プロローグ
刀を振り続け、この手で沢山の人間を殺めた。私はただ、将軍家のため、家族のため、自分にできる事といえば『人を切る』という事だけだった。私が目指した『武の極み』とは一体何だったのか、刀を振り始める前、幼い頃何を思って刀を手にするようになったのか。
そうだ、母上と父上に楽をさせてあげたかったんだ......
私の生まれた家は農家だった。土壌が悪く、稲もろくに育たないような場所で私たちは汗水たらして米を育てていた。だが、税として取られる米を除けば、残るのは五日、いや三日もあるかないかの少量の米だけだった。何とか雑穀の雑炊で飢えをしのいだが、それでも私は幸せだと思っていた。
ある時、徴兵の旨を伝える札が村の真ん中に建てられていた。給料もよく、家族の待遇も良かった。
その時から私は一人で夜、寝る時間を惜しんで、ひたすらに木の棒を使い、独自の修行を積んできた。結果的にそれが功を奏し私はこの年になるまで衣食住困らずに生きていくことができた。
だが、母上も父上も私の出世を喜んではくれなかった。私が今よりも若かったころ、何故喜んでくれなかったのか疑問だったが、今では良く分かる。
分かっていたのだ。飢饉に苦しむ百姓の一揆に加勢した罪なき者を何人も殺した。将軍家に仇なす反乱軍の兵も何人も殺した。
何人も何人も何人も......
私は気が付けば将軍家に剣の指導をするほどに出世していた。私の剣術はそれまでにない流派のものであり、新しい流派とその名前まで将軍から頂戴仕った。その後は道場を開き、門下生も何人も面倒を見た。
なんら不自由のない幸せな人生だったはずなのだ。
だがなぜだ。なぜ何かやり残している、いや、ずっと前に持っていたあの青い感情が......私は......
「師匠!師匠‼」
布団に臥す私の傍らで涙を浮かべ私をのぞき込む弟子たちが私を呼んでいる。
あぁ、そうか、もう稽古の時間か......今日はやけに視界が暗い......もう少し、もう少しだけ寝かせてくれ......
夢を...見るのだ......私が、人を殺さず『武の極み』に到達する夢を......
そうだ、私の夢、武の極みは......人を殺めない剣術の......
極地で......あったのだ......
願わくば今一度......剣の修行を......
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1713年、この時代最強の剣士として世に知られた剣豪、伊勢長政はその生涯に幕を閉じた。剣術の修行に費やした年月は少なくとも50年以上。将軍家が直に葬儀を執り行うほどの偉人であったことがこのことからも伺える。
布団に臥してからは身動き一つしなかった長政だったが最後は自らの刀を握りしめ、何かと戦おうとしていたのではないかと世間では言われている。