第2話 ”ともだち”
少女を家に連れ込み、食事を与え、少年は拾ってきてはいけない動物を連れ帰った気分になっていた。
(やばい。どうしよう。そうだ家に帰せば問題はない。)
8歳の少年が必死に考えて出した答えが家に帰す事。
ごく当たり前なのだが、混乱した頭でよくひねり出したと少年は自分をほめていた。
「お前、家は?」
「お前ではない。我の名前は、エム。我が名前を口にしたのだ、お前も名乗るがいい。」
さっきまでは、よほど腹が減っていたのかかすれた声だったが、今は顔とリンクして美声と表現してもいいのではと思うほどきれいな声だった。
エムと名乗る少女に押されて、自分の質問の返事は後回しに名乗ることにした。
「俺は一之宮 仁だ。」
「ほう。いい名前ではないか。食事のお礼に1つだけ願いをかなえてやる。」
どこかで聞いたことあるセリフだなと思うが仁は真剣に考えた。
お金か?いや違う。
お金は父と母がかなりの額を残しており、将来大人になって自分が大学を卒業し、自営業を始めたとしても、ゆとりある金額を残してくれている。
そのせいで、親戚をたらい回しにされて、お金を出さない仁に対して、何度か暴力も受けた。
父の親友だったらしい顧問弁護士がすべてを管理しており、親族には絶対に引き出せないようになっていた。
少年が、成長し社会人として歩き出せるようになった時、初めてすべてのお金を手にする事ができるように配慮されていたのだ。
現在の生活に関しては、おばさんがすべて出してくれている。
見返りなど気にすることなく、厳しい所もあるが、理由がある場合はかなり融通してくれる。
では生活面ではなく、何が今の自分に足らないのか?
仁の口から出たのは、今までで一番いらないものだと思っていたものだった。
「友達がほしい。」
「”ともだち”?なんだそれは?」
エムの問いに、仁も困る。
友達とは何だ?
あまりにも今までなじみがない”友達”に関しての知識がなく、自分で言っていて言葉に詰まる。
「”ともだち”とは、食い物か?それとも名誉か?」
「食い物ではない。名誉・・でもないな。一緒にいてくれる人の事だと思う。」
「おお。そんな簡単な事でいいのか?では我がその”ともだち”になってやろうではないか。我が主人で、仁が下僕だ。」
「ん?」
どういうニュアンスで伝わったのかわからないが、エムの言っている意味がよく理解できなかった。
いや、自分の感性がこの時はっきり間違っているとは気がついていたのだが、つい話をあわせてしまった。
「じゃあとりあえず、それでいい。」
「では契約成立だ。」
エムが仁に近づくとそのまま、口と口が触れ合う。
すごくいい香りが仁の鼻腔をくすぐるがすぐに、意識を立て直しエムから離れる。
「な、なにしやがる!」
「何とは?契約だ。」
「契約?」
仁が契約の言葉に疑問をぶつけようとしたとき、心臓の辺りから強くえぐられるような痛みを感じ膝をつく。
あまりの苦しさに声が出ず、我慢しきれなくなって横に倒れそのまま暴れる。
数秒間だけだが、仁からすればもう何分もその状態が続いた錯覚に襲われた。
急に痛みが治まり、あれほど苦しかったのがうそのようだった。
「どうなっているんだ?」
「お前は我の下僕となったのだ。喜べ。」
「下僕だと?」
「さっき言ったではないか?”ともだち”になりたいと。」
「ああ。」
「契約として”ともだち”になってやったのだ。我の”ともだち”になれた事を感謝しろ。」
エムが言っている”ともだち”の定義と、仁が思っている”友達”の定義に間違いがあると感じ取ったが、仁の中に『これでいいか』と思う気分があった。
「エムとかいったな。契約とはなんだ?”友達”に契約はいらないはずだ。」
エムの言っている契約についてだけは、本能で確認しないといけないと思った。
ニヤリと笑うエムに、背中がゾクっとするが、腹に力を入れて仁は言葉を待った。
「我は魔王 デムグラの第3皇女 エム。その下僕としての契約を仁にしたのだ。」
「魔王?」
ゲームか何かの設定かと顔をしかめるが、エムの体からさっきまで見えていなかったオーラが見えていた。
自分の目をこすり、再度エムを見るがオーラが消えることはなかった。
「見えるようになったようだな。」
「それは一体?」
自分の身に何が起きているんだ?よくわからない現状でエムにペースを持っていかれて、恐怖で膝が揺れる。
気がついた時には体がガタガタ震えていた。
エムはそんな仁を得に気にする様子もなく、話を続ける。
「肝の小さい奴だ。そんな事では我の”ともだち”は勤まらぬぞ。もっと腹に力をいれい。」
エムの活に仁は再度腹に力を入れる。
すると腹の中心あたりに、熱いものを感じ始め気がつくと震えが止まっていた。
「そうじゃ。いい子じゃな。」
エムの笑みについ見とれてしまう。
(こ、こんなことは初めてだ。)
直感的に好きだと感じてしまった。
初恋だった。
色々聞きたいことだらけだが、どうしていいのかわからず、おろおろしてしまって好きな人にそんなみっともない自分を見せて、恥ずかしくてどうしようもなかった。 その時、予想外の事が起こった。
「仁~帰ってきてるの?」
家の扉が開き、おばさんが入ってきた。
仁の脳に色々なシュチエーションが高速で駆け巡った。
が、どれでも現実的ではなく、家の扉が開き結果見られてしまった。
エムを・・・。
顔が麻痺したように固まる仁と、目を見開くおばさん。
首をかしげるエム。
この3者の構図を思わぬ形で崩したのはおばさんだった。
「あらエムちゃん、いらっしゃい。」
「うむ。世話になっておる。」
当たり前のように会話する2人を、麻痺から治った仁が確認する。
「あざみさん、この娘知ってるの?」
「はぁ?知ってるも何も、親戚の一乃原 エムちゃんじゃない?仁寝ぼけてるの?あ、そうそう今日から来るって話言ってなかったっけ?」
仁は”一乃原 エム”なんて聞いたこともなく、そんな親戚がいることも聞いてなかった。
これでも親戚をたらい回しにあったおかげで、主な親戚の名前は覚えている。
その中に”一乃原”なんて存在しなかった。
一体どうなっているのかわからず、とりあえず話しをあわせておく。
「そうだったのか。聞いてなかったよ。あざみさん。」
「ごめんね~。じゃあエムちゃんの部屋作らないとね。」
「あざみ。大丈夫。仁の部屋で寝る。」
「え~。小学生とはいえ同居はまずい気がするな。」
仁もまずいと思った。
好きになった相手と一緒に住むなんて、8歳の少年の心臓はときめきと戸惑いで、バクバクいっていた。
「問題ない。仁がちゃんとやってくれるから。」
「う~ん。仁、エムちゃんに変な事したらだめだからね。親戚なんだよ。」
「う、うん。」
引きつったままの顔で、返事をし、あざみがいなくなると、エムの顔を見た。
そこには悪魔の笑みを浮かべる悪魔がいた。
こうして仁とエムは一緒に暮らす事になった。
後からエムに聞いた話、あざみさんには催眠術をかけて、俺とエムを親戚にしたらしい。
それ以外の記憶改変はしていないとの事で、それ以上はやめてくれと頼んだ。
あざみさんを傷つけられるのは、いくら好きな女の子でもイヤだった。
それをいうと、少しほほを膨らませ、何か怒っているエムだったが、とりあえずご飯を与えることで気が落ち着き、良かったと思った。
エムと出会った4年前を思い出している最中に、チャーハンもどきが完成し、リビングで食べるために皿を運ぶと、モノホシそうなエムを見てしまい、顔をしかめた後、もう一度チャーハンを作ることになった。




