13:匠と教会 後編
白い空間にただ横たわり、考えようとするのだが、なかなか考えがまとまらず、自分が誰で、何をしていたのか、霞がかかったような意識の中、何かをしなければならない気持ちだけはどこかにあった。
「何とか傷はふさぎましたが、アレがここにくるのも時間の問題。」
誰かが、”俺”を助けてくれたらしい。
お礼が言いたいけど、声を出そうとしても動く事ができない。
「大丈夫。言葉に出さなくていい。匠さんはこのまま、寝ていてください。」
よくわからないけど、確かに体中がけだるい。
お言葉に甘えてこのまま・・・。
少しずつ考えているうちに何か思い出してくる。
この優しい声は確か・・シラサギ、白鷺さん?
彼女の名前を思い出すと急に意識が覚醒する。
と同時に左わき腹に違和感を覚える。
まだ動けないので、手を使って確認することができないが、さっき白鷺さんが傷をふさいだと話をしていた気がする。
しかし、やけに静かだ。
戦闘が終わったのか・・・。いや違うそれだったら”ここ”にはいないはず。
白鷺さんの結界の中で治療を受けてはいないはずだ。
「ま、まだ。せん、とう。」
「そうです。鈴鷺姉さんががんばってくれています。」
「い、か、ないと。」
「無理です。さっき匠さんの左わき腹の傷をふさいだばかり。今いくと傷が開き今度こそあなたは死にます。」
「で、でも。」
「あなたを心配している人が多くいます。ここは我慢してください。」
まだ、意識に霞がかかっているが、このままでいいはずないと”俺”の警笛が言っている。
騎士を最後に見たとき、化け物に変わっていた。
すでに人間の形ではなく、まさに異形、クトゥルフ神話に出てくるタコ野郎、確か呼び名は色々あるようだが、俺が覚えている呼び名がナイアーラトテップと呼ばれる邪神の姿に似ていて、だが軟体動物のふにゃふにゃ感が騎士のイメージのせいか少ない。
とにかく見ていて気持ち悪い。
”妖魔”を取り込んでしまった為に、形を形成できなくなりあんな化け物になってしまったのだろう。
くそー。あんな軟体動物野郎に不意な一撃を食らって、不覚を取るとは。
倍返しにしてやらないと気がすまない。
死の恐怖がないといえばうそになる。
殺されかけていた事は事実だし、しかしそれ以上に奴を倒さないと俺の気が治まらないと思う気持ちのほうが強く、魔力を体にめぐらせて体を活性化させる術を使用するが、うまく術を行使できない。
「無理です。さっきもいいましたが、まだあなたは不完全な状態です。私が魔力の使用を制限しています。」
この結界は1日1分の計算で外の世界と時間が異なる。
しかし、あんな化け物の相手を1分もするとなると1人では無理だ。
悔しさがこみ上げて、何もできない自分に真っ白な世界が見える。
なんだこれ。
ああ、怒りだ。
自分に対するふがいなさへの怒り。
怒りとは”負”の感情からくるものだとばかり思っていた。
純粋に気持ちが落ち着いてはいるが、確かに”俺”は自分に対して怒っている。
初めてだった。
いや、一度この感情を知っている。
「そうあなたは知っている。」
聞いたことのない女性の声が聞こえる。
「いや、お前とは一度会っている。覚えてないと思うがな。」
「あ、あなたは?!」
白鷺さんの横に、誰か立っている。
声の主だと思うが、まだ顔を動かせる状態ではなかった”俺”は相手を見ることができない。
俺の顔を覗き込むように、その女性の顔が現れる。
「よ。」
見たことのない顔だった。
いや、さっきから頭の片隅でちらついている何か思い出すような感じがある。
どこかで、思い出せないむずがゆさが頭を刺激する。
「無理に思い出そうとするな。それは私が食った記憶のカスが残っているだけだ。」
「やはり、あなたは悪魔。」
「そういえば自己紹介がまだだったな。お前達がつけた序列でいくと上級悪魔になる。名前は適当につけるとして・・・シェムでいいや。」
「ここに現れたということはあなたが匠さんの契約者?」
「ああ、ここでこいつに死なれると困るのでな。面倒だが助けにきた。」
しかし、ここは白鷺さんの結界の中だ。
よく入ってこれたもんだと思っていると答えを本人から聞けた。
「お前と私は意識の奥で繋がっている。確かに悪魔でも普通では入ってこれない結界みたいだが、私はお前を介してここに来た。」
「では本当に、悪魔が”下僕”を助けにきたというのですか?」
「だからそうだといっている。」
千秋先輩から聞いていた話では、悪魔は自分と契約した”下僕”に対してなんの感情も持たない。強引に契約を交わし、魔力を植え付けそして去っていく。
対価はそれぞれらしいけど、俺は対価なんて払った覚えがない。
「いや対価はもらったさ。お前の記憶。私とあったあのときの記憶をすべていただいた。その残りカスがさっき残っていたお前の記憶。そしてあの時の魔力の残りカスが今でもお前に宿っている。ようは今のお前の中にある魔力は自分で作っているのではなく、私が貸し与えた魔力でしかない。」
マジか。
正直今の話が本当なら俺の魔力は、保有されている魔力を使い切るとなくなる。
じゃあ千秋先輩とかも、悪魔に貸し与えられた魔力だけなのか?
「それは違う。私と契約しているお前だけだ。ま~他にもそんな奴はいてるかもしれないが、基本は契約した時点で、自ら魔力を作り出せるようになる。」
さっきから俺の心の声を読み取っているのか?
「今気がついたのか?なかなか馬鹿だなお前。私と繋がっているといったろう?言葉なんてなくても意識を同調するだけでお前と私は会話できる。」
じゃあなんで今まで俺と会話をしなかったんだ?
「お前との約束を重視したからだ。契約とは別の約束。まだ約束の期限まで後2年あるがな。」
どんな約束をしたんだ?
その記憶もあんたに取られて覚えていない。
「そうだな。それはまたの機会にしよう。でお前を助けに来た本題に入ろう。」
俺の顔にシェムが近づいてきて、唇が触れ合う。
キスをしていた。
「マジか!!!」
びっくりして飛び起きる。
「ちょ、何してくれてるんだ!」
「お前の中の魔力の構築方法を変更した。それと体を治療しておいたぞ。感謝するんだな。」
気がつくと、倦怠感など体にまとわり着いていたモノすべてがなくなっており、傷つく前より明らかに体の調子がいい。
力がみなぎってくる。
「これなら勝てる!」
「いや無理だ。アレには勝てない。このまま行けば殺されるだろう。」
「マジですか・・。」
こんなに体に力がみなぎっているのに勝てないのか?
「それはそうだ。魔力の波動が変わっただけだからな。」
「魔力の波動?」
「お前が今まで使っていた魔力は私が貸したものの中で一番最低ランクのモノだ。」
「ん?」
「今お前の中で作られている魔力は自分で作成したものでランクがまだない。大体見たところ中級ランクのようだが、まだまだランクを上に引き上げる事ができる。」
「つまり?」
「簡単にいうと、そうだな今まではりんごを切って食えていたが、今は片手で握りつぶして汁を飲めるぐらいにはなったということだ。」
「わかるようなわからんような例えだな。」
「う、うるさい!説明が昔から下手なんだ。馬鹿。」
何だこのかわいい生き物は。
シェムを良く見るとグラマー美人だった。
オッドアイにボンキュボンの体型。
顔も俺好みだし。
しかしなぜか白衣を着ていた。
「それは今後教えてやる。」
俺の意識を読み取ったのか少し顔を赤らめて、困った顔をする。
あ。これも読み取られるのか?
「ばかばかばか。恥ずかしいことばかりいいよって。これだから人間の男はいやなんだ。意識を一旦切断する。」
頭の中でネットワークが切れたような感じがした。
どうもかわいいとか、俺好みとかに反応したらしい。
乙女な悪魔だな。
「話を元に戻すが、お前の魔力のランクが変わったがその使い方も変わったことに気がつけ。つまりまたお前は1から今の魔力の使い方を学ばなくてはいけない。」
「じゃあ俺がやってきた1年は無駄だったの?」
「そうではない。経験があるので慣れるのには早いだろうが今すぐではない。そこでお前が殺されないように私の力の一部を貸す。だが絶対返せよ。」
シェムが右手を握りしめ、手の平を開くとそこに小さなかわいい獣がいた。
「なにこれ?」
「サラマンダーだ。」
ぴゅぎゅと鳴きながら俺の顔に擦り寄ってくる。
何これ超くぁわいいんですけど!
「お前にこれを貸す。お前が持っている触媒に付与すると、力を発揮する。」
「と言うことは銃につければいいんだな?どうやって?」
「もう貸してみろ。」
仕方ないな~的な発言から、俺の肩に乗っているサラマンダーを取り上げると、俺の銃を俺の懐から取り出し、そのまま銃のスライドの上に乗っけると眩い光に包まれ、目を開けるとそこには青い炎のようなオーラを放ち、形が変わったガバメントがあった。
「まじかーーー!超かっこいいんですけど?!」
「これで、アレを撃て。ただし1発でいい。」
「どういうことだ?」
「1発で片がつく。」
真剣なシェムにとりあえずうなずき、お礼を言う。
「とりあえずありがとう。あんたとの関係がいまだによくわからんが。」
「その礼はまだ早いし、私達の間にそんなものは必要ない。なぜなら・・・。」
最後の方がよく聞こえなかったが、白鷺さんに向き直り、結界を解いてもらうようにする。
「白鷺さん、なんかすごいいける気がするので結界を解いてもらっていいですか?」
「体のほうは大丈夫なんですか?」
「ばっちりです。今なら空も飛べそうですよ。」
”俺”の顔を見て、本当に大丈夫だと悟ったらしく、白鷺さんが両手で印を結ぶ。
「では行きます。3、2、1。」
急速に周りの景色が白から教会に変更され、一瞬立ちくらみをするが、なんとか踏ん張る。
広がる景色の中、ぼろぼろの鈴鷺さんが必死に化け物と戦っていた。
「鈴鷺さん!」
こっちを見る暇もなかったようで、俺の声に体が反応をしていたが、まだ化け物の触手に襲われており余裕がない。
「じゃあ行くか。サラマンダーよろしくな。」
ガバメントから、返事のようなものが伝わり、俺が化け物に向けて銃を構える。
魔力が集約されていき、”俺”が思っている以上の力がどんどん吸い上げられている。
正直やばいと思った。
これ以上は銃のほうが壊れてしまう。
しかし、まだまだ魔力を吸い上げていき、まずいと思ったときには引き金を引いていた。
発射された弾は炎の龍を思わせるような形で飛んでいき、化け物を飲み込むとそのまま教会を突き破って天へ帰っていった。
あまりの出来事に口を大きく開けて頬心状態の俺と、白鷺さん、その場で固まっている鈴鷺さん。
俺の右手には、ところどころヒビが入りもう撃てないだろう壊れたガバメント。
肩にはサラマンダーが愛らしく乗っかって”俺”になついていた。




