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クロスロード  作者: 八尺瓊
第2章 シロヤギさんとクロヤギさんの復讐 上
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第1話 紫の少年

 ----これは俺が最近よく見る夢だ----


 雪が降る夜、寂れた公園で少しの明かりの中、曲に合わせてダンスをする1人の少年がいた。

 まだ、あどけなさを残しながら、その瞳には明日への希望だけが映っているかのように軽やかにステップを踏む。

 髪は紫色で根元まで同じ色。

 染めたのではなく地毛で、その色のせいで少年は学校では少々浮いた存在だった

 身長はやや小柄で体は細め、中学に入れば髪色などを気にせず付き合ってくれる友達ができると思っていたが、すで年を越して2月、それでも友達はまだいなかった。 そんな彼だが、ダンスの腕前はプロが見ても息をのむほどであり、その時たまたま通りがかった車が一旦公園を通りすぎていくが、ブレーキ音をさせて止まったようだった。

 車から降りてきたのは禿頭で長身ボディーガードでもやっているのかと言うぐらいスーツの上からでもわかる筋肉が特徴で顔も強面の男だった。

 男が公園に入り、少年に近づく。

 少年からすれば大男が自分に近づいてくるその圧迫感は感じてはいるが、体が強張るほどではなく、男の行動を観察していた。

 男が少年の目の前で止まると、低い声で話しかける。


 「俺の名前を言ってみろ。」


 少年がまゆげをくの字に曲げ、え?今なんて言った?的な顔をするともう一度聞こえるように男が言う。


 「俺の名前を言ってみろ。」

 「知ってるわけないだろ。」


 特におびえた様子もなく少年が目の前の男に対して当たり前のような口調のハスキーボイスで言う。

 その言葉に男は1度頷き、少年を睨みつけるように見る。


 「合格だ。」


 少年からすれば何を言っているんだこのおっさん?と言いたげだったが、さすがに男から発せられる威圧感にその言葉は出てこなかった。

 少年が戸惑っていると、男がスーツの裏ポケットに手を伸ばし、名刺入れから1枚取り出す。


 「いつでも遊びに来い。」


 少年に名刺を渡すと、その場から男は去り、車の移動する音が聞こえて消えていった。

 呆然と立ち尽くす、少年に手渡された名刺には業界人なら誰でも知っている有名プロダクションの会社名と、名刺を渡した人物の名前<豪堂寺ごうどうじ 義光よしみつ>と書いてあり、隣の肩書きには<代表取締役>と書いてあった。

 これは夢なのかと少年は疑った。

 あまりにも突然の出来事と、現実身のない展開。

 右手に握られた名刺が、夢でなかった事を証明するが、これが”本物のあのプロダクション”と関わりがある物なのかもわからない。

 まだ曲が流れていたが、少年はステップを踏む気になれず、ラジカセを止めて手に取ると家に帰る。

 10分程度歩くと、目の前に最近リフォームされたまだ真新しいマンションがあった。

 作りがヨーロッパ風だがセキュリティなど防犯もしっかり整えられている。

 マンションの1階の左右に2室の部屋があり真ん中に2階に繋がる階段がある。

 少年が階段を上がると2階にも左右に部屋があり、左の1室の扉にカギを刺しもうひとつカードリーダがつけられており、カードをリーダーに通す。

 カチャと少し扉が開き、右手で引っ張り開けると、玄関に横たわった少女がいた


 「大丈夫か?」


 少年が腰を落とし、声をかけるとかすれた声で返事がした。


 「お、おなかすいた。」

 「わかった。今作る。」


 少年が、少女に肩を貸しリビングに連れて行くと、テレビの前においてあるソファに寝かせる。

 そのまま、台所に移動して白ご飯と、メイン食材のハム、後は野菜関係を適当に冷蔵庫から取り出し、フライパンを暖める。

 フライパンの温度に気をつけながら、野菜を適当に刻みフライパンへと入れる。

 ハムも刻んでフライパンにいれ一緒にご飯も投入する。

 隠し味にコンソメの素をいれ、適当に味を調えてから卵を投入。

 出来上がったチャーハンもどきの味を確認して、皿に移すと湯気が立ち胃を刺激する匂いがする。

 皿をトレーに載せリビングに戻ると、ぐったりとした少女に話しかける。


 「飯できたぞ。」


 少女は今までのぐったり感がうそのように、飛び起き行儀よくソファに腰を深くかける。

 目の前に置かれたトレーとチャーハンもどきを目にして、少女の目が輝く。


 「では食ってやろう。我が食べることにありがたく感謝するのだ。」

 「ああ。食べろ。」


 上から目線の少女の言葉に特に気を悪くした様子もなく、その少女は少年の返事を待たずに目の前のチャーハンもどきを必死に口の中にかけこむ。

 当たり前のようにのどに詰まらせ苦しそうにする少女に、トレーと一緒に持ってきていた水のコップを手渡すと、一気に飲み干す。


 「ぷはー。今のはやばかったのだ。」

 「誰も取りはしないから、ゆっくり噛んで食べろよ。」


 少しあきれ口調の少年を、口を尖らせて睨み付けるが、まだおなかが空いているのかぐ~~と音が聞こえる。

 顔を真っ赤に恥ずかしそうに下を向く少女にため息をつきながら、少年は立ち上がる。


 「俺自分の分を作ってくるから、ゆっくり食べるんだぞ。」

 「”ともだち”に向かって上から目線すぎるぞ。お前が早く帰ってこないのが悪いんだぞ。」

 「すまん。すまん。」


 少年の心のこもっていない謝罪にさらに、少女はほほを膨らませる。

 そのまま、少年は台所に行き自分の分のチャーハンもどきを作り始める。

 チャーハンもどきを作りながら少女との出会いを少年は思い出していた。

 

 意外と少女との出会いは長い。

 8歳のときだった。

 その当時、紫色の髪のせいでクラスでいじめを受けていた少年は、いじめの主犯格を探し出しケンカをした。

 細身の少年には、少々荷が重い相手だったようで体格のいい、クラスで一番ケンカの強いといわれている相手だった。

 ボコボコにされてもなおくらいつく少年に、イラダチを覚えた相手から腹に蹴りを入れられて膝をつく。

 悔しかった。

 この髪は地毛で、家族との絆。

 父と母とは4歳の時に死別し、親戚をたらい回しされた後、今の遠縁のおばさんに引き取ってもらった。

 学校でケンカをして、軽症とはいえ怪我をした少年を引き取りにおばさんがやってきてくれた。

 先生から話しを聞き、少年を引き取るとおばさんは自転車の後ろに少年を乗せ家に帰る。

 その途中色々話しをした。


 「あんまり心配かけるな。」

 「すみません。」


 他人行儀に会話をする。

 たらい回しにされた1年間で少年の心は閉ざされ、おばさんの家に来たときにはほとんど言葉を話さなかった。

 これでもずいぶんましになったほうで、少年の見た目は体は細めの口数少ない、いじめの標的にされやすいタイプだった。


 「私達は家族だ。好き嫌いとは別に心配する権利がある。だから心配するんだぞ。」


 言われている事はなんとなくわかった。

 しかし、また利用されて捨てられてしまうのではと、心に刻まれた傷が防衛本能を呼び覚まし、心を殻で包んでしまう。


 「すみません。」


 このおばさんに心配はかけたくないと思う反面、どう感情を表現すれば気持ちを伝えられるのか、どうすれば自分は他人と傷つかない距離感を保てるのかわからず、少年は謝ることしかできなかった。

 自転車を止め、少年を下ろすとおばさんは抱きしめてくれた。

 なぜそうされたのかわからず、おばさんの顔を見ると涙がほほを伝っていた。

 なぜ泣くの?

 自分は彼女に悪いことでもしたのか?

 どうして傷つけたのか?

 どうしていいのかわからず少年も、感情の波が押し寄せて気がついたらおばさんを抱きしめて泣いていた。

 傷つけるつもりなんてなかった。

 心配させるつもりもなかった。

 自分がとった行動が正義だと信じ、いじめて来た主犯格と殴りあっただけ。

 間違いなんてないはずだった。

 その考えの先にある結果が少年を成長させる糧になる。

 もうおばさんを泣かせないと誓った。

 本気で泣いてくれている、この女性を自分のせいで不幸な気分にさせてはならない。

 その日から少年は、彼女だけには少しずつ心と言葉を開いていく。

 何ヶ月か過ぎた頃、テレビでやっていたダンスに少年が目を向けていた。


 (これならできる。)


 いろんなダンスの番組をHDDに録画をし、何度も見て近くの公園で練習する。

 彼にはダンススタジオに通って練習するという事は発想の中になかった。

 いまだ他人を信用できておらず、他人から何かを学ぶことに抵抗があった。

 小学校はおばさんが困るから”義務”でいかないといけない。

 勉強はできた。

 運動もできた。

 未だに他人との距離感がわからず、結局小学校では友達といえる人は誰一人できなかった。

 中学校に行っても基本は小学校の持ち上がりで、このままだと思っていた。

 そんな日々の中、今日みたいな雪の日のことだった。

 いつものように、ダンスの練習を人目の少ない公園でやっていた。

 どさっという音が聞こえ、そちらに目を向けると同じ歳ぐらいの少女が横たわっていた。

 警察を呼ぶにも8歳の自分では電話というツールを使うには、レベルが高く人と会話を好まない自分では、うまく伝えられるかわからずとりあえず、少女に近づき生死を確認する。

 少女の顔を見ると同じ歳なのに、美人だと思った。

 自分のクラスにいる少女達とは一線を簡単に超える美少女。

 特に目を引いたのは銀髪。

 きれいな銀色の髪で、染めたような色ではなく彼女も地毛だった。

 子供ながらに心が引かれるのを感じた。

 他人にここまで引かれるのは初めてだった。


 「大丈夫か?」


 息を呑み緊張しながら震える声で、自分がしっかり言葉にできたかと思うような意識の中、必死でひねり出した言葉で、返ってきた言葉は想像していなかった。


 「お、おなかすいた。」

 「お、おう。」


 まったく見ず知らずの少女になぜ俺がご飯を与えなくてはいけないのか?ということよりも、少女に食べさせたいという気分になり、少女を起こすと手をつなぎ自宅へとひっぱっていく。

 おばさんが経営するぼろぼろマンションの1室を少年の部屋として使っていた。

 8歳の少年は寝るときだけ防犯のために、おばさんの部屋へと行くことになっている。

 しかしまだ寝る時間ではないし、自分の部屋に、少女を引っ張っていき、リビングのソファに座らせる。

 少年が作れるのはこのとき、料理というにはお粗末な、たまごかけご飯。

 とりあえず、作って彼女に出す。


 「食べろ。」


 目の前にある粗末な食事を、少し嫌そうな顔をするが少女は手を合わせ食べ始める。

 始めは、嫌そうな顔をしていたが、だんだん口に入れる速度が上がっていき最後はかけこむようにがつがつ食べ始める。

 決め手はたまごかけご飯用のしょうゆだなと少年は思っていた。

 一瞬にしてなくなったご飯に、茶碗を少年に差し出し催促をする。


 「もう一杯。」

 「お、おう。」


 差し出された茶碗を受け取り、少年が何かわからないがうれしい気分になったが、このあとご飯を4杯もおかわりされ、釜の中が空になったので一旦諦める少女を見て後悔をする。

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