3話
だいぶ離れた市にある芸術劇場。田舎よりかは大きいけど、都市規模で考えれば小さな建物。人の集まりもそこそこ。つまり、遠い地で人もそこまで集まらない「ここなら見られる心配もしなくて良さそうだからな」と言われる程度の規模。
見られるかもしれない恐怖心がそれで消え去った感覚がある。
そうなれば後はしっかりと羽休めと同時にこの時間を楽しまなきゃ。
建物の中に入った。エレベーターで目的の階へと進む。透明のガラスでできたエレベーターから外の景色を見る。風流ある穏やかな景色が目に映った。
原画展へと入場する。作品は『コハのアロとピー』というファンタジー物である。元はインディーズのネット小説で人気のない小説だったが、ある時急に掘り起こされてちょっとだけバズったことで漫画化した。ただし、バズると言っても人気は原画展がこの小さな会場に収まってしまうレベルである。いや、無名のインディーズ作品がここまで伸びたことを褒めるべきだろうか。
「俺、小説展示・世界観展示が気になるんだよな。二人はどうせ、原画展示が目当てだよな? じゃ、俺は見たいものみとくから、後で合流っすよ。」
待ち合わせ場所と大抵の時間だけ伝えられて自分勝手に行ってしまった。乾の後ろ姿がどんどん小さくなっていく。
そこに取り残された私達二人。
「俺らも行こうか」と鮮やかに放たれる言葉。
「そ、そうだね」と彼の隣を歩く。
ちょっとだけ我に返る。慎二君と二人きりで画展に飾られた絵を見て回る。
うん――これってデートじゃない?
鼓動が早くなる。心音が短く刻む。息が荒くならないように我慢する。
一枚の絵がある。主人公コハの絵だ。その絵を見つめる彼をチラッと見る。集中して眺めるその横顔が端正で美麗。多分、これにときめかない人はいないと思う。
ゆったりとした雰囲気の中で、二人歩を合わせながら絵を見ていく。
心がドギマギしてもはや正常じゃない。私は絵に集中できない。絵を見るフリをしながらずっと慎二君を見ている自分がいる。
言葉はいらない。というか、唐突過ぎるデートに、何か話そうとしても、カタコトの意味の分からない言葉しか発せないと思う。全然まだ心の準備ができてない。
何かを話される。何か言葉を返す。
何を話されたのか覚えていないし、自分で話してるはずなのに覚えていない。きっと後で思い出して恥ずかしくなって穴があったら入りたいモードに入る奴だ。
「この絵、いいな。俺の好みだ。」
立ち止まった一枚の絵。ちょっとだけ正気に戻った脳にその絵を刻み込む。鮮やかな風景画。まるで青春の一ページを刻むようなシーン。魔法少女の主人公と剣士の彼氏が煌めく砂浜の上を歩いている。
「私もこの絵……好きかも。特に、この淡く広がる海の景色が。」
二人で刻む景色。その共有が、この時を特別なものにしていく。
「良い着眼点だな。やっぱり愛南の審美眼はいいものを持ってるよ。」
私は今、恋をしている。けれども、この恋は許されない禁断の恋。私なんかが恋なんかしちゃ駄目なんだ。
それでも私は――。
気が付けばいつの間にか出口に着いていた。
ふと彼は私に向かってある言葉を伝えてきた。「絵を見る時、その人の感性とか人間性とかがその絵の見るポイントを左右すると思っている。愛南が見るポイント……俺は惹かれるものがあるな。」
その言葉が冷静を取り戻してきた私の心を再びドギマギさせる。止めて、私のライフはもうゼロで、熱でアッツアッツだよ。これ以上熱くなったら倒れてしまう。
そこに乾が合流した。
彼の存在が私の心を冷ましてくれた。
「なぁ、せっかく来たんだし、なんか買ってこうぜ!」
乾の提案で、小さな物販ショップで何か買うことにした。そして、ちょうど三人ということで、三つ入りのキーホルダーを購入することにした。二つの種類があり、一つは主人公コハと仲間のミカン、ピーちゃん。もう一つはコハの彼氏になるアロと共に冒険するメリカ、ラメル。本当は私がコハで慎二君をアロにしたいけれども、別売りなので仕方ない。私達は仕方なく前者を選ぶことにした。
「じゃあ、俺はコレ貰うっす。」
乾は電子レンジのピーちゃんを手に取った。残ったのは二つ。私は主人公のコハを、慎二君は仲間のミカンを手に取った。
ジャラッ。電球の光に輝くキーホルダー。思い出に残る大切な特別。
私は大切に鞄の中にしまった。
会場を後にする。最初にこの芸術劇場を見た時には感じなかった輝く雰囲気を帰り際はどうして感じていた。
楽しかったな――。
今日の夜、いつものように歌いながらシャワーに打たれる。そして、湯船に浸かる。いつもその時になって一日の振り返り、所謂一人反省会が勝手に行われる。画展の時の慌てふためく私を思い出して、どう思われたか考えていく内に、体を丸めて顔を湯船の中に沈めていた。ブクブクと泡を発生させていく。恥ずかしい、辛い、やり直したい。けどすぐに楽しい時間を思い出す。今度は違う見方で恥ずかしさを感じる。結局、湯船の中に沈んでいた。
◆
蝉の声が勢いを増している。
秋に侵食した夏が続いている。残暑と言われる季節も、みんな残暑に移行していないと思っている。九月の匂いはまさに夏だ。家に飾られたキーホルダーを見て力を補給しなければ、部屋から出たいとすら思えない程の暑さだ。
二学期が始まった。気温は確実に夏休みだ。
クーラーの効いた教室で、中々に難しくなった授業を受ける。授業が終わる頃には私は睡魔と戦い負けていた。
「ねぇ、夏休みにさぁ、アンタが大口さんと一緒にいたって聞いたんだけど、本当?」
背筋が凍る。美術部の先輩の一人からの言葉が突き刺さる。
「見間違いじゃないですか?」とシラを切ることにした。
「ふーん。本当に?」
「本当……ですよ。」
訝しむ目。私は過ごす怪しまれている。まさに前途多難だ。
美術部の活動。以前よりも警戒されているのが分かる。三年生の先輩達が先に帰ったその後に、メッセージカードに先輩へのメッセージを綴っていく。
埋めたカードを二年生の先輩へと渡した。
もうすぐで三年生は部活動引退だ。慎二君との絵交換ももう終わりだ。
先輩から渡されたお別れ会のプリント。そこに予定日や開催内容が書かれてある。美術部らしく沢山の絵が彩られていた。その紙を大切に鞄にしまった。
今の所、訝しむだけで終わっている。ただの推測だが情報の確証がないのと、お別れ会まで残り僅かだからだろう。今は残り僅かの時間を大切にしようと決めた。
――――――
お別れ会も明日に差し迫った。
明日は大事な日だ。胸を膨らませてバスに乗った。
「あれ、愛南じゃん!」
偶然乗り合わせていた乾が揺れる車内でゆっくりと近づいてきた。
「今日、部活ないんだ?」
「今日は体育館がバレー部が占領する日で、外練も昨日雨で濡れてるから休みなんだとよ。ってか、それ聞きたいのはこっちの方なんすけど。」
何やら意味深な言葉を言い始めた。
よく分からないまま耳を傾ける。
「愛南っこそ、部活いかないんすか?」
「いや、今日は部活ないから――」
その言葉を被せるように「けど、兄ちゃんは今日、お別れ会があるって言ってたっすけど」と言う。
鞄を下ろし、急いでチャックを開ける。中からクリアファイルを取り出して、その中のプリントを一枚手に取る。
お別れ会のプリントを凝視する。確かにそこには明日開催となっている。「なんで?」こんなミスが起きているのだろうか。
よく見ると、その日程の文字がズレているのに気付いた。上から被せて印刷したかの様相だ。
嫌な予感がする。小刻みに揺れる心拍。ゾッとした空気が背筋を凍らせる。気を抜けば涙を流してしまいそうだ。息が苦しくなりそうだ。
帰宅してる場合じゃない。急いでバスを降りて、車道を挟んだ反対側の歩道に進み反対側のバスを待つ。
「間に合って」とスマホをおでこに当てながら、誰にも聞こえない声で連呼する。信じてもいない神様に今日だけはお願いする。
バスを経由して学校の最寄りのバス停に辿り着く。ここから学校までの距離をひたすら走る。走る。走る。はぁはぁはぁと白い息を吐きながら無心で進む。昨日の大雨で涼しくなった風が行く手を阻んでくる。
ようやく校門前に来た。
門を潜り、敷地内の坂を上る。
偶然反対側からプリントを渡した張本人が来た。息を切らす私の前に立ち塞ぐ。
「本当に明日と間違えたんだ。まー、そうなるように仕組んだのはうちだけどね。」
隣にいる子も同様に笑っている。そのムカつく顔をぶん殴ってやりたい気分だ。
「あ、うちのせいにしないでね。これ三年生の総意だから。アンタさぁ、三年生からすっごく嫌われてるの知ってる? アンタがいるとせっかくの大事な会が台無しになんの。だから、新部長として仕方なくやっただけ。」
彼女は鞄からビニル袋を取り出した。中には幾つかのメッセージカードが入っている。そのメッセージカードはどれもビリビリに破かれていた。
「これも新部長として責任持って捨てとくから。ほんとは学校に捨てたいけどねー、先生に見つかると面倒だからさぁ。まっ、みんなを代表してうちが責任持って持ち帰って捨てとくよ。」
絶望的な風が拭いてくる。ちょっぴり乾いた風だ。
「もしかして慎二先輩のメッセージカードも――。」
「当たり前じゃない。どれだけ鈍感なの。三年生はそれを望んでいんの。今回のことは諦めなさい。」
寒い。心が悲しみと絶望感で寒く感じる。せっかく夏の延長だという秋なのに、昨日雨が降ったせいで暑くない。雨さえ降らなければ、きっとこんなに寒くないはずなのに。
彼女らが通り過ぎる。
こんな所で立ち止まってる暇はない。
後ろから「あっ、もうお別れ会は終わっ――」などという言葉が聞こえたが、もう私の耳には聞こえない。ひとまず昇降口に向かって走る。
そして、第一美術室に急いで向かう。
何でもいいから間に合って――。
辿り着いた第一美術室前。ガチャリと言う音が聞こえた。そこにいたのは顧問の先生だった。
「あら、愛南さん。今来たのですね。残念ですが、お別れ会はとっくに終わってしまいましたよ。」
それは冷たい言葉でも温かい言葉でもない。ただ、空を切る平温。しかし、私は平穏な言葉には思えない。
何か言葉をかけられたが聞こえない。心の中の絶望感が巨大な雑音となってその言葉をかき消していた。
先生も過ぎ去り、ただ一人取り残された廊下。
最悪な気持ちがノイズとなって私を襲う。膝が崩れ落ちる。もう疲れた。動かせない。叫びたいけど叫ぶ気力はない。何故か涙も零れない。感情を出す気力になれないのだ。
もう何もしたくない。
どれだけ時間が経っただろうか。意外とそんなに時間が経っていないのだろうか。虚無感だけが残っている。
ただ立った。
ただ歩いた。
空っぽの心を埋めるために階段を上った。これまた無音の廊下が広がる。
第二美術室の準備室。ここで初めて慎二君と出会った思い出の場所だ。確か半井に詰め寄られて、そこに慎二君が来て助けてくれたんだっけ。
温かな思い出が空っぽの心に色を取り戻していく。
心が正常になっていく度に涙が瞼の奥から流れてくる。涙は段々、止められなくなる。
「えっ――。」
辛い感情と向き合っている合間に。いつの間にか扉が開いていた。その先には確かに慎二君がそこにいた。
優しく手が伸びる。
どこか力強さも感じる手が私を掴んだ。そして、私は引っ張られる。またもや無音の、狭い空間へと入れられた。
石像が目につく。他にも様々な絵画道具が乱雑に置かれている。物置部屋だ。
カーテンで遮られた光はほんのり少しだけ光を与えている。薄暗い部屋で私達は二人きりになった。いつの間にか涙は止まっていた。
「アイツらに嵌められて来れなかったって感じだな。」
図星だった。
彼は「災難だったな」と言いながらドアの鍵を閉めた。「少し着いてきて欲しい」と言い、小道具が密集する場所へと向かい、それらを退かす。
小道具によって足場がない壁際。その真上にある天井には扉が存在する。壁の上半分だけだが梯子もあった。その梯子を上って真上へと向かう。
着いていった先にあったのは屋上だった。小さな水溜まりが太陽の光を美しく反射している。乾いた風が心地よい。
「俺だけがよく画材を使うからだろうな。顧問から美術準備室に自由に出入りする特権を貰っているんだ。そして、この第二美術室から屋上に行けることを先生すら知らない。ここは俺だけの秘密の場所だ。」
屋上に爽やかに吹き抜ける風。
今のご時世、屋上に行けなくなっている。確りと鍵で閉じられた立ち入り禁止。多分、教員ですら屋上に行くことを許されない。だから、屋上に行ける世界なんて漫画とかアニメの世界観の中だけだと思っていた。
それがまさか屋上に行く裏の手が存在していて、屋上で意中の相手と二人きりになるなんて夢の中の夢――フィクションの中にいるみたいだ。
「だから、ここなら誰にも気付かれない。思いっきり泣いても大丈夫だよ。」
「ううん。もう涙は出し切ったよ。」
さっきまでの辛い感情は払拭され、たった一瞬で、幸せな感情に変わった。感動で胸がいっぱいになっている。今は穏やかになりつつある心で、風が「気持ちいいね」と感想を伝える。
「ここは静かでいい場所だ。俺は時間があればここに来てゆっくりしていた。絵に対するインスピレーションが湧くからな。」
彼の言うことが凄く分かる。私も何かインスピレーションが湧いてきそうだ。
「それに、ここなら誰も来ない。ちょっとだけ自分の話をしたい。俺はずっと誰かに見られている。その多くは俺に、背伸びをした完璧に近い虚像の俺を求める。とても息が詰まるんだよ。俺は完璧じゃない。運動神経抜群、成績優秀と言われるけど、ただ裏で失望されないために頑張って維持しているだけなんだ。それに俺には苦手なこともあるし、好き嫌いだってある」と言い、一呼吸置いて「ただ、俺の『聖書』に『好きなことをする努力家は最高』っていう言葉があるんだ。だから、俺は大好きな絵の道をひたすら努力した。絵を極めれば、虚像ではない俺の姿を確り見てくれる人が現れると考えてきた」と放つ。
彼はずっと見られている。取り巻きやファンクラブの大きさを考えれば至極当然。それも悪意なく見られている。そんな彼女らがカッコイイ慎二君を求めるのも理解できる。もしかっこ悪い慎二君を見せたら失望されるかも知れない。彼はそれを知って、失望させないように見栄を張って生きていたんだ……。けど、心のどこかで等身大の自分に気付いて欲しかったのだろう。聞く度に理解ができて、同情してしまい、私も内向きな感情になっていく。
「絵を見て実寸大の俺を見ようとしてくれたのは一人だけだ。」
ふとこちらの方を見てきた。その時に見せた笑顔が頭から離れられない。太陽に近い場所のせいか、水溜まりに沈みゆく光が反射しているせいか、その時の笑顔が眩しかった。
「愛南――お前だけだ。」
甘い言葉が風に舞う。
耳が気持ち良いと言っている。
確かに運動神経抜群、成績優秀、美術における天才肌と言われる慎二君だが、私は一度もそれを求めて接しようとは思っていない。そもそも私にとっての最初の慎二君のイメージは乾の兄だ。それがプラスに働いたのだろうと勝手に思った。
悪い気持ちがしない。それどころか良い気持ちに酔ってしまいそうだ。
「今日で俺は美術部を引退する。俺がこの屋上に来れる最後の日なんだ。その最後には愛南の存在が必要だった。」
屋上の真ん中で私達は立っている。緩やかな甘い匂いが運ばれてくる。
「一つ聞きたい。お前は今の美術部にいて苦しくないか?」
思い浮かばれる今までの嫌がらせ。特にさっきの新部長の嫌がらせが胸に棘を刺してくる。
「苦しい。辛い。けど……私、それでも絵が好きだから。」
「じゃあ、部活なんか辞めて、俺と一緒に絵を描いていかないか? ずっと藝大に進むためにひたすら頑張ってきたんだ。予備校で絵の見方も多少は身につけたつもりだ。」
その時ばかりは、その声はどこか強引な力強い声だった。私の心を掴んで強く引っ張ってくれる。
「美術は俺が教えてやるよ――。」
その言葉が私の心をぎゅっと掴んで離さない。純粋なる瞳と力強い眼。瞼の奥の目が私を見つめる。
「それにお前を邪魔する奴らがいたら、俺が守ってやる。約束するよ。だから、絵を描いていかないか?」
「うん。そうする。私、慎二先輩と一緒に――」
「慎二でいいよ。」
緩やかな風が止む。まるで凪のように。
水溜まりに反射する淡い太陽光のエフェクトが印象的な屋上のワンシーンの中に閉じ込められた二人。
「やっぱり伝えなきゃ。伝わらないよな。俺、愛南のことが――」
まるで時が止まったみたい。
今まで経験したことのない不思議な感覚。
「――好きだ。」
日はゆっくりと夕日色に染まっていく。
夕焼け小焼けの深い橙色ではなく、まだなりかけの淡い橙色。私の、いや私達の好きな描写になりそうなぼやけた橙色だ。
緩やかな雲はマイペースに流れる。
高揚感すら忘れかけそうな程の凪。時々吹く風が優しくなびく。
「――私も。」
お互いに微笑み合う。それだけで何だか嬉しくなる。
私は禁断の恋をした。お相手は乾の兄――慎二君である。つまり、大口兄様に恋をしたのだ。
今までも、これからも邪魔になる壁は存在するのだろうが、二人なら乗り越えていける――そんな気がする。これからは二人が結ばれるまでの物語を超えて、二人のカップルラブストーリーとして確かな甘い恋愛を積み重ねていく物語になっていくんだ、きっと。
今はこの甘い気持ちに委ねていきたい。
手が触れる。指が絡み合う。どこか冷たくて、細くて長くて、力強い指だ。その手を背伸びする時に安定させるために借りる。
顔が近づく。
サラリとした髪の奥から優しい表情が見える。
今度は手だけじゃない。
私達以外誰もいない屋上で、夕焼けになりかけの晴天の下、昨日の雨で水溜まりが鏡のように反射して、まるでベタなラブシーンを絵にした風景画の中にいる二人。
目を閉じる。
音はシャットダウンされる。もう匂いも感じない。全ての感覚が唇に集中している。
緩やかに重なっていく。
二人の気持ちが一つになる。
何かに触れていたはずの感覚はもうない。
踵を下ろして、目を開ける。
瞳には人の姿が映っていない。見えるのは鮮やかな虹色の花びらが煌びやかに舞っている。風に消えていく儚い光の粉。
そこに吹く一風。光の粉も軽やかに舞う花びらも全てが美しく、煌びやかに、そして儚く飛ばされていく。
夕日に変わる橙色が作るのはたった一つの人影。
私の唇に残る確かな感触。優しく甘い温度がしっかりと残っている。だけど、理解し難い状況が目の前に広がっている。思わず私は一言漏らす。
「えっ――?」




