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大口兄様に恋をした~私にとっては禁断の恋(※私なんかが恋なんかしちゃダメ!)~  作者: ふるなゆ☆


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2話(前編)

 氷を壊すように六角形の塊をハンマーで叩いていく。海の中に落ちて消えるようにその塊が下へと落ちた。

 穴の空いた氷の大地。その上に立派に立つ一匹のペンギン。氷に見立てた塊は次々に落とされていく。

 乾がハンマーを持った。そして、塊を落とす。それを引き金にして他の塊も崩壊した。上に乗っていたペンギンが落下した。

「うわーっ、また、俺の負けかよー。」

 クラッシュアイスゲーム。ペンギンを落とさないように足場を落としていくボードゲームである。簡単には崩れないが、軸となる足場を一つでも壊してしまうと、その一つが周りを巻き込み、足場は一気に崩壊してしまう。本来ならその軸となる足場を計算して叩くのだろうけど、私は直感で破壊していた。それでも勝てるのだから問題はない。

 リビングに慎二君が降りてきた。

 彼は冷蔵庫を開き、大容量ペットボトルに入った水を取り出してコップに注いでいた。そのコップは黄緑色で可愛らしく、どこかギャップさえ感じさせる。

「先輩は緑色がお好きなんですか?」

 勇気を持って聞いた。今なら周りからの圧という障害がない。ここしかないと思えると必然的に勇気が湧いた。

「よく分かったな。どうして……ああ、コップの色か。」

「それもそうですけど、品評会の時、ボールの色が緑っぽかったので……。」

 彼は軽くコップの水を口に含んで飲み込んだ。

 そして「それは関係ないよ。ただ、表現したくて緑を使った。それだけだ」と伝えられた。

 わざわざ赤茶色とか橙色とかで表すバスケットボールを緑っぽくしたのはなぜなのか。今、そのことを考えるので必死になっている自分がいる。そして、そんな時間が楽しいと思えている自分もいる。

 やっぱり周りの色に合わせてだろうか……。けれども、何か見落としているような気がするのは何故だろうか。『絵を描くこと以外の好きなこと』で描かれたバスケットボール。ふと「バスケットボールよりも目立たせたいものがあったんじゃ……」と呟いた。それに対して「いい所に気付いたね」と楽しそうに微笑んだ。その微笑みが頭にこびり付く強烈なインパクトだった。

「俺はバスケが嫌いな訳ではないけど、好きでもない。俺の周りに近寄る女子らは俺の内心を気付こうとはしないで、上っ面だけを見てる。だから、あの課題で、あの絵を見て、俺の好きなことがバスケなんだと勘違いしている。緑色の表現すら見ようとも、気付こうともしない。」

 彼の視線が乾の方向を捉えていた。

 残っていた水を飲み干し、口を潤わせていた。

「俺が好きなのは乾とするバスケであって、バスケじゃないんだ。」

 好きな人と一緒にする事が楽しいのであって、それ事態が好きなんではない。

「なんだか……分かる気がする。」

 私達は笑った。どこか微笑ましい時間だ。

「ちょっと来てくれないか。お前に貸したい本があるんだ。」

 彼は立ち上がるとどこかへと誘おうとした。

「えっ、あの兄ちゃんの大切な本を貸しちゃうの?」

「ああ。気の迷いかも知れないけど、貸したくなったんだ。俺が絵の道に進むきっかけになった『起源(ルーツ)』であり、俺の人生の『聖書(バイブル)』だ。」

「そんな大切なもの、借りちゃっていいの?」

 もう驚きが隠せない。

「大切だから貸すんだ。あげる訳じゃないから大切にしろよ。」

 彼に連れられるまま二階へと上がった。

 彼の部屋へと入った。片付けられている部屋だ。それでいて、しっかりと絵と向き合っている部屋だとすぐに分かった。

 胸がドギマギする。今、私はあの慎二君の部屋に来ているんだ。あまりの高揚感に、気を抜けば鼻血が出そうでもある。

「バスケットボールを緑っぽく描いたみたいに絵は自由なんだ。俺の『聖書(バイブル)』にこう描かれている。『あなたが青く見えるなら、りんごもうさぎの体も青くていいんだよ』ってな。絵はもっと自由でいいんだ。お前は、囚われなければ、絵のコミュニケーション手段がもっと増えるはずなんだ。」

 私の目の前に置かれる漫画の束。それらが青く広がっている。

 タイトルに目を通した。『ブルーピリオド』という漫画みたいだ。そして、これが慎二君の起源。

 大切に袋に入れられたそれを私は大切に持った。そこに包まれた特別感が私の胸の中の幸福感を倍増させていく。

 私は嬉しい気持ちのまま階段を降りた。


――――――


 漫画をペラペラと(めく)る。

 いつもは漫画はスマホで読むものだったけど、紙で読む漫画も良いものだ。特に、それが特別な人から貸して貰った本なら尚更だ。

 これが慎二君のルーツ――。

 時計の短い針が二周し終えて一周目に入る時間になっていた。明日も学校なので寝た方がいいと頭では分かっているものの、続きを読みたい。どうしても読みたい。

 それでも私は布団へと潜った。

 タクタクタクと針の音が無音の中に反射している。目を瞑ったところで夢に落ちることができない。あれやこれや辛抱して目を覚ますが、暗闇の中でほんのりとした光で照らされる時計はまだ一時間すら経っていない。それから何度も目を閉じては開くを繰り返した。

 深夜二時。結局眠れずに起きてしまう。いつもなら誰かに連絡を送るところだけども、今日だけは漫画本に手が伸びた。静かにページを捲っていく。



 今日の部活は外での活動だ。外の景色からどこか一面を切り取って絵に描く。学校の敷地の中をひた歩き、ピンと来るものを探していく。

 ふと足が止まった。

 絶え間なく動く様子。けれども、頭の中で絵に写す構図が出来上がっていく。鳴り響く声が散漫に広がる。この熱気を私は描きたい。

 絵はもっと自由でいい――。その言葉が私の衝動を突き動かす。手が勝手に動いていくみたい。必死に絵と向き合い真剣になっている今の自分。とても気持ち良い。

 完成した白黒のラフ画。その後、そこに色を付け加えていく。(もや)がかった赤で表現していく。


――――――


 次の日の作品発表の時間。

 体育館を舞台に、バレー部が一生懸命にボールを追っているシーンを描いた一枚だ。

 私には自信があった。きっとみんなから褒められるだろう。心の中ではニヤニヤしていた。

 が。「小蓬さんの絵、色がおかしくない?」という批評を初め、あまり好印象の評価は貰えなかった。

「この絵は愛南が描いたのか?」

 絵を見に来た慎二君に「あっ、はいっ」と吃驚(びっくり)しながら返事をする。

「体育館の床だけじゃなくて全体が赤なんだよ、おかしくない」などと付近で笑われている中、彼だけは違った。

「いい絵だ。熱気を赤で表現したんだな。ストレートに伝えたい意思を感じられる。それに、しっかりと俺の大切な本を読んでくれたんだってことが分かって、とても嬉しいよ。」

 その言葉を貰えて嬉しい。心が(うさぎ)みたいにぴょんぴょん跳ねている。

「分かる? じゃあ、あのね、あのね」と私は絵のアピールポイントを伝えた。その時ばかりは童心に戻っていた。

「なるほどな。絶え間なく動く姿を描くために()えて人型を留めずにボヤして描いたのか。面白い着眼点だ。」

 私が最も好きなことである絵を描くこと。今まではその結果しか見られて来なかった。けど、彼は違う。彼は結果に至るまでの思考など道程をも見てくれるのだ。今まで感じたことない楽しさがとても嬉々たることだった。

「ねぇ、他の絵とかみないの?」近くに来た先輩が言う。

「せっかくの時間だ。今はこの絵を見ていたいんだ」と返される。

 たったそのワンシーンを見ただけで私の心の中の満足感はあっという間に天井を突き破ってしまう程に溢れていく。

 いつの間にか付近に人はいなくなっていた。二人だけの時間になった。用意された特別な時間、至福な時間を過ごしていく。

「それじゃあ、次の絵も楽しみにしてるよ。」

 彼は違う絵を見に進んでいった。

 確かに残る余韻を噛み締める。まだまだ味が溢れてくる。私は少しばかし目を覚ってみた。

 

 作品発表の時間はあっという間に終わった。

 

 作品を閉まって、教室を出た。

「ちょっとお時間いい?」と笑顔で言う一人の先輩。私の足は止められた。すかさず「ちょっと来て」と冷たいトーンで言い放たれた。

 掴まれた腕は笑顔とは裏腹にギュッと怒りが込められている。無理やり引っ張られる感覚で階段を上った。

 静寂に包まれた第二美術室前。そこには先輩達がズラっと待っていた。

 私は教室の壁際に追いやられては囲まれる。その圧倒的な圧に、先程までの幸福感は消え去り、恐怖感が代わりに台頭した。左腕を右手で握って震えを止めようと頑張るが、恐怖感は無くなってくれない。

「あのー、大口(おおぐち)さんとはどういう関係なのかしら?」

 すっと出される手。副部長の顔が近づいてくる。

「答えて。アンタは大口さんの何なの?」

 冷たいトーンには嫉妬や嫌悪感が混じっている。鼓膜を通って悪寒を感じさせていく。

「聞いてんだけど? 黙らないでくれる?」

 今度はちょっとした微笑で言い放つ。

「あのさぁ、こっちはさぁ、努力してようやくあの人に近づけたの。で、アンタはそんな事も知らずに易々と近づいて楽しそうに話してたね。一年の癖に。どんだけビッチなの?」

 怒りが伝わる。五感のどれもが逃げたいと伝えている。恐怖で言葉すら出てこない。涙すら出ない。

 教室の壁が蹴られた音が大きく響く。あまりにも唐突に、大きな音に体が思わず反応した。

「安心して。今日は警告だけだから。次、近づいたりしたら、どうなるか分かるよね?」

 嫌な視線があちらこちらから突き刺さる。

 息が詰まる。

 とても息が詰まる。

「これ、要らないよねぇ。こっちが責任持って捨ててあげるね。」

 先輩の一人が鞄を漁って先程展示した絵を取り出してはビリビリに破り始めた。破り終えるとそのままゴミを持つようにそれを持ち帰って進んでいく。そんな彼女に周りが着いていく。

 ゾロゾロとその場から離れていく集団。悍ましい雰囲気は静寂な雰囲気に戻った。

 壁に持たれながら座る。あまりのキツイ時間に心がやられそうだ。

 窓の向こうに映る覚束無(おぼつかな)い景色。低い階層から落ちれば痛みは少ないけど、高い位置から落ちれば致命的。幸せから不幸に落ちる時も同様だと思っている。せっかく有頂天になれそうな程に幸せだったのに、高く登れた時間だったのに、今の出来事で瞬く間に最悪な日に転落してしまった。

「辛っ――。」丸まって言い放つけど、誰もいない廊下にこだまして惨めになってくる。



 ギロッ。


 放たれる視線が痛い。そこまで警戒しなくても私からは慎二君には近づきません。あんなことがあったのだから、近づける訳がない。

 ちょっとでも手違いで近くに進もうと言うものなら強く睨まれて目で警告される。蛇に睨まれた蛙のように私は震えてしまう。

 怖い――。

 同じ部屋にいるはずの慎二君は取り巻きに囲まれていてとってもとっても遠くにいるように感じる。 

 私への扱いがぞんざいな扱いに変わる。周りからのあたりが強くなる。

 それは美術部だけの話だけじゃなくて、教室でもそうだった。噂は広まるのが早い。まるで火が燃え盛るみたいの早さだ。美術部よりかは穏やかでも、ヒソヒソとした小声と目を逸らすような態度が心を痛みつけていく。

「なんかあったん?」

 正直、アズアズがいなかったら、もう心が崩壊して不登校になっているだろう。

 ここでは言いづらいから、夜中に相談でもしようかな。今は適当に返す。

 カッカッカッ。そんな強めの足音が近づいてくる。音鳴る方へ顔を向けるとそこには半井がいた。

「愛南さんって見た目によらず馬鹿なのですね。」

 何その言い方。と言い返したい所だが、今の私の心の持ちようでは言い返せない。

「慎二さんのファンクラブの怒りを買ったんでしたっけ? 一途な私ですら、近づくことさえ許されないというのに……。ほんと考えれば分かることですのに。」

 ただ、ディスりに来ただけだろうか。思わず「何?」とキツめに言い放った。

「何でもないですよ。ただ、謹慎中のあなたに話しかけたかっただけですから。」

 どうしてだろう。話しているうちにイラついてくるのは。

 そのまま去っていく姿。本当に何も用事がなかったみたいだ。余計にイライラする。



 美術室までへの道。

 ふと足が止まった。どうしても足が動かない。一歩動かすためにも揚力が必要で相当疲れる。行くのが億劫になる。

 私は来た道を戻った。

 戻るしかできなかった。


 私は馬鹿だ。その場のノリ的なもので慎二君と楽しく話し合った。取り巻きとかファンクラブとかあるのは知っていたはずなのに。あまりにも巨大な組織に睨まれてしまった。ようやく私がどれだけ身の程知らずなのか身に染みた。

 絵を描くことが好きなのに、絵を描こうと言う気持ちにならない。


 

 今はもう部活に行くことはなくなった。私はもう幽霊部員の一員だ。

 帰って何かをする訳でもなく、ただ自分の部屋のベッドで枕をぎゅっと抱きしめる。それで何かが起きる訳でもない。眠れる訳でもない。しかし、何もすることが起こらない。

 学校と放課後の唯一の楽しみはアズアズとの会話。それぐらいだ。だけど、アズアズにも自分の時間がある。それなりの時間が余っていた。

「そういや読んでなかったな……本。」

 意図的に見えない所に避けていた漫画の単行本の束。見れば惨めになるからだ。だけど、それなりの時間が私に読む気力を与えてくれた。

 部屋は青は青でも紺色の(もや)がかかっている。そこにさらに他の色が混じりあって、余計に黒っぽい青になっている。そのせいで気持ちがどんよりする。その中で読む漫画本。それは鮮やかな、ビビットな青だ。徐々に部屋の濁色が清浄されていく気分になった。

 パタン。

 最後まで読み切ってしまった。

「はー。返さなきゃ。」

 せっかく清浄されてきた部屋が再び暗い色に戻っていく。仰向けになって右腕で目を隠す。これで目の前は真っ暗だ。

 現実逃避できていた時間が終わってしまった。突きつけられる現実に逃げたくても逃げちゃいけない実態がある。私は借りた本を返さなきゃならない。

 返すためには慎二君に合わなきゃいけない。けど、合えば今度はどんな目に合わされるのか分かったもんじゃない。板挟みになる心情。何も考えたくなくて、目だけ瞑った。簡単に眠れない自分が嫌になる。

「どうしよう――。」

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