第6章 フライとラン、ぼくらの違い
次の日の昼下がり。日差しがやわらかく、風が檻のあいだから通り抜けていく。
シロはいつものようにのんびりと昼寝をしていたが、どこか気になることがあって、ころころと寝返りばかりうっていた。
そこへ、上から声が降ってきた。
「……シロくん、まだ気にしているのかい?」
木の上の止まり木にいたのは、となりの檻に住んでいるコンドルのフライだった。
大きな羽をたたみ、もさもさした顔で下をのぞいている。
「フライ……聞いてたの?」
「昼寝しながらぶつぶつ言ってたら、聞こえちゃうよ。『シロクマらしくない』とかさ。」
シロは顔を赤くした。
「シロクマってさ本当は泳ぎが得意なんだって。それなのに泳げないのって変なのかな?」
「変だね。」
フライははっきり言った。
「でも、ぼくも変だよ。名前は“フライ”、英語で“飛ぶ”って意味。でもさ、高いところ苦手なんだよね。」
「いつも地上にいるもんね?」
「うん。動物園で生まれて育ったから、高い空とか知らない。羽ばたくのも怖いのさ。
いつか落ちるんじゃないかって。……フライなんて名前、笑っちゃうよね。
もう油でからっとあげてくれって思うよ。」
「そんなの駄目だよ!」
シロは急に起き上がった。
「フライは話しやすいし、よく見てるし……ぼく、フライと話すの好きだよ。飛べるかどうかなんて、そんなの関係ないよ!」
フライはぱちくりと目をしばたいた。
「……シロくん、それ、ほんとに思ってる?」
「うん。だってぼくだって、泳げなくたって生きてるし。木登りくらいしか得意なことないけど……それでも、ユキと話せて、フライとも話せて、なんか、ちゃんとここにいていい気がするんだ。」
そこへ、ランがすべるようにやってきた。どこかもじもじしながらも、耳をぴくぴくさせている。
「……ぼくも、変なんだよね。」
「ラン?」
「おれ、チーターなのに、足、あんまり速くないんだ。」
シロはちょっと目を見開いた。
「……えっ? でも、こないだすごいスピードで……」
「チーターの中では全然遅い。走るって名前なのに、名前に追いつけないこともある。
でも、名前のこと、この前知ったんだ。飼育員さんが話してるの、聞こえちゃって。」
「名前のこと?」
「“ラン”って、走る“run”じゃなくて、“蘭の花”の“ラン”なんだって。
“幸せが飛んでくる”って意味の花言葉があるらしい。」
シロもフライも、同時に「へええ〜」と声をそろえた。
「おれに、幸せが飛んできてほしいって思って、つけてくれたんだって。
なんかそれ聞いて……遅くてもいいのかなって、ちょっとだけ思えた。」
しばらくの沈黙があって、3頭はなんとなく顔を見合わせ、そして、笑った。
「……なんかさ、それぞれ“らしくない”のに、ここにいて、それぞれ役に立ってる感じ、しない?」
と、シロが言った。
「うん……おれ、フライのこと、好きだよ。話すと落ち着く。」
「シロくんだって、変だけどおもしろい。ふたりとも、ここにいてよかった。」
「じゃあ……ちょっと変でも、生きてるだけで、いいのかもね。」
そう言って、3頭は静かな午後の空気の中で、のんびりと日陰に並んで座った。
それぞれの“ちょっと変”を持ちながら。