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大口兄様に恋をした~私にとっては禁断の恋(※私なんかが恋なんかしちゃダメ!)~  作者: ふるなゆ☆


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1話(後編)

「ここは美術準備室だ。いてもおかしくないだろ? 逆に、お前らがいる方が違和感だと思うけどな。」

 サラリと返された言葉。それに口が(つっか)える半井(なからい)。私はただただその様子を窺うしかできない。

「話は聞こえてた。入部試験の合否については先生が決めたことだ。もし文句があるなら直接先生に言うんだな。」

 冷たい言葉が彼女を凍らせた。先程まで見せていた裏を隠して、表の姿で関わろうと取り繕うも慌ててるせいか言葉が上手く出ていない。

「それで、お前が愛南(まなみ)か……。」

 突然、話の対象が私に向かう。思わず「えっ」と声を漏らしてしまった。私も何か言われるのだろうか。

「部長として、試験の絵は全て見させて貰ったんだ。愛南の絵……本当に絵が好きなんだなってことが分かる素晴らしい絵だと、俺は思うな。」

 ここからだと横顔がチラッと見える程度でよく見えないが、ほんのり笑ったように見えた。

 優しく溶けるような言葉が浮いている。思わずその場から動けなくなっていたし、喋れなくなっていた。衝動的で刺激的な熱が心から溢れてきそうな感覚と、平穏を保とうとする自分の脳が対立して拮抗状態になっているからだ。

 サッとその場から去っていく姿。私達はどちらともその場から動けなくなっていた。

 先に動いたのは半井で、彼を追いかけるように走っていった。

 とても静寂な廊下に取り残された。今はただこの不思議な気持ちを噛み締めている。

 ふと顔を横に向けた。

 廊下の窓の向こう側に見える鮮やかな夕焼けに向かって一息つく。黒い(からす)がオレンジ空の中を飛んでは鳴いている。ちょっとだけそんな空に向かって微笑んで見た。

  




 ノートを開いた。オリエンテーションばかり続いていたが、ようやく本格的に授業が始まる。黒板に書かれた文字をひたすらノートに写す。先生が質問した問に教室にいる誰かが答えていく。あっという間に授業が終わった。

 昼の時間だ。お弁当を取りに教室後ろのロッカーへと向かう。

「邪魔!」

 キリッとした鋭い目つきで行く手を阻み、そのままスタスタと進む半井。お互いに子どもじゃないので、いじめみたいなことは起こらない。しかし、彼女からのあたりがとっても強くなった。当たり前だけど、私もいい気分はしないし、近寄りたくはない。

 鞄から弁当を取り出した。席に座って袋を開いた。

「まーなっみん、食ーべよー。」アズアズだ。

 開く弁当箱は彩りだけは鮮やかに見せた何の色気のないもの。一応外面の彩りだけは取り繕ってみたものの、実態はただ冷凍食品を詰めただけである。

 周りを見渡した。どうして冷凍食品なのか。それには私なりの自論がある。料理した食べ物を弁当として食べる場合、食べる頃には冷えてしまって美味しさがその場で食べる時よりも半減してしまう。しかし、冷凍食品は弁当として食べることを前提として作られているので、食べる頃に美味しく感じる。やっぱり弁当には冷凍食品に勝るものはない。そんなことを自問自答した。もし何か言われてもすぐ自論を述べられる。

 アズアズはポッキーを取り出して食べ始めた。

「えっ、もしかしてアズアズの昼ごはんってそれ?」

「うん。まなみんもいる? シェアハピする?」

「ちょっと待って。お昼ご飯それだけ? 不健康じゃない?」

 まさかの昼飯がお菓子。見てるこちらは心配になる。「いいのいいの」と気にしていないみたいだ。けど、私が気になる。

 戸惑いながらもお腹を満たしていく。

 偶然、周りの声が耳に入ってきた。何やら慎二君の噂をしているようだ。この学校なら聞いて当然の在り来りな話題だった。

「すっごいよねー。(いぬ)っちの兄ちゃん。ずっと話題に上がってんじゃん。けど、思うんだよねー。絶対に噂が一人歩きしてるだけだって。乾っちの兄ちゃんだよ! 絶対にポンコツっしょ?」

「違うよ。絶対――」なんて言葉を頭で考えるよりも先に言い放っていた。驚いたようにこちらを見ていた。

 弁明するように「いや、その……見てもないのに噂だけで判断するのはどうかなぁって」と弱々しく付け加えた。

 どうして反射的にあんな強めに言葉を言い放ったんだろう。そんな思考を押し殺して、違う話題について話していった。


――――――


 広めの教室。顧問の先生が黒板の前に立っている。前の席に座るのは欠席を除いた三年生、二十二名。席の後ろ側は欠席を除いた二年生、十四名。そして、一年生、十()名は椅子を持ってきて後ろの空間の適当な場所に座る。

 ずっと定員が十五名だと思っていたが、そうではなかったみたいだ。試験では、絵を描くことが好きであること、つまり絵への熱意を見られていたみたいだ。先生から全体にそれらしいことを伝えられた。徹夜で急ぎで完成させた絵だとしても、中学校の頃に培ってきた絵への思いや技術は確かなものとして発揮できたからこそ私は合格したのではないかと思った。逆に、半井が不合格したのはどれだけ丁寧に外面を埋めようと、心から絵を好きである気持ちが全く足りなかったからなのではないかと思った。入部理由も絵ではなく慎二君だし。

 今、無心で頷いているが、この自論を誰かに打ち上げようとは思っていない。私はその自論を飲み込んだ。

 絵への気持ちか――。あの時、逃げなくて本当に良かったな。脳裏で反芻(はんすう)する慎二君が私にかけてくれた言葉。合格した事実も相まって、その言葉が私の自信となって行動を後押ししてくれる感覚を受けた。

 

 本日の部活動はオリエンテーションで終わった。終わると否や、慎二君は相変わらずの人気っぷりで、三年生を中心に囲まれた。近づくことさえ許されない。無理にでも近付けば、あの取り巻きに干されてしまうことは容易に想像できた。

 同じ教室の中にいるのに、まるで天と地の差がそこに存在しているみたいだ。見えない手による後押しを受けた今でも、そこには辿り着けそうにもない。そこにある雲泥の差をひしひしと感じた。

 

 やはり、慎二君は高嶺の花。私には遠すぎる存在だ――。


 



 課題『絵を描くこと以外の好きなこと』――。


 さて、どうしたものか。

 まずは内容について吟味する。趣味は絵を描くこと。絵の中でも漫画風イラストを描くのが好きだ。それ故によく漫画を読んだりゲームをしたりする。ただ、見るものやるものはどれも王道。流行り物ばっかりで、何かを深めている訳ではない。

 うーん、と頭を悩ませる。このままでは描く内容が上っ面のペラッペラになってしまう。

「あ、そうだ。愛南には特技があったんだ!」

 ピコンッ。私は閃いた。

 私には植物を育てるという特技がある。

 昔、観葉植物としてミニサボテンを育てていた。最初は水を上げすぎたせいで何度も枯らした。今はミニサボテンの域を出て、小さな庭でパンジーを育てている。培養土と赤土玉の小と中玉を混ぜて庭の土を作ったり、花屋で買ったパンジーの苗をそこに埋めたりした日々を懐かしく思う。今では毎日水を欠かせずに上げたり、華やかに咲くようにと咲いた花を切り取ったりするのが日課になっている。

「いいじゃん。これ。これを描こう!」

 頭の中で想像していく絵。構図はどうしようとかどの色のパンジーを描こうとか頭の中で考えていく。ある程度の基軸ができたら、それを脳裏で再現していく。この時間が愛おしく堪らなかった。


 ――――――


 品評会――。

 描いた絵を教室内に展示し、それを見合って感想を紙に書き先生に提出する。最後に、先生の講評と共に書かれたコメントを抜粋して伝えられる。言わば、絵の上達のためのアピールの場だと私は思っている。

 部門は二つ。作品の展示かつ感想を書く部門と感想だけを書く部門。どちらを選んでもいい。つまるところ、参加不参加自由であり、この課題を必ずこなす必要はないということ。

 私は慎二ファンクラブである理由が為に所属している部員も多くいると思っている。それ即ち、わざわざ絵を描いて提出までしようとは思わないだろうということだ。


 美術室に入った。課題は『絵を描くこと以外の好きなこと』であり、それぞれの好きなことが描かれた絵がズラっと並んでいる。

 さっきまでの浅はかな考えは撤回だ。意外にも展示された絵が多かった。その中でもクオリティが高いものも多くある。思わず圧倒されてしまいそうだ。

 バインダーで挟んだ紙とペン。三つまで評価できる。白紙を埋めたいがためにしっかりと絵一枚一枚を見ていく。

「すごい――。」

 思わず立ち止まってしまった。が、すぐに押し出されてしまう。絵の下の名前すら見れなかった。

 あの一枚の絵が頭の中にこびり付く。鮮やかな青と隅で存在感を放つ緑かかったバスケットボール。赤茶色を覆うように描かれた(モス)っぽい緑色。全く違う色で描かれているのに、それは違和感を感じさせない。

 やけにあの絵だけ人だかりができている。その情景を見て、すぐにその絵の主が慎二君であると理解した。その後、「慎二さんの絵だ!」という言葉がそこら辺で聞こえたことから確信に変わった。

 それに比べて。私のパンジーの絵は可もなく不可もなくその場で存在感を放とうと健気に咲いている。

 これ程までの差があれば嫉妬なんて感じない。そこにあるのは一筋の尊敬と憧れの眼差しだけだ。


 一通り回って評価とコメントを書き終えた。

 ただ、私の絵への反応が気になって、メモをしてる風を装いながら、邪魔にならないように近くで待機していた。

 素通りされていくその様子を見て、ため息を吐きたくなる。

 下手ではないと自負しているものの、特段に上手な訳ではない。多分、平凡なのだろう。可もなく不可もないような無味無臭では誰も立ち止まってはくれないのだろう。

 まあ、初めから期待はしていないからショックはそこまで大きくはない。もう帰ろうと踵を返そうとした。 

 そんな時だった。

 私の絵の前で止まり、しゃがんで私の絵を見る一人の姿。その様子を見ようとする影がチラつく。

 紛れもなくそこにいるのは慎二君だった。

 彼は優しく「俺、この絵、好きだな――」と呟いた。

 その言葉が突風となって突き抜けてきた感覚を得た。これほど爽快な感覚は生まれて初めてな気がした。

 後ろから「ねぇねぇ、慎二君。その絵が気になるんだ。めちゃくちゃ下手って訳ではないけどさ、そこまで上手いって訳じゃなくない? どこがいいの?」と三年の先輩が訊ねていた。

「もちろん、技術力は足りないな。覚えたての技法に囚われている気もする。そのせいでまだまだ表現しきれていない所もある。」

 グサッ。そのダメだしは痛すぎる。

 唐突なダメージで持ってたバインダーを落としかけた。危ない、危ない。

「けどな、ちゃんと伝えようとする表現力が確かにある。この絵が伝えたい気持ちはちゃんと伝わった気がするんだ。」

 優しい横顔が輝かしい。

 立ち上がる姿を思わず目で追いかけていた。

「この絵を描いた人が気になるな……愛南か。」

 その様子に見とれている私がいた。気付けばバインダーが腕から離れていた。床に落下する音でハッと我に戻る。急いでバインダーを拾った。

「噂をすれば」と彼の方から私に近づいてきた。ちょっと緊張して体がカチコチだ。「ねぇ」という掛け声に「はいっ」と固い返事をしてしまった。

「良い作品だったよ。けど、意識すればもっと良くなるな。」

「ありがとうございます。」

「絵は見せるだけのものじゃない。絵は伝えるもの。言葉を介さないコミュニケーションなんだ。」

「コミュニケー……ション。」咄嗟の言葉にオウム返しをしている自分がいた。

「ああ。愛南は枠に囚われてるんだ。ただ、本質は掴みかけている。もっと教えてくれ。お前の全てを、ご自慢の絵で、な。」

 手が触れる。触れ合う。

 長い指。冷たい感触。その先にあるのは先程落としていたであろう鉛筆。

 そこからちょっとだけボーっとしていた。手元には鉛筆が取り残されていた。



 先生の言葉。講評は褒めもあったけど厳しいご意見もあった。トータルするとちょっと(へこ)みそう。

 それでも凹みすぎないでいられるのは慎二君との会話を今でも思い出せるからだ。あの時の会話が反芻させるお陰で、私の心は立っていられているんだ。

「ねぇ、明日、暇?」カントリーマームを頬張りながら話していくアズアズ。

 その質問は苦手である。暇と答えれば、どんなに嫌なお願いをされても断り辛い。逆に、暇じゃないと答えれば、もし楽しそうな出来事でも参加しづらくなるし、彼女との関係性もほんの多少はヒビが入るかも知れない。

「まあ、一応……暇かも」とだけ答えておく。

「じゃっ、遊ぼっ! 決定ね。」

 もはや拒否権などなさそうだ。明日、暇かどうか聞かれて暇と答えたが最後、このような強引な予定入れも断れなくなるのだ。まあ、幸いにも遊ぶのは嬉しい出来事なので結果オーライではある。



 当日。待ち合わせのコンビニに向かった。ちょっとドタバタしてて、待ち合わせの時間に遅刻してしまった。

 そのせいで待ち合わせ場所が変更となった。元々、コンビニでお菓子を買ってどこかで遊ぶとだけ聞かされていた。そのどこか――詳しい場所は聞いていない。

 住所だけ送られて、地図で調べて進む。迷ったので、アズアズに電話をしながら道を進む。

 そして、辿り着いたのは灰色の屋根と黒色の外壁が印象的な一軒家だった。柵の前へと行き、インターホンを鳴らす。

「何してんだ? お前。」

 聞いたことある声だ。どこか冷たくクールな物言い。振り返るとそこには慎二君がいた。

「どうして先輩がっ、ここにいるのっ!」驚きを隠せない。驚き過ぎて心拍数が上がる。

 それに対して、何故か、ため息を吐かれてしまった。

 

「いるも何も、ここは俺の家なんだが――?」


 ひょへっ?

 恐る恐る家の表札を見る。そこには『大口(おおぐち)』の文字が書かれていた。

 心の中で、ど、ど、ど、どういうこと? と自問自答しながら、答えを導いていく。

 家のドアが開く。出てきたのはアズアズだ。その後で乾も出てきた。

 あっ――。

「おーっい。愛南も早く(うち)に上がれよっ!」

 乾の言葉を聞いて、「あー。(いぬい)の友達か」と納得した模様。彼の手で柵が開かれる。「入らないの?」と言われ、ハッと我に戻って二人で彼の家へと向かう。

 アズアズに誘われた遊び。その場所は乾の家。乾と慎二君は兄弟。つまり、必然的に私は慎二君の家にお邪魔することになったみたいだ。今からひとつ屋根の下に在することになると思うと心拍数が上昇し続けていく。止まらない。


 お邪魔します――。

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