プロローグ
昏い、昏い、祭壇に。
黒衣の男は聖書を開く。
「ようこそ諸君。〝楽園争奪戦〟の舞台へ」
朽ち崩れる聖堂の中で、黒衣の男は祭壇に立つ。
「観客がいなければ劇は成り立たない。劇とは、観るものがあって初めて劇たるのだから」
光のない聖堂に黒衣の男の声が響く。背後ではステンドグラスの聖母が優しく手を差し伸べている。
「わたしは楽園争奪戦を管理・監督する者、調律者、咲崎薬祇。諸君らにここ白見町で開催されている魔術師最高峰の戦い、楽園争奪戦についてお話しよう」
黒衣の男は感情のない瞳で聖書をめくる。古びたページは骨のように乾いた音を立てて書物の上に落ちる。
「〝楽園〟それはもっとも世界に近い場所。あらゆる願いを叶える人類の夢。楽園争奪戦に選ばれた魔術師は互いの魔術の全てを賭してこの戦いに挑む。最後まで勝ち残った者にのみ、楽園は世界を見せてくれる」
黒衣の男は淡々とページをめくる。
「この楽園争奪戦、本来ならば六人の魔術師が選ばれその優劣を競うはずが、ここ白見の町では七人目の神託者が現れるという異例の事態となった」
黒衣の男は、ただ静かに語る。
「かくして、白見町で七人の神託者による楽園争奪戦が幕を開けたわけだが、ここで諸君らにその神託者たちについて簡単に紹介しておこう」
べり、と黒衣の男はページをめくる。
「一人目の名は、名継路貴。元はこの町の生まれではなく、家は呪術の家系。かの者の刻印が新たな神託者に引き継がれることで、七人の神託者が生まれることになる」
べり、と黒衣の男はページをめくる。
「二人目の名は、水鏡竜次。旧姓は栖鳳楼。白見町の血族の長、栖鳳楼家の四家の一つ、水鏡に養子に出された者。自然、栖鳳楼家の跡継ぎからは外され、水鏡家の長男として権力を得る」
べり、と黒衣の男はページをめくる。
「三人目の名は、霧峰雨那。栖鳳楼家の四家の一つ、鬼道家の分家筋、霧峰家の最後の生き残り。霧峰としての血を色濃く引き継ぎ、その異能だけ見れば、今回の戦いの中では最有力候補と言えよう」
べり、と黒衣の男はページをめくる。
「四人目の名は、栖鳳楼礼。ここ白見の町を支配する栖鳳楼家の当主。まだ高校生にしてその実力はこの町でもトップクラス。優勝最有力候補の一人である」
べり、と黒衣の男はページをめくる。
「五人目の名は、王貴士。一人目の神託者、名継路貴の主人となる家の子息。今回の神託者の中では、その魔術師としての腕は低いものだが、彼が所有する式神と欠片の扱いから上位に残る」
べり、と黒衣の男はページをめくる。
「六人目の名は、雪火夏弥。一人目の神託者、名継路貴より刻印を継承し神託者となる。彼は魔術師としての教育を一切受けておらず、自身もこの戦いに参加するまで自分が魔術師であることに気づいていなかった。しかし、なんという運命の悪戯か、彼は他の有力な魔術師を次々と退け、最後の決勝戦まで勝ち残っている。魔術師としての腕は未熟、普段の魔力も人並みていどしかない。だが、どういうことか、戦いのときに見せるかの者の魔力は、他の神託者たちを圧倒し、その特異な魔術は劣勢を覆し、彼を勝利へと導いた。今回の戦いでもっとも楽園に近いところにいるのが、彼である」
ぶち、と本が閉ざされる。重厚な書物はそれ以上語る言葉を持たぬとでも言うように、静かに男の口上を聞く。
「二月もかけて行われてきた楽園争奪戦も、いよいよ佳境。最後に、七人目の神託者にご登場願おうではないか。さて、最後に勝ち残るのは雪火夏弥か。あるいは、七人目の神託者か」
そして――、と黒衣の男が初めて笑む。
「楽園の意思に、魔術師は従うことができるのか。かの前に、魔術師はなにを望み、なにを願い、そして、――――なにを想うのだろうか」
不釣り合いな笑み。
目元は少しも笑わず、硝子のように灰色で。――口元だけが幽かに笑う。
「最後まで、とくとご覧頂こう――」
昏い、昏い、棺桶で。
死んだ魔術師は、かくも告げる。