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第2話

「剣の精霊?」


 幽霊のじいさんが言ったことを復唱する。精霊といえば、もっと綺麗な人の姿とか動物の姿とかしていると思っていたけど――老人の姿は想像していなかった。


「いや、無理がある」

「なぜだ、わしはお主に危害を加えようとはこれっぽっちも思っとらん。あ、そんな乱暴するでない。話を」


 じいさんが何かを言い終わる前に、俺は剣を鞘ごと鷲掴みにして部屋の外に放り投げた。理解が追い付かない時、どうやら人は物理に頼るらしい。

 新たな発見である。

 扉の外から戸を叩く音と共に、「おーい」となんとも情けない声が聞こえる。でも今はそれどころではない。


 状況の整理が必要だった。


 あのじいさん、少なくともこの世界の人間ではない。身にまとっている着物は初めて見るものだった。母さんがギルド長をしているだけあって、俺は世界の様々な衣装を見てきた。あのじいさんの衣装がこの世界の、少なくとも俺の知っている地域の民族衣装などのような代物ではない事だけは明白だった。


 そもそも、マリナさんから貰った剣もおかしな形をしていた。冒険者が扱っている剣とは色々と異なる箇所が散見される。例えば形状だ。湾曲しているその剣身は片方にしかなく、もう片方の剣身は何か物を切れるような作りにはなっていなかった。

 切れ味ゼロである。

 それにグリップも何かがおかしい。あんなに布をぐるぐるに巻きまくって何か意味があるのだろうか。


 絶対におかしい。一度母さんに見てもらうべきだ。マリナさんの汚職の事は臥せてだが。


 そこまで考えてふと気づく。部屋の外から音がしなくなっていた。


 恐る恐る扉を開けると、廊下には投げ捨てられた剣が放置されていたが、じいさんの姿が消えていた。そしてなぜか一階の明かりがついている。


 慌てて階段を降りると、じいさんが食糧庫を物色していた。1階のランタンの炎は確かに寝る前に消した。もう怪奇現象そのものである。


 だが、幽霊そのものが良く見えている為なのか、特に恐怖とかそういうのは感じない。むしろ、勝手に食糧庫に入られた事に怒りを感じる。


「お! おまえ! 何してるんだ!」

「む、ちと小腹が空いての。長くなりそうじゃったから空腹を紛らわせようと思って」

「いやあんた幽霊だろ。要らないだろ食料」

「ふむ、前の持ち主の若者のそばにいた時は別に空腹になどならなかったのだが」


 そう言って老人は食糧庫にあった野菜をいくつか手に取った。いや、なんで手で物を持ててるんだ。


 実体あるのか、これも怪奇現象として一括りにして良いのか分からなくなってきた。もしこのじいさんが俺しか見えていないのだったら、野菜が浮いてるように見えるんだろうか。


「これは......知らぬ野菜じゃ。なんじゃこれは」

「え、セシリアの葉だけど......って違う! そうじゃない! これは俺と母さんの大事な食糧だ! 勝手に食べようとするな!」

「これは失礼した。じゃがの~、何か食べ物を頂けないだろうか。空腹で死にそうなのだ」


 もう死んでるから幽霊になってるんだろという突っ込みを喉の奥に押込み、仕方なく夕飯に作った山菜のスープを器に入れてじいさんに差し出す。こうでもしないとこのじいさんは物色を止めてくれそうになかったからだ。


「ほら、これ」

「こいつはありがたい」


 老人が、床に腰を落とし、足を折り曲げた奇妙な座り方でスープを受け取ろうとする。


「いやおい、どこから突っ込めば良いか分からないんだけどさ、床で食べる必要はないんじゃないか。てか何で玄関にアンタの靴がおかれてるの。裸足じゃん何してんだよアンタ」

「これがわしの国での礼儀作法なんじゃ!」


 ほっとけと言わんばかりのじいさんの返答の速さに俺は思わずひっと声を上げる。高齢の男性は全員優しいと思っていた俺が考えを改めるきっかけになった。


「いや、すまぬ。飯を頂いたにもかかわらず無礼を働いた」


 じいさんはそう言い、床に手をついて深々と頭を下げた。


「わしの悪い癖なんじゃ。昔、剣術を弟子に教えていた時、礼儀を重視しておってな。礼儀に関しては特に厳しくしていたものでつい」

「いや、良いよ。俺も少し言い過ぎたよ。でも折角だから椅子に座りなよ。母さんが万が一帰ってきたら『客人に何させてんだ!』って怒られると思うから」

「なるほど、良い母を持ったな。では、お言葉に甘えて」


 じいさんは重い腰を上げるようにゆっくりとスープを持って立ち上がり椅子に座る。そして、両の手を合わせ、「いただきます」と一言放った。


 俺はそれまで食事という行動に、大した意味を見出していなかった。腹が減ったら食べる。美味しい物だったらなお良いな程度の事しか考えていなかった。

 だが、じいさんは違った。両の手を合わせてから離すまでまるで時が止まったかのように辺りが静まり返るのが分かった。


 怖くはない。むしろこれは―――『感動』


 そう感動だ。食事という行動に対し、まるで神をあがめるかのような綺麗な姿勢とあふれんばかりの感謝の念。俺はまだ10歳で神様とか目上の人に対する礼儀とかそういうのはまだ良くは分からない。別に分からなくても生きていけると思っている。

 でもこの人は違う。少なくともこの村のどんな冒険者とも違う。そんな優しいオーラを手を合わせている間に放っていた。


「ほぉ、これは良い。姿勢がよく保たれるようよく設計されとる」


 手を離し、スープを飲み始めたじいさんはさっきまでのオーラは何だったんだと言いたくなるような元気な声で話をする。この人のことが良く分からなくなった。

 さっきの感動、返してくれないだろうか。


―――――


 スープをすする老人に、自分がなぜそうなったのかの話を聞いた。


 じいさんの名前はイセ・ナガマサと言うらしい。気が付いたら森の中に倒れており、この剣、『刀』というらしいがそれが隣に落ちていたとのことだった。何も持てたり触れたりしない事、何故か人間に自分の姿が見えていないという事を除けば、別段変わったことはないという。

 ある時、一人の若者が森にやってきて剣を拾った。そして回りまわって、今に至るというわけだ。

 しかし、矛盾している点がいくつかある。


「え、俺見えてるじゃん。てかスプーンも器も持ててるじゃん」

「それなんだ、おかしいのは!」


 じいさんが持っていたスプーンを俺に向ける。


「前の持ち主の若造の時はこんな事はなかった。お主があの刀を抜いてから徐々に色々とできるようになってきたのだ」

「色々って?」

「このように物が持てたり、お主にのみらしいが、わしの姿が見えたり、何か食いたくなったり、刀からある程度なら離れられるようになったり......あ、刀は何故か持てんかった。半分くらい生きておるのかもしれん」

「都合良いな、おい」


 どこか楽しげな雰囲気を醸し出しているじいさんに呆れる。

 どこの国出身なのか尋ねてみたところ、“エド”という国の人間と言っていた。だがこの世界にそんな国はない。つまり別の世界に生きていた人間であったという事。


 異世界転生だ。


 最近王都の方でも、異世界から人間を転生させて連れてくる儀式を行ったと聞いたけど、あれと同じなんだろうか。確か名前は、トモカズ? だっただろうか。全属性の魔法、圧倒的パラメータ、勇者にふさわしい能力値を備えているというもっぱらの噂である。

 異世界転生の事は良く分からないが、その勇者と似たようなものなのだと思い込むことにした。というよりそれ以外に考えが思い浮かばなかったのだ。


「あんたさ~、何で剣なんかに憑りついてたのさ。異世界転生なら何かきっかけがあったはずだろ? 何か心当たりないの?」

「特に思い当たる事はないが......剣の修行をしたいと......死ぬ間際に思ったことだけは覚えておる」

「剣の修行?」


 そう聞くと老人はどこか物悲しそうに窓の外を見つめた。そういえば先ほど、剣の修行がなんたらとか言ってたような言ってないような。


 忘れてしまったが。


「たしかお主は、冒険者とやらになりたいと、そう言っていたな」

「あぁ、ま、そうだけど」

「やめた方がよい」

「なんでだよ! どいつもこいつもそういう風に俺の事!」

「落ち着け。今の身体能力では無理という事が言いたかっただけじゃ。それにあんなものになる必要などない」

「......なんでだよ」

「礼儀がなってない者が多すぎる。それにお主は圧倒的に筋力が足りておらん。修行不足だ。この町の外で冒険者を名乗っておるものもそうだったが、全く修行が足りておらん。それなのに何故か俊敏に動けたり、呪術のようなものを使えたりしておる。なんなのだこの世界の人間は」

「魔法だろ? そりゃそうだろ。身体強化魔法でも使ってたんだろ」


 魔法という言葉を聞き、ナガマサ、いやじいさんの方が呼びやすいからじいさんと言うか、が顔をしかめる。


「魔法じゃと? 身体強化魔法? なんだそれは、お主もできるのか」

「まぁね」


 俺は椅子から立ち上がり、魔力で体全体を覆うイメージをする。昔、良く母さんが言っていた身体強化魔法のコツだった。これだけは自分の身を守るためにもマスターしておけとよく言われ、日々欠かさずに練習している。


 練習と言っても、毎日ほんの少しの時間、身体強化を維持するだけという簡単なものなのだが。この魔法、思っているよりも魔力を消費するため長くは使えないのだ。


 少なくとも俺は、の話だ。


「な、なんという事だ! こんな簡単に強くなって良いはずがない! あり得ぬ!」

「何言ってんだよ。そういうやつだろ。魔法って」


 じいさんは「あり得ぬあり得ぬ」と言いながらテーブルの周りをグルグル回る。そしてふと立ち止まり、俺をすごい形相で見る。


「お主のその力はな、人間が何年も費やしてようやく辿り着くはずの姿じゃ。それを修行もせずに手に入れるなど言語道断!」

「いや、だから魔法ってそういうやつだろ! 俺は2倍くらいの力しか引き出せないけど、他の冒険者なんて4倍は強くなるって聞くし、王都に召喚された勇者は確か10倍以上の強化ができるって......」

「けしからん‼」


 うっるさいなぁ、このじじい。母さんに剣を見せて処分してもらおうかと本気で考えた。


「冒険者とやらになるには何か試験などはあるのか?」

「え? あぁ、そりゃ勿論。誰でもなれるわけじゃないからね。給料が良いから皆なろうとするんだけど、弱い奴がなっても死ぬだけだからある程度の基準をギルド協会が設けてるんだよ」

「ふむ、至極当然であるな。して、その試験はいつあるのだ」

「今年は終わったから来年だね。あと10カ月くらいかな?」


 老人は考え事をしているようだったが何やら思いついたようにこちらを振り向くと、「稽古じゃ、剣を持て」と言い、外に出て行こうとする。


「ちょっと! どこ行くんだよ!」

「冒険者になりたいのだろう、わしが面倒見てやる。それくらいの月日ではどこまで成長できるか分からぬが」


「少なくともこの町の誰よりもお主を強くできる」


 そんなことがあるはずがないのに、なぜか老人の顔には自信が滲み出ていた。俺が期待してしまうほどに。

 俺は、このじいさんを信用して良いのだろうか......

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