海でのヤバい色々
今井先輩がジュースを五本ネットに入れて、肩に背負うと言った。
「行くぞ」
そこから競争が始まった。
俺は小学校の時のトラウマのせいで、泳げなくはないけど水泳は苦手だ。だから初めから競争に参加する気はない。
それは皆も知っているので、無視してくれる。
レンタルしたシャーク型フロートにまたがり、のんびり後を追った。
今井先輩は泳ぎが得意なので、ハンデとしてジュースを持ったのだろう。
クロールで進む女子二人と、平泳ぎで追い掛ける男子二人。
皆、泳ぎもうまい。
筏に一番乗りしたのは、井上先輩だった。次が里見先輩。
全員が筏に乗って、ジュースを受け取って飲み始めている。
「ヒロシ、頑張れ」
応援の声が飛んでくる。
俺は頑張って手こぎしたけど、結構波があって、筏に近付けなかった。というより、だんだん横に流されていく。
体のほとんどが水上に出ているので、結構暑くてジリジリあぶられている気分だ。
時々海水を体に掛けて冷やした。
その様子を見ていた里見先輩が、ジュースを背負って海に飛び込んだ。
こっちに来てくれるようだ。
あっという間に俺の前にやって来て、シャークに取り付いた。
「はい。これヒロシの分ね」
「ありがとうございます」
そう言いながら迷った。わざわざ運んで来てくれた人の前で、一人シャークに乗っているのは気が引ける。俺は一気にジュースを飲んで、里見先輩にシャークを譲ろうとした。
「里見先輩、これ乗ってください。俺は泳ぎますから」
「え、いいわよ。乗っていて」
そうやって譲り合っている内に、シャークがひっくり返った。
ガボガボしながら水の中で上下が分からなくなっていたら、里見先輩が腕を掴んで水上に引っ張り上げてくれた。
腕をしっかりと絡めて俺の上半身を支えてくれている。
人心地が付くと、あまりにも密着しているのに気がついた。
後ろから抱き締められているような具合だ。
……柔らかい。
とてもじゃないが水上に上がれなくなった。
「大丈夫? シャークに乗って。押さえておくから」
……無理です。
耳元で喋らないで。お願い!
背中に密着した色々で、既にパニックなのに。
首筋や肩に、手や頬が触れるのも絶対困る。嬉しいけど、困る。
こんなことがバレたら、小学生の時とは違う意味で、また黒歴史が出来上がる。
「俺、先に砂浜に戻っていますね。シャークをお願いします」
そう声を掛けると、そのままクロールで一気に浜へ向かった。
俺はパラソルの下にもぐり、一人でゆっくりと休んだ。
どうも水泳とは相性が悪い。
シャークには今は緒方先輩が乗っていて、井上先輩と取り合いをしているようだ。
あ、井上先輩がシャークをひっくり返した。やる事が過激だよね。
皆、楽しそうだな、と思いながらぼんやりと彼らの様子を眺めた。
ほっとしたら気が緩んだのか、少しうとうとし始めたのは気付いていた。
「ヒロシ、起きて」
里見先輩に揺すられて、目を開けた。
少しの間眠ってしまったようだ。
「あ、すみません。ありがとうございます」
今井先輩が髪の毛のしずくを拭きながらこっちを見た。
「ヒロシ、泳ぎがうまくなったな。凄い速さで泳いでいて、びっくりしたよ」
「おお、俺も目を疑った。どこかで習ったのか?」
いいえ、必要に駆られただけなんです、という言葉は胸に秘めた。
「ちょうど引き潮に乗ったのかもしれません」
それから海の家に行って、みんなで焼きそばや焼きイカを食べた。焦げた醤油が食欲をそそる。
「イカがうまい。もう一本買おうか。二本でも食える」
「かき氷も食いたいな。俺、メロンがいい」
嬉しそうに言う二人に、井上先輩が上から被せた。
「夜のバーベキュー用に、お腹を空かせておいてね。これ以上の飲食は禁止よ」
買い込んだ量を思い出したのか、全員素直に井上先輩の言葉に従った。
しばらく休憩した後、ビーチボールを持って海に入り、腰位の深さのところで、ボールを取り合って遊んだ。
今回は女性二人に接触しないよう気を付けたけど、海の中だとそれは難しい。
ボールを取り合うと、どうしてもぶつかったり、押しあったりになる。
井上先輩は全く遠慮無しにぶつかって来るので、いい加減慣れて気にならなくなった。
これに関しては、井上先輩の言う通りだ。
「見慣れたら大丈夫」それは正しかったようだ。
さすが俺の姉代わり。
でも里見先輩だと、さっきの出来事を意識してしまう。
それで、ぶつからないように必死で距離を取った。
ところがジャンプした里見先輩の体が大きく傾いて、俺の方に倒れ込んできた。
とっさに手を出して抱き留めたら、砂に足を取られ、そのまま一緒に後ろへダイブしてしまった。
一瞬見た空は真っ青できれいだった。
次の瞬間、俺は里見先輩を抱えて海に沈んでいた。
今度はさっきと反対の体勢になっている。
やばい、と思って、慌てて里見先輩を立ち上がらせようと背中を押した。
ところが里見先輩はなぜか、体を捻ってこっちを向いたので、海中でもろに向かい合う格好になってしまった。
まずい。やばい。しばしパニックになった。
ところが里見先輩も慌てているのか、一向にどいてくれない。
それどころか、俺の胴体にのっかったまま上半身を起こそうと頑張っている。いや、軟体動物じゃないから。そこで折り曲げるの無理!
これは……起き上がれない。もう溺れそうだわ、俺。
このまま溺れておこうかな。
そう思っていたら、
「おい、ユキどいて」
今井先輩らしき声と共に、ズボッと引き起こされた。
しばらく、ゴホゴホ、ゼイゼイした後、ようやく収まった。
「ヒロシ、ごめん。ぶつかったとき、どこか打った?」
里見先輩が凄く心配そうに俺の顔を覗き込む。
「大丈夫です」
ゴホッ。
「魚がいるなーと思って見ていただけです」
皆、不思議そうな表情で俺を見ている。
でも、実際小魚が泳いでいるのが見えた。
「こんな浅瀬でも、魚っているんですね」
「もうすぐ四時になるし、そろそろ上がるか」
緒方先輩の言葉で、俺たちは浜辺を後にした。




