体育祭での受難
五月の連休が終わると、すぐに学校全体が体育祭に向けて動きだした。
これは、去年から準備が始まっていて、ほぼ準備は整っている。
生徒会と体育委員会が中心になって、 去年の二月から準備を始めていたそうだ。
今から俺が手伝うことはあまりなかった。
だから俺はのんびりと構えていた。
体育祭が三日後に迫った夕方、井上先輩がチョンチョンと俺をつついた。
「ヒロシ、体育祭では何に出るの?」
「俺は、玉入れとリレーです」
「玉入れ? まあ、いいけど。騎馬戦は出るでしょ」
「あれは全員参加でしょ」
「各クラスで、四騎参加のはずよ。立候補した?」
「してませんけど。あれ? 俺、玉入れとリレーに丸つけて出したから、騎馬戦は全員参加だと思ってました」
当たり前に、そう思っていた。
「生徒会役員は全員騎手で参加だよ」
「私とユキも騎手で出るからね。ここの騎馬戦は男子から女子への攻撃は禁止。分かった?」
「はい」
……えーっ、今て何て言った⁉
「あの、男女を分けないってことですか?」
「そうよ。世間に出たら、男も女もない乱戦だからね。その前哨戦よ。女子は攻撃していいから、襲われたら、さばいて逃げてね」
里見先輩の常識的なアドバイスに、井上先輩が暴力的なアドバイスを追加した。
「近寄れないくらい暴れまわる、もありね」
女子の先輩二人は楽しそうに話し合っている。え、それでいいの? 女子危なくないの?
井上先輩はセーラー服で、何とか戦士風のコスプレで出るらしい。
里見先輩はアルテミスのコスプレのようだ。スタジオで借りたと言っている。
騎馬戦にコスプレ?
「あの、男子もコスプレですか?」
「男子は普通にジャージだよ。したければ、すればいいけど」
ホッとした。
でも、セーラー戦士や女神に突撃されるのは、気が重い。
それに、そんなのできれば応援席でじっくり見たい。
今年は仕方無いけど、来年を楽しみにしよう。
「ところで、体育委員会に小山が居るから、注意してね」
里見先輩が眉間にしわを寄せた。
「小山さん、ですか。接点ありますか?」
「そりゃあ、少しはあるよ。生徒会は広報関係しか、関わっていないけどね。無くても作るでしょうね」
井上先輩も、俺の肩に手を置き、力強く握ってきた。
「そうね、今年はヒロシに強めに絡んでくるかも」
ここで井上先輩が里見先輩に言い渡した。
「前に立って助けちゃ駄目だよ。ヒロシの今後のため、私たちがするのは、さりげないフォローだけ」
「あ、そうか」
「そうよ、実力を付けさせないと、私たちが卒業した途端に餌食だよ」
小山さん。あれからちょっかいをかけてこないから、安心していたのに。
俺は更に気が重くなった。
体育祭当日は快晴だった。
晴れ渡った空が気持ちいい。
ラジオ体操をしながら、俺は空を見ていた。
なぜなら真横に小山さんがいて、俺の写真を激写しているから。
小山さんの胸には黄色い胸当てがかかっている。
黒で『広報』と書かれたそれは、広報班の目印。
写真を撮るのが仕事だ。だからおかしな状況ではない、はずだ。
「ヒロシ君、ほんのちょっとの間で、大人っぽくなったね」
「ありがとうございます」
「入学したときなんて、中坊が背伸びしてます、って感じだったのに。それに急に垢抜けたわ。雑誌モデルの仕事のせいかしら」
「ありがとうございます」
横にいたクラスメイトたちが少しずつ離れていったため、周囲はポッカリ空いている。
誰か助けて。そう思って見回すと、「ホオー」という声が。
女子のヒソヒソ声も。内容はラジオ体操の音楽で不明。
でも 、なにか勘違いしているような雰囲気だ。
俺は喜んでいないぞ!
と、声を上げたいけど、できないチキンが俺だ。
困っていたら、今井先輩が来た。
「先輩……」
今井先輩は、俺と目が合った途端に吹き出す。
「あっちに集合してる。ミーティングだ」
口を手で押さえながら、俺を手招きする。
俺は急いで今井先輩に駆け寄った。
「今井君も撮らせてもらっていいかしら?」
「俺は撮影NG。ヒロシもだな」
さらっと言い、背中を向ける。
とてもきっぱりはっきりしていて、しかも嫌な感じがしない。
俺には無理な芸当だ。
連れられていった先に、他の三人が集まっていて、すぐに女子の先輩二人が寄ってきた。
「小山に絡まれて、まんざらでもなさそうな顔していた」
井上先輩が決めつける。
「ニコニコしながら話していたわね。ヒロシって、毒があっても良いってタイプ?」
里見先輩も誤解している。
追い詰められ後ずさったら、今井先輩が肩を支えてくれた。
「近くで見たら引き吊ってたよ。俺が保証する。笑いをこらえるのが大変だったぞ。なあヒロシ」
吹き出してたくせにと思ったが、味方を失うわけにはいかない。俺はブンブンと縦に首を振った。
「この二人、自分で行けばいいものを、自分たちは見守るとか言うんだ。そのくせ、俺に行けってせっついてさ。なんだろうね」
「つい先日、見守るって言った手前、ね」
「だよね」
見守っていてくれたのか。救援に今井先輩を送ってくれたんだ。
「ありがとうございます。助かりました。クラスメイトはニヤニヤして見ているし、身動き取れなかったんです」
「ヒロシって態度が曖昧なんだよ。嫌なら嫌って言う! いいね」
「はい」
「これは、騎馬戦荒れるね。ユキ、タッグ組もうか」
「そうね。今年の対戦は無しにしよう。ヒロシの見守り隊結成ね」
二人はくるっと男子の先輩たちの方を振り向いた。
「俺らは男同士の戦いに、どっぷりはまっとくよ。女子に囲まれると、触られ放題だから怖い」
女子に、触られ放題?
「ヒロシ、気を引き締めてね。囲まれたら危険よ。今みたいに断れないままだと押し倒されるよ」
井上先輩に指を突き付けられ、俺は怯えた。
キャー、怖い。 ……嬉しいのか? どっち?
「面白い表情するね、ヒロシ。気持ちがダダ漏れだけど、残念ながら怖いが正解だ」
緒方先輩が呆れながら教えてくれる。
「男子は首にかけたタグを取られたらアウト、女子は鉢巻き。差別だよな」
今井先輩も嫌そうに言う。
これは囲まれて揉みくちゃにされた経験ありと見た。
「よし、作戦会議よ」
そう言って女子二人は足早に立ち去った。
やる気満々だ。
騎馬戦は午後なので、それまでは何も考えずに体育祭を楽しむことにした。俺のクラスの女子達は、コスプレの話題で盛り上がっているようだ。
誰が騎馬戦に出るのか知らないが、女子全員で盛り上がっている。
力でのぶつかり合いの、埃っぽいイメージだった騎馬戦が、コスプレ披露の場になるなんて、なんだか華やかだ。
楽しみで、ほおが緩む。




