噂のあの人
「貴様、名を何と申すか」
私の敷地に家の周りの結界を破壊して無断で入って来た人間は、相当な地位を持っているのか、もしくは力を持ったただのアホか…
とか言う演技をするのももう疲れた
目の前には、吹雪の中ボロボロの服装に身を包んだ小さい少女が立っていた
「はっ、はい。私の名前はルシア・ベルナールです」
俺は元々は日本で普通のサラリーマンとして生活していた一人の人間なのだ。だから無理をしてまであの“お願い”を守り続ける必要はなかったんだけど…
「…職業は?」
「今は、無職なのですが…」
……あれ?もしかしてこの人、最近巷で話題になってる…
「聖都から追放されるまでは第一聖女をやっていました」
最近聖都から追放された聖女じゃねえか!!!?!?
――――時は俺が死んだ時まで遡る
いつも通りの通勤途中、駅のホームで人の波に押されたせいか、気付いた時には線路の上に横たわっていた。そして頭を上げた瞬間、電車が目の前から来て…
「これ、俺死ぬパターンじゃないのか…?」
そう思ったその時、何やら頭の中に直接声が響いてきた。
『もし、私の悩み事を聞いてくれたのであれば、一つだけ願いを叶えて差し上げます』と
こんなところで死ぬのが嫌でたまらなかった俺はすぐに食いついたさ
何でも、その人が言うにはとある悪徳貴族のせいで世界が狂っていくのだと。だから毎回世界をループさせて改変を試みていると…
「それで、何度やってもうまく行かないから相談に来た、と…」
『そうなんです。私の力も衰えてきて、あと数回やり直せるかどうか…』
その時、ハイになっていた俺の頭の中でとある名案…いや、迷案が出てきた
「それなら、世界をループさせる時に俺がその貴族に転生したらいいじゃないですか」
『えっ!?でもそんなことしたら貴方はこの世界に戻って来れなくなるのですよ?』
「まぁ、異世界も楽しそうじゃないですか?それに俺、この世界は何だか疲れたんです。だから、願い事は俺がその世界に転生するということでいいですか?」
『!?いいんですか?ただし、世界の基本を崩さないためにある程度の期間悪徳貴族を演じてもらう必要があるんですが…』
「まぁ別にいいんじゃないですか。期間はどれぐらいですか?」
『ルシアと名乗る若い娘が貴方の家を訪ねてくるまでですね』
「なるほどわかりました。じゃああとはよろしく頼みます」
『…いいんですね?では…わかりました。いつかまた会う日まで…』
その声が聞こえた直後、俺はこの世界に2回目の生を授かったってわけなのだが…
転生後の生活が忙しすぎてまともに貴族ライフを楽しめなかったんだが!!?
悪徳貴族としてこの世界に名を馳せるために、人前では常に頭のおかしい言動を取ったり、奴隷を売ったりこきつかったりするのが普通にしんどかったんだけど
そんな俺にもついに自由に使える時間が増えてきた。何故かって?奴隷を買いその奴隷を常に働かせているから。と言っても表向きは、である。
家に俺と奴隷改めメイド以外の人がいない時は常に俺が仕事やら掃除やらをやって彼女たちは休ませている。
なんともこの世界は男尊女卑が激しいようで、奴隷売り場に行っても基本的には女性しかいない。
そんなこんなで今の今まで悪徳貴族ライフを過ごしてきたわけだが…
そんな俺の家に第一聖女がやってきた
何で彼女のような重要な人材が野放しにされたのか、それにはまだ触れずにとりあえず家に上がるように声をかける
「…えーっと、とりあえずうちに上がりなさい。そんな格好じゃ寒いだろう、それに…いや、いい。とりあえず上がった上がった」
「えっ!?あっ、はい!」
人が来るかもしれない家の外で彼女と普通に話すわけには行かない
本性が悪徳貴族ではないとバレるかもしれないからだ
…まぁ、一回の善行ぽっちじゃバレることは無いと思うが…
「…ルシアさん。俺の評判は知っているだろう?何故俺の家に来た?」
そういいながらメイドに風呂を沸かすよう指示を出す。すまない、彼女と今はゆっくり話す必要があるのだ
「えっ…とそこのメイドさんが、元々私直属のメイドで…」
「…つまり、俺の情報を流していると?」
「はい。私などの本当にごく少数の人間にだけみたいですが…」
…まぁいいか。もうこの家にもそのメイドにも用はないのだし
「なら話は早い。この家にいる限り、そして俺がこの地位を保ち続ける限り俺は悪徳貴族としての、貴女は俺の奴隷としてのレッテルが貼られることになるわけだ」
「はい」
「だからこの家を抜け出すぞ。明日には出発するからもうすぐ沸く風呂にゆっくり浸かってきてくれ」
「えっ!?えっ…??」
…メイドたちの心配でもしているのだろうか?まぁ、元々は自分の元で働いていた人もいたみたいだし、いいたいことはわかる。それなら…
「そこのメイド達なら俺の知り合いの善良な貴族に新しくメイドとしてついてもらうから安心しろ」
「あっ、そうじゃなくて…」
…?
「地位を捨ててまで私を助けてくれるんですか?」
「…君の元々の立ち位置を知って急に態度を改めた現金な人間として見られるのもしょうがないとは思うが、これはとある人との約束なんだ。俺の命を救ってくれた人との」
…なんだか言い方がとてつもなく壮大で悲しそうなストーリーだと受け取れなくもない感じになっちゃったけど、まぁ、間違ったことは言ってないしいっか…!
「…無理に過去の話を話させてしまいすみませ…」
「いやいやいや違うからね?いや、違うわけではないんだけど…ま、まぁ、気にせずにさ…お風呂にでも入って来なよ!」
「はいっ!」
…今度からは言葉選びを慎重にしようかな




