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~風が変わる~

~風が変わる~


 生徒指導室で俺たち四人は盛大に怒られている。怒られることは何度も前の世界で経験している。前の世界で高坂先生に怒られた事で一番は勝手に俺たちが校内で練習をしていたからだ。


 だが、今回の世界ではゲリラ的に構内で練習をしていない。


 理由は校長から「正しい手順で正しい方法で進めること」と言われたからだ。各務から絶対にゲリラ的なことをしないように言われている。


 そう、正しくないことをしてしまったら校長に停止を通告されるかもしれないからだ。他の教師ならまだ何とでもなる。


 でも、校長がダメと言ったことを誰も撤回なんてできない。だから守り通さないといけない。そう言われたからだ。


 各務の言ったことがわかるから俺たちは学校内でゲリラ的に練習をしていない。まあ、実際使われていなかったドラムセットを引っ張り出してはいるが、これは各務が済堂先生に話して承諾を得てくれたのだ。


「使われていないものを有効活用する。それは学校が掲げている内容に即していると思うのですが、使ってもいいでしょうか?」


 各務がこう話したのだ。それに対して済堂先生は「その方針は教師の中で決めたものです。学校の総意でもあるので問題ありません」と言ったのだ。


 そう、吉良にドラムセットを見せた時に各務がそう切り出したのだ。本当に各務には頭が上がらない。こういう機転がきく所が怖いと思う時もある。


 だからこそ、今高坂先生から怒られているのは前の世界ではなかったイベントだ。だが、社会実習については、言われたことがあるのだ。そう、何度かゲリラ的に練習をした後に言われたのだ。


 そう、今回の世界ではゲリラ的に校内で迷惑をかけていなかったから怒られるというイベントが発生していなかったのだ。


 その帳尻合わせなのだろうかと俺は思った。でも、何の帳尻を合わせるというのだ。わからない。それに、あの社会実習に何の意味があるのかも。


 ただ、俺的にはこの後の展開がいつ来るのかも待っていた。そう、前の世界ではたまたま学校に来ていたハルキさんが助け船を出してくれたのだ。だが、ハルキさんが出てくる気配がない。


「今後、校外で勝手な迷惑行為や、ルール違反をした場合は、即刻校長先生に申し入れします。正しくない方法をあなたたちが取ったということで処罰を申し入れます。わかりましたね」


 俺たちは承諾する以外何もできなかった。そして、社会実習についてが後日詳細が伝えられるということだった。


 生徒指導室を出て美穂がこう言った。


「私たちそんなに迷惑かけたのかな?音楽が迷惑をかけているなんて思えない」


 美穂は納得をしていない。だが、生徒指導室を出た俺たちの前に暗く俯いた各務が居たことで俺は美穂のその言葉に返事をするより各務に声をかける方を選んだ。


「気にするなよ。高坂先生に怒られることなんて慣れていることだよ」


 そう言いながら、そう言えば今回の世界ではゲリラ的に練習をしていなかったから、頻繁に呼び出されるという事はなかったことを思い出した。各務が言う。


「怒られるなら私もその場にいるべきなのに、ゴメン」


 だが、その言葉に誰よりも先に答えたのは美穂だった。


「各務さん、気にしないで。だって、軽音部として部員申請しているのはこの四人なんだもの。だからこの四人が呼び出されたんだよ。怒られなかったんだからラッキーって思えばいいじゃん」


 各務の性格を俺は知っている。ここでラッキーなんて思えるようなヤツじゃない。自分にも責任があるのに、自分だけが怒られていないことに納得できるヤツじゃないのだ。各務が言う。


「ならば私も関係者になる。私も軽音部に入る。それなら問題ないでしょう」


 びっくりした。あれだけ何があっても軽音部に入らないと言っていたのに、各務がそう言ったのだ。


「いいのか?だってコンクールがあるだろう」


 俺は知っている。各務は本気でピアノをやっている。そんな各務に無理はさせられない。各務は一瞬美穂を見てから俺を見てこう言った。


「大丈夫。私はやりたいことは全部やるの。やらないで後悔なんてしたくないから」


 各務はいつだってやりたいことをやる。しかもそれが全力なのだ。手を抜くという事が出来ないんだ。


「じゃあ、今日各務ん家に行くわ。俺からも説明するから。一人じゃきついだろう」


 各務のこの性格は各務の母親の影響だ。強烈なんだ。こんなことが起きるなんて思っていなかった。でも、各務がメンバーになってくれたら安心できる。


「なら、私も行く。皆は?」


 そう言って美穂が周りを見る。美穂はまだ軽く考えている。俺はライブを行うことのラスボスが高坂先生だと思っていたけれど、各務の母親を説得するとなると、こっちの方がラスボス感がある。だが、各務はこう言ってきた。


「大丈夫、私が決めたこと。だから私が説得をする。学力も落とさない、ピアノのコンクールにも出て絶対入賞する。そして、バンド活動もする。大丈夫。私ならできる。きっとできる」


 最後のは自分に言い聞かせているみたいだった。だが、ここから数日本当に各務は憔悴しているのがわかった。


 そして、家が近所だからわかる。各務のピアノの音が荒れているのだ。まるで嵐のようなたたき方だ。ものすごい速さで弾いている。技術うんうんじゃない。怒りがそこにぶつけられているのがわかる。


 だが、徐々に日が経つにつれてピアノが落ち着いてきたのがわかる。そして、今日の夜のピアノは本当にやさしい音になった。


 多分話し合いが終わったのがわかる。俺は何もできなかった。何をどう話し合ったのかはわからない。


 翌朝。


「おはよう」


 俺はいつものように先に前歩いている各務に声をかける。立ち止まってこっちを見る各務の表情は眩しいくらいに晴れやかで輝いていた。


 もう六月。雨が降り出している。俺は黒い無難な傘をさしている。そして各務は赤い傘だ。ほっそりとしたその傘は各務らしいと思った。すらっとした各務に良く似合っていた。そう、まるでどこかの雑誌から出てきたように様になっているのだ。


 しばらく歩くと鉄橋につく。そこにビニール傘をさしている美穂がいる。美穂はこういう小物にあまり力を入れていない。


 そしてそこに吉良と百瀬も加わる。吉良は黄色い傘をさしている。そして傘だけじゃなくレインコートも着ている。


 背が低いから本当に子供に見えるのだ。百瀬は俺と似たような黒い傘だ。ただ、違うのかやたらとでかいのだ。体もでかいから傘もでかくしたのだろうか。皆が集まって学校に向かう。


 ここ最近は練習もろくにできていない。雨の中清掃活動として町のあちこちを掃除させられている。唯一美穂だけが鼻歌を歌っている。フラストレーションがたまる。清掃活動の後、鉄橋の下で少しだけ練習をする。


 俺がギターを弾き、百瀬がベースを弾く。アンプをつないでいないからペンペンって感じの音だ。だが、それでもまだましだ。ドラムは持ってこられないから、空き缶をドラムに見立てて吉良がたたいている。それに合わせて美穂が歌う。


「感じでないよな」


 百瀬がそう言う。それは俺も同感だ。前の世界ではこんなことはなかった。怒られながらも学校のあちこちで練習をしていたからだ。


 だが、今回はそんなことをしたら同好会どころか本当に揉み消されてしまう。それくらい高坂先生は俺たちに目を光らせている。ストーカーなんじゃないのかと思う時だってある。集まって話しているだけなのに、よく遭遇するからだ。


 そんな中、各務が口を開いた。


「ようやくお母さんを説得できた。だから私も入部届出せる。これで五人そろったから後は顧問を決めれば部になるね。誰か候補いるかな?」


 そう各務が言ってきた。候補はいる。というか、前の世界で交渉をして担任の済堂先生にお願いをしたのだ。すでに二つ部の顧問をしているのだが、各務がある程度事務をするという事で納得をしてもらったのだ。その時俺は気が付いた。済堂先生が承諾した時にこう言ったのだ。


「委員長である各務さんが部外者という立場で監視してくれるのなら問題ありませんね。では、お任せします」


 今回各務は部外者ではない。この条件で済堂先生が引き受けてくれるのか。答えは絶対にNOだ。ということは、顧問を捜さないといけない。各務が言う。


「実は部活動の顧問を受け持っていない人が一人だけいるんだけれどね、その人に交渉するか悩んでいるの」


 俺はそんな先生がいるなんて知らなかった。前の世界で知っている先生に片っ端から声をかけたのだ。いや、一人だけ声をかけなかった先生はいる。当たり前だが高坂先生だ。あれだけ俺たちのことを嫌っているのだ。


 それにバンドを憎いんでいる。俺なんて目の敵にされていつも些細なことで怒られている。だが、各務が言った言葉は俺の予想と違った。


「高坂先生。あの人部活動を受け持っていないの。色々あると思うけれどどうかな?」


 俺は美穂、吉良、百瀬を見た。俺たち4人は目の敵にされて嫌悪感しかない。


「そりゃ、ないな」


「無理」


「ほかに受けてくれそうな人を捜そう。それが絶対いい」


 三人ともそう答えた。各務が言う。


「私はそう思ったんだ。けれど、高坂先生ってちょっとおかしくない。どうしてあそこまでバンドを毛嫌いするのか。不思議なの。それにハルキさんは高坂先生のことを良く知っているみたいだし。だから可能性あるんじゃないかなって」


「ない」


 吉良が即答した。


「というかムリ」


 まあ、そうだな。あれだけ毎日怒られたらやってられない。しかも、確実に俺らが悪くない場合でも俺らが怒られる。


 そして、悪くないことがわかってもフォローがない。最低だ。しかも、ここ最近社会実習として一緒に行動をしている。少しもサボることを許されない。


 だが、各務は押し切って高坂先生に交渉に行った。そして、俺たちの予想と違い高坂先生が顧問を引き受けたのだ。こっそり俺は済堂先生に相談したが、俺の予想通りあっさり断られた。


 ただ、部になったことで構内で練習ができるようになったのは大きい。そしてもう一つ。各務がメンバーになったことで構内の雰囲気も変わったんだ。


「各務さんもバンドやるんだ。ちょっと気になる。どんなのやるの」


 そういう風に声をかけてくる女子が増えた。それにつられて男子もやってくる。百瀬を怖がっていた奴らも次第になれてきたのだろう。百瀬に話しかける奴も増えた。まあ、百瀬自体はわかりやすいくらい吉良とそれ以外で対応が違う。まあ、そっけないのだけれど、吉良の時だけぎこちないのだ。


 昼休みにロックが校内放送で流れることも増えた。練習もうまく行っている。各務が俺らの音を一つにまとめてくれているのだ。こういうまとめ役がいるだけで全然違う。確実に俺たちにいい風が吹いてきている。


 そして、もうすぐ梅雨が明ける。梅雨が明けると夏フェスがあるのだ。ハルキさんが学校に夏フェスの手伝いのため学生を何名か貸してほしいと言ってくるのだ。それに俺たちが選ばれる。ハルキさんが俺たちを指名するからだ。


 だが、俺はまだ甘えていた。確実に俺たちに風が吹いていると思っていたから、小さな問題に目が行っていなかったんだ。


 一つは軽音部、バンドを嫌っている風紀委員の上里さんの存在だ。そして、もう一つ。この部の顧問が済堂先生ではなく、バンドを嫌っている高坂先生だということだ。


 前の世界ではこの手伝いに顧問は監督として参加してくれた。だから実現できたのだ。だが、高坂先生は用事があるため監督できない、だから俺たちの参加は認められないと言ったのだ。


 この夏フェスは一つのキッカケなんだ。絶対にはずせないイベントだ。俺はそれがわかっている。

 だから、俺はこうみんなに言ったんだ。


「せっかく俺たちの町で夏フェスをするんだ。俺は絶対にこのイベントに何らかの形でかかわりたい。だから、バイトとしてもぐりこもうと思うがどうかな?」


 校則にはバイト禁止の項目はある。だが、実際美穂はハルキさんの所でバイトをしている。百瀬も実はこっそりバイトをしているのを知っている。この二人は乗ってくると思った。


「それはダメだよ」


 各務は否定をしてきた。だが、俺の意思はかわらない。


「そこまで言うのだから何かあるのね。なら、参加する。私は浩二のその得体のしれない勘を信じる」


 吉良がそう言った。「ああ、俺は参加するぜ」百瀬もそれについて話す。


「もちろん、私も参加するよ。だってフェスって祭りでしょ。盛り上がるじゃない。それに参加しない手はないもの。でも、バイトって今からでも申し込めるのかな?」


 俺はハルキさんに言えばなんとかなると思っていたし、実際人では足りないので当日の弁当だけで働くことで承諾も得た。まあ、ボランティアみたいなものだ。


 実際学校に来た話しもお弁当とドリンクだけで働くのだ。学校を通して行うか、行わないかの違いだ。各務が言う。


「私は行かないからね。でも、浩ちゃんのことを止めもしない。だって、そんな表情をしている時の浩ちゃんは絶対に止まらないんだもの。意味のないことはしないの。でも、約束して。絶対にトラブルを起こさない。目立つ行動をしないと」


「わかっているって」


 そう、ここで目立つ行動をするわけじゃない。それに俺は兄貴のいや兄貴のバンドの「Glatton」のおかげでこの苗字は一部では有名なんだ。目立つ行動は避けないといけない。


 ただ、この夏フェスで、ユキトさんが来るのだ。それに、あの人も来る。前の世界では聞けなかった兄貴のことを聞きだすチャンスなんだ。


 それと、もう一つ。この夏フェスにはあの時兄貴を誘ったプロダクションの人も来る。一体何があったのか。兄貴が語ってくれない話しを聞きたい。その人に近づくにはスタッフでないといけないのだ。


 前の世界ではうまくできなかった。けれど、今度の世界ではチャンスを逃さない。俺は兄貴のこともどうにかしたいって思っていたんだ。


 けれど、それがまさかあんなことを知ることになるなんて思ってもみなかった。ユキトさんが言っていた「色々なんだよ。ただ、付いていなかっただけ。誰も悪くないのに連一はすべてを背負ってしまった」という言葉の意味と、ハルキさんの言っていた、「まあ、アイツはちょっと特殊なんだ。許してやれ」意味を知ってしまったんだ。ただ、なぜ兄貴が怪我をしないと行けなかったのかだけはわからなかった。


 このもやもやを連れてきた夏フェス。そのすべての元凶だ。そして、最悪も連れてきたのだ。それも予想もしてない出来事が起きたのだ。





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