第3話
ちゃんと考えて文を書きたいので、平日は火曜、木曜の21:00更新にしたいと思います。というわけで次回は木曜
暗い夜道をじいさんはまるで昼間のように進んで行く。
俺はというと、レンガ造りの道に足を取られ、転びそうになりながらついていくのがやっとだった。
一体どこに行くつもりなのだろうか......? こっちの方角は確か――
『黒い森』――!
「え、え⁉ おい、ちょっと! こっちは駄目だ!」
思わずじいさんの服の袖を引っ張り、止めようとした。しかし、俺の手はその袖をすり抜けてしまう。
ゾクリと、冷たい汗が背中を伝った。
夜の『黒い森』に入るなんて、正気の沙汰じゃない!
あそこは日が照っていない時間帯は魔物が森の効力によって強化される。昼間はFランク程度の冒険者でも軽く倒せる魔物しか現れないが、夜は違う。
俺も良くは知らないが、夜は魔物のHPや攻撃力、防御力などの全ステータスが底上げされるらしい。しかも、夜にしか出現しない魔物も数多くいると聞く。
以前、適正ランクはDほどになると、ギルドの食堂で食事をしていたパーティが話していたことがある。初心者でもない、ましてや冒険者の水準を満たしてもいない俺が行くのは最早死にに行くのと同義だった。
「じいさん! 今の時間帯は絶対に森に近づいちゃダメだ! 母さんが言ってたんだ! 夜の森には絶対に近づくなって!」
近所迷惑など気にはせずに、全力で叫ぶ。自分の命がかかっているのだから当然だ。じいさんはその言葉を聞くとようやく歩みを止めてくれた。
「お主、名は何という」
「え、ノエルだけど」
「そうか、ノエル......なるほど。ではノエルよ、お主は剣を扱う際に重要なことは何だと思う」
「......筋力?」
じいさんは俺の頭に手を置きながら、ゆっくりと口を開けた。
「良いか、確かに筋力も大事だ。だが、わしが重要だと思っていることは三つ――『礼儀』、『努力』、そして『恐怖を克服する心』だ」
「なんか在り来たりだね。もっと特別な何かがあるかと思ってた」
「普通こそが一番難しいのだ。先ほど言ったように、『礼儀』を欠き、剣を振るうのは阿呆のすること。剣士とは言わぬ。『努力』、これも当たり前なのだが、修行、稽古、これらを日々欠かさずこなさねば成長などない」
「そうだろうね」
「そして『恐怖を克服する心』。これが無くては相手の力量を瞬時に見極める力がつかぬ。『相手が強そう』とだけ思って逃げるのと、『相手の正確な力量を知り、自分では勝てないと悟って逃げる』のとでは訳が違うのだ。それに万が一その様な相手と戦う時であっても恐怖に屈すれば動きが鈍る。それでは絶対に勝てぬ。分かるな?」
いまいちピンとこなかったが、面倒くさかったので俺はひたすら頷いた。
それにも構わず、じいさんは色々な知らない言葉を並べて説教していた。しかし、子供の俺には当然何言ってるかさっぱり分からない。俺はまだ10歳。そんな難しい言葉を並べられたところで理解など到底できるはずもなく、気づけば首振り人形のようになっていた。
「という事でしばらくは、家にあった物干し竿で素振りを毎日500回、夜に何でも良い、森の魔物を2匹討伐せよ」
うんうん、素振り500回、魔物2匹ね。オーケーオーケー。何も分からずに頷いていたが、ここで俺の首振り運動が止まる。
......ん?
素振り500回に、魔物2匹の討伐⁉
「ムリムリムリムリムリ」
「先程まで素直だったではないか。やる前から無理とか言うでない。今日のところは、とりあえず森の探索をするとしよう。この稽古場を知る事こそお主の見習い冒険者としての第一歩だ。命の危険があれば、わしがお主の体を一時的に乗っ取り、何とかすると約束しよう」
「え、何だよその乗っ取るって......」
「細かいことを気にするでない。ほれもう少しで森に着くのだ。キビキビ歩かんか」
とてつもなく物騒な言葉が出てきたのは置いておいて、夜に森に行くのはやはり気が引ける。どう考えても今の俺の実力で行く場所ではない事だけは確かだ。
気づけば、目に涙が浮かんでいた。
なんでこんな怖い思いしてまで冒険者になろうとしているのだろう。
俺の母さんはギルド長だ。その手伝いをしていれば生活が不自由になることなど絶対にない。
じゃあやめるのか? このまま冒険者の夢を諦めていつも通り、普段と変わらない日常を過ごす?
(違う、俺が見てきた夢はそんな簡単に諦められる物じゃない!)
俺は、母さんがギルド長なのに俺が雑魚だと影で笑われるのが無性に嫌だった。別に俺が笑われるのは良い。
でも、『母さんがギルド長なのに』、この言葉がとても嫌いだった。まるで俺を通して母さんを嘲笑っているかのようなその言い回しが大嫌いだ。
冒険者の素質を持っている子供の能力は、幼い時から既に冒険者試験を突破できるほどの水準にある。俺にはその素質が無かった。成長すればいずれ俺も冒険者になれるんだという淡い期待を胸に、毎年試験を受けたが結果は『不合格』。
結果的に息子があれだけ才がないのだから、実はギルド長も弱いのでは、という噂がギルド内で広がっていたりする。母さんはこの村唯一のAランク冒険者だ。弱いわけがない。
人間は他人を下に見ることが本当に好きなんだと知った。誰のおかげでこの村が日々、魔物に襲われずに平和な生活が成り立っていると思っているのだろうか。俺はいつも心の中で反論していた。
俺が弱いのは事実だ。いつか見返してやると思っていた。不合格になると分かっていても試験を受け続けたのは、母さんの悪口を言われたくなかったからだ。
死にはしない。このじいさんの事は良くは分からないけど、俺を守ってくれると言っている。
そして、強くなれると、そう言ってくれた。
それを断る理由がどこにあるというのか。
俺は決心を固めて、涙を拭う。
「良い顔だ」
じいさんはフッと笑い、歩き始めた。絶対に諦めたりしない。俺は皆を見返すことができるほど強くなりたかった。
母さんを、いや、母さんの誇りを俺が守るために。
持っていた剣を強く握りしめ、鼻をすすりながらも歩を進めた。
――――
しばらく進むと、『黒い森』と書かれた札が見えてきた。黒い森の入口だ。ついに来たのだ。
俺は唾を飲み込み、剣を鞘から引き抜いた。
「これ、何勝手に剣を抜いとるんだ。わしはまだ許しておらぬぞ」
「え、じゃあどうするんだよ」
「ま、良いか。剣の持ち方がお粗末で見てられないが」
じいさんは咳ばらいをすると、森の奥を指さした。
「ここを直進してしばらくすると池がある。そこにあの気色の悪い生き物、名をスライムと言うのだが、そやつらがわんさかいる。暫くはそういう弱い魔物を切るのが良いだろう」
「スライムでいいの?」
「勿論だ。最初からそんな大物を仕留めよなどと無茶苦茶な事は言わぬ......」
「よ、よし。それなら何とか......」
少し安心してじいさんの方に顔を向けると、何やら険しい表情で俺の後ろを見ている。俺も同じように来た道を振り返ったが、遠くに村の明かりが見えるだけだ。夜にこの場所に来たことがなかった為知らなかったけど、村の明かりがキラキラと揺らいでいる。
これが、これが母さんがいつも守っている“宝物”なんだ。自分の事のように誇らしく思った。
「どうしたの?」
綺麗な夜景を見つめながら俺は、じいさんにそう尋ねる。
「いや、少し気になることがあってな」
じいさんは俺とは違い、終始眉をひそめた顔を崩さなかった。少し、不安を感じる。俺には見えていない『何か』がじいさんには見えているんだろうか。
「ま、良いじゃろ。別に大したことは無さそうだしの」
「いや、何かあったんじゃ......」
「気にするな、ほれ行くぞ」
じいさんが俺の言葉が言い終わらないうちに遮り、森の中に入っていく。俺も遅れないように付いていく。置いて行かれたらたまったものではない。今の俺には、このじいさんが唯一の命綱なのだから。