同僚からの缶ケース
「またな!」
そう言って事務所から去って行く、同僚の背中を僕は見送った。
——今から三年前。
僕はとある会社の関東支店に勤めていた。
そこでは人間関係に恵まれ、親友とも呼べる同僚と出会えたのだ。
ある日、その同僚に声を掛けられた。
「俺、転勤だってさ。しかも九州だって。」
僕たちの会社は全国に展開するそれなりに規模のでかい企業だ。
会社の風土の一つとして、一つの支店にずっと勤務する事なく、期間限定で違う支店に転勤し、その支店独自の違う空気に触れる事を推奨する計画転勤なるものが存在した。
その転勤は入社した年次で決まっている。
そして僕らが対象の年次だというのは、周知の事実だった。
しかしそれでも、僕は動揺は隠せずにいた。
当然だ。彼と親友に成れたのは、苦楽を共にした仲だったからだ。
客先の無茶な要望、深夜までの残業、現場で四苦八苦しながら互いに支え合ってきた。
そんな彼が近々転勤する。僕は目頭が熱くなるのを感じた。
「遠くなるな。」
「そんな顔するなよ。今生の別れじゃないだろ?」
そう言う彼もまた少し悲しそうな表情を滲ませていた。
——そして月日は流れ、彼の旅立ちの日。
「これ、やるよ。」
会社のエントランスで僕と同僚は向かい合っていた。
事務所の中で送迎会を行い、僕だけが彼を見送りに来ていた。
そして彼の手には掌には収まらない大きさの缶ケースが握られていた。
「これは?」
僕はそれを受け取ると、ズッシリとした重さで落としそうになる。その瞬間にジャラっとした音が聞こえた。
持った瞬間に中身が何であるのか、大体想像はついた。
——恐らくお金だろう。
それも途轍も無く重い。
「俺が入社してからずっと貯めてた物だ。受け取ってほしい。」
「でもこれ……。」
「いいんだ。お前に持っててほしいんだよ。」
「……わかった。君がそう言うなら。」
僕は一瞬躊躇したが、それが同僚の意志ならと了承した。
同僚はカバンを肩にかけて、背中を向けた。
「またな!」
そう言う彼の背中はいつもより少し大きく見えた気がした。
その後、僕も転勤をした。東北地方だった。
◇◇◇
——数ヶ月後、彼から連絡が来た。
それは娘が生まれたという内容だった。
当然、僕は自分の事のように喜び祝福した。
そうだ!出産祝いの品を贈ろう。
すると、ふとずっと忘れていた蓋すら開けていない缶ケースの事を思い出した。
どうせなら僕からと、この缶ケースを渡した、過去の自分からって事で二つ贈るのが良い。
そう思った僕は事務所の引き出しに仕舞っていた缶ケースを引っ張り出して、初めて蓋を開いた。
「こ、これは!」
お金はいくらあるのか、何が買えるか考えていた僕は、目の前にある光景に驚愕した。
そこには缶にギッシリと詰まった一円玉があった。
僕は動揺を隠せず、缶をひっくり返した。
ジャラジャラと大きな音を立てながら、床に散らばる一円玉の山!
職場に戦慄が走る!
社内は一円玉の山をいきなり床にぶち撒ける社会人を目にしているのだから無理もない!
しかし僕は構わなかった。
「無い!無い!無い!」
床に散らばった一円玉を掻き分けて、探し回った。
……しかし。
——五円玉すら見当たらない。
たった今、ぶち撒けた一円玉を、無心に缶ケースに戻す僕。それを心配そうに見つめる社内の人間。
再開したら一言言ってやろうと心に決めるのだった。