7 生活改善活動
「麻耶。」
と、シンシアが話を理解したらしいと思ったところでわたしは呼びかけた。
「あんた、この世界のお風呂に満足してる?」
「え? どういうこと?」
麻耶もお嬢様言葉からすっかり21世紀言葉に戻っている。
「お花が浮いてなくて、臭いのしない透明なお湯のお風呂にゆっくり浸かりたいと思わない?」
「それは日本人としての記憶があるからだよ。ここではそんな贅沢はできないよ杏奈。透明な湧き水は貴重なんだから。」
「なにも飲料用の湧き水を使おうなんていうんじゃない。川の水の浄化装置を作れないかって話。」
わたしはテーブルの上に紙を広げて、そこに下手くそな絵を描く。
紙はお嬢様がお手紙を書く用の便箋だ。
それに白鳥の風切り羽で作ったペンにインクをつけて線を引く。
インクは最初は青くて、時間が経つと黒くなっていく。
こんなところは、こっちに来てちょっとよかったな、と思えるところだ。
不便といえば不便だけど、なんか情緒があって素敵。
スマホでタイパばっかり気にしてた自分が、なんかウソみたい。
「アリシアもシンシアも、ドレイクどのも見て。こんなものを作りたいの。」
描き上げてそう声をかけても、3人は少し遠慮している。
一応、起こったことの理解はしたが、時代に刷り込まれた価値観がそんなに簡単に変わるわけじゃないだろう。
絶対的な身分差——というものの垣根を踏み越えてもいいものかどうか‥‥。天罰がくだるのではないか‥‥といったような不安感は、どうしても拭えないのかもしれない。
まあ、徐々に慣れてもらうしかない。
「いいから近くに来て。この5人だけのときは、わたしたちは仲間だから。」
そう声をかけると、恐る恐るわたしの描いた下手くそな絵を覗き込んだ。
「これは‥‥! 縞模様のポンチョか何かでございますか?」
(やかましわい!)
わたしが描いたのは大きな甕の中に石と砂と炭を入れたものの断面図だ。
甕には底の1箇所に指くらいの穴が開けてある。
甕の底に大きめの石、その上に綿の布を三重に敷いてその上に小さめの石、その上にもう1枚綿の布、その上に砂、その上に炭、そしてその上に細かな砂利、最後に綿の布を1枚被せる。
甕は台に乗っていて、穴の下に器が置けるようになっている。
炭は活性炭がいいが、そんな話をしても理解されないだろう。備長炭みたいな堅木を焼いた炭で、細かい多孔質のものが手に入ればそれを砕いて使えばいい。
「この甕に川から汲んできた水を器で上から流し込むの。下の器に水が出てきたら、また新しい川の水を上から注ぐのね。そうするときれいな水になって出てくるから。いっぺんに注いじゃだめよ。」
「なぜですか?」
とドレイクが聞いてきた。
意外と好奇心がある青年らしい。
「重ねた布や砂や炭、石などが汚れをくっつけてくれるからよ。」
「いっぺんに入れていけないのはなぜですか?」
これはアリシア。
この子は合理的に物事を理解したい性質らしい。
「いっぺんに入れると漉される前に圧力で出てきてしまうから。」
「アツリョク?」
ああ、そうか。この世界、この時代ではまだ「圧力」という概念はないのか。
「上からの水に押されて、ちゃんと汚れが取れないうちに出てきちゃうの。理論的には上手くいくはずだけど、実験としてやってみましょう。」
そう言うと、麻耶が目を輝かせた。
濁ってないお湯のお風呂——。
「もし上手くいったら、川の水から飲み水も作れますか?」
アリシアが聞く。
「それはこれでは無理。細菌‥‥目に見えない汚れが取れないから。」
アリシアが少しがっかりした顔をした。
彼女は下賤の出だと聞いている。おそらくは幼い頃は飲み水で苦労したんだろう。
「これが上手くいったら、もっと大規模なものを作って飲み水に苦労している地域にも届けられるといいな。シンシア、こういう特殊な甕を作ってくれる職人は町にいるかな?」
「探してみます。お嬢様!」
「わたしも情報を集めてみます!」
アリシアも目を輝かせた。




