表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表の生徒会長に就任しました――俺、立候補してないのに  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/38

高校生には不似合いな高級旅館にて

「田中ヒロシ様をご案内いたしました」

「どうぞ、お入りください」


 今井先輩の声が聞こえて来た。

 ホテルのスタッフは、両手で襖をスッと開け、横に退いた。

 俺はとまどいながら入口手前に座り、お辞儀をした。


 頭を上げると、全員が少し驚いたように俺を見ている。


「お前、お茶の稽古をしたことがあるのか?」

 緒方先輩に聞かれ、小さいころ、母の稽古にたまに付いて行ったと話した。


「うろ覚えです」と言いながら部屋に入り、一番下座に座った。


 今井先輩がお点前をしている。

 背筋がピシッとしているので、その姿は非常に様になっている。


 かっこいいな、と思って見とれていると、ホテルスタッフが、目の前に扇子と帛紗などを置いてくれた。

 俺はそれらを手元に引き寄せ、隣の井上先輩に会釈してから、菓子鉢の中から菓子を取った。

 井上先輩がお茶を受け取り、飲んだ後で、俺に向かって微笑んだ。

「教える係は必要なさそうだね。ちょっと驚いた」


「いえ、あまり覚えていないので、間違えたら言ってくださいね」


 俺の分の薄茶が点てられ、受け取りに進み出て、席に戻ってから礼をした。

 茶碗を持ち上げると、柄を向こうに回してから、一礼してお茶をいただく。


 久しぶりのクリーミーな抹茶は、たっぷりとした量でうまかった。これは点てる人によって、なぜか味が違うのを覚えている。

 先生の茶が一番うまかった。下手な人の点てた茶は、味気ないか粉っぽくて不味い。

 しかし文句を言ってはいけないのが、茶の世界だ。


「とても美味しいお茶でした。たっぷりとしてのびやかで、今井先輩らしいです」


「気に入ってもらえてうれしいね。今度生徒会室でも、立礼で点てようか。お点前を教えてやるよ」


 そんな会話の後、しばらく茶室は無言になった。

 ここで一体何をしているのか、という疑問はあったが、俺は向こうから言ってくれるのを待つことにした。


「おかわり、いる人」

 今井先輩の声に女子二人が手を上げた。


「お菓子も追加して欲しい」

 リクエストに応えて、今井先輩が電話に手を伸ばした。お菓子を5つ追加で注文している。


「干菓子がいい。飴細工が食べたい」

 里見先輩が言う。


「私は、ねりきりがいい」


 全員の顔を見ていた今井先輩が

「干菓子とねりきり5人分お願いします。あれば飴細工を入れてください」と言って電話を切った。


「今井、俺がお点前するよ。場所を替わろう」

 そう言って緒方先輩が立ちあがった。


 緒方先輩のお点前は端正だった。しかも見た目と同じで華がある。


 ここまで色々出来ると嫌味だなと思っていると、井上先輩が、「私もそう思う」と小声で言う。

 なぜわかったのだろう。


「鼻にしわが寄っているよ」

 先輩は笑いをこらえるように言った。


 二服目を飲んで、まったりと寛いでいると、緒方先輩が俺に向かって状況を説明してくれた。


「今日は鎌倉中にうちの生徒が散っているだろ。同じようなルートを回ると、囲まれてしまって面倒なんだ。それで皆が来ない場所で、やり過ごすことになった。一日ここでゆっくり過ごして、一カ所くらいどこかに寄って帰るつもりだけど、行きたい所あるか?」

 そういう事か。納得した。


 駅のホームでも、生徒たちは、なにげに彼らの姿を探している様子だった。

 スクールカースト二位以下と、大きく差を開けてのトップグループだ。近付きたい者は多い。

 そして、このホテルなら、まず他の生徒たちは来ない。

 高校生がフラッと立寄るようなホテルではないからだ。


「解りました。特に見たい場所は無いけど……できたら、少し海を見たいです」


「じゃあ、由比ガ浜まで散歩するか。四時に先生宛に送る写真、うちの班は海の写真になるな」


 俺たちは、三時までホテルでのんびり過ごした。

 食事をして風呂につかって、テラスで昼寝。最高だった。

 しかもこの費用は生徒会活動費から出るという。つまり、遠足の準備に対する報酬だな。


 若干年寄臭い気がしないでもないが、他のグループだって仏像を見たり、写経をしたりしているのだ。

 そう思ったら大して変わらない。


 三時にホテルを出て、真直ぐ海の方に向かって歩いて行った。


 広々した大通りの先に海があると思うと、気分がゆったりとする。そう思っていると、海が見えて来た。


 人がちらほらいるけど、混んでいるわけでもなく、のんびりとした風景だ。

 俺たち五人は、なんとなく砂浜をうろうろした後、はだしになって波を蹴立てて遊んだ。

 そして四時になる前に、散歩をしている男性に頼んで、五人揃った写真を撮ってもらった。


「送るぞ。ちゃんと遠足に来ていた証拠写真」


 波打ち際に足首まで海水に浸かって立つ五人と、空を舞うトンビの写った写真を緒方先輩が送り、俺たちの遠足が終了した。



 学校行事が無事に終わり、まずはホッとした。

 二学期には学園祭があり、そっちのほうがボリュームとしては大きいが、まずは一つ片付いた。


「一つ一つをちゃんと終わらせること、それが大事」

 これは、里見先輩からよく言われる。


 廊下には、遠足の記録として、教師宛に送られた写真が、ズラッと張り出されている。


 国会議事堂コースには、議員と一緒の写真や、議事堂内部のあちこちで撮られた写真があった。


 いかにも官僚という感じの人たちに、囲まれたグループもある。

 青田刈りにも程があるが、このコースは官公庁への就職ルートに直結するのが魅力なのだ。


 撮影所コースには、江戸体験で扮装している写真がたくさんあった。

 頭にハチマキを巻いて、肩に木箱を担いだ大工姿と、刺子をした厚手の羽織と 被り物の、火消し姿がかっこいい。

 今度行ったらあれを着てみたい。


 鎌倉コースはおしゃれなカフェで撮られた写真が多かった。クリームたっぷりのパンケーキが、おいしそうだ。

 定番のアジサイ寺や、大仏や、江ノ電の踏切の前で撮られた集合写真も並んでいる。


 どのコースも楽しそうで、皆の顔を眺めると、達成感がわき上がった。


 人だかりがしている場所に行き当たり、掲示板を見ると、俺たちの波打ち際で撮った写真があった。それをスマホで撮っている者が数人いる。


 欲しいと言っても、教師がデータを流すわけがないからな。


 ぼんやりと誰が目当てなんだろうと考えたが、群がっているのは男女同数という感じ。均等に四分割だろう。


 写真の中の四人はとても寛いだ表情で楽しそうだった。


 軽く逆光なので陰影が出ていて、味がある。

 撮ってもらったときは特に思わなかったが、少し拡大されて印刷されたそれは、かなりいい感じだった。


 俺自身は半分以上影になっている。写真全体のバランスが、それで妙に整う。

 これぞモブとしての存在意義、と唸ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ