第12章 たかいところと ふかいところ
その日は、動物園に少し強い風が吹いていた。空は青いけれど、風の音が耳の奥に響く。ユキは、落ち葉が舞うのを見上げながら、何気なく檻のはしの岩場に向かった。
「ちょっと、上まで行ってみようかな」
高く積まれた岩山。ユキの展示エリアの奥にある、小さな丘のような場所だった。プールとは反対の方向にあるので、あまり注目されない場所だ。ユキはいつもとちがう気分で、その高台へ登ってみることにした。
風が、ヒュウと吹いた。
思ったよりも高さがあり、下をのぞいたとき、ユキの足がピタッと止まった。
(あれ……足がすくんじゃう……?)
風が吹くたびに、体が揺れるような感覚がした。動けない。怖さで体がこわばる。
そのとき、柵の向こうからシロの声が聞こえた。
「ユキー! どうしたの? そんな高いとこで」
「う……うごけないの。足が……へんな感じで」
「まってて、いま行く!」
シロは、となりのエリアの木に近づいた。いつもは気まぐれに登っていた木。その枝を、今度はしっかりと見つめた。
(僕、やれるかな……)
ごくりとつばを飲みこむと、シロは木に前足をかけ、いつものようにするすると登りはじめた。高い場所は慣れている。でも、今日はちがう。誰かのために登るというのは、初めてのことだった。
枝から枝へと渡って、シロは柵の近くにある、ちょっとした出っ張りに飛び乗った。そこから、ユキのいる岩山の裏手へ。
「ユキ! もうすぐそっち行けると思うから!」
「うん……! ありがとう……!」
飼育員たちも異変に気づきはじめ、急いで駆け寄ってきた。シロは、ユキの近くまで登ると、やさしく声をかけた。
「だいじょうぶだよ、ユキ。僕がそばにいる」
ユキは、こわばった体でゆっくりと振り返る。シロの姿がそこにあった。
「……ありがとう、シロ」
その声には、ふだんのプライドも、つよがりも、なかった。ただ、まっすぐに自分を認めてくれる友だちへの、あたたかな感謝があった。
下から見ていたフライとランも、心配そうに見守っていた。
「シロ……すげぇじゃん……」
「ほんとに、“高く飛べる”ってこういうことかもね……」
風はまだ吹いていた。でも、ユキの心の中には、少しあたたかい何かが流れていた




