているようにチェリオのグレープを渡した。野坂美穂はその大きな目を更に大きくして目の前にあるチェリオのグレープを見ている。俺はチェリオのメロンを開けて飲み出す。このシュワーってするのがいいんだ。よく考えたらこの色も味も不思議なものだ。野坂美穂が言う。


「ねえ、どうしてこれ買ったの?」


「どうしてって、そりゃ、」


 危ない。もう少しで「お前それ好きだろう」って言いそうになった。というか、野坂美穂がチェリオのグレープ以外を飲んでいるのを見たことがない。だが、それを今の俺は知らないはずだ。


「たまたま目についたからだよ。嫌いか?」


 こんなことで誤魔化せただろうか。野坂美穂が言う。


「私これ大好きなんだよね。ねえ、私たち相性絶対いいよ。だからさ、絶対バンド組もうよ。ねえ、名前教えて。どこに住んでいるの?年齢は?学校はどこ?私は野坂美穂。美穂って呼んで」


 おかしい。こんな展開じゃなかったはずだ。俺が美穂って呼ぶのはもっと後だ。そう、呼んでって言われたのもだ。


 だが、美穂の目はキラキラしている。そんな目で見られたら、拒絶なんてできないだろう。受け止めたくなる。


 抱きしめたくなる。でも、そうしたらどういう未来になるんだよ。俺はもう一度美穂と一緒にいたいんだ。そして、絶対に美穂を助けるんだ。そう決めた。決めたんだ。だからあの瞬間までできるだけ過去をなぞりたいんだ。


 俺はそこまで頭が良くない。そんな計算なんてできない。気が付いたらギターを抱えて走り出していた。叫んでいた。


 ただ、走りながら見えた夕日はキレイだった。そして、気が付いたら笑っていた。もう一度美穂のこと好きになれるんだ。


 そして、もう一度ライブができるんだ。あの場所にもう一度立てる。美穂と一緒に。


「やったー」


 気が付いたら俺はそう叫んでいた。でも、その道はそんなに簡単なことではなかったんだ。




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