↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

異世界恋愛 短編集【シリアス、切ない系】

ガラスの婚約者

作者: 木山花名美
掲載日:2026/08/29

 

 私たちが幼馴染みになったのは、まだ0歳の頃。

 小さな目を初めて合わせた瞬間、二人の赤ちゃんはふにゃりと笑ったらしい。


 絵本のお姫様に憧れていた3歳の頃、私たちは許嫁となった。

 いつか私もガラスの靴を履いて、泣き虫なこの男の子とダンスを踊るのだと、ぼんやり思っていた。


 見上げなければ、許嫁と目が合わなくなった14歳の頃、私たちは正式に婚約した。

 婚約者になった彼が私にくれたのは、ガラスの王子様とお姫様が踊るオルゴールだった。

「来年のデビュタントが楽しみだね」と、オルゴールの王子様そっくりの顔で微笑む彼に、私の胸は高鳴った。


 政略結婚が当たり前の貴族社会で、親が決めた婚約者と恋ができた私たちは幸せだった。

 ──たとえ、デビュタントを迎える前日に、馬車の事故で足を失くしてしまったとしても。

 憧れていたお姫様には二度となれないのに、彼は変わらず私を想い続けてくれた。


 目ではなく、心で愛を交わすようになった18歳の頃、私はガラスの靴を手に入れた。

 一度だけでいいから、お姫様になって彼とダンスを踊りたいという願いを、魔法使いが叶えてくれたのだ。



 月夜が映し出す広間。

 黒いドレスと、儚いガラスの靴を履いて彼の前に立つ。

 彼は私を見て驚き、目に涙を浮かべたけれど、すぐに王子様らしく微笑んでくれた。


 私たちは向かい合い、許嫁の頃から何度も練習した挨拶をする。

 大丈夫、息はピッタリだわ。

 緊張する私の手を取り、抱き寄せてくれる王子様。まるで、ガラス細工のお姫様でも扱うように、優しく優しく。

 本当は、もっとぎゅっと抱き締めたいのにね。


 鳴り出したオルゴールのメロディーに、ゆらゆらと身体を委ねる。

 久しぶりに動いた足が、ステップを覚えているか心配だったけれど、ガラスの靴が軽やかに爪先を踊らせてくれた。

 ゆらゆらは大きな波となり、やがてくるくる回り出す。

「オルゴールになったみたいね」と息を弾ませる私に、王子様も「そうだね」と楽しそうに笑ってくれた。


 ときめく時間というのは、どうしてすぐに過ぎ去ってしまうのだろう。

 眠くてあくびをしていたいつかの時間や、のんびり窓の景色を眺めていた贅沢な時間を、全部搔き集めて時計の針を巻き戻せたらいいのに。


 鐘が鳴る少し前、ちょうどオルゴールも止まった。

 ……よかった。鐘が鳴ってからお別れするのは寂しいもの。

 私は、ボロボロと涙を流す彼から離れ、ガラスの靴を脱ぐ。そしてそれを、大理石の床に思いきり投げつけた。


 月の光が、ガラスの欠片を宝石みたいに輝かせる。幼い頃からの想い出が、いろいろな色に反射して。

 粉々になってしまえば、もう悲しくないと思っていたのに。

 どうしてまだ、こんなにも鮮やかで、こんなにも胸を締めつけるのだろう。


「……大丈夫よ。夜が明ければ、もっと眩しい朝が来るから。この欠片よりも綺麗で素晴らしいことが、たくさんたくさんあなたを待っているわ」


 ぐしゃぐしゃの顔で嫌だと首を振る彼に、私は少しお姉さんぶった顔で微笑む。

 たったひと月、早く生まれただけなのにね。


 幼子のように手を伸ばすあなたと、心でその手を愛でる私の間を、美しいガラスの河が隔てている。

 お互い、無理に越えようとはしない。

 もう二度と触れ合えないと知っているから。


「おやすみなさい。素敵な夢をありがとう」



 ◇


 ガラスの婚約者とダンスを踊る──

 そんな悲しい夢に枕を濡らした翌朝、ふとベッドサイドのテーブルを見れば、想い出のオルゴールは粉々に割れていた。

 王子の人形はそのままで、お姫様だけが粉々に。


 僕は泣きじゃくりながら、ガラスの欠片を一つ残らず集めると、彼女との想い出を詰めた箱に仕舞った。


「……おやすみ。ルナ」



 三年前に事故で足を失い、亡くなった婚約者を忘れられぬまま、僕は今日純白の礼服を着る。

 彼女ではない、別の女性と結婚するために。


 腫れた顔を冷たい水で引き締め、分厚いカーテンを開ける。容赦なく刺す朝日を目で受け止めれば、あまりの眩しさにまた涙が溢れた。

 この痛いだけの朝日を、いつか、あのガラスの河よりも美しいと思える日が来るのだろうか。

 いつか笑顔で、君に「おはよう」を言える日が来るのだろうか。



『イルってば、男の子のくせに泣き虫ね』

『ルナこそ、女の子のくせに生意気だ』

『いいのよ。私の方がお姉さんだもの』

『たったひと月じゃないか。それにさ、僕だって、大人になったら泣かないよ』

『そうなの?』

『うん。だって、いつまでも泣いている王子様なんて、カッコ悪いだろう?』

『そうね。それに、イルの笑顔はとっても可愛いもの。たくさん笑って、お姫様のことを幸せにしてあげてね』



 僕は再びベッドサイドへ向かうと、オルゴールのネジを回す。

 一人ぼっちになっても、笑顔で踊り続けるガラスの王子の隣に、白いかすみ草をそっと置いた。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。