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第1話

 食料の運搬や、食事作り、掃除、それが俺、10歳の庶民であるノエルの仕事だ。毎日毎日ギルドでうるさくしている冒険者の方々のお世話係といった方が良いのか......毎日が忙しい。

 ここ、イオール村は魔王の城からはとても遠く、周辺の魔物のレベルも大したことがない。王都や魔王城付近の村で冒険者としてやっていけない様なこう言っては失礼になるかもしれないが『雑魚冒険者』や初心者冒険者が経験を積んで強くなるための村だ。村のギルドは俺の母さんが設立した。


 つまるところ、ギルド長というわけだ。


 そんな強い人の息子なのに、何で冒険者にならないか不思議に思う人もいるのではないだろうか。答えは『ほっとけ』、この一言に尽きる。

 自分の能力値が冒険者の水準を超えているかどうか確認する適正審査を6歳の頃から受けているが、一度として合格と言う二文字を貰った事がない。いつも頭に要らない文字がついてしまう。


 不合格、と


 そんな俺の自虐ネタは一度は置いておくとしよう。今日はなぜか受付嬢のマリナさんに朝一で呼ばれている。渡したいものがあるとかないとか。


 たしかギルドの裏で待ち合わせだったと思うんだけど......まだ来てない?


 ギルドの裏に到着したが誰もいない。朝日はまだ上がっていない。ギルドの始業はあと1,2時間先だ。このまま家に帰ってもすることはない。かといって、ギルド内で母さんと二人きりは少し気まずい。仕方がないので、気長に待つことにした。


 しばらくすると、「おーい!」という声と共に、美人な女性が駆け寄ってくる。朝日が昇り始め、辺りはすっかり明るくなっていた。大遅刻である。とはいえ、さすがうちの看板娘だと前に母さんが言ってた通り、『美人』という言葉が良く似合うと今日改めて思った。


「ごめんね遅くなって!」

「いや、別にいいですよ。まだ営業までにもう少し時間ありますし」


 額の汗をハンカチで拭きながら、「ゴメン!」を繰り返すマリナさんの手には何か長い物が携えられていた。


「マリナさん......それ」


 俺が指をさすとマリナさんは「あ~、これ?」と言いながら俺に渡してくる。


「渡したいもの! 坊ちゃん冒険者になりたかったんでしょ?」


 そう言ってマリナさんが渡してきたものは剣だった。10歳の俺でも扱えるくらいの長さ、それに軽い。だが形が異様だった。試しに鞘から剣を引き抜く。湾曲した刀身が朝日を反射してとても綺麗だ。


「こ、これどうしたんですか?」

「それ昨日ね~、ある冒険者の人が持ってきたのよ。最初は自分が使うつもりだったとか言ってたんだけど、夜中に剣から声が聞こえるとか言ってお代も貰わずに置いていったの。だから実質タダで貰った物だからマスターに報告しなかったんだよね」

「それ、母さんにバレたら首になりますよ」

「いや~アハハ。内緒にしてね、マジで」


 マリナさんはどこか抜けている所があるとは思っていたが、まさかここまでだったとは。この程度の事で母さんがクビにするなど絶対にあり得ないが、ギルド長の息子としては、勝手な行動はできるだけ控えてほしいというのが正直なところだ。

 だが、正直言ってこのプレゼントは嬉しかった。今までは母さんに剣を買ってほしいと言っても、返事はいつも「no」。適正審査も通らないような身体能力を持っている俺が悪い、というのはあるとは思うのだが、子供の夢を簡単に潰してほしくないものだ。


「ありがとうございます!」

「どういたしまして~。私これでも坊ちゃんの夢応援してるんですよ! 特別に10ルピで許してあげます!」

「その坊ちゃんってのやめて下さいっていつも言って......」


 ん? 今なんて?


「お金取るんですか⁉」

「当たり前じゃん。それ誰のおかげでここにあると思ってるのよ」


 お金取るんかい! さっき応援してるとか言ってたじゃん! 話全然違うじゃん!

 

 思わず全力で突っ込みを入れそうになる。ただ、予測できなかったわけでもない。

 受付嬢マリナ、イオール村のギルドの看板娘であり、お金にうるさい事でも有名だ。

 ある時、そうあれは去年の冬ごろの話だ。冬は外が寒いためか、クエストを消費せずに永遠と"依頼受付板"を眺める者や、ただギルドに来て話をするだけの者などでギルド内が冒険者で埋め尽くされる。そのため、食堂の忙しさは言葉で言い表せないようなものだった。

 そんな中、あるお客さんがギルド内の食堂で食事を終え、会計をしにマリナさんの所に向かった。酔っていたその冒険者はおぼつかない手で提示された金額を支払おうとする。相当量の酒を飲んでいたせいか、その金額は10ルピにまで達していた。1ルピを10枚、もしくは10ルピ硬貨を1枚出せば良いのだが、あろうことか、その冒険者は10ルピ硬化と間違えて100ルピ硬貨を出してしまったのだ。

 通常、そんな大金を間違えて受け取ってしまった場合、お客さんに教えて、お釣りとして90ルピを返すのが自然だと思う。だがマリナさんは違った。偶然、そばを通りかかった俺はマリナさんが笑顔でその金を受け取り、会計を済ませていたのを見てしまった。100ルピと10ルピを見間違えるはずがない。


 あの笑顔の下でマリナさんが何を思っていたかは不明、いや、儲かったくらいしか思ってないんだろう、あの人は。


 当然、100ルピという大金を失ったその冒険者は翌日にギルド内で騒いだ。当たり前だ。10ルピを支払ったと思ったら、100ルピも財布の中から消えているのだから。

 さすがにそれほどの大金を間違えるはずがない、と母さんが応対していたが、事が事なだけに相手も引き下がらない。しかし、証拠が存在しない。会計の時に間違えた、という言葉から母さんが、マリナさんを問い詰めていたが、知らぬ存ぜぬを突き通していた。結局、ギルドの中のお金をすべて引っ張り出し、明細なども確認して、残金を計算する羽目になった。


 するとどうだろうか、計算が合わないのだ。きっかり90ルピ増えている。


 その冒険者が正しいことが証明され、全員で(勿論俺も)その冒険者に謝り通し、お金を返した。食堂の無料お食事券10枚つきで。根は心優しい人だったおかげもあり、それ以上の大事にはならなかった。

 マリナさんはその日、家に帰ることはできなかった。噂によると、一晩中母さんの怒号がギルドの奥から響いていたという。


「因みにこれ、もし冒険者の方にお代渡してたらマリナさんの給料は」

「別に変わらないわね」

「じゃあ僕に渡してお金貰うとすると」

「私が儲かるわね」


 あきれたものである。ここまでお金にがめついと将来貰い手がいても逃げられちゃうんじゃ......


 というのはマリナさんの前では禁句である。今年で28になるマリナさんはその優しそうな顔とは裏腹に相当なストレスを抱え込んでいる。物で例えるならば、コップ一杯に入った水。そこに水を足したらどうなるか。答えは簡単だ。あふれる。


 つまり何をしでかすか分からない、という事だ。触らぬ神に祟りなし。俺はその場で10ルピ支払い始業まで時間があったため一度家に帰って剣を自室に置いておくことにした。


ーーーーーー

ーーー


 夜、俺は貰った剣を鞘から抜いて手に持ってみた。朝も思ったけどとても軽い。武具屋で売っている剣なんかよりもずっと上質な物なんだろう。


「何の素材で作られてるんだろう? 結構堅そうだけど......」


 刀身を上から下まで嘗め回すように見る。鮮やかな銀色だが一部、ほんの一部に黒いシミのようなものがある。


「血......いや、錆?」


 大して気にならないような小さく薄いシミだったが、俺には何故かそのシミが不気味に思えた。


 その日は鞘に剣を仕舞い、ベットの横に立てかけて寝た。明日の朝から森の入口付近のスライムをこれで倒してレベルアップすることを想像しながら。


――――


 深夜、物音で目が覚めた。母さんが帰ってきた? 自室から顔を出し、階下をのぞき込む。電気も何もついておらず真っ暗だ。

 となるならば、尚更おかしい。先ほど確かに物音はした。母さんはギルドに大体入り浸っており、家に帰ってくるのは1ヶ月に1回あるかないか。


 もしや空き巣では?


 そう思い、今日貰った剣を取りに自室に戻る。母さんがいない間はこの俺が家の守り人だ。そう易々と物を取られて溜まるものか。憤りを感じつつ自室の扉を開けて室内に入った瞬間、俺は絶叫してしまった。


「ぎゃあああぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!」

「おい、そう騒ぐでない。ご近所さんに迷惑であろう」


 俺のベットの上に誰かが胡坐をかいて座っている。髪は長く、後ろで束ねており、おかしな服を身にまとっている。


 だが、不思議と恐怖は消えていった。


「あ、あんた、どっから入ってきたんだ!」

「ほぉ! お主、わしが見えるか!」

「は? 俺は、お前に、どこから入ってきたと聞いているんだ!」

「いや、わしはお主が帰ってくるよりも前からずっとここにおるが」

「え? ずっと?」


 そんなバカな話があるか。昨日までこんなやつは家にいなかったのだ。絶対に。変わったことと言えば......


「あ、剣」


 そういえばマリナさんが、前の持ち主が剣から声が聞こえると話していた気がする。暗闇に目が慣れるにつれて、その人物の顔がよく見えるようになった。初老の男性だった。片方の頬に十字の傷があり、目が細くすべてを見透かされてるかのようだった。その男性がうんうんと言う様に頷く。


「え、幽霊?」

「そう言われると、少し悲しいものがあるのう」


 男は白いひげをさすりながら困った顔をする。


「ふむ、幽霊と言われるのはちと嫌じゃな」

「いや、幽霊なんだろおっさん」

「そうだ! お主たちの言葉を借りるとすれば」


「剣の精霊」


 男が満面の笑みを浮かべてそう言った。お母さん早く帰ってきてください。

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