青空
少女から少年は見えなかった。あまりにも先すぎて、輝きすぎて――。
「え・・・・・・な、仲野!おっはよ〜!」
「・・・・・・・・おはよう。」
これが、俺――高瀬ショウと仲野リオの初めての会話だった。
その日、俺は7時30分というあり得ない時間に学校へ来た。
サッカーの自主練をするために。
俺は、サッカー部に入っている中学一年生。運動神経は悪くないけど、生まれつき不器用な俺は、小学校からやっていたわけでもないチーム球技では、すぐに落ちこぼれた。
運動部にしては優しい先輩と、俺の社交性がなければ、きっと嫌われていただろう。
でも、俺のプレーを見た先輩が苦笑いするのは、もう耐えられない!!
まだ学校に誰も来ていないこの時間なら、周りから「下手!」って言われる恐れがないから、心おきなく練習に励めると俺は思った。(お調子者でも多少は傷つくんですよ?)なのに・・・
(なんでいるんだよ〜!?)
俺は、心の中でため息をついた。
ため息の原因は、自分の席から俺を静かに見つめている女子――仲野リオだった。
中学一年の二学期。
仲野は、こんな時期に我が一年C組にやってきた転校生だった。
小柄で色白。色素が薄めな焦げ茶色の髪は、尻まで届くほど長かった。
彫りが深く、目つきがきつい顔立ちにはクラスの大半が少し引いた。
んで、転校早々ついたあだ名が“眠り姫”。
仲野は、みんなに「よろしくの一言も言わず、指示された席に着くと、一時間目から爆睡。四時間目終了のチャイムで計ったように起き出すと、弁当を手にふらりとどこかに消えてしまった。
それから後も、先生がいくら叫んでも起きなかった仲野は、ついに終学活まで寝ていた。でも、下校時刻になると幻のように消えていた。
クラスの派手な女子たちは、「キモい」だの「むかつく」だのいろいろ言ってるけど、思ったより長いまつげで縁取られた目とか、結構可愛いと俺は思うんだ。
こんな変わった転校生が来て、もう三週間になる。
先生たちはついに仲野を起こすことをあきらめた。今では、仲野の寝息がクラスのBGMになりつつある。
(まさか、こんな時間にいるなんて・・・)
「仲野、お前来るのはえーな。いつもこんな早くに来てるのか?」
戸惑いながらも、精一杯のにこやかな笑顔で話しかけてみた。
「・・・・・・・・・・・」
・・・シカト?マジですか?
いやっ、くじけてはいけないぞ俺!
自分で自分に喝を入れると、どうにかして仲野とコンタクトをとろうとする。
この自主練を秘密にしてもらうために。
「な、仲野はさ、何でこんなに早くに来るんだ?」
ヤバイ。どもってしまった。しかもなんて答えにくい質問をするんだ・・・
きっと、仲野だって引くに決まってる・・・
「なぜ、理由がいる?」
・・・は?
何この声。
えっ!?もしかして??もしかすると?
「なぜ理由が必要なのだ?」
まぎれもなく、この、よく響く少し低めの声は仲野のものだった。
(つーか・・・)
言葉遣いおかしくねぇ?
『なぜ』とか『なのだ』とか・・・
今どきふざけてても言わねーよな。
「答えられないのか?」
「ぅえ?」
ボーッとしていたせいか、変な声を出してしまった。
「ならいい。」
仲野は、無表情に言うと、俺に張り付いていた視線を手元に落とした。
その手には、今まで気付かなかったが本がにぎられている。
でも、俺にそんなこと気にしている余裕はなかった。仲野になんとかしてこの自主練を秘密にしてもらわなければ!
「仲野!!」
俺は勇気を振り絞って声を掛けた。仲野は、ゆっくりと顔を上げる。
「?」
「あ、あの、さっきはこっちから聞いといて、シカトして悪かった。えっと・・・お前に頼みがあるんだ。」
「頼み?」
「えっと、その・・・俺が朝早く来ていることみんなには黙っていて欲しいんだ。」
仲野は、こっちが苦しくなるほど見つめてくる。
そのためか、俺はものすごく緊張していた。
まるで、裁判に来た犯罪者のように。
「別に構わない。」
仲野は厳かに告げた。
俺は、自分でもビックリするほど安堵していた。
「そっか!!ありがとな!」
しっかりとお礼を言う。(人間関係良好のための秘訣!)
「ただ・・・」
「え?」
「私はお前の名前を知らない。」
びびった・・・
仲野に真顔で声かけられると、何もしなくても緊張する。
「そういや、まだ言ってなかったもんな。俺、高瀬ショウ。よろしくな!」
「ああ。」
仲野の素っ気ない態度はもう気にしないことにする。
でも、この変な言葉遣いの少女が俺はいたく気になった。
「なんでこんなに朝早く来ているの?」、「なんで授業中寝ているの?」、「どうしてそんな風に喋るの?」・・・聞きたいことは山積みだった。
でも、サッカーの練習に早く行かないと。これじゃあ本末転倒になってしまう。
俺は、昨日習ったばかりの四字熟語を思い出しながら校庭へ向かった。
9月の半ば。
そろそろ高くなってきた空は、今日もキレイに青かった。
どうも。水無月 十七と言います。
このような駄文にお付き合い下さり、本当にありがとうございます。少しでも、ショウやリオ達を愛でてくれたら幸せです。