第16話 異世界 その1
話に区切りがつき、ソファから立ち上がろうとした匠たちを千秋が呼び止める。
「どうしたんですか、千秋先輩?今日はもう動かないんじゃ?」
匠が疑問を口にする。
千秋以外、匠の疑問に同調する雰囲気が流れるが、千秋からそれとは別口の話なのだと告げられる。
「うん。救出作戦は今日は行わないのだけどね。ちょっと話をしておきたくて、どちらかと言えばここにきてもらった理由は今から話をする事なんだ」
まったく心当たりがない匠は、机に置かれたカップに口をつけ、話を聞くと腰を落ち着ける。
「遅い時間になってすまないね。後で車を用意するから」
「いえ、お構いなく」
千秋の家は上流と言って差し支えない、屋敷みたいな家で、一般人から見れば豪邸に属する。
車を用意すると高校生が口に出来るほどなのだと、納得もいく。
自分ひとりなら、話を受けていたかもしれないが、車内で二人に挟まれた状態で精神がもちそうにない。
匠はまだ、挟まれてはいるが、歩いて帰るほうが、気がまぎらわれると思った。
「では本題なのだが。白鷺、彼女をここに呼んできてもらってもいいかい?」
「マスター、それは?!」
千秋が黙って頷くと、白鷺は皆に一礼し部屋を出て行く。
なにやら重苦しい雰囲気に、冷めたカップにもう一度口をつける。
「千秋先輩、誰が来るんですか?」
「それは着てから話をするよ。自己紹介を2回するのは面倒だしね」
「そうですよね」
なにやらもったいぶる千秋にいつもの、余裕は感じられない。
扉が開く音が聞こえ、そちらに顔を向ける。
まずは白鷺は入ってきて、その次に車椅子に乗った拘束帯をつけ、目隠しをされた少女のような人間が入ってきた。
「ち、千秋先輩?!さすがに先輩は変態だと思っていましたが、ここまで進んでるとはさすがに想定外です」
「それは誤解だよ。まるで僕の趣味を反映したような言いがかりはやめてくれないか?これは彼女自身が望んだ事なんだよ。いや望んだというよりこの世界で生きていくのはこうしたほうがよかったと言い換えるべきか?」
非難する匠に、誤解されてちょっとあせった声で早口で説明する千秋の裏を確認する為、白鷺のほうへ顔を向ける匠は、目を閉じゆっくり、彼の言っていることを肯定すると頷かれる。
ほっとした匠は、拘束帯をつけた少女に顔を向け、よく見る。
容姿以外”特に変わった所”は見受けられない。
「そのかっこうに何か秘密があるのですか?」
「うんうん。洞察力が上がってきたね。そして、僕の誤解も解けてなによりだよ。紹介が遅れたね。彼女はマリネール。異界の王だよ」
「異界の王?」
「魔王だね」
「魔王だと?マリネール?聞いた事もない名前だ。それと我々と同じ”悪魔”を感じない。そこの白鷺だったか、まだそいつからなら我々と同じ”におい”がする」
まず、千秋の言葉に周りが反応し、その中で出た一番の疑問がシェムから出て、車椅子の少女を知らないという。
シェム、そして確認されているヤギ悪魔、ののん、一乃原 エムには、自分達がもつ波動で悪魔だと感じるものがある。
「シェムさん、彼女は魔王だが、君たちがいた”世界の”とは一言も言っていないよ」
「どういう・・・。」
「異世界はいくつも存在すると言うことだよ」
千秋の説明に、この場で真実を知らない、匠達とののんは驚いた顔をしていた。
「妖魔自体この世界に初めからいた存在ではないといわれている。」
「そうなんですか?!」
「古くからいてるから、そう認識してしまっているが、文献によるとその存在が確認されていない時期があり、人々が武器を手にし始めた時代、多くの人々の血が流れ始めた時にどこからともなく現れたと記されている」
「じゃあ、アレも別の世界から来たものなのですか?」
「可能性は非常に高いと思ってるよ。それを裏付けるような話も残っている」
千秋が、水無月を見て、語り始める。
「神野君の家、そして藤堂家のもつ退魔の力。それも、妖魔が生まれた後に文献に記され始めているんだ」
「どういうことです?」
「多分だけど、妖魔がこちらの世界に来た時に、同じように妖魔を退治できる人たちもこっちに渡ってきたんじゃないかと思われるんだよ」
なるほどと、匠は頷き話を修正する。
「で、彼女は、妖魔でもなく、シェム達がいた世界でもない、まったく新しい世界から来た”魔王”ということなんですか?」
『そうじゃ』
車椅子の少女は口を開くことなく、その言葉は直接、匠の頭に流れ込んでくる。
匠が驚いていると、周りの反応も似たような感じで、どうやら彼女の言葉は自分以外にも送られているようだった。
『童は王として、世界すべてを掌握しておった』
「それは武力を使ってですか?」
『それ以外に何がある?』
匠の質問に当たり前の事だと返事される。
千秋に顔を向ける。
「彼女は、説明が下手でね。僕も色々話を聞いて彼女と共にいる。信用してもらっていいよ」
「では率直に聞きます彼女は”悪”なんですか?」
「その定義は非常に難しいね。見方の問題だからね。僕が聞いた彼女の世界の話をしようか。いいかな?マリネール?」
『好きにせい』
マリネールの合意を得たことで彼女の世界の話をし始める。
「マリネールがいた世界の文化は、中世ヨーロッパをイメージしてもらったほうがいい。貴族階級が存在し、人間同士が常に争っていた。来る日も来る日も続く戦乱。彼女は、”異能者”でね。世界の人々の恐怖の声が聞こえてくるみたいなんだ。彼女が住んでいたのは西の端に存在する雪山の頂上に建てられた氷の居城。生まれた時からずっとそこに住んでおり、彼女以外は誰もいなかったそうだ。誰にも、その”声”の話を相談できる者もおらず、何年たっても、恐怖の声はなりやまない。彼女はどうすればこの声が聞こえなくなるのかと思ったそうだ」
「はい!」
元気よく手を上げる水無月にみんなが注目する。
「どうやって、生きていたんですか?」
「ああ、食のことかな?彼女は、魂のような存在でね。肉体はあるのだが、精神の力で肉体を保っているんだよ。なので生理現象もない」
「精神の力って?」
「人間の負の感情だよ」
周りが黙りこみ、千秋は話を続ける。
「彼女が聞こえ続けていた”声”は後で気がついたそうだが、彼女が生きていく為に必要な精神力”負の感情”の歌だったそうだ。しかし純粋な魂の彼女は、その”負の感情”のなんともどす黒いエネルギーは気に入らなかったらしい。そこで彼女は戦争を開始した。世の中を平定して、”負の感情”が少なくなるように。彼女は”負の感情”がなくならない事はなんとなくわかっていたそうだ。それでも少しでも、平定できればと動いた」
「千秋先輩、さっきから”平定”といっていますが平和ではないのですか?」
「それも見方の問題だからね。彼女は平和なんて言い方はしなかった。自分の”武力”で勝ち取った”平和”なんて”ない”ともね。強引な力で世界を動かす彼女を魔王と誰かが呼び始めていた。人間達は自分達の権力を、この魔王から奪われないと抵抗し世界は魔王討伐に一つになっていったそうだ」
「あれ?マリネールさんは一人だけなんですよね?」
「彼女の異能は、新しいモノを生み出す力。マリオネッター(人形師)なんだよ」
「その力って千秋先輩と同じ?!」
「そう彼女が僕のマスターだよ」




