高校生には不似合いな高級旅館にて
「田中ヒロシ様をご案内いたしました」
「どうぞ、お入りください」
今井先輩の声が聞こえて来た。
ホテルのスタッフは、両手で襖をスッと開け、横に退いた。
俺はとまどいながら入口手前に座り、お辞儀をした。
頭を上げると、全員が少し驚いたように俺を見ている。
「お前、お茶の稽古をしたことがあるのか?」
緒方先輩に聞かれ、小さいころ、母の稽古にたまに付いて行ったと話した。
「うろ覚えです」と言いながら部屋に入り、一番下座に座った。
今井先輩がお点前をしている。
背筋がピシッとしているので、その姿は非常に様になっている。
かっこいいな、と思って見とれていると、ホテルスタッフが、目の前に扇子と帛紗などを置いてくれた。
俺はそれらを手元に引き寄せ、隣の井上先輩に会釈してから、菓子鉢の中から菓子を取った。
井上先輩がお茶を受け取り、飲んだ後で、俺に向かって微笑んだ。
「教える係は必要なさそうだね。ちょっと驚いた」
「いえ、あまり覚えていないので、間違えたら言ってくださいね」
俺の分の薄茶が点てられ、受け取りに進み出て、席に戻ってから礼をした。
茶碗を持ち上げると、柄を向こうに回してから、一礼してお茶をいただく。
久しぶりのクリーミーな抹茶は、たっぷりとした量でうまかった。これは点てる人によって、なぜか味が違うのを覚えている。
先生の茶が一番うまかった。下手な人の点てた茶は、味気ないか粉っぽくて不味い。
しかし文句を言ってはいけないのが、茶の世界だ。
「とても美味しいお茶でした。たっぷりとしてのびやかで、今井先輩らしいです」
「気に入ってもらえてうれしいね。今度生徒会室でも、立礼で点てようか。お点前を教えてやるよ」
そんな会話の後、しばらく茶室は無言になった。
ここで一体何をしているのか、という疑問はあったが、俺は向こうから言ってくれるのを待つことにした。
「おかわり、いる人」
今井先輩の声に女子二人が手を上げた。
「お菓子も追加して欲しい」
リクエストに応えて、今井先輩が電話に手を伸ばした。お菓子を5つ追加で注文している。
「干菓子がいい。飴細工が食べたい」
里見先輩が言う。
「私は、ねりきりがいい」
全員の顔を見ていた今井先輩が
「干菓子とねりきり5人分お願いします。あれば飴細工を入れてください」と言って電話を切った。
「今井、俺がお点前するよ。場所を替わろう」
そう言って緒方先輩が立ちあがった。
緒方先輩のお点前は端正だった。しかも見た目と同じで華がある。
ここまで色々出来ると嫌味だなと思っていると、井上先輩が、「私もそう思う」と小声で言う。
なぜわかったのだろう。
「鼻にしわが寄っているよ」
先輩は笑いをこらえるように言った。
二服目を飲んで、まったりと寛いでいると、緒方先輩が俺に向かって状況を説明してくれた。
「今日は鎌倉中にうちの生徒が散っているだろ。同じようなルートを回ると、囲まれてしまって面倒なんだ。それで皆が来ない場所で、やり過ごすことになった。一日ここでゆっくり過ごして、一カ所くらいどこかに寄って帰るつもりだけど、行きたい所あるか?」
そういう事か。納得した。
駅のホームでも、生徒たちは、なにげに彼らの姿を探している様子だった。
スクールカースト二位以下と、大きく差を開けてのトップグループだ。近付きたい者は多い。
そして、このホテルなら、まず他の生徒たちは来ない。
高校生がフラッと立寄るようなホテルではないからだ。
「解りました。特に見たい場所は無いけど……できたら、少し海を見たいです」
「じゃあ、由比ガ浜まで散歩するか。四時に先生宛に送る写真、うちの班は海の写真になるな」
俺たちは、三時までホテルでのんびり過ごした。
食事をして風呂につかって、テラスで昼寝。最高だった。
しかもこの費用は生徒会活動費から出るという。つまり、遠足の準備に対する報酬だな。
若干年寄臭い気がしないでもないが、他のグループだって仏像を見たり、写経をしたりしているのだ。
そう思ったら大して変わらない。
三時にホテルを出て、真直ぐ海の方に向かって歩いて行った。
広々した大通りの先に海があると思うと、気分がゆったりとする。そう思っていると、海が見えて来た。
人がちらほらいるけど、混んでいるわけでもなく、のんびりとした風景だ。
俺たち五人は、なんとなく砂浜をうろうろした後、はだしになって波を蹴立てて遊んだ。
そして四時になる前に、散歩をしている男性に頼んで、五人揃った写真を撮ってもらった。
「送るぞ。ちゃんと遠足に来ていた証拠写真」
波打ち際に足首まで海水に浸かって立つ五人と、空を舞うトンビの写った写真を緒方先輩が送り、俺たちの遠足が終了した。
学校行事が無事に終わり、まずはホッとした。
二学期には学園祭があり、そっちのほうがボリュームとしては大きいが、まずは一つ片付いた。
「一つ一つをちゃんと終わらせること、それが大事」
これは、里見先輩からよく言われる。
廊下には、遠足の記録として、教師宛に送られた写真が、ズラッと張り出されている。
国会議事堂コースには、議員と一緒の写真や、議事堂内部のあちこちで撮られた写真があった。
いかにも官僚という感じの人たちに、囲まれたグループもある。
青田刈りにも程があるが、このコースは官公庁への就職ルートに直結するのが魅力なのだ。
撮影所コースには、江戸体験で扮装している写真がたくさんあった。
頭にハチマキを巻いて、肩に木箱を担いだ大工姿と、刺子をした厚手の羽織と 被り物の、火消し姿がかっこいい。
今度行ったらあれを着てみたい。
鎌倉コースはおしゃれなカフェで撮られた写真が多かった。クリームたっぷりのパンケーキが、おいしそうだ。
定番のアジサイ寺や、大仏や、江ノ電の踏切の前で撮られた集合写真も並んでいる。
どのコースも楽しそうで、皆の顔を眺めると、達成感がわき上がった。
人だかりがしている場所に行き当たり、掲示板を見ると、俺たちの波打ち際で撮った写真があった。それをスマホで撮っている者が数人いる。
欲しいと言っても、教師がデータを流すわけがないからな。
ぼんやりと誰が目当てなんだろうと考えたが、群がっているのは男女同数という感じ。均等に四分割だろう。
写真の中の四人はとても寛いだ表情で楽しそうだった。
軽く逆光なので陰影が出ていて、味がある。
撮ってもらったときは特に思わなかったが、少し拡大されて印刷されたそれは、かなりいい感じだった。
俺自身は半分以上影になっている。写真全体のバランスが、それで妙に整う。
これぞモブとしての存在意義、と唸ってしまった。




