うたたね
三題噺もどき―ななひゃくさんじゅうなな。
ゴトン―という音に、目が覚めた。
「……」
何かが落ちたような感覚と共に、視界に広がるのは机の縁と、その上に広げていた紙の端っこ。それに少しだけ、自分の太ももから腰のあたりまでが見える。
両手を机の上に置いているからか、その先に広がる部屋の様子も少しだけ。
「……」
昼食を終えて仕事を始めて。やはり満腹というのは眠気を誘うものなのか。滅多にそういうことはないのだけど。
やけに今日は睡魔に襲われるなぁと思いながらも、なんとか舟をこがずに仕事をしていて。
それなりに集中して仕事を進めていて……。
「……」
よく見れば机の上に置いてあったはずの消しゴムが、あんなところに跳んでいる。
片手に持っていた、えんぴつの先が反対側から覗いている。ついでにそっち側の耳に触れるのはえんぴつを握っていた側の指だ。
両手を机の上にしっかり置いているつもりだったが、えんぴつを持っていなかった手は半分ほどずり落ちている。
「……」
視界の整理と思考の整理をしていると、額のあたりがズキズキと鈍く痛み始めた。
ついでに言うと首も痛い。肩も少し痛い気がするが、これはまぁ、仕事中は当たり前か。
それに加えて、音と共に目覚める時に感じた、落下したような感覚。
「……」
―物音を立てたのは、私の頭のようだ。
お行儀悪く肘をついてその手のひらの上に頭をのせて居たら、いつの間にか眠ってしまったのだろう。
そのうち支える力がなくなって、頭から机の上に落ちたのか。
「……、」
いつまでもズキズキと痛む額を鬱陶しく思いながら、落ちた頭を首でしっかりと支え直す。
ついでにいつまでも握っているえんぴつを机の上に置く。
視界に入り込むのは、落ちた衝撃で滑ったのであろう紙の散乱した様。
まだ中身の入っているであろうマグカップが落ちなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
「……」
んん。まだ少し思考がはっきりとしない。
今が一体何時で、私は直前まで何をどうしていたのか……。
仕事をしている事は確かなのだけど、これはどこまで進めたのだろう。
額はまだ少し痛いし、首は心なし痛みが酷くなった気がする。
頭というのは存外重いもので、その重さが一気にかかったのだ。そんなもの痛いに決まっている。
「……」
取り敢えず、落ちた消しゴムでも拾うか。
それから紙をいったんまとめて、どこまで進んだかの確認をして。
「……なにしてるんですか」
「……」
そう決めて立ち上がろうとしたところで、部屋の戸から声が聞こえた。
珍しく廊下の電気を付けずに来たのか、光が入ってこなかったので気付かなかった。
声のする方に視線をやると、見慣れた小柄な青年が何かを片手に立っていた。
「……何を持ってる?」
「ましゅまろですが」
木製の少し丸みを帯びたボウルのような形をした皿の上に、山盛りにましゅまろを持っていた。何をするつもりだったのか知らないが、ご機嫌なようだ。
今日はだって、スカートのようになっているエプロンをつけている。
「それより、大丈夫ですか」
「ん……あぁ、」
だめだな。
思考がまだ回復しきっていないようだ。どうにも……ぼんやりとしてしまって仕方がない。動けば多少目が覚めるだろうか。
「少し早いですが、休憩にしますか?」
「いや……」
私の感覚的には、つい数十分前に昼食を済ませたばかりで、まだ空腹でも何でもない。たいして疲れてもいないわけで。
それ以前に頭がたいして回っていないから、どうにもタイムラグが生じているような。
「……もう少ししてから休憩にしよう」
「……分かりました。時間になったらまた来ます」
「あぁ、助かる」
それだけ言うと、さっさとキッチンへと戻っていった。
珍しく追及してこなかった。
これは相当ご機嫌なようだ。
「……さて」
それならば、休憩のお供もかなり期待できる。
それまでに少しでも仕事を進めておくとしよう。
「うたた寝なんて珍しいですね」
「ん……んん」
「昨日夜更かしでもしましたか?」
「……いや」
「お仕事も大切ですけど、気を付けてくださいね」
「あぁ……」
お題:消しゴム・ましゅまろ・スカート