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クロスロード  作者: 八尺瓊
第2章 シロヤギさんとクロヤギさんの復讐 上
15/31

プロローグ ”D”

 夜が作り出す幻想的な月明かりに、映し出される都会のビル。

 その屋上に、2体の執事服を着た身長100CMほどのヤギが言い争っていた。

 まるで人形が喧嘩をしているような様子はかわいらしいものであったが、そこに含まれる怒気はドス黒く異様なものだった。

 

 「シロイノ貴様のせいだ!最高のご馳走が消えてしまったではないか!」

 「は~ん?ふざけるなよ。クロイノ。てめーのせいだろが!」


 2体の執事服はすでにボロボロになっており、見れば2体とも顔が青あざだらけだった。

 しかし、言い争っているうちに青あざが、収縮していき元の綺麗な肌に戻る。

 2体はお互いの胸倉をつかみあったまま、にらみ合いを続けていた。

 一旦手を放し距離をとると、お互い右ストレートパンチを繰り出していた。

 まったく同じタイミング、同じリーチなのか互いの顔面にクロスカウンターで顔を歪ませて、口から血が吹き出る。

 2体のヤギがビルの屋上で戦っている理由は、先日手に入れた”ご馳走”の権利を巡って数日間言い争っていたのだが、”エゴリス”が倒され”ご馳走”が消えてしまった事にある。

 手に入れた”ご馳走”があまりに惜しかったのか、2体は言い争いを初め、とうとう殴り合いを始めたのだった。

 2体は数日間殴り合いを続け、それでも互いの気持ちが落ち着くことがなく、殴り合い罵り合い、さらに負のスパイラルを加速させる。

 それでも収まる様子はなかったが、別の要因によってこの喧嘩が解決する。


 「死ねや!クロイノ!」

 「お前こそ死ね!シロイノ!」


 突き出した拳をぶつけながら、空中で激しいバトルを繰り広げている2体を止める者がいた。

 

 「お二人とも~その辺で、もういいんじゃねっすかね~?」

 

 声をかけたのは茶髪に耳ピアスが複数あり、小柄で生意気そうな少年だった。

 そんな少年に止められている事に気にした様子もなく、シロヤギとクロヤギは戦いを止めようとはしない。

 本能のまま気持ちをぶつけ合う2体に対して、やれやれといった溜息が止めに入った少年から聞こえてきたが、それでもこの喧嘩を止める方向で2体に向けて声をかける。


 「抑えられない気持ちがあるのはわかったっすけど、そこはオレッチが持ってきたこいつでなんとか抑えてもらえないっすかね?」


 少年は右手を広げ、そのうえに4個の球体をのせており直径3CMほどで茶色。

 タイガーアイのような模様がついており、以前ヤギたちが少女の体から抜き取った物と似ていた。


 「これ、あんたらの好物っすよね?ちょっと質は落ちるかもしれないっすけど。どうですか?これで落ち着いてもらえないっすか?」


 空中にいたヤギ達は少年の目の前に降り立ち、ニコニコ顔で少年にすり寄ってくる。


 「それ~くれるの~?」

 「いっぱい持ってるね。どこで手に入れたの?」


 ヤギ悪魔達は、うれしそうに質問をする。

 少年は、何かを含む笑みを浮かべ、擦り寄ってくるヤギ悪魔2体から手で少し押しのけて離れる。

 2体の悪魔がわくわくした瞳で少年を見つめる。


 「ここじゃあハンター達がやってくるかもしれないっす。場所を変えてから話するっす?」

 「どうでもいいから早くそれ頂戴。」


 少年の右手の中でコロコロともて遊ばれる球体に、合わせるように顔を動かす2体をニヤニヤしながら観察し、移動する提案をだす。

 しかし、そんな話より目の前のご馳走が気になり、ヤギ達はそれどころではない。 球体のおかげで主導権を握っている少年が強引に話しを進めようとする。

 

 「オレッチの影に入ってくれないっすか?2体のヤギが外で歩くと目立つっす。」 「「それより早く、それをよこせと言っているのがわからんのか?!クソガキが。」」


 じらされている状態のヤギ悪魔達が、重なる声で怒気を含ませ急に態度を変えブチ切れる。

 圧倒される負のオーラにも涼しい顔をして少年は、まだ手の中で球体を転がして余裕を見せる。


 「あんたら自分の立場がわかってないようっすけど、俺の方が”上”っすよ。」

 「「人間ごときがわけのわからんことを!」」

 

 まさに悪魔の声。ヤギ悪魔達の重なる声は普通の人が聞けば、立ちすくんでしまうほどの怒気が含まれ、腹のそこから恐怖を感じるものだった。

 少年が平然と指鉄砲を左手で作り、撃つ真似でシロヤギを撃つ。

 

 「パン。」


 少年の声とともに、シロヤギの右腕がマグナム弾で撃たれたようにちぎれ飛ぶ。

 一瞬何が起こったのかわからず、自分の右腕を確認するシロヤギ。

 ちぎれ吹っ飛んだ右腕が後方にあり、それと自分の腕を交互に確認すると、シロヤギの顔が真っ赤になり怒りをあらわにする。


 「お前を殺す。」


 シロヤギの死の宣言にまだ涼しい様子で、少年は頭をかしげながらやってみろといいたげな顔をし挑発をする。

 ちぎれ飛んだ右腕からは血は流れ出ていないが、その代わり、どす黒いオーラが腕の周りに立ちこめており、シロヤギは右腕に力を込める。

 しかし、本来意図した現象が起こらずシロヤギはなぜだと、疑問の顔になる。


 「あ~、あんたの腕しばらく生えてこないっすから。この意味わかるっすか?オレッチがおまえらの頭を吹っ飛ばしたら、しばらく再生できないようになるってことっす。」


 少年の話を信じられないのかヤギ悪魔達は少年から距離をとり、手を前に突き出し攻撃態勢の構えを取る。


 「オレッチあんたらとやりあいにきたわけじゃないんっすよ。けど、ま、いいか。悪魔を調教するのもまた楽しいっすよね。」

 「「ひき肉にしてやるよ。人間。」」


 ヤギ悪魔達と少年の戦いが2分で決着がつき、2体が喧嘩をしていた時よりぼろぼろで肩で息をしており、シロヤギとクロヤギは右腹にえぐられた穴が開いており、見るからに瀕死の状態で横たわっていた。


 「まだやるっすか?」

 「「貴様は何者だ?」」

 「一緒に来ればわかるっす。」


 このままでは、”消滅”してしまう可能性を感じ、2体のヤギ悪魔は仕方なく少年の提案を受け入れる。


 「じゃあオレッチの影に入るっす。」


 言われるまま、ヤギ達はぼろぼろの体を引きずりながら、少年の影へと入っていく。

 2体が影に入ると、少年は32階建てのビルから飛び降り、呪文を唱えるとブラックフォールのような黒い渦が発生し、その渦に少年がつっこんいく。

 少年が次に現れた場所は古い洋館で手入れされているのか、されていないのかわからないぐらい草が生い茂りレンガの壁には蔦が張って、見てからに怪しい雰囲気が漂っていた。

 少年は大きな錆付いた門を開き洋館へと入っていく。

 エントランスを抜け、応接間と思われる場所にたどりつくと、大きなソファに座り、スマホを取り出し電話をかける。


 「あ~もしもし、オレッス。はい、わかりました。」


 しばらくすると、応接間にアロハシャツを着てサングラスをした長身の30代ぐらいの男性が入ってくる。


 「つれてきたのか?」

 「もちろんっす。」

 「前から言おうと思っていたがその”っす”って語尾、敬語ではないぞ。」

 「まじっすか?!オレッチずっと敬語と思ってたっす。」


 まったく悪びれた様子もなく、”っす”を使い続ける少年を見て、男性はため息をつき、少年の顔を見る。


 「お前を教育をする必要があるな、ケイ。」

 「完璧なオレッチに勉強の必要なんかないっすよ。」


 少年はダンスユニット”D”のメンバーのケイで、アロハシャツの男性は、会話の口調で彼と親密な関係であることを感じさせる。


 「それより、ジェイはどうした?」

 「さあ、電話かけても繋がりが悪いっすからね。あいつ。」

 「あいつとはなんだ?いままで金魚のフンのようにジェイにくっついていたではないか?」

 「最近付き合い悪いんすよ。ジェイの奴。オレッチが持ち上げてやってるのに、何が気に入らないのか、シカトしてくるっす。」

 「やり方に問題があるのでは?それとも・・・。まあいい。例の悪魔を出してくれ。」


 ケイが腰を落とし、自分の影をノックすると、2体のヤギ悪魔が出てきた。

 執事服は元に戻っているが、いまだにケイにやられた箇所はそのままで、治っていない。

 そのヤギ達の様子を見て、少し怪訝な顔をする男性がケイに忠告をする。


 「ケイ。大切なお客様だ。少しやりすぎではないのかな?」


 頭をかきながら、表面上は申し訳なさそうにするケイ。


 「「お前が、我々を呼んだのか?」」


 アロハシャツの男性を見ると、2体は重なるように声を出し、警戒は怠らない体制で距離をとる。


 「これはこれは、手荒な真似をして申し訳ない。あなた方に危害を加えるつもりはなかったんですよ。それ以上に私はあなた方を同志だと思っておりますよ。」


 両手を広げて敵意がないことを示し、サングラスをかけた男性から友好的な雰囲気は伝わるが、それでも隠れている感情の胡散臭さまでは隠しきれなかったのか、2体はそのままの臨戦態勢で話を聞く。


 「ふ、馬鹿かとおもっておりましたが、なかなかどうして。私が考えていたより利口のようだ。」

 「そこの小僧もそうだったが、飼い主もそうとうにうっとうしいな。」


 クロヤギが男性をにらめ付けながら、皮肉を返すと、男性が右手を鳴らす。

 直後にクロヤギから悲鳴があがり、体から黒いオーラが抜けていく。

 男性がある程度のところで再度、指を鳴らすと、クロヤギは何かから開放されるように崩れ、呼吸困難のように口を大きく広げ息を大きく吸い込む。

 シロヤギはそれを見ている事しかできずに、なぜ自分達がここまで”一方的”にやられるのか理解できなかった。


 「単刀直入に言いますと、あなた方には私の実験悪魔じっけんどうぶつになってもらいます。」


 男性の口元に悪役に似合い笑みがこぼれる。

 2体のヤギは歯軋りをしながら、アロハシャツの男性を睨みつける。

 そんなヤギ達に笑みを浮かべ、高笑いを始める。

 

 「はははははは。くく、く。腹がよじれる。あれほど苦労していた悪魔との”戦い”にこれほどの差をつけられるようになったのだからな。そう、貴様らはそうやって醜く、われわれを睨みつけるぐらいしか出来なくなったのだよ。あれを見ろ。」


 男性が指した場所に、直径2メートルほどの氷があり、ヤギ達が目を凝らすとそこには人が入っていた。

 この男性が何を言っているのかまだ理解できていないヤギ達は、それがどうかしたのか?と疑問の顔を浮かべる。

 

 「あれが何か分らないか?あれは貴様らと同じ悪魔だ。」

 

 その直後に自分達もあれと同じ目にあうことが、予想される。

 ここから逃げなければと顔を一瞬だけ見合わせ、意識を集中させる。


 「ここから逃げられると思っているのか?貴様らが、異界に逃げられないように部屋には結界が張ってある。逃げる努力をしてみろ。私を少しは楽しませてみろ。」


 確かにどんなに異界の門とアクセスしようとしても、途絶えたまま何も返ってこない。

 ギィと応接間の扉が開き、ヤギ達は顔を向けると、紫色の髪がよく似合う長身の青年が立っていた。

 空いた扉が好機と青年を殺して飛び出そうと考えるが、青年に睨まれ、まるで金縛りにあったように動けなくなる。

 

 「おはございます。笹川さん。それとケイ。連絡するならいつもメールにしろといっている。電話には俺は出ない。」

 「すみません・・。ジェイ。」


 先ほどとは変わってケイの態度が、生意気な感じではなく、上司に怒られた部下のようだった。

 目の前で動けなくなっているヤギ達を冷たい目で見て、まるでゴキブリでも見るかのように腰にさしてある銃を取り出し、ヤギ達に向ける。


 「なんで、こいつらがここに?」

 「彼らをご招待したのは私だよ。新たな実験動物としてお呼びしたんだ。」

 「笹川さん。俺がこいつらを殺したくて仕方ないのを知っているでしょう?」

 「おお、すまない。彼らの処理はケイに任せるからジェイは下がっていていいですよ。」

 「害虫に手をかまれないようにな。ケイ。」

 「・・・・。」


 あまりに冷たくどこにも、優しさなどは口調から含まれていないジェイの声に、ようやく頷き、ジェイが部屋を去っていくのを見ている。

 

 「化け物め。」


 ケイの口から、ボソッと独り言が漏れ、ようやく緊張感から開放された腹いせなのか、ヤギ達を睨みつけ、まだ固まっているシロイノの顔を怒りに殴りつける。

 気が晴れたケイがさっきのお調子者に戻る。

 

 「ああ~びっくりしたっす。かなり機嫌が悪かったっすね。ジェイの奴。」

 「あれには、そういう再調整をしている。ま、気にするな。」

 

 笹川がケイの肩に手をかけ、言葉をかける。

 

 「まずはこいつらの処理っすね。」

 

 不用意にケイはヤギ達に近づき、そのまま2体を引きずって、ケイは応接間のさらに奥の部屋に消えていく。

 笹川は応接間のソファに腰をかけ、満足そうな笑みを浮かべる。


 「これでずいぶん戦力が整ってきた。後は時期次第だな。」


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