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第5話

「上出来だ」


 パチパチと手をたたきながら、じいさんが俺に近づいてきた。心身共に限界に達していた俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。


「その様子だと、今日はもう引き上げた方が良さそうだ」

「そうしてくれると凄く、嬉しい、です」


 今は何時なんだろうか、東の空はまだ暗く、朝日が昇っているわけではなさそうだった。

 スライムを1匹倒しただけだというのに、感覚的には一晩中戦っていたような気分だった。


「う~む、2匹はちと手こずりそうだ。1匹にしとくか」


 じいさんが何やらブツブツと独り言を言っていた。疲弊しきっていた俺はその場に倒れこみ仰向けになる。草についていた水滴が首元に当たり、ひんやりとする。

 星が綺麗な夜だった。そよ風が吹き、俺の髪を揺らす。今日は良い夢を見ることができそうだ。

 徐々に下がってくる瞼を必死にせき止める。何か忘れているような気がしたからだ。


「――あ! あの二人組!」


 そうだ。完全に頭から抜け落ちていたが、俺は男の二人組に狙われているのだった。このまま引き返せば確実に待ち伏せを食らうのは目に見えている。


「じいさん、どうするんだよ、あいつら」

「む......あやつらの事か。まあ、どうしようもないだろう」


......は? え、どうすんだよマジで。このままだと本当に掴まってしまう。母さんに迷惑をかけてしまう。


「いや、どうしようもないって......どうにかしてくれよ!」

「お主は本当にせっかちだな。お主ではどうにもならなくても、わしにとっては赤子の手をひねる様なものだ。さ、帰るぞ。今日は疲れただろう」


 そう言ってじいさんが踵を返し、森の出口に向かって歩き出す。

 慌てて俺も後を追いかける。


「何か策があるの?」

「無論だ」

「あの~、体を乗っ取るとかそういうやつじゃ」

「良く分かっているではないか」


 分かっていた。分かってはいたが、どこかにそうでないようにと祈っていた自分がいたらしく、少しがっかりした。

 他に良い方法はないものか、と思案してはみるものの特に何も思い浮かばない。このままでは森の出口についてしまう。


「他に何か方法、ないかな~なんて」

「何かあるのか」

「いや、ないです」


 じいさんの足取りが速くなる。終いには俺が小走りになるほど、じいさんは大股で歩いていた。

 足場が悪い砂利道をよくもまあ、あそこまで早く歩けるものだ。

 と、感心している場合ではない。


「ちょ、ちょっと待って!」


 小走りになっている俺を無視して、じいさんは歩き続けた。まるで、何かに駆り立てられているように。


 やがて、村の明かりが見えてきた。森の中ではあれほど遠く感じた場所も、実際にはそこまで奥へ入っていなかったことに気づく。

 森を抜けた瞬間、じいさんがピタッと足を止めた。釣られて俺も歩くのを止める。

 恐る恐る辺りを見回すが誰かがいるようには見えない。諦めたのだろうか、と胸をなでおろしたその時だった。


「こんばんは~」


 不意に、横から男の声がした。

 ゆっくりと横を振り向くと、長身の男が一人、剣を片手に携えて立っていた。

 先ほどまでは確かに人はいなかった。恐らく隠密魔法の類だろう。


「ノエルの坊ちゃんじゃないですか~、どうしたんですかい、こんな真夜中に」


 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、反対側からも、もう一人の男が歩み寄ってくる。

 挟まれてしまった。


「よ、用事があって......今から村に帰るところなん、だけど......」


 恐怖にのまれ、声が震える。モンスターとは違った。

 明確な悪意にさらされ、足がすくんだ。


「へぇ! こいつはたまげた! 冒険者にもなれないようなガキが夜の森に用とはね!」

「おいおい、ダリル。そう言うな。この坊ちゃんも努力してるかもしれないだろ?」


 ダリルと呼ばれた小柄な男は大きな声で笑ったかと思うと、急に真顔になり、俺に顔を近づけた。


「ノエルの坊ちゃん、悪いが少し―――俺たちの用事に付き合ってもらうぜ」


 ダリルはそう言うと、俺の胸ぐらをつかみ首を絞める。

 息ができない、苦しい。

 頭に血が溜まり、視界がグラグラと揺れる。頭が痛い。


「おい、ダリル、殺すなよ」

「分かってるって、失神させるだけだろ? キース」


 意識が朦朧としてきた。

 誰か、誰か助けて......

 そう思った時だった。じいさんの声が頭の中に響いた。


『刀を取れ』


 俺はその声を聴き、じいさんの存在を思い出す。

 剣は......どこ?

 朦朧とした意識の中、目を動かして探す。幸いなことに、ダリルの後方、地面に転がっているのが見えた。

 それほど遠くはない。この拘束さえ解いてしまえば! あそこまで取りに行かなきゃやられる!

 俺は渾身の力で、ダリルの顔に爪を立てた。


「うぎゃ!」


 ダリルが苦悶の声と共に、首を絞めていた手を離す。

 首から手が離れたその瞬間、俺は反射的に地面に転がっていた剣を手に取りった。


「やりやがったな、ガキ!」


 ダリルが頬から血を流しながら凄んでくる。


「おい、ノエル。俺たちもお前を傷つけるつもりはねえ。大人しくしてれば母さんの所に無事に帰してやる」

「黙れ! お前たちに母さんの何が分かる! 母さんがどれだけ苦労してお金を稼いでくれてると思っているんだ! お前たちにやる金なんてこれっぽっちもないんだ!」


 ダリルが自分の武器である斧を片手に俺に飛び掛かりそうになるのをキースが片手で制する。先ほどまでと雰囲気が変わった。


「あ~、なるほどな? 母さん思いの良い息子だ~」


 キースが首を回しながらそう言った。ポキポキと音がする。


「で、“金を取る”って、誰が、いつ、どこで言った?」


 ――しまった。

 その言葉にハッとする。確かにまだ、キースもダリルも金を取るなんて一言も言っていない。


「お前、池での話聞いてたな? 何か、隠しているだろう?」


 そう言った瞬間、キースの纏う雰囲気が一変した。どす黒く、冷たく、凍り付くような殺気。重い空気が周囲を包む。

 ダリルすらビクッと肩を揺らしていた。

 キースも剣を抜く。


「吐け」


 絶望が俺を襲う。もうダメだと思い、目を閉じた。

 ――その時、再びじいさんの声が響く。


『集中しろ、焦るでない。心を――無にするのだ』


 キースが剣をこちらに向けて、じりじりと近づいてくる。俺が剣を持っているせいか、安易に近づくつもりはないようだ。

 一歩、また一歩と俺との距離が縮まっていく。

 落ち着け、平常心だ。何も考えるな――そう言い聞かせながら、さきほど見た星空を頭の中に思い浮かべる。

 美しかったあの空を。あれを思い出せば、少しだけ、心が静まる。

 何も考えない。何も―――


 不思議な感覚だった。

 まるで空中を漂っているような、そんな感じだ。自分の目で、目前の光景を見ているが、どこか他人事のような錯覚を覚える。

 不意に、俺の体が動いた。

 俺の意志ではない。そもそも、体が俺の言う事を聞かない。手を動かそうとしても、口を動かそうとしても、何をしようにも、俺の意志は自分の体に反映されなかった。


(これは......?)


 勝手に体が動く。

 ――いや、動かされたといった方が正しいだろう。


(もしかして、じいさんが......)


 俺が刀を引き抜き、静かに両手で構えた。

 頬を冷たいい雫がつたう。


(涙......?)


 悲しさは感じない。

 それどころか、胸に満ちているのは――感謝だった。

 じいさんにとって剣を振るとはどういう事だったのだろうか。

 多分、死ぬほど好きだったんだろう。その言葉が一番しっくりくる気がする。

 死してなお、剣術の修行をしたいと強く願い、追い求めていた。それがい、今この瞬間、実現している。刀を持つことができた。

 

―――『武の極み』


 俺の頭の中に、ふっと一つの単語が浮かんだ。

 その単語の真意は残念だが、俺には分からない。ただ強いというだけの意味ではない気がする。

 だからこそ、知りたい。じいさんが、どんな人生を歩み、何を思い、この境地にどり着いたのか。俺はそれをじいさんの最も近い場所で見ることができる。


(見せてください。今一度、現世うつしよに帰った、あなたの剣を―――)


 俺の口がゆっくりと動く。


「......神よ、感謝します」


 口調が変わった。

 キースもダリルもそれに気が付き、たじろいだ。威圧されたわけではない。しかし、その場に渦巻く空気そのものが変わった事を察知したのだろう。

 そして、俺――いや、じいさんが静かに付ける。


「さて......始めようか、小童ども」

間違えて来週の21:00に予約投稿していました。

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