第3章 となりの相談あいて
その日の夕方。空にはうすく雲が広がっていて、どこか静かな風がふいていた。ぼくは、お昼にユキと話したことを思い出して、プールのはしっこでぼんやりしていた。
「なぁ、シロ。」
声をかけてきたのは、チーターのランだった。となりの檻のフェンスごしに、ひょいっと顔を出している。
「お前、木登りうまいんだって?」
「え? まぁ、ちょっとだけね。」
照れて答えると、ランはうらやましそうにうなずいた。
「すげーな……おれなんて、走るのそんなに速くないし。」
「え? でも、チーターでしょ? 世界一速いって聞いたけど?」
「それがさぁ……」ランは小さくため息をついた。「おれ、よく転ぶんだよ。スタートもうまく決まらないし、どうもフォームが変っていうかさ。飼育員さんにも、ちょっと心配されてる。」
「そっか……。」
「名前は“ラン”。走る“run”って感じするだろ? でも、その名前が、かえってプレッシャーなんだよなぁ。」
ぼくは、なんて答えたらいいのかわからなかった。けど、ランの目の奥に、ちょっとだけさみしさがあるのが伝わってきた。
そのとき、上のほうからふわっと風がふいて、どこからか花のかおりがした。どこかで咲いているのかもしれない。けど、ランはそれに気づく様子もなく、またため息をついた。
「おれも、ちょっとだけでいいから、自分の得意なことってやつを見つけてみたいな。」
「うん……それ、ぼくも同じかも。」
ぼくらは、しばらく何も言わずに風の音を聞いていた。飼育員さんが帰る足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ぼくたちはそれぞれの“なんとなく”を、心の中でかかえていた。