第9章 ランの決意
夕暮れが近づくと、動物園の園内もだんだんと静かになってきた。人間たちの足音が遠ざかり、夕焼け色に染まった空の下、動物たちの時間がゆっくりと流れ始める。
シロが水辺でぼんやりしていると、フライとランがそっと近づいてきた。
「おーい、ちょっといい?」とラン。
「うん、どうしたの?」とシロが顔を上げる。
「話したいことがあってさ。ちょっと聞いてくれよ」とランがゆっくり腰を下ろす。その目は、どこか遠くを見ているようだった。
「この前、飼育員さんが言ってたんだ。“ラン”って名前、走るの“run”じゃなくて、“蘭の花”からとったって。『幸せが飛んでくる』って花言葉なんだってさ」
ランは、一度うつむいて、それから静かに続けた。
「最初は、なんだよそれって思った。オレにそんなもん、飛んできたことなんか一度もないしさ」
フライが小さく羽を動かす。「でも、そういうのって……飛んできたときに、ちゃんと受けとる準備ができてるかどうか、じゃないか?」
「うん……そうかもな」ランがぽつりと答えた。
「前は、自分の名前がイヤだった。足が遅いのに“ラン”だなんて、笑われてるみたいでさ。でも最近、少しだけ……思うんだ。この名前、悪くないかもって」
フライが目を丸くする。「へえ、ランがそんなこと言うなんて……成長したなぁ」
「お前が言うなよ」とランは笑った。「でも、ありがとな。シロも。あんたたちと話してなかったら、こんなふうに思えなかったと思う」
シロは照れくさそうに笑った。「僕もさ。君たちがいてくれてよかったよ」
ふと、風が吹いた。フライの羽がふわりと揺れ、ランの横顔に柔らかい光が差し込んだ。
「『幸せが飛んでくる』か……もうちょっとだけ信じてみようかな」
そうつぶやいたランの声は、どこか力強かった