オーディション〜はじめてのアフレコ
翌週の金曜日、かおりの携帯には四人分のオーディション不合格通知が届いていた。
From:美香 本文:落ちました。
From:瑞希 本文:落ちた(泣)
From:志帆 本文:落ちちゃった(てへっ)
From:理緒 本文:現実の洗礼受けてきた(涙)
かおりも四人に向けて不合格を報せるメールを送ったところで、美香からメールが届いた。
From:美香 件名:集合 本文:パーティしよう!
かおりは本文の続きにある待ち合わせ場所と時間を確認すると美香に返信メールを送り、支度をはじめた。
かおりが待ち合わせた店に着くと「かおりーこっちだよ」店の中の個室のひとつから美香が顔を出してかおりを呼んだ。小さな三畳ほどの部屋に入ると待ち合わせの10分前だったがもうすでに全員そろっていた。四人の顔を見てかおりはほっとした気持ちになっていた。そして一人でいるあいだにオーディションのプレッシャーや不合格だったことを考えて気分が重くなってしまっていたのだと気が付いた。乾杯の後もオーディションの雰囲気や、そこでされた質問などの情報交換で話は盛り上がった。「やっぱり最初っていうのは緊張したよね」瑞希がいい、四人が頷いた。「でもガチガチに緊張してたら自分の良いところなんて出せないよね」と志帆がいう。「そうだよ。もう次からの面接では私の良いところ見てもらいたい」理緒が両手を握りしめながらいった。「そんなこといいながらも理緒はすごく力んでる。そういうのもガチガチに緊張しているというのでは」と美香が笑いながらいった。「そうだよね。平常心っていうのかな。そうできればいいけれど難しい」理緒が握りしめていた手を開いたり閉じたりしながらいった。「オーディションの時間も与えられたチャンスだし、そこでの出会いを楽しめればいいのだけどね」志帆がいった。「忘れていた」と瑞希がテーブルに並べられた料理を見ながらいった。「緊張する理由の一つは、合格するかもしれないし、不合格かもしれないっていう予想の間で心が揺れるからだろ。不合格になって落ち込むのも、やっぱり自分はだめかもしれないって自分を信じられなくなるからだと思う。卒業式の日に自分を信じようって思ったばかりなのにな。忘れていた」といって瑞希は笑った。瑞希の言葉と笑い声は他の四人にもじんわりと伝わっていった。「そうだね」と美香がいった。「今こうして自分を信じているときの気分と、さっきまでの落ち込んでいたときの気分は全然ちがう。思い出せて良かった」「あのさ」びっくりしたような顔で理緒がいった。「私いま気付いたんだけど、自分を信じるために合格通知は要らないんだね」他の四人は理緒が何をいっているのか分からずに瞬きをして理緒を見つめるばかりだった。「理緒なにいってるの」美香がいった。「私ね」理緒は少しゆっくりと話し出した。「自分は合格できると信じるためには合格通知を見ることが必要だと思っていたの。でもそうじゃないんだね。自分を信じられる気持ちはもうすでに私の中にあったんだ」「そういわれてみればそうね」瑞希がいう。「うん」志帆とかおりは笑って頷いた。「なんか、楽しくなってきた」美香も笑っていう。「よしっ。合格通知はもうすでに私たちの中にある。そうと分かったらお祝いしよう」五人は乾杯を重ね、話題は演じてみたい役のことや、現場で気をつけた方がよいこと、スタジオの近くの美味しいレストランの話で盛り上がった。
翌日かおりは寝不足を感じながら目を覚ました。アルコールに強くないかおりは途中からお茶やジュースばかりを飲んでいたが他の四人はきっと二日酔いだろう、みんな大丈夫だろうかと思うと同時に昨夜のことを思い出して笑ってしまう。食事のあとに行ったカラオケで酔うと踊る癖のある瑞希と酔うと涙もろくなる美香がデュエットしたのだ。恍惚と笑う顔とぼろぼろの泣き顔が並んで夏の恋の歌を歌っていた。
いつの間にか眠気は吹き飛び、爽やかな気分になっていた。勢いよくベッドから体を起こすとアルバイトへ行くために身支度を調えはじめた。
3週間後、かおりはアフレコの現場にいた。携帯の受信箱には四人からのメールが入っている。
From:美香 本文:やったー!
From:瑞希 本文:みんなのおかげだ。ありがとう!
From:志帆 本文:私も合格頂きました(笑顔)
From:理緒 本文:私も合格したよ。この前合格のお祝いパーティはやったから、今度は初仕事大成功のお祝いをしよう。
合格通知をもらってほっとしたのもつかの間、やるべきこと、やりたいことは山のようにあった。(今は与えられた役になりきりたい。もっと上手く演じられるはず)かおりは台本を見ながら思った。