脱出ゲームー4
「両部とも二曲削ります」
「何だと。させるか!」
「その代わり、脱出ゲームの会場横にステージを設けます。軽音は第二ステージ、ジャズクラブは第三ステージのお子ちゃまタイムでどうでしょう」
一瞬シンとした。
「乗った」
軽音が言う。
「うちだって、バトルシーンに合うレパートリーくらい持ってるぞ」
ジャズが不服そうだ。
「発表のタイミングと選曲は、係員と相談してください」
それで騒ぎが落ち着いた。
そして校内放送で、脱出ゲーム会場横に、生バンドのBGMがつくと告げると、校内は一段と盛り上がった。
軽音の部長が、俺の後ろにくっついて来ていた真田を見て、ニヤッとした。
「手練の下僕を従えてるって噂だったけど、あれ本当だったんだな。さすが裏の生徒会長」
うん?
どこまで広がっているんだ、それ。
しかも裏の生徒会長に下僕が合体している?
多分、昨日の脱出ゲームで、真田の噂が広がったのだろう。
エリア1での動きが普通じゃなかったし、エリア2では、俺と里見先輩の護衛に付いていた。それで一気に噂が拡散したのか。
くるっと振り返ると、真田がニッと笑った。
俺は咄嗟に悟った。
こいつの忠誠がスッカスカなのは、黙っていればわからないだろう。
揉め事を収めるには、ダークな噂があっても悪くないかもしれない。
二日目の脱走ゲームコーナーは、整理券を配るほどの大盛況になっていた。
一日目のリベンジ組と、SNSで興味を持った人々が押し寄せたのだ。エリア3のエア遊具は、中休みを取ってちびっこタイムを設け、その時間も大好評だ。
生演奏は怪我の功名だった。
特に、エリア3でクラシカルな、『スイングしなけりゃ意味がない』が演奏されると、凄くシュールな雰囲気になった。
元々が、エア遊具に鬼というシュールな舞台なのだ。
チャレンジしに来ていた議員秘書の荻さんは、「洒落てるねー」と感心しきりだった。荻さん自身はエリア1でアウトだったので、来年のリベンジ用にこれから体を鍛えると言っている。
荻さんもだけど、なぜか皆、この企画は来年もあるものだと決めつけている。
このイベントのおかげで、国政や、自衛隊に関する展示に人が沢山集まったらしい。まれに見る大成功だと上機嫌になっていた。
そして展示会場と脱出ゲームの様子を、若手にビデオ撮りさせて、持ち帰っていった。
「これ、すっごい興奮するわ。エリア3も攻略しようね」
「再チャレンジできないからな。助け合おうぜ」
エリア2に様子を見に来ていた俺の耳に、そんな興奮したやりとりが飛び込んできた。そちらに向かい、角を曲がった所で、先頭を走って来た女子が俺にぶつかりそうになった。
どうやらエリア2をクリアして興奮しきりのようだ。
思わず満足の笑みが漏れ、口元の緩みを抑えきれない。
「おやあ、悪い笑顔! 裏の顔が出てますよ」
突然失礼な事を言い始めるのは真田だ。
中学生らしき三人が、こっちに注目した。
「この企画、この人がしたの。来年の生徒会長なんだよ」
紹介の内容は正しいけど、残念な事に真田の表情が言葉を裏切っている。
だが次の瞬間、彼らの表情が『尊敬』というものに変わったのを見て、真田を後で褒めることにした。
「怪我をしないよう、楽しく遊んでくれ。健闘を祈る」
我ながらカッコ付けすぎな気がするが、中学生たちの尊敬の眼差しは更に深くなった。
先ほどぶつかりそうになった女子が、ぴょこんと頭を下げた。
「私、来年はこの高校に来たいです。いえ、絶対にここに入学します」
目をキラキラさせて言う。ボーイッシュで美少年のようにも見える端正な顔をしている。
男子っぽく見えるのは、真直ぐな視線のせいかもしれない。
横に立つ友人らしき男子が、驚いたように彼女の方を向いた。
「え、いきなりかよ。〇塚じゃなかったの?」
「変更よ。こっちにする」
そうだ、来年になれば後輩が出来るんだ。彼らも、もしかしたら後輩になるのかもしれない。
「そうか。頑張って。待っているよ」
真田が俺の腕を引っ張った。
「仕事があります。もう行かなきゃ。それに里見先輩に御注進に行かなきゃ」
「エリア3は鬼のエアガンに気を付けて。盾が有効だよ。近射と乱射は禁じているから危険はないけどさ」
そう言って、手を振ってその場を後にした。
そんな風にバタバタしていたので、午後になってようやく、自分のクラスの出店に行くことが出来た。
何もしていないので、肩身が狭かったのだが。
「お疲れ様。クレープ食べる? 1―Cの人は一人一個だけ無料だよ」
店番のメンバーたちが、声を掛けてくれた。
「全然手伝えなくて悪い」
「いいよ。田中君忙しいだろ。その分、真田さんが二人分働いていたから。田中君の下僕なんだってね」
「真田の冗談を真に受けないでくれよな」
俺は一応釘を刺しておいた。
焼き上がりを台に乗せて、デコレーション役の女子が尋ねて来た。
「はい。出来ました。何挟む? イチゴとホイップクリームが一番人気よ」
「それください」
中学では周囲と溝があったのに、今は無い? 自然に話をすることが出来ているみたいだ。
俺はボリュームのあるクレープを受け取った。
たっぷりの生クリームとカスタード、イチゴのジャムと生イチゴが入っている。
食べ応えがあった。
「ありがとう。これ、凄く美味しいよ」
「はい、サービスね。脱出ゲーム楽しかったよ。エリア1で捕まっちゃったけどさ。来年もやって欲しいな」
そう言いながら、ホットコーヒーを渡してくれた。
「そうだな。また来年、かな」
学祭はドタバタだけど、楽しかった。そして大盛況のうちに終わった。
学祭が終わって数日後、CM冬バージョンの編集が終わったと連絡が来た。
試写会では、当初の予定通りのフィルムが出来上がっていた。
驚くべき編集の腕だ。
俺は照れくさいので、前回の時と同じく、半分流し見状態で見ていた。
まず全体シーンは、緒方先輩が飲み物を抱えて現れるところから始まり、皆でゲームをする様子などの楽しいものだった。凄く温かくて楽しい雰囲気だ。いい出来だなと感心した。
先輩たちのカップル編も、安定のクオリティに仕上がっている。
俺と野口さんのジェンガシーンは、俺たちが移動するのを睨む里見先輩の姿で始まる。まあまあ、となだめる緒方先輩。
そこからダイニングテーブルに場面は移り、俺がジェンガで3回連続ぼろ負けする様子と、慰める野口さんが映される。
空元気そのもので、俺が清涼飲料水を飲む様子。
それを見て爆笑する野口さんで、面白くまとめられている。
俺と里見先輩のオセロ編は、またまた俺のぼろ負けシーンからだ。
そしてジェンガで崩れ落ちる俺。もちろん周囲のヤジる様子や、野口さんの変顔も入っている。
皆が笑って楽しんでいる。
俺だけ格好悪いけど、全体的にすごく良い感じだ。
ラストは、俺が花を贈る編。これには、あの時の全部が入っていた。
里見先輩に怒られるところから始まり、情けない表情の俺が、次々に花を渡していく。
なぜか俺のセリフは入っていないけど、「好きです」と言っているのは十分にわかる。
そして花を貰った相手の表情が、まちまちなのが面白い。
里見先輩とのシーンは、他とちょっと違う雰囲気で、ドキッとした。
凄んでいた彼女が、花を貰って好きだと告白された瞬間から、かわいいい女の子に変わった。
この時の俺の動きは少しスローになっていて、余韻が感じられるように編集されている。
そして野口さんのシーンだけ、小さな声でセリフが入っていた。
黄色のガーベラを受け取って、野口さんが少し寂し気に言う。
「私にはこれかあ」
なんだか、ガーベラで、がっかりしている風に見える。
そして、コマーシャルが終わったかと思うタイミングで、
◇おまけ◇
というテロップが流れた。
準備中に俺と今井先輩が、プロテアの花を見ているシーンが、嫌になるくらいうまく編集されていた。
俺は思わず今井先輩を見た。顔が引き攣っている。井上先輩は、怖くて見れない。
俺はそっと手を合わせ、詫びた。
「さあて、今回もいい出来だったよ。評判をとること請け合いだ。ありがとうね」




