表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

7.翌朝の後悔

気がついたときには、もう後悔なんて、してもしきれない状況だった。



「うそだ」



まずは、現実を否定してみよう。なんなら、目をつぶって、まだ寝ていましたアピールをしてみる。


いや、誰に??っていう話ではあるけれど。



「おはよーー」



ああ、だめだ。その声はすぐ耳元から聞こえる。夢とは思えないリアルさで、ちゃんと鼓膜に響いていますから。



「アラタさん、私、あの、その……」



なんで、素っ裸なんでしょうか。とは、聞けない。



そしてなぜ、あなたも素肌を晒しながら、私のとなりで寝ているのでしょうか?



「今日は日曜日だから、クリニックは休みだよね。俺も夕方までは仕事がないから、ゆっくりしていって」


「ここ、アラタさんのご自宅ですか?」


「うん」



そう言うと、布団から出る。え、まさか下は?パンツはいてないの?思わず両手で目を隠す。


クローゼットを開ける音が聞こえる。服を着ているのだろう、気配で伝わる。



「これ、とりあえず適当だけど着てね。昨日、着ていた服は、さっき洗濯して乾燥機に突っ込んだから」



そう言って部屋から出て行った。



ベッドからそろりと抜け出す。



アラタが出してくれたスウェットに袖を通す。下着が無いので、かなり違和感というか、心許ない感じはするが、ワガママは言えない。



ベッドのシーツが乱れているのは、見なかったことにしたい。




◆◆◆




「コーヒー入れるね。座って」



そーっとのぞいたリビングは、観葉植物があちこちに置かれて、ナチュラルなカフェのような雰囲気だった。明るい日差しが部屋に差し込んでいる。



「砂糖とミルクはいる?」


「ミルクだけで、お願いします」



ピピッ!



高い鳴き声に驚く。


窓際に鳥籠が置かれていた。黄色とグレーのオカメインコが仲良く並んで私を見ている。オレンジのほっぺが愛らしい。



「わぁ、可愛い!」


「ふふん、そうでしょ?」



でも、ちょっと意外だ。


芸能人はテレビや雑誌のインタビューなどで、ペットの話題を出したり、Instagramにも、ペットの写真を投稿することが多いが、アラタがとりを飼ってるというのは、聞いたことがない。



「はい、コーヒー」



マグカップを2つ持ってキッチンから出てくると、ダイニングテーブルに置いた。



「ありがとうございます。あの、ご迷惑をおかけして、すみません」


「食事に誘ったのも、お酒を飲ませたのも俺だから、迷惑だなんて思ってないよ。むしろ、いい思いをさせてもらったし」


「それって、その、そういうことでしょうか?」


「愛香ちゃんは着痩せするんだね。それとも豊胸手術じゃないよね?」



キレイな顔でなんてことを言うのか。



「未加工です」


「柔らかいもんね」


「う!」



コーヒーこぼしそうになる。



「お店で白ワインこぼしたよ、白ワインだからシミにはならないと思うけどね」


「え?」


「グラス倒して、パンツまで濡れた~~!って騒いだの覚えてない?」


「すみません、お酒、弱くて」


「そうみたいだね。でも、困ったことがひとつあってさ」


「はい、なんでしょう」



テーブルに置かれたスマホが震えだす。



「克哉からの、着信履歴がえげつないんだ」





◆◆◆





「酒を飲むなと、飲ませるなと、言ったはずだが?」



克哉は私とアラタを順に見ると、そう言ってソファにドスンと座った。勝手知ったる部屋なのだろうか。



「ごめんね」


「ごめんなさい」



克哉は普段は優しいけど怒ると怖い。それも、とても。



さっきまで、2羽のオカメインコが楽しくピヨピヨお話していたのに、今はピッタリと寄り添い静かにこちらを伺っている。



「いやぁ、克哉の血縁だからお酒には強いのかと思ったら、ちょっと飲んだら、上機嫌に笑いだすからビックリしたよ」


「だから飲ませるなと言ったんだ」


「でも、酔ったところも可愛かったよ」


「だ、か、ら。飲ませるなと言ったんだ」


「飲ませたあとに、克哉の心配する意味がわかったよね」 



克哉の怒りオーラに動じず、飄々としている。



「愛香、家まで送るから支度しろ」


「支度って?」


「いかにも彼氏の部屋着を借りました、みたいな格好じゃ帰れないだろうが。着替えてこい」



彼氏だなんて、おこがまし過ぎる。



「洗濯した服は乾燥機ね。もう乾いたはず。苺柄のブラジャーは、ちゃんとネットに入れて洗ったからね」


「お気遣いいただいて、スミマセン」



ジロリと克哉がアラタを睨む。わざと?わざと地雷を踏んで楽しんでいるのか?


これ以上は刺激しないでほしい。このあと、説教されるのは私だけなんだから。



手早く着替えを済ませてリビングに戻ると、アラタと克哉が話を止める。



「ねぇ、愛香ちゃん」


「はい」


「俺と、付き合ってくれる?」


「え?」


「いいよね、克哉」



付き合うって、どこに?



聞かれた克哉は天井を見上げると、目を閉じて眉間を指でつまんだ。考え事をするときに、昔からよくやるクセだ。



「あの、アラタさん」


「やだな、また『アラタさん』に戻ってる。ベッドの中では何度も呼び捨てで『アラタ』って呼んでくれたのに」


「ひぃぃ!やめてください!」



覚えてない!覚えてないのが悔やまれる!



「わかった」



克哉が口を開く。



「愛香は大人だし、俺は保護者でもない。そもそも口出しできる、立場でもないから」


「そうだったね、愛香ちゃんのパパと間違えた」



いや、私のお父さんも、克哉と同じくらい過保護ではあるけれど。



「ずっと、大事にしてきたんだ」


「その役、俺が引き受けるよ」



克哉はソファから立ち上がると、1人掛の椅子に座るアラタの前に立った。


私からアラタの身体を覆い隠すような立ち位置だ。



「お前がいいオトコなのは、知ってるさ。身体も心もね」


「光栄です」


「ただし」



克哉はゆっくりと手を伸ばし、アラタの首筋に触れた。その指が、皮膚の上を滑るように動く。



「傷つけたら、殺す」



今まで聞いたことのない克哉の声。低く、冷たい。



「はは、怖いね」



対象的なアラタの明るい声。



「じゃあ、そういうことで」



アラタは克哉の手を払うと、立ち上がり、わたしの方を見た。克哉も同じように振り向く。



「愛香ちゃん、これからよろしくね」



はい?



「よかったな、愛香。推しが彼氏になったぞ」



克哉の声には、祝福ともあきらめとも取れる響きが混じっていた。



この2人、何を言っているんだろうか?私の頭は、もうとっくに限界を超えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ