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第八章 起源

 栖鳳楼(せいほうろう)家を出たのは一〇時半、当然、辺りは漆黒で、しかも見上げれば雲の色が見て取れる。一面、雲に覆われて、雨が降り出してもおかしくない。

 海原(あまはら)までは、車で落葉(おちは)に送ってもらうことになった。といっても、行くのは海原の入口まで。そこから先は、夏弥(かや)とローズだけで歩いていく。

 最初に落葉が申し出たときは勝負の行く末を見守ろうとしていたが、それをローズが拒絶した。曰く、「他人を庇いながら戦うことはできない」と。

 楽園(エデン)争奪戦、最終決戦。その相手は咲崎薬祇(さきざきくすりぎ)と、彼の式神であるマツキ。彼らは八年前の楽園(エデン)争奪戦でも決勝まで残り、そして雪火玄果(ゆきびげんか)に敗北した。しかし、いやだからこそ、彼らは強力な相手だ。加えて、咲崎は神隠しによって多くの魔力を蓄えている。ローズでさえ、マツキとの戦いですでに敗北している。

 彼らを知るローズは、だからこそ、落葉や潤々(うるる)が近くにいることを拒んだ。もはや、戦場にいられるのは決闘者のみ。それ以外は、近づくことさえ許されない。

 ローズの辛辣な拒絶に、落葉も潤々も重々と承諾した。彼女たちとしても、栖鳳楼の安否は知っておきたかったのだろう。しかし、足手まといになるくらいならと、身を引くことに了解した。

 それでも、途中までは車で送ってもらうことになったのは、海原まで電車やバスなどの公共機関が通っていないからだ。

 海原が消えた災厄から、八年。それだけ経過しても、まだ海原の復興の目途は立っていない。もう瓦礫は取り除かれ、一面にコンクリートが敷かれていても、そこから先の町の構想が何一つないのだ。あるいは、そんな計画が立ったところで、もう誰もあの場所に近寄らないからかもしれない。

 周囲の住人なら、きっと誰もが知っている。――あそこはダメだ、と。

 何故――?と問われても、誰も答えられない。ただなんとなく、それ以上の解は出せない。

 感覚が、あるいは本能が、()っている。

 ダメだ、あの場所に行くなんてとんでもない、近づくことさえできない、考えただけでも苦痛、名前を出しただけであらゆるものが逆流する…………。

 それが海原という、そう呼ばれていた、場所。その地に、夏弥たちは向かう。確かに、そこならどんな邪魔も入らないだろう。もともと誰もいないし、誰も近づこうとしないのだから。きっと、深夜を待つことなく、あそこは一つの異界だ。

 それでも、夏弥は咲崎の指定した時間を守る。その時間に、確かに咲崎がいるということもある。それとは別に、夏弥たちにも準備が必要だった。夏弥、というよりも、ローズのほうにだが。

 ローズはマツキとの戦闘による負傷で、万全ではない。見た目は何ともなくても、それは彼女が式神だからで、実際にはそれなりのダメージが残っている。食事で補えるものも、高が知れている。

 そこで時間いっぱいまで、ローズのコンディションを調整していた。といっても、夏弥は何もしていない。そこは血族(けつぞく)(おさ)、人手不足といえど、栖鳳楼を救出するためならと、手を貸してくれた。

 ローズの修復と魔力の補給が行われている間、夏弥も体調を整えておくようにと休息を勧められたが、結局夏弥は横にならなかった。一時間くらいしか寝ていないにもかかわらず、夏弥はちっとも眠くなかった。だから、夏弥は一旦雪火家に戻り、自身の武器を回収し、その後は落葉に頼んで剣の指導をしてもらった。

 初めて落葉と手合わせしたが、確かに、落葉は強い。栖鳳楼のような強引さはなく、どちらかと言えば美琴(みこと)に近いかもしれない。もっとも、夏弥は美琴と最後まで試合をしたことがないので、優劣はおろか、剣筋の違いさえもわからない。

 それでも、夏弥は落葉を強いと思った。そして、教え方も的確だ。どこが夏弥の弱いところで、敵の動きにどう自分の動きをもっていくか、自分の動きにどう相手を誘い込むか。延々延々、六時間くらい、指導してもらった。

 それで疲れ切るということはなく、むしろいいウォーミングアップになったくらい。美術部員の夏弥がこんなふうに感じるなんて変な気もするが、それが夏弥の確かな感覚。

 落葉との手合わせが終わると、入浴と食事を済ませて、今度は自身の武器で素振り。夏弥の武器は剣の形をした巨大な鉄板。刃がない剣なのだから、そう表現するしかない。そしてそれは竹刀よりもずっと大きいから、その感触を忘れないようにと、夏弥は素振りをした。

 だが、忘れるなんて、あるはずがなかった。それは、夏弥が創った武器。夏弥の想いを反映した、夏弥の延長線上にあるモノ。だから、その行為は一つの儀式。自身はこれより戦場に臨むのだと、それを意識し、自覚するための精神集中。

 夏弥も、ローズも、ともに戦闘準備は整った。あとは戦地へ赴き、互いの敵と対峙するのみ。

 ――そう。

 互いの、敵――。

 それはもう、決まっている。

 ローズは、きっと八年前のことを思い起こしているに違いない。一方の夏弥は、相手のことなんてまるで知らない。こればかりは、ローズに訊いても仕方がない。だから夏弥は、自身の戦いのイメージだけをもつことに集中する。

 栖鳳楼家を出発してから、三〇分ほど。外を走る車の姿なんて最初からなかったが、もはや周囲には人の営みが感じられない。まだ海原に到達したわけではないが、近づくにつれ、空き地ばかりが目に入る。うねうねと山道を走るが、この暗い中でもわかるほど、木々から生気が失せていく。徐々に開けていくように、進むほどに、森という存在が希薄になっていく。

「ここを抜けたら……」

 唐突に、運転席の落葉が口を開く。夏弥は顔を上げ、バックミラーを通して落葉の目を見る。

「開けた場所に出るから。そしたら、道がなくなったところで、夏弥くんたちを降ろすね」

「……はい」

 落葉は苦笑する。

「ごめんね。窮屈な思い、させちゃってたよね」

「いえ、そんな……」

 反射的に言葉を紡ぎかけたが、そう否定することになんの意味があるのかわからず、夏弥は一度言葉を止める。そして、改めてその続きを口にする。

「わかっている、つもりです。栖鳳楼は大切な役目を負っているから。それに、だから落葉さんも、人の目のあるところでは、栖鳳楼の代わりをやらなきゃいけないだって」

 栖鳳楼家の中では改まった言葉遣いをしていた落葉も、今は夏弥の知っている通りの態度。赤の他人ではなく、もうずっと前から知っていたような、そんな近さ。

 それを、夏弥は十分承知している。だから夏弥は、それを否定せず、ただ頷く。

 落葉はミラー越しに夏弥を一瞥(いちべつ)してから、視線を前方へと戻す。

「――(あや)には、今まで色々言ってきたけど」

 前を向いたまま、落葉は口を開く。

「実際にこういう立場に立つのは、初めてだから、勝手がわからなくて。自分でも、力を入れ過ぎている気もするけれど」

 今まで黙っていた潤々が落葉のほうへと振り向く。

「今が大切なときだから、辛いかもしれないけど、もう少しこのままでお願いするね」

 言葉こそ優しくても、潤々の言葉は的確で適切。千年も栖鳳楼家を支えてきた式神は、その現実を口にする。

 あ、と潤々は慌てるように付け加える。

「もちろん、今は力抜いていいから。栖鳳楼家や四家(しけ)にここまで見張りを準備している人は、誰もいないよ」

 夏弥の目には、そのやり取りは自然のもののように思えた。一方で、落葉の内心は少し揺れる。

 潤々は式神。どんなに人間らしく見えても、どんなに人間らしく振る舞っても、その根幹は厳格で、妥協の余地などない。栖鳳楼家に関わることなら、どんな甘えも許さない。いや、そもそも甘えとか、そういう考えがない。

 罪人は処断する。それを担うのが、血族の長。当主は、その責任を負わなければならない。どんなことがあっても、敗北は許されない。

 そうであったはずの彼女が……。

 ありがとう、と落葉は潤々に笑いかけ、再び前を見る。

「確かに、今が大切なときね。――夏弥くんにはその役目を押しつけちゃって、本当に申し訳ないけど」

 一瞬、言葉に詰まる。

 落葉にだって、今のこの状況は十分に予知できていた。夏弥が栖鳳楼家に泊まり込みで特訓をしていたときに出会ったが、そのときすでに、栖鳳楼礼は神託者(しんたくしゃ)ではなくなっていた。そして、栖鳳楼の刻印を引き継いだのが夏弥であるということも、落葉は知っている。

 例え、魔術師として家を引き継ぐことはなくっても、同じ家に暮らし、当主の栖鳳楼礼とは近いところにいたのだ。落葉には、諸々(もろもろ)の状況も事情も、十分すぎるくらいわかっている。

 あの頃、自分は夏弥にどう接していたのか。そんな自分が、いま夏弥に何を言おうとしているのか。残酷すぎて、情けなくて、けれど栖鳳楼家を預かる身として、栖鳳楼礼の姉として、彼女はようやく、それを口にする。

「――礼を、助けてね」

 抑えつけたつもりでも、その声は微かに震えていた。呼吸の乱れを感じて、落葉は急いで口を閉じ、そのまま見えないように唇に歯を立てる。

 自分はいま、笑えているだろうか。それを確認することもできず、落葉は運転に集中しようと、意識を前方へと向ける。

 と。

「もちろんです――」

 そんな、静かではっきりとした返答。たったそれだけで、落葉の心は決壊寸前だった。

 目の前が霞んでしまわないように、込み上げてくるものを抑えつけるのに、落葉は必死だった。


 道は、忽然と消えた。

 さらに三〇分()ち、下り坂をしばらく進むと、木々はなくなり、だだっ広い空間が目の前に現れた。

 そこは、真実、何もない。建物もなく、街灯もなく、歩道と車道の区別もなく、白線さえも引かれていない。何の区別もなく、ただ広がるのは薄っぺらなコンクリートだけ。だから、そこに道はない。今まで見てきた空き地を、何百倍にも広げただけの、そんな荒野。

 落葉はその手前で車を止める。道のあるこちら側、そして道を失ったあちら側。ここから先は、地図すらない未開。

「あたしたちが案内できるのは、ここまでね」

 夏弥は車を降りて、後ろから荷物を取り出す。夏弥の武器、剣の形を模した鉄の板。

 夏弥は運転席に回って、落葉とその奥に控えた潤々に向けて一礼する。

「ありがとうございました」

 落葉と潤々は無言で頷き、元来た道を引き返す。車が森に隠れて見えなくなってしまうまで、夏弥はローズと一緒に彼女たちを見送った。

「…………」

 さわさわ、と森の音が聴こえる。海から吹きこむ風のせいか、それは零れる砂の音に似ている。聴こえるのは、それだけ。森があり、真夏だというのに、蝉の声一つない。

 夏弥は振り返る。ざわり、と頬を熱風が撫でる。真夏のこの時期に相応しい、熱を含んだ風。荒野から森に向けて、その風は吹く。

「……………………」

 何もない、荒野。人が暮らすための下地は埋められても、その上に何もなければ、そこは荒野と変わりない。建物はなく、街灯もなく、ゆえにそこに道はない。ただ、突きつけられた空白。星明かりすらないこの暗さでは、最果てすら見通せない。きっと、このまま真っ直ぐ進めば、海があり、その上にどこかの明かりが見えるだろう。その光景を、夏弥は記憶している。

「……行こう」

 夏弥の呼びかけに、ローズは「ああ」と頷きを返す。二人は並んで、漆黒の荒野を進む。

 本当に、ここには何もない。行けども行けども、同じ景色の繰り返し。もう何年も前に敷かれたコンクリートは、しかし使うものがいないせいか、歪み一つない。こんな変化のない場所は、ただそれだけでも発狂してしまいそうだ。

 ……なのに。

 まとわりつく熱気、だけではない。何か、別のモノ。立ち上ってくる、あるいは満ちている、(よど)み、揺らぎ、触れる、溺れそうな息苦しさ。そういった、得体の知れない不快が、ここにはある。

 周囲の住民が無意識のうちに忌避(きひ)しているモノ。それは、確かに存在する。それが何なのか、それは夏弥にもわからない。だが、この異質は、確かに人を寄せつけない。

「…………俺さ」

 気を紛らわせようと、夏弥は歩きながら口を開く。

「八年前以外にも、ここに来たことがあるんだ」

 興味を惹かれたように、ローズが小首を(かし)げる。

「雪火玄果(げんか)とか?」

 いいや、と夏弥は首を横に振る。

「丘ノ上高校に入る直前。だから、結構最近かな」

 そのときは、もちろん陽の出ているうちに来た。途中までバスで来て、落葉が通った山道は、当然歩き。

「何故?」

 ローズの問いは簡潔で、あまりにも予想の範囲内。……けれど。

「なんでだろう」

 夏弥はその解を持たない。

 なんとなく、というには、この場所は特殊すぎる。事情を知っている夏弥なら、なおさら、こんなところには来ないだろう。

 しばらく考えてみたけれど、夏弥の頭に浮かんだのは、そのときの直感にも似た感情だけ。

「見ておきたかったから、かな」

 そう、見ておきたかった。

 さらに、何故、と問われたら、今度こそ夏弥は何も答えられない。あの大災害があった町がいまどうなっているのか見ておきたかったから、とか、理由は簡単に作れる気がする。でも、夏弥があのとき感じたモノは、それとは少し違う気がする。

 何かを掴もうとしたのか。それこそ、八年前のことや、それ以上前のことを、思い出そうとしたかったのかもしれない。

 けれど、夏弥が得たものなんて、結局のところ何もない。陽の下で一面のコンクリートを眺め、海を眺め、そして空を見上げた。三月だったから、海から吹く風は冷たかった。

 ――でも。

 ――やっぱり。

 その日、夏弥は結局何も得られなかった。

 そんな夏弥が、再びこの場所を訪れる。今度こそ、夏弥の目的ははっきりしている。それは、確実に夏弥が手にしなければならないモノ。夏弥が、掴み取らなければいけないモノ。その決意を改めるように、夏弥は右手に握った自身の半身に力を込める。

「……て、何も考えずに歩いてきちゃったけど」

 気分を変えるように、夏弥は肩の力を抜く。

「本当にこっちで合ってるのか?そもそも、咲崎からは海原、ってことしか言われなかったし。なんとなく、こっちかなーで歩いてるけどさ」

「大丈夫だ」

 対して、応えるローズの声は静かだ。戦闘を前に強張っているわけではないが、夏弥よりも少しだけ硬い。

「夏弥の勘に、間違いわない」

 その率直な返事に、「そっか」と夏弥は頷く。実のところ、夏弥だって不安に感じているわけではない。

 周囲の不吉にすら染まらない、それは圧倒的な異質。これだけの気配がだだ漏れなのに、それを見過ごすなんて、半人前の夏弥ですらあり得ない。

 だから、この不変に無限の荒野を歩くこと、二〇分。

「――ようやく来たか」

 不意にかけられた声にも、夏弥は少しも驚かない。ただ、それが当たり前であるかのように、漆黒の闇を見上げた。


 そこには何もなかった。それは、視覚的に認知できるものは存在しない、ということ。今夜が曇りでなく、月や星の光があったなら、夏弥でもその存在を認識できたかもしれない。

 その塊が宙から降りてくる。黒い霧、あるいはガスか、その中心は夏弥たちから一〇メートル離れた位置に溜まり、余波は夏弥のところまで届く。

「……!」

 反射的に、夏弥は左腕で口元を覆う。別に、嫌な臭いがするとか、そういうわけではない。五感で感じ取れるような、そんな異変はない。だが、夏弥にはわかる。――これは異質だ、と。

 逆巻くように暗黒色のガスは中心に吸い込まれ、その濃霧から一つの影が現れる。そう認識できた直後、霧は晴れ、その姿がようやく夏弥たちの前に現れる。

 それは、外見二〇代の若者だ。黒のジーンズを履き、紅のトップの袖口には逆十字の穴が開いている。見た目こそ若さを感じられるのに、彼の髪は一部の隙もなく、真っ白なショート。

 ――そして。

 瞳は硝子(がらす)のような、灰色――。

 男の口元が、皮肉に吊り上がる。

「また会えて嬉しいぞ、黒龍の姫――」

 男は喜々とした目でローズを見る。対するローズは黙したまま、男を睨み返す。

 ああ、と男は初めてその存在に気づいたように、夏弥に目を向ける。

「貴様が雪火夏弥か。初めまして、だな。俺はマツキ。貴様ら流に言えば、最後の神託者の式神、ってことになるか」

 それで用済みとばかりに、男――マツキ――は夏弥から目を逸らし、再びローズへと目を向ける。さも夏弥になど興味はないという態度のマツキに、夏弥は挑むように声をかける。

「咲崎はどこだ?」

 鬱陶しそうに視線を戻すマツキは、夏弥の目に気づいて表情を変える。

「いい眼をしてる。なんだ、思ったよりも威勢がいいな。咲崎にくれてやるのは、少し惜しい気もするが……」

 夏弥の顔を見るマツキの視線は、何の遠慮もない。隅から隅まで見透かされそうなその視線に、夏弥はただ不屈の意思を視線に込める。

 にやり、とマツキの口がさらに歪な笑みを浮かべる。

「まあ、それならそれで、別の(たの)しみ方もあるというものだ」

 マツキの顔は、言葉通り喜悦に歪む。その価値基準は、夏弥には理解できない。だからこの男が何を考えているかなんて、夏弥にはわからないし、わかる気もない。

 すっ、と。

 マツキは右腕を頭上へと上げ、()ぐように地面と水平に切る。その軌跡をなぞるように、黒煙がコンクリートを削る。

「……!」

 夏弥は反射的にその黒炎を目で追った。砕かれたコンクリートの上に標のように浮かぶ暗い炎。それは無限に伸びるように、もはや終着すらも見通せない。

「この先に咲崎はいる。調律者に会うのか、神託者に会うのか。それは貴様が決めろ、雪火夏弥」

 夏弥は正面へと視線を戻す。マツキは喜色を浮かべたまま、しかしすでに夏弥を見てはいない。その視線の先に誰がいるのか、夏弥は理解している。だから、夏弥もいつまでもこんなところにいるわけにはいかない。

「ローズ――」

 踏み出す前に、夏弥はローズへと振り返る。ローズの目は、マツキではなく夏弥に向いている。だから、夏弥も真っ直ぐ彼女を見る。

「俺は、勝つ。だから、ローズも負けるな」

「――わかっている。夏弥」

 うん、と頷き、夏弥は彼女に背を向ける。示された道に従って、夏弥は歩き始める。等間隔で並んだ黒炎、それを通り過ぎると、炎は音もなく消えてなくなる。

 二〇メートル進んで、夏弥は振り返る。街灯もなく、月明かりもない闇夜。この暗さでは人影を見るのがやっとだろうに、夏弥の目には彼女の表情まで見える気がした。

「…………」

 夏弥は頷くこともなく、前へと向き直る。彼女の意志は、すでに決まっている。これ以上、夏弥が何かを言うこともない。だから、夏弥は前を向き、走り出す。夏弥が向かう先は、もう決まっている。振り返ることなく、夏弥はその道を進む。

 夏弥の背後で、次々と炎が消えていった。ローズの視力をもってすればかなり遠くまで夏弥の姿を追えるはずなのに、三分もすると完全に夏弥の姿も、炎すら見えなくなり、夏弥がどこへ行ったのか、わからなくなった。


 無限の荒野が広がる海原にも、建物は存在する。災害が起きた直後は救助隊が出動し、瓦礫の撤去などが必要最低限行われた。しかし、月日が過ぎ、これ以上の人々の安否が確認できないとなれば、被災地をそのまま放っておくわけにはいかない。瓦礫を取り除き、荒れた地面を整える必要がある。そういった作業員の詰め所が、現在に至るまで放置され、そこだけ建物が密集している。

 町一つが消える大災害だ、仕事場だけでなく、荷物の搬入口、作業員が寝泊まりする仮設住宅、仮設トイレ、体育館のような施設まで用意されている。体育館の中ではバスケットボール、バドミントン、卓球など、種々の競技が行われるようになっている。

 こういった施設の存在を、外の住人は知らない。海原の災害を知らない人間がこの事実を知れば、首を傾げるところだろう。だが、白見(しらみ)の町を含め、近隣の住民たちなら、きっと理解してくれるだろう。

 ここ海原における復旧活動。おそらく、何年という時間をかけて、ここまで仕上げたに違いない。そのために、何カ月もここで寝泊りを()いられた作業員たちも数多くいるだろう。

 果たして、彼らはその間、全うな精神を維持できただろうか。近隣住民が忌避するこの場所にいて。踏み入ることも、近づくことさえ拒絶するような、こんな場所にいて。

 ――そう。

 咲崎は内心で()みの形を作る。

 ここは、呪われた地――。

 体育倉庫の中、咲崎は瞑目している。

 放置されているとはいえ、建物の施錠は徹底していた。しかし、魔術的な処置が何もされておらず、人目も(はばか)ることがないのであれば、そんなものに意味はない。我が物顔で隅々まで目を通し、咲崎は体育館とこの体育倉庫を自身の居場所に定めた。

 決戦の場、というより、むしろその後の楽園(エデン)現界(げんかい)させる場として、この体育館の広さは十分だった。無論、そもそも人目がない場所だからそこまで気にする必要はないのだが、念には念を、というわけである。

 楽園(エデン)を、確実に誰かの手に委ねるために――。

 それこそが、咲崎にとっての最重要事項。

 事実、咲崎は夏弥が心変わりしてくれるなら、それでもかまわないと思っている。だが、それが叶う可能性はほぼないのだと、咲崎の冷静な部分は判じている。

 ――ならば。

 微かな呻き声を聞き(とが)め、咲崎は目を開く。体育倉庫の中、蛍光灯の明かりはなく、代わりに(ボウ)()が浮かぶ。バスケットボールなどが部屋の隅に積まれる中、奥の壁に磔にされているのは黒衣を纏った聖女。祭壇の供物を称えるように、両脇に浮かぶ亡者の灯火。

「――ようこそ、栖鳳楼の姫君」

 カツン、と黒衣の神父が一歩、前に進み出る。栖鳳楼はゆるりと瞼を開けるが、その目は虚ろで、焦点が合っているようには見えない。しかし、声だけで判じたのか、あるいはその異質な気配ゆえか、紛れもなく、咲崎に視線を向ける。

「…………咲崎。……これは、どういうこと……?」

 調律者のあなたが何故、という意味にも取れるが、それにしては栖鳳楼の視線は激しすぎた。侮蔑か、あるいは敵意か、その手の意思が、栖鳳楼の虚ろな目からは読み取れる。

 咲崎はさらに歩を詰める。両者の距離は一メートルを切った。見下ろす栖鳳楼と、見上げる咲崎。ともに黒衣を纏っているが、栖鳳楼のそれはまるで葉脈のように彼女を絡め取る。寒気に耐えるように、栖鳳楼の口からはそれ以上の言葉が出ない。

 その廃退の美を()でるように、咲崎は目礼を捧げてから口を開く。

此度(こたび)楽園(エデン)争奪戦において、雪火夏弥が最後まで勝ち残った」

 しかし、と咲崎は一度言葉を切る。

「――彼は楽園(エデン)を望まない」

 栖鳳楼の瞳に陰りが過ぎる。数間待ったが、それ以上の反応はないと判じて、咲崎はさらに続ける。

楽園(エデン)は、自身に相応しい魔術師を望んでいる。楽園(エデン)の求めに応えぬ魔術師に、楽園(エデン)がその懐を開けるだろうか。楽園(エデン)を破壊しかねない者に、楽園(エデン)は自らを差し出すだろうか」

 その擬態的な問いかけに、堪りかねたように栖鳳楼が口を開く。

「……それは、あなたが決めることではないわ。調律者…………」

 まるで酸素を求める金魚のように、栖鳳楼の言葉はそこで止まる。死人の灯に照らされて、その息は氷結したようにぼやけて見えた。

 確かに、と咲崎は内心の笑みを隠し、表面上は無表情のままに彼女に応じる。

「だが、八年前の楽園(エデン)争奪戦において、楽園(エデン)は開催地である海原の町を()いた。そこに住む数多の命を呑み込んだ。それが、楽園(エデン)の意思ではなくて何だというのか?」

 (ボオ)、と。

 両脇に掲げられた灯が揺れる。無風の空間で、苦痛に(あえ)ぐように、苦悩に絶叫するように、囚われた灯火が()じれる。

 ユラユラ、と。

 空間が歪む。光が揺れ、影が揺れ、存在が揺れる。この世に実在するものが非現実に呑まれるような、そんな異質。

 ドクン、と葉脈が膨張する幻視を見る。その小枝の指は聖女を奈落へ引き込むように、彼女を縛り上げる。壁に磔にされた彼女は、すでに苦痛の呻きを漏らすことしかできない。

 咲崎は栖鳳楼の顔面に向けて掌をかざす。グローブを()めた黒翼のような手。それが彼女の視界を埋める。

「栖鳳楼の姫君。君は、血族の長は、白見の町に災厄が降りかかるのを是とするか?」

 栖鳳楼の眼は明かりを求めるように彷徨(さまよ)う。その欲求を見透かしたように、咲崎は掌に灯を灯す。

 かざされた、灯。この閉ざされた空間に、囚われた輝き。それはすでに消えそうなほどに小さく、されどその光はこの凍えるような場所では貴重な温もり。

 その色さえ、ここでは凍る。まるで、奈落の底。まるで、棺桶(かんおけ)の中。生ける者は存在できず、命は朽ちるように(しお)れていく。

 死んだ魔術師は、ただ語る。

「……君は、血族の長。白見の町を守る存在。この町の、魔術師の頂点。生粋(きっすい)の、魔術師の一族。それは、何を望む?破滅を望むか?それとも――」

 聖女の瞼が堕ちる。意識まで堕ちてしまう寸前に、彼は最後の一滴を彼女に投じる。

 ――世界を望むか?

 ふつり、と。

 灯が消える。

「……………………」

 漆黒の中、咲崎は栖鳳楼から離れ、再び瞑目する。

 ……まずは、このていどの暗示で良い。

 雪火夏弥にも同様の暗示をかけたのだが、あのときは気を急いていたのか、失敗してしまった。その教訓を活かし、今度はもう少し時間をかける。ついに迎えた最終局面だと焦り、最後の詰めを誤ってしまっては、意味がない。

 もちろん、栖鳳楼が失敗したときの保険もある。しかし、それは咲崎にとってはできる限り避けたい手。栖鳳楼こそが、最も可能性があり、望む綱だ。ここは慎重に慎重を重ね、確実に成功させなければならない。

 ――世界。

 それは、遥か昔より魔術師たちが求めたモノ。世界、あるいは世界の起源、全知全能。この世の最果て、終わりであり、始まりでもある。この世の全てを記した、究極の智。

 ――楽園(エデン)

 世界に最も近いとされる場所。あらゆる願いが叶うとされる、大魔術。魔術を発現しても消滅はせず、自律的に再生と構築を繰り返し、何世紀かの周期でこの世に再び現れる。

 前回から今回までの間は八年と、異例といえる短期間だったが、それは前回の終わり方に問題があっただけのこと。

 ――そう。

 前回の楽園(エデン)争奪戦は、正しく終わっていない――。

 これは、八年前から続いている戦い。それが、ようやく終わろうとしている。

 ……楽園(エデン)よ。(なんじ)は我に何を示し給うか。

 それこそが、咲崎薬祇の渇望。

 この世に望むモノなどありはしない。自分の生にすら、執着しない。自身の消滅も、この世界の崩壊も、他者の破滅も、興味の外。

 あるのは、渇き。自身を満たしてくれる血潮こそ、彼の全て。そしてその頂がどこに向かうのか、何になろうとしているのか、その行く末を見守ることこそ、彼の使命。

 ああ、と呟きかけて――。

 ――黒衣の男はその気配を察知する。

 一人、瞼を上げ、咲崎は倉庫を後にする。(じょう)を下ろし、仕掛けておいた魔術を起動させる。鍵をかけたのではない、倉庫そのものを異界に堕としたのだ。魔術師なら誰もが気づくようなあからさまな結界だが、しばらく栖鳳楼を隠すだけなら、これで用は足りる。

 ……もっとも。

 と。

 咲崎は自身の欠片に術式を投じる。それは魔力の気配を奪う結界、術者の意思でいかようにも形を変える。範囲は有限とはいえ、このていどの体育館ならあともう一つは呑み込める。

 そして術のかけ方によっては、咲崎の気配を一部流すこともできるし、背後の倉庫だけを結界から除外することもできる。この欠片が生きている限り、栖鳳楼の居場所が知れることはない。そして、誘いに気づいた相手は、やがて正面の扉を開け、咲崎の前に姿を現すだろう。

 ほどなく……。

 ギィ、と扉が開く。

 それを合図に。

 (ボオ)、と――。

 灯が灯る。

 亡者の眼が幾重にも、その挑戦者を舐める。

 ――そう。

 彼は、挑む者――。

 咲崎の問いに、調律者の問いに、最後の神託者の問いに。彼――雪火夏弥――は応えなければならない。

 夏弥の背後で扉が閉まる。この静寂の中で、沈黙の中で、その音は嫌に良く響く。しかし、夏弥は足を止めない。

「――ようこそ、雪火夏弥」

 腕を広げて、咲崎は夏弥を出迎える。応えるように、夏弥は足を止める。右手に握られた鉄の剣。刃のないその武器を、しかし咲崎は嗤わない。ただ、夏弥の挑むような視線に対してのみ、咲崎は微笑して応える。……その、歪な笑み。

「君の意思(こたえ)を聴かせてもらおう」


 そこは異界なのだと、夏弥にも理解できた。

 建物の造りは、学校の体育館と同じ。土足で上がることに、あまり抵抗はなかった。いかに見てくれは体育館のようでも、こんな薄暗い場所を学校のものと同一視することはできない。

 中に入れば、さらにそこは異世界めいている。天井の明かりは消えたままで、二階のカーテンは開いたまま。曇りのせいで、窓の外には暗い灰色の闇しか見えない。

 そこに浮かぶ、異形の灯。

 葬列を組むように、その灯は浮かぶ。まるで温かみなどなく、氷の(ひつぎ)に沈められたような寒気。真夏の空気が、ここでは完全に死んでいる。

 ――そう。

 ここは死が住まう(ばしょ)――。

 生者は迎えられず、ただ死を埋葬する。命はその存在を絞め殺されるような、ここは棺桶。閉ざされて、もはや夏弥に逃げ出す(すべ)はない。

 ……いや。

 夏弥は目の前の男を見る。(いな)、睨みつける。

 この場所の主、この異界の創造者。全身を黒衣に染め、両の手でさえも黒のグローブで埋め尽くす。唯一曝された顔は感情などないかのように停止し、その眼は硝子のような灰色。咲崎薬祇は、夏弥を出迎えるように両腕を広げている。

「栖鳳楼を返せ、咲崎」

 その求めを拒むように、夏弥は言い放つ。咲崎の口元が、歪に歪んで見えた。そんな夏弥の言動など、最初から予想していたとでもいうように。

「それは、君の欠片を栖鳳楼の姫君に譲り渡すということか?神託者としての責務を放棄するということか?」

 二つの問いは、結局のところ一つの意味でしかない。それを知っているから、夏弥はただ一つの返答を咲崎に放つ。

「違う」

「ならば、君は最後の神託者としての責務を全うするか?楽園(エデン)の求めに、君は応えるのか?」

「違う」

 再度、夏弥は否定する。再三の夏弥の拒絶に、しかし調律者は顔色一つ変えない。型のある問答をしているように、咲崎は頷くように沈黙する。

 その間さえも拒むように、先んじて夏弥は口を開く。

「俺は、咲崎、お前を許さない」

 ほう、と咲崎は声を漏らす。その歪みを無視して、夏弥はその先を続ける。

「無関係な人たちを襲った、その上、もうこの戦いとは何の関係もない栖鳳楼まで巻き込んだ。どうして、関係ない人たちばかり巻き込むんだ?楽園(エデン)を望まないなんて言っておきながら、どうして……!」

 激情が、夏弥の言葉を遮る。

 最後の戦いを始める前に、夏弥は問わなければならない。そして、知らなければならない。それなのに――いや、予想できていたことだが――いざ相手を前にすると、この感情を抑え続けるのは困難だ。

 咲崎の口元が歪む幻視を夏弥は見る。

「それは、雪火夏弥、君も同じではないか?」

 その言葉を、夏弥は一瞬遅れて理解する。何と同じで――いや――誰と同じか、その意図は明白。だが、そんな唐突に、こんな徹底的な問いとあっては、理解が追いつかないのも無理はない。

「な、に……?」

 返す言葉も、これが限界。吐き出すたびに、心臓が締めつけられるよう。形にしようとしても、頭が沸騰したように真っ白になる。痛みと熱さが、自身の内で暴れている、そんな苦痛と不快。

 かまわず、咲崎はその先を形にする。

「君は楽園(エデン)を望まない。なのに、最後まで戦い抜いた。そして、最後まで勝ち残っても、いまだ神託者の権利を放棄しない。楽園(エデン)を望まぬのであれば、楽園(エデン)に相応しい者にそれを譲り渡せば良いだろう。――さもなくば、楽園(エデン)は再び、今度は白見の町を消すだろう」

 ギリ、と心臓がさらに締めつけられる。その可能性は、すでにローズから聞いている。しかし、改めて、よりにもよってこの男に形にされて、夏弥はさらに刻まれる。

 受け入れよとでも言うように、咲崎は両腕を広げる。その動きに呼応するように、周囲の灯が凍りつくように揺れる。

「――思い出せ、雪火夏弥。あの夜、何が起きたのかを」

 夏の夜、雨が降っていた。冷たい雨、まるで真冬のように、凍えてしまいそうで。

「――町は崩れ、多くの人々が命を失った。もはや誰も、彼らの行方を知らない」

 橋が崩れ、路面が割れて。家屋が倒れて、町は()けて。人々の嘆きはない、悲鳴も苦痛も、何もない。あるのは、その死を悼むかのような、冷たい雨だけ。

「――それが再び、白見町に訪れる。君も、町に知り合いがいるだろう。大切だと思う人々がいるだろう」

 この戦いに巻き込まれて傷ついた人たちがいる。この戦いのことを知らずに生活している人たちがいる。

「――――彼らを、失っても良いのか?」

 それはすでに問いではなく、強迫に近い呪詛のような鋭利。あらゆる思考を突き抜けて夏弥の(シン)に触れる、それは無粋な手。

 夏弥は右手の剣を握り締める。その場に踏み止まるように、足に力を入れる。自身を保とうと、向かいの相手に気づかれないように小さく呼吸する。

「咲崎」

 自分の声が平静なのを確認して、夏弥は視線に意識を集中して咲崎を睨む。

楽園(エデン)は、何故この町を消した?」

 (おび)えたように、周囲の灯が揺れる。咲崎は変わらぬ無表情のまま――しかしどこか失望したように――夏弥の問いに応える。

楽園(エデン)とて、望んであのような大災害を引き起こすわけではない。最後の神託者が楽園(エデン)に願いを託しさえすれば、あの悲劇は繰り返されない」

 夏弥は急所を攻め立てるように続ける。

「それは、本当か?」

「八年前の大災害は、当時の楽園(エデン)争奪戦にて、最後まで勝ち残った神託者が楽園(エデン)へと通じる鍵を手にしておきながら…………」

「お前は」

 咲崎の言葉を、夏弥は遮る。そんな戯言のような弁解など聞かないとでもいうように、断固とした意思をもって、夏弥は咲崎に対峙する。

「お前は、咲崎。あの夜、何が起きたかを知っているはずだ。いや、見ている。だって、お前は…………その神託者、雪火玄果の、最後の相手だから」

 空間そのものが止まってしまったように、灯が止まる。ざわめき一つ、たちはしない。葬列は、突きつけられた真実に怖れ(おのの)くように、硬直する。それは死者への手向(たむ)けが終わった、一瞬の間、そんな虚無のときに似ている。

 と――。

 ――死んだ魔術師が笑みを浮かべる。

 隠そうともせず、憚ることもなく、黒衣の男はその口元を歪める。地に落ち、蟻に翅をもがれながらも悶え続ける蝶を眺めるような、それは根源的な狂喜。

「あの式が話したか。……いかにも、わたしは八年前の神託者。そして、最終決戦において、雪火玄果に敗北し、刻印を奪われた者だ」

 そこで咲崎は言葉を切る。その奇形の笑みを浮かべたまま、夏弥を静かに見返す。まるで生徒の質問を快く迎え入れる教師のような慈愛。だが、あらゆるものが消え落ちた死の淵では、その寛大さは獲物が不用意に足を踏み入れるのを狙う巨大な口のように不気味だ。

「あの夜……」

 本能が告げる警告を聞きながら、しかし夏弥はその先を踏む。夏弥は、ここで逃げるわけにはいかない。この先を進まなければ、夏弥は戦うことすらできない。自身の決意は揺るぎないのだと、それを確かなものにするために、夏弥はその問いを形にする。

「……何があった?」

 咲崎の笑みが一層濃くなる。今までの無表情を消してしまうほどの、それは歪で致命的な笑み。

 警告は、より一層酷くなる。引き返せ、いや、逃げ出せと、自身の内から叫びが上がる。

 だが、夏弥はそんな本能的弱さを無視し続ける。

 ……それに。

 夏弥は自身に言い聞かせ続ける。

 もう、投じてしまった……。

 問いは発せられた。もう、止めることはできない。なかったことにするなど、できはしない。夏弥が決定した選択は、どうあっても覆らない。

 承諾したとでも言うように、咲崎は懐から書を取り出す。ハードカバーで飾られたその書物は聖書のように触れがたく、そして禁書のように禍々(まがまが)しい。

 咲崎はページをめくる、その一動作ですら重く、崇高な儀式のよう。

「あのときの戦いがどんなものであったかなど、君の興味するところではなかろう。ゆえに、楽園(エデン)争奪戦の決着がつき、わたしの刻印が雪火玄果のモノと一つとなり、遂に楽園(エデン)がその姿を現したときのことを話そう」

 語られる文字は、それだけで魔的だ。その濃密な呪言(じゅごん)は事実、この閉ざされた空間さえも歪めているように夏弥の目には映った。

 周囲に広がるのはもはや暗い壁と死者の灯ではなく、無限の夜と、天使と悪魔から生まれ堕ちたような無色の光の塊。

楽園(エデン)は雪火玄果の前に現れた。わたしの前に現れたわけでも、何もないところから突如生じたわけでもなく、その意思をもって、楽園(エデン)争奪戦の勝者の前に現れたのだ。あるいは、楽園(エデン)へ至る鍵に反応したのかもしれない。六つの刻印、それこそが楽園(エデン)への鍵。その鍵を持つ者のみが扉を開き、楽園(エデン)へと到達することができる。勝者が自身の願いを楽園(エデン)に捧げれば、楽園(エデン)は自然と、その身を捧げる」

 だが、と咲崎は乾いたページをめくる。

「雪火玄果は微動もせず、楽園(エデン)を前に立っていた。楽園(エデン)の神々しさを前に躊躇(ちゅうちょ)したのか、その威光に恐怖を抱いたのか、畏怖したのか、生憎(あいにく)、わたしには真実はわからない。わたしごときが、雪火玄果の心の奥底を覗けるなど、あるはずもない。だが、雪火玄果は確かに止まっていた。それだけは、敗者であるこのわたしでも理解できたこと」

 そこまでは、夏弥も知っている。

 八年前、楽園(エデン)争奪戦の勝者は、楽園(エデン)を前に佇んでいた。あらゆる願いが叶うとされる楽園(エデン)を手に入れたというのに、彼はその先の一歩を踏み出さない。困惑したのか、途方にくれたのか、躊躇か、迷いか。その内情は夏弥も知らない。

 そして――。

 咲崎はページをめくる。しかし、その硝子の()はすでに書物を見てはおらず、まるで虚空を眺めるように、夏弥のほうを見ていた。

「そのとき、わたしはふと思ったのだ、『楽園(エデン)を望まないのなら、わたしが貰っても()いか』と――――」

 ドクン、と。

 心臓が跳ねる。

 なのに、夏弥の身体(からだ)はこの幻影に魅せられたように動かない。冷たい水銀を血液に流し込まれたように、体が重い。そして、熱い。この異質な感触は、極寒の地で常夏の夢を見る、そんな甘い痺れ。思考を止めようとする、麻薬の(ささや)き。

 咲崎の流す文字は、ただこの空間を満たしていく。

「『何も願わないのならば、わたしに譲れ』と――――」

 それは文字であって声ではない。ゆえに、それそのものには何の感情もない、はずだ。なのに、肉体(からだ)()み込んでくるその言葉は、狂おしいほどの欲望に暴れている。

 あまりにも純粋な、欲望。ただ欲する、ただ望む。それ以外の何ものでもない、それさえあれば満たされる。

 まるで金の亡者のような空虚さ。それを得ただけでは何にもならないと、冷静な心の持ち主なら気づけたはずだ。しかし、そのときの彼は気づいていない。

 そのときの彼には、まだ感情があり、まだ人間で、人並みの欲望も、喜怒哀楽も持ち合わせていた。正体を失ったとしても、それは自我とか意思などの基盤があってこそ成り立つ、狂気。

「『不要だというのなら、わたしに寄こせ』と――――」

 平坦な文字で語られる、そんな貪欲。空間そのものが歪み、足場さえ崩れていくような、そんな不快。夏弥の中で、その異物の感情が暴れている。

 反射的に、夏弥の左手が自身の胸倉を掴む。強烈な吐き気を、今さらに自覚する。視覚だけでも、人は酔える。他人の感情がそのまま流れ込んできたらどうなるか、夏弥は嫌でも理解させられる。

 倒れてしまわないように、夏弥はなんとか踏み留まる。吐き気と不快から逃れるように、左手にさらに力を込める。爪を喰い込ませてギリギリ耐えていられるような、そんな気分。

 追い打ちをかけるように、咲崎の言葉は続く。

「わたしは楽園(エデン)を望んだ。しかし、証を持たぬ者が楽園(エデン)に認められるわけもない。楽園(エデン)はわたしを拒み、そしてあらゆるものを拒絶した」

 世界は空白になった。

 幻影はもちろん、感情さえも消失した。奈落に突き落とされたような、そんな空虚。

 無色の闇が世界を覆っている。その闇に呑まれて、世界は消えていく。この世の汚れた水に溶けていくように、その闇が通った傍から全てが消えていく。

 ――そして。

 町を襲った津波は、やがて引いていく――。

 何も残らない。跡形もなく。何も聴こえない。あらゆる命が呑み込まれ、その闇に消えていった。

 人々の嘆きはない、苦悩もない。全て、あの闇が持って行ってしまった。町中の人々を呑み込んで、それで満足したのか、闇は現れたときと同じく、忽然と消滅した。

 与えられたものは、消滅。残されたのは、傷痕。この町は、いまでも闇の残滓(ざんし)に喘いでいる。

 だから、誰もが()っている。この地を訪れたら、自分が闇に呑まれてしまう。その危険を、本能的に()っている。

 それが、八年前の大災害の真実。その闇を引き起こした、その引き金を、夏弥は()た。

「――――――ッ」

 脳が()き切れそうだ。それくらい、夏弥の感情は灼熱している。あまりの熱に、思考が追いついてこない。

 咲崎は本を閉じる。重々しい音を立てて倒れた本の、なんと空虚なことか。それを理解しているのかどうなのか、咲崎はいまだ、歪な笑みを浮かべたまま。

「――以上が、八年前の楽園(エデン)争奪戦の結末だ」

 なにか訊きたいことはあるか――?

 硝子の瞳が、無言で問うてくる。

 その()は、どこまでも無感情。灰色に濁った、半透明なガラス。苦悩も、後悔も、何一つない。それは試すように、ただ夏弥を()る。

「お前が…………!」

 すでに、夏弥は限界を超えている。抑えることなんて、できやしない。ただ言葉を形にしようとしても、それすら不可能。もはや弁解の余地などないのに、黒衣の男はさらに夏弥を駆り立てる。

「わたしが楽園(エデン)に触れなければ、あの災厄は起こらなかった、と?いかに楽園(エデン)が自律駆動する大魔術といえど、担い手なしに現界(げんかい)状態を長時間維持することは不可能だ。あのまま放置しておけば、いずれ楽園(エデン)は自重に耐えきれず、その膨大な魔力を解放していただろう。……結果としては、何も変わらない。雪火玄果が楽園(エデン)を望まなかった時点で、それは遅いか早いかの違いでしかない」

 そう、咲崎は夏弥に応える。それで十全とばかりに。これで過不足はないとでも言うように。

 ――それこそが、真実であるかのように。

 ――自身には、何の罪もないかのように。

 黒衣を(まと)った、朽ちた教会の主。それは悩めるものに道を示す神父ではなく、懊悩(おうのう)するものに悪夢を見せる死の権化(ごんげ)

「お前がアアアアアァァァ――――ッ!」

 夏弥は弾けた。一片の躊躇なく、一片の迷いなく。倒すべき相手に向けて、夏弥は特攻した。


 咲崎は聖書を開く。

「勇敢な戦士は神の住まう地へと目指し愛馬を駆ける。だが神々は門戸を閉ざし、人なる者が踏み入るのを固く拒む」

 彼の言霊を、夏弥は聴いていない。あいつに向けて一撃をくれてやらんと、一心に駆けるのみ。

 スタートの時点で、両者の距離は五〇メートルほど。咲崎が聖書を読み上げている間に十分到達できる距離。のはずなのに、夏弥はまだ咲崎まで届かない。いや、半分を過ぎたあたりから少しも距離が縮まった気がしない。

「神は戦士に試練を与え給う。神の山の頂きへと至るまで、その道が彼を迎え入れるようなことは決してない。蒼天を暗雲が遮り、戦士の行く手を嵐が遮る」

 突如、建物の中で突風が吹き荒れる。あまりの強風に、夏弥は倒れそうになるのを何とか堪える。走り続けることは不可能で、一歩踏み出すことすら全力で臨まないといけない。右手の剣を顔の前にかざしても、風は右から左から不規則に夏弥を襲う。倒れないように耐えながら、夏弥は一歩一歩前進することに集中する。

「風は身を切るように冷たく、その刃は真実、戦士の肉を()む」

 音はなかった。咲崎の声すら、夏弥には聞こえない。しかし夏弥は得体の知れない気配を感じ、反射的に剣を振っていた。

 キン、と何かが当たる音。何かが当たった、手応え。

「……!」

 夏弥は反対側へと再度剣を振る。何かが当たる、今度は連続で三回。急に体を(ひね)ったところに衝撃が加わり、さらに強風に(あお)られて、夏弥の体勢がぐらりと崩れかかる。

 大きく崩れそうになるが、なんとか夏弥は堪える。

 ――と。

 つぅ――――。

 切れた頬から血が流れる。

「…………ッ」

 鋭利な痛みに夏弥は奥歯を噛む。だが、たった一撃だけの痛みに意識を向けていられるような余裕はなかった。

 右腕、左足と、見えない刃が夏弥を襲う。剣を盾にしたので胴への直撃は防いだが、しかし全てを防ぐことは叶わない。

 その上から、さらに突風が夏弥を襲う。倒れないようにと足を踏ん張り、同時に足の傷からの痛みに夏弥は悲鳴を上げそうになる。

 ギリギリで耐え、そんな夏弥をさらに刃が襲う。今度は剣を振るのも間に合わず、全身に切り傷を負う。

 叫びそうになるのを耐え、倒れそうになるのを耐える。耐えるとさらに痛みで悲鳴を上げるが、それにも夏弥は耐え切る。

 体勢を整え、体の近くで剣を構える。気配を感じたら体ごと向き直って剣を盾にする。隙を小さくする動きだが、それでも全ての刃を防ぎきることはできない。数が増えただけでなく、もはや刃は全方位から夏弥を襲い、胴は守れても足や腕まではとても守り切れない。

「天界の門より、兵士たちは戦士を迎え撃つために馳せ参じる。それは神の軍団、人智を超えた力を前に、戦士は為す術もなく地に足をつく」

 その気配に、夏弥は視線を上げる。暴風を前にまともな視界は確保できないが、人影だけはなんとか認識できる。正面中央にいるのが、きっと咲崎。その両隣に、見知らぬ影が一つずつ。両腕をだらりと上げて、まるで誘うように夏弥に向けている。

「『軍勢よ、彼を打ち滅ぼせ。決して神々の地へ迎え入れてはならぬ』神々の声が嵐に紛れて聞こえる。兵士たちは矢を放ち、投擲(とうてき)し、人間一人に向けて徹底した攻撃を止めない」

 ざわり、と空気が揺れる。その気配に、夏弥はさらに視線を上げる。

 二つの影の上に魔方陣が浮かぶ。墨で描かれたような暗い魔方陣は、周囲の灯に照らされて不気味な影を落とす。

 この嵐の中で、魔方陣に魔力が注がれるのを夏弥は感じる。直後の猛攻を予感して、夏弥は咄嗟に横に跳んだ。

 魔方陣が鈍く光り、右からは矢が、左からは棍棒(こんぼう)が、何十と夏弥に向けて放たれる。

 初手をかわすことには成功したが、床を転がるようにして回避した夏弥は、強風に曝されて思うように立ち上がることができない。

 床を這う夏弥に向けて、矢と棍棒が雨と降る。転がって回避しようとするが、全てをかわしきることはできず、魔力の矢が夏弥を射る。

「……ッ!」

 魔力の矢は夏弥に刺さるとすぐに消える。だが、くらったダメージはいつまでも消えず、その痛みに夏弥は呻き声を漏らす。

「が……ッ」

 棍棒が夏弥の頬を殴り、(あご)を殴り上げる。持ち上がった体に、矢が一斉に降り注ぐ。その勢いで、夏弥の身体(からだ)は五メートル後退させられる。

「兵士の数はなおも増え続け、もはや戦士は前へ進むこともできず、されど後退することもできず、その場に立ちつくすのみ」

 風が夏弥の身体(からだ)を前へと転がす。倒れかかった夏弥を、再び棍棒が持ち上げる。風が吹き、夏弥の身体(からだ)は左右に揺れる。矢が降り注ぐが、今度は後退せず、その場に張り付けられる。よろめく夏弥を翻弄するように、風が踊る。

 矢が突き刺さり、刃が体を刻む。棍棒が殴打し、風は夏弥の自由を奪う。もはや防御することもできない。剣を離さないだけでも僥倖だが、これではいい的だ。

「『――神よ』兵士たちは唱和する」

 声なき声が、夏弥の周りで謳う。見上げれば、すでに一〇を超える影が建物の中に浮かんでいる。そのどれもが魔方陣を(たずさ)え、夏弥を見下ろしている。

「裁きの陽を。万物の創造主たる神々よ、その威光をもって(ことごと)くを滅ぼされよ。神の力を恐れぬ者に、その恐怖を思い出させよ。主は偉大なり、主は偉大なり。愚者には殲滅を、賢者には恩恵を。降らせたまえ、降らせたまえ。この世を照らした創生の陽を、再びこの地に振らせたまえ。あらゆる有象無象、塵芥(ちりあくた)をかき消し、ここに新たな(ことわり)を与えたまえ。――神々よ。――天の陽よ」

 歌とともに空気が荒れる。それは嵐とは別系統で、影は輪を成して両腕を掲げる。

 死を埋葬するこの場所で、太陽が輝く。それくらい、その陽は異質で、眩い。強烈な光、圧倒的な熱、嵐に煽られてもびくともしない、その威光を夏弥も見る。

 ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ!

 直径三〇メートル近く。その巨大な陽の塊が落下する。夏弥は痛みを無視して剣を振る。刃のない大剣は応えるように夏弥から魔力を汲み上げ、術式とともに宙へと放つ。

 斬撃は一条の槍の如く、陽の塊を突き破り、崩壊させる。が、その膨大な魔力までは消し去ることができず、そのエネルギー、熱量が夏弥を襲う。

 崩れる陽が夏弥を押し潰す様を、咲崎は安全圏から鑑賞する。嵐は咲崎を守り、巨大な陽が解放したエネルギーも咲崎までは届かない。夏弥を攻撃した影以外にも、さらに二〇体近い影が咲崎の周りに浮かんでいる。

 衝撃と熱気で塞がれていた視界も、嵐に吹き飛ばされるようにはっきりとしてくる。夏弥は床に片膝をつき、剣を杖の代わりにしている。夏弥の目に生気を見て取って、咲崎は満足そうに頷く。

「よくぞ耐えた、雪火夏弥」

 その声に、しかし夏弥は反応しない。嵐のせいで顔は見えていないはずなのに、夏弥の眼は咲崎を見据えギラギラと光っている。

 ハードカバーを開いたまま、咲崎は夏弥に語りかける。

「あれがこの節の最高位魔術だ。だが、布陣は完成した。本来なら先の詠唱を繰り返さねばならぬが、布陣が完成したいま、二言三言で再度あの(わざ)を放てる。…………君は一体、あと何度耐えられるかな?雪火夏弥」

 咲崎の魔術は構築型の言霊だ。言霊を重ねることで自分の舞台を作り上げるため、その作成には時間がかかる。しかし、一度舞台が完成してしまえば、あとは咲崎の独壇場だ。大魔術さえも短時間で発動でき、敵からの攻撃も常時発動型の防壁で防ぎきる。場という形の魔術のため、この空間自体に咲崎の魔力が満ちている。どれほど大魔術を使おうとも術者本人への負担は大分抑えられるため、大魔術の連発も可能。

 余裕をもって問う咲崎に、返答の代わりにと夏弥は立ち上がる。剣を床から離す瞬間、わずかにふらつくが、夏弥は二本の足で立つ。かまえはしないが、視線は確かに咲崎を捉えている。

「……なお立つか、優秀だ」

 咲崎は書へ視線を落とす。紙面の上で文字が踊り、その中から咲崎は次の一撃を放つ一文を読み上げる。

「――天の陽よ」

 たったそれだけで、その一撃は再度放たれる。夏弥の頭上で巨大な陽が灯り、影たちが手を離したように、それは落下した。


 夏弥には漠然と周囲が見えているだけだった。そう、視力は死んではいない。けれど、それはもう瀕死といっていいほどの状態でしかない。

 モノの形はほとんど溶けて、ぼんやりとした影を認識しているにすぎない。熱にやられた体は熱くて、ボロボロだ。切り傷の痛みを忘れるくらい、体が重い。傷を負いすぎて脳の処理が追いついていないのか、あるいは神経からの膨大な痛覚の情報を遮断しているのか、痛みというものは感じていない。いや、そもそも、夏弥はもう何も感じていないのかもしれない。立っているつもりにはなっているが、実際に自分が立っているのかは怪しい。

 それでも、夏弥は右手の感触だけは忘れない。右手に握られた夏弥の武器、刃のない剣。夏弥が創造したそれは、夏弥の手の延長。夏弥の意思を継承し、反映するその鉄の塊を、夏弥はちゃんと認識している。

 (ボウ)、と。夏弥は頭上を見上げる。

 影が踊っている。本当は宙に浮いたまま静止しているはずなのに、夏弥にはそれが揺れているように見えた。

 ――…………なにやってんだよ。

 夏弥の視界がぐらりと歪む。影が歪み、そして光が歪む。強烈な光に、瞼が反射的に降りる。ゆるりとピンとがあい、その陽の塊をようやく夏弥は認識する。

 ――勝つんだろ…………?

 夏弥の右手がぴくりと反応する。両の目はただ頭上の威光を見上げている。

 夏弥の肉体(からだ)は瀕死に近い。立っているだけでも奇跡的で、立っているだけで限界。いつぶっ倒れてもおかしくないくらい、目の前が(かす)んでいる。

 痛みは感じない。体は()けたように熱いはずなのに、それすら感じない。ほとんどの感覚が消え失せて、ただ右手の感触だけは残っている。

 ――勝つ…………。

 意識は、まだ残っている。意志も、まだ(くじ)けてはいない。

 右手の感触。それだけで、夏弥には十分だろう。立っていられてるかどうかなんて、心配する必要すらない。

 ――勝つ……。

 見上げた頭上で影が踊る、陽が踊る。揺れるそれを、流れるそれを、夏弥は()る。

 影は、実体ではない。それは式神と呼ばれる、魔術の結晶体。術式という構造に適量の魔力を注ぐことで、それは形を得ている。

 追うのは、魔力の流れではなく、構造である術式。

 ――勝つ。

 夏弥は()る。

 それは、文字の束。一体一体はいくつもの文字で構成されている。良く見れば、その文字は同じ文字列で構成されている。まるで、複製の集まり。

 影から文字が流れ、それが一つの巨大な陽を造りあげている。陽も、所詮は文字の集まり。もちろん、それは単純ではない。だが、影が十数体もいるから、短時間でこれだけ複雑な構造を練り上げることができている。

 陽の文字は空間の魔力を貪欲に吸収している。中の文字が破裂して、細かい文字に分解される。その細かな糸が別の文字を絡め、大きい文字から次々と破裂していく。細かな糸は強固な鎖となり、周囲の魔力を呑み込んでいく。細かく絡みあっているがゆえに、夏弥の一撃を受けても完全に砕けはしなかった。

 ……だが。

 夏弥は()る。

 膨大な文字でも、その種類は多くない。むしろ、限られた種類しかないから、同じ属性として束ねることができる。束ねられた文字は強靭な縄となり、鎖となり、一つの大魔術として強固なものとなる。

 夏弥は右手に意識を向ける。自分の体の中から、一部が剣のほうへと流れていく。

 魔力と術式は、夏弥本人が出そう。大剣は、それを魔術として拡散する。放つ毒は一滴ではなく、無数の針となって対象を撃つ。

 ――勝つ!

 そのイメージを、夏弥は現実にする。

 振り落とされた陽に向けて、夏弥は剣を振る。放たれたエネルギーは散弾となり、巨大な陽へとくい込む。

 その一撃を受けて、文字が融ける。さらに隣接する文字が融け、その隣の文字が崩れていく。その連鎖破壊が、至るところで発生する。

 切れた綱を補強するように、周囲から文字が集まってくる。だが、それは逆効果。集まったそばから文字が崩れ始め、五秒も経たずに全ての文字が消滅する。

「…………ッ」

 夏弥は周囲の影へと目を向ける。どれもこれも、文字の集合体、しかも同種の文字列。

 さらに、夏弥は目を凝らす。影を形作る文字から、別の細い文字が伸びている。それを辿っていくと、最終的に咲崎の隣の二体の影へと収束する。

 咲崎と視線がかち合う。あの無表情の男には珍しく、驚愕したように口を開いている。

「兵士たちは(とき)の声を上げる。敵を前にして、勇敢なる兵士たちが引くことは断じてない」

 咲崎の言霊に応えるように、彼の両隣の影の魔方陣が励起する。その動作に呼応して、全ての影が一斉射撃にかまえる。だが、夏弥はそれすら先んじて()ていた。基礎となる二体の影から伸びた細い文字、そこから放たれた伝令が他の影たちにも伝わり、夏弥を打ち滅ぼさんと士気を高める。

「俺は……」

 夏弥は剣を斜め下にかまえる。夏弥はもう、標的とした二体しか見ていない。その二体が攻撃命令を下す、その瞬間。

「…………勝つ!」

 横薙ぎの一撃を、夏弥は放つ。斬撃は何ものにも阻まれることなく、二体の影へと到達する。

 影の両手の前で緊急魔術が発動する。それは、防壁。本来は自分たちの主を守るために組み込まれた反応型の魔術。

 ……だが。

 その防壁を、夏弥の一撃は透過する。

 狙うのは、影本体のみ。否、影を構築する基部の文字組織だけを正確に破壊する。

 影の群れは三〇秒ほどで壊滅した。破壊された二体に引きずられるように、次々と他の影たちも崩壊を始めていった。連鎖破壊、それは防御魔術を透過して、正確に影の構成要素を砕く。

「…………」

 嵐の中心で、咲崎はその光景を見ているしかなかった。防壁すらも通過してしまう死の魔弾に、一体どう対処すれば良いというのか。

 嵐は続いている。式神はやられたが、場としての魔術はまだ残っている。これなら、再生の節を唱えるだけで式神たちを再臨することができる。それほど時間はかからない。

 ……しかし。

 咲崎は夏弥を見る。強風に煽られても、もう夏弥はふらつくこともない。剣はかまえていないが、いつでも咲崎を斬ることができるだろう。

 いや、夏弥は咲崎を斬らない。夏弥は敵を殺すために戦っているのではない、あくまで倒すためだ。戦いに勝利しても敗者を殺さない、全うな魔術師にはあり得ない夏弥の思考を、咲崎も知っている。

 そんな甘さを、しかし咲崎は嗤わない。微笑すら、浮かべない。その徹底したまでの甘ったるさは、徹底的に本気だからだ。それを貫いたからこそ、夏弥は咲崎の魔術を砕いた。そして、その甘さがゆえに咲崎を斬らない。咲崎が再度、嵐に刃を紛れ込ませたなら、夏弥は剣を振りおろすかもしれない。そうなれば、この嵐さえも消え、咲崎の舞台は完全に崩壊する。

「――宜しい、雪火夏弥」

 咲崎は書を閉じ、懐にしまう。舞台は崩れ、風はぴたりと止む。

 あれだけの嵐、猛攻があったにもかかわらず、建物内は無傷だ。咲崎の魔術は舞台として空間全体を掌握する、一種の結界だ。だから術を解いてしまえば、魔術を発動する前の無事な床が一面に広がる。

 夏弥の目は真っ直ぐと咲崎を射抜く。睨むような視線には強い意志を感じる。それは殺意ではなく、闘志だ。これほどまで純粋で頑迷な相手とあっては、流石の咲崎とて嗤うこともできない。

「君が楽園(エデン)の担い手に相応しいか、試そう――――」

 咲崎は左手を自身の右手首に伸ばす。両の手は黒いグローブで覆われている。その、右のグローブが外れる。


 ――ぞわり、と肌が泡立つ幻覚。

 夏弥の(なか)で警笛が鳴る。五感ではないそれは、第六感と呼ばれるモノなのか。閃いた瞬間、理解より先に()ってしまう。

 ……あれは、危険だ。

 それほどに、致命的な存在(モノ)

「……………………」

 それを、夏弥は目にする。

 黒いグローブの下から現れたそれは、人の手ではない。ただ、手の形をした物体にすぎない。いや、そもそもあれは存在しているモノなのか。物質なのか、現実のものなのか、それすら、判然としない。

 この闇の中で、それは光の点だ。あるいは、漆黒から欠落した空白。一目見れば手のようにも見えるが、しかし、よくよく目を凝らすうちに、それは形を失う。ただの、光の塊。あるいは、欠損。

 ――この闇が死ならば。

 あの光は、(カラ)だ――。

 咲崎の硝子の瞳が、自身の手元から夏弥のほうへと移る。見据えられたその()には、どこまでも感情というものがない。

 ――なのに。

「……!」

 ぞわり、と――。

 脳の裏側か、あるいは魂の裏側から、その震えはくる。

 檻に閉じ込められた獣たちが一斉に騒ぎたてるような、そんな不吉。本能的な、悪寒。這い寄るその気配に、ガクガクと体が震え上がる。

 すっ、と……。

 差し出された右腕。その先には、何もない。その光は、欠落か、欠損か、あるいは空白か。

 咲崎は表情を消したまま、静かに宣告する。

「――()くぞ、雪火夏弥」

 気配もなく。何の予備動作もなく。

 ……その光は夏弥に迫る。

 真っ直ぐ、それは夏弥に近寄るのに、まるで茂みの中を這って進む白蛇のように、接近に気づけない。あるいは、それは真実、ただの点なのかもしれない。距離感はなく、夏弥を丸呑みするかのように、それは目の前。

「……っ」

 右手の剣が、夏弥を守った。自分で振ったはずなのに、まるでそんな気がしない。剣自身が意思を持って夏弥を守ってくれた、そんな風にしか夏弥には思えない。

 その衝撃で、体の震えを今更のように実感する。寒気が、外側から内側から夏弥を襲う。魂から肉体から、全てを持って行かれそうな、そんな寒気。この恐怖だけで、心臓が潰れてしまいそうだ。

「……ぁ…………!」

 刃のない剣が、その光を押しとどめている。加勢するように、夏弥は両手で柄を握る。そんなことをしても、伸びた光を押し返すことはできない。両者は、拮抗したように停止している。

「ほう」

 咲崎の声が、不意に夏弥の耳に入る。その音が届くまで、夏弥は咲崎の存在を忘れていた。

「これの進行を止めるか。なるほど、今までこれを魔術師相手に試したことはなかったが」

 咲崎が何を言っているのか、夏弥にはわからなかった。夏弥はただ、剣を突き出して光を止めているだけだ。それしか、夏弥の意識にはない。

 一方、咲崎はその現象を正しく理解している。夏弥の剣に拘束の呪が施されているのだ。光があの剣に触れた瞬間、光は身動きを止められている。ただ防がれているだけではなく、拘束までかけられているから、それ以上の変形もできない。

 事実、この光は変幻自在だ。そもそも、形という概念を持ち合わせていない。光のように見えているのも、それが人の認識できる範囲でしかないからだ。……これは元来、この世に全うに存在できる代物ではない。

 ぐん、と咲崎は強引に右手を引き戻す。無理矢理に呪詛を振りほどいたせいで、右手に何らかの損壊が発生しただろう。しかし、これに形状がないように、これには損傷という事象も生じない。

 拮抗が解けて、夏弥の身体(からだ)は反動で後退する。足がもつれてつまずきそうになるが、どうにか耐える。こんなところで倒れて追撃を許してしまってはいけないと、本能が必死の悲鳴を上げている。

 剣を両手で握ったまま、夏弥は自分を襲った光を目で追う。それは自身に付着した(けが)れを払うように、建物の天井まで伸びる。巨大な大蛇のような威光を目にして、しかし夏弥にはそれが光の点のように錯覚する。

 厚みがないだけでなく、距離感さえも意味を失う。まるでこの世界に垂れた滴のように、相容れない。

 ゆえに、欠落であり欠損であり、空白。

 そんな、異物。

「流石は、楽園(エデン)争奪戦を最後まで勝ち残っただけのことはある」

 光を右手の形に押し込めて、咲崎は薄っぺらな口上を述べる。

「これを、わたしは〝起源回帰(オリジナル・ソウル)〟と呼んでいる。これを、君が防いだのは正解だ。これに触れれば、君の肉体(からだ)は魔力にまで分解され、この世界から消滅する」

 それこそが、神隠しの正体。襲われた人たちは皆、〝起源回帰(オリジナル・ソウル)〟によって肉体(からだ)を分解された。ただ触れるだけ、それだけで人間一人分の魔力が手に入る。死体を隠す必要すらない。完全に分解を終えるのですら、三秒もあれば十分だ。

 夏弥は、理解する。理解と同時に、猛烈な悪寒。

 本当なら、ここで怒りを覚えるはずだった。神隠し、理不尽に消されていく命。その正体、その元凶が、目の前にある。

 なのに……。

 夏弥はいま、震えている。

 警笛は、もはや耳鳴りていどにしか聴こえない。それでも、この悪寒だけは今でも鮮明。寒くて寒くて、震えが止まらない。夏弥の(なか)、奥の奥から凍えが這い上る。引き込むような、そんな強烈な冷気。

 夏弥は両手で剣を握り締め、咲崎に切っ先を向ける。そのかまえをどう解釈したのか、咲崎はただにやりと歪な笑みを浮かべる。

「そして――――これこそがわたしが楽園(エデン)より受けた、呪い」

 夏弥に見せつけるように、咲崎は右手を上げる。手首から上は、完全に光の塊だ。手の形を模倣しただけの、空白の点。

「不心得にも楽園(エデン)を欲したわたしに、楽園(エデン)は罰を与えた。それが、この呪い。これは、本来ならばわたしの肉体全てを完全に呑み込むものだった。しかし、寛大なる楽園(エデン)は、愚かなわたしを生かしてくださった。……ゆえに、わたしは楽園(エデン)に仕える。楽園(エデン)の求めに従い、楽園(エデン)の望みを叶える、そのために、今のわたしの存在はある」

 距離が離れているはずなのに、夏弥にはその光がはっきりと見えた。距離感なんていう自然の法則を無視する、その横暴な光。

 身体(からだ)の震えは、まだ収まらない。見ているだけで、その事実を突きつけられるだけで、震えは一層激しくなるよう。倒れてしまわないように、夏弥は必死に自身の半身にしがみつく。

「………………これが」

 声は、震えている。悪寒は、ちっとも拭えない。けれど、夏弥は問わずにはいられない。それだけははっきりさせようと、夏弥はその問いを形にする。

楽園(エデン)の望みなのか…………?」

 八年前、楽園(エデン)は海原の町を消した。そこに住む人々を、片っぱしから呑み込んでしまった。

 咲崎が〝起源回帰(オリジナル・ソウル)〟と呼ぶそれは、楽園(エデン)の呪い、楽園(エデン)の一部。触れた人間を魔力に分解し、この世から消してしまう凶器。

「――いかにも」

 咲崎は、すでに抑えが()かないように、隠しもせず、口元に歪な笑みを浮かべたまま。

楽園(エデン)は生け贄を欲している。供物は、より有能なものが望ましい。魔術も知らず、その才覚もない羊をいくら並べたところで、楽園(エデン)は少しも満たされない。ゆえに、楽園(エデン)は自身に相応しいと目をつけた魔術師たちを互いに競わせ、最後まで勝ち残ったものをその懐へと迎え入れる。最後の魔術師は自身の肉体を捧げ、それを代価として、楽園(エデン)より世界に到達する権利を与えられる」

 楽園(エデン)争奪戦――。

 楽園(エデン)は、その町に住む優秀な魔術師に刻印を刻む。彼らは神託者と呼ばれ、世界に近づく権利を得る。だが、最後に世界に到達できるのは、ただ一人のみ。その勝者を決める戦いをこそ、楽園(エデン)争奪戦という。

 八年前――。

 最後まで勝ち残った神託者は、楽園(エデン)を受け入れなかった。ゆえに、楽園(エデン)はその町に住む無関係な人々の命を呑み込んだ。しかし、そんなモノでは楽園(エデン)は満足しない。より優秀な、世界に達するに相応しい存在を自身の一部にしてこそ、楽園(エデン)は安らかな眠りに就ける。

 だからこそ、八年。たったそれだけで、楽園(エデン)は再びこの世に現れた。自身を満たすに足る魔術師を求め、再び刻印をばら()いた。

 それが楽園(エデン)の意思なのか……?

 (しか)り、と咲崎は歪に笑む。

 神隠しこそ、楽園(エデン)の導き。捧げられた命、消えていった命、だが、あんなものでは足りない。最も有能な、楽園(エデン)の一部になるに相応しい存在。その命になら、楽園(エデン)は惜しみなく自身を差し出そう。どんな願いでも、叶えよう。世界に到達したいと、遥か昔より願われた、渇望されてきたその願いですら、応えよう。

 ゆえに、競い争え。

 最後の一人を残し、あとは不要と切り捨てよ。

 どれだけの犠牲を出そうと、かまわない。我は欲する、最後の一人を。選ばれた、まさしく、神託者と呼ぶに相応しき存在を――――。

 ギリ、と。夏弥は奥歯を噛む。

 震えはある。だが、そんな怯えをかき消すように、強く、夏弥は意識を燃やす。

 ――そう。

 夏弥は、許せない――。

 八年前、多くの命が失われた。彼らには、何の罪も咎もない。全くの無関係。そんな命が、理不尽にも消えた。

 ここ数カ月の間に、たくさんの人たちが姿を消した。傷ついた人は、さらに多い。楽園(エデン)争奪戦に関わる人間よりも、無関係な人たちのほうが、遥かに多い。

 いつだって、理不尽な死がある。無関係な犠牲が、多すぎる。

 それを、当然の犠牲と割り切るのか?こんなに犠牲者を出して、なお足りないと言うのか?こんなにも命が消えていったのに、それで満たされないなんて、なんでそんなことが言えるんだ?

 ――それが、楽園(エデン)の正体なら。

 身体(からだ)の芯が震えている。

 ――それが、楽園(エデン)の本質なら。

 右手を強く握り、その震えに耐える。

 ――それが、楽園(エデン)の望みなら。

 何故夏弥が怯えないといけないのか。足が(すく)むなんて、あり得ない。

 ――夏弥は、それを許せない。

 これは、怒りでなければならない。立ち向かわなければ、ならない。迷わない、躊躇しない。夏弥は、八年前の災害を繰り返さない。あの大災害を、食い止める。

 もう、誰も死なせたくなくて。もう、誰も殺させたくなくて。

 だから、守る。

 それが、夏弥の意思であり、決意。

 ――夏弥は……………………。

「――――なるほど」

 死んだ魔術師が告げる。その表情は無に死んでいて、その言葉は有無を言わさない強制力を持っていた。

「君の起源は〝世界〟か」

 な――、と反論の声を上げようとした。しかし、それすら許されない。

 ぐらり、と体が(かし)ぐ。体を、いや、もっと奥の、頭、頭脳、あるいは心臓、心を引っ張られるような。ぐん、と。もっていかれる。幽体離脱とは、また違う。引かれた意識は、暗い水面に沈められるように、狭まっていく。

 目の前が、闇に沈んでいく。体から感覚が消えていって、唯一の感覚は右手だけ。

 ずるずる、と意識が滑り落ちていく。(すが)るものもなく、夏弥は引きずられる。握った右手は、しかし何の引っかかりにもならず、むしろその半身ごと暗闇に落ちる。

 ――ぽちゃん。

 夏弥の意識は、闇に堕ちた。


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