1.金の斧、銀の斧 神秘の泉の頂上決戦
俺は木こりのレオン。どこにでもいる普通の男だ。人は俺のことを「イケメン」と言うが、顔なんて飯の種にはならない。大事なのは腕っぷしだ。
そんな俺にも、夢がある。彼女に結婚を申し込むことだ。木こりの仕事なんて儲かるもんじゃない。だけど彼女に婚約指輪を贈りたい。だから、必死に働いていた。しかし、稼げる金はその日暮らす分がやっとだ。
そんな時、神秘の泉の話を聞いた。泉の周りは良質な木がたくさんある。そこで木を伐れば効率よく稼げるらしい。
仲間が忠告した。
「おい、やめとけ!誰も近寄らないから良い木はあるが、泉には恐ろしい魔女だか悪魔が住んでいるらしい」
リスクは高いが、こうなったら、いちかばちかだ。泉に着くと、話は本当だった。木々はどれも見事な幹をしていて、伐れば高値がつくこと間違いなしだ。さっそく俺は作業に取りかかった。
しかし、一本だけ異様に堅い木があった。斧を振り下ろしても全然歯が立たない。渾身の力を込めて振り下ろした瞬間、斧がすっぽ抜けてしまった。
「うおっ!?」
斧はくるくる回りながら、泉に向かって飛んでいき、水面に消えた。俺の斧が、泉の中に沈んでいく。俺の唯一の財産だ。がっくりしてると、美しい女神が泉の中から現れた。手には俺の斧を持っている。栗色のロングヘアの髪が輝き、まるで天使のような笑顔だ。
「見れば見るほどいい男ね。真っ赤な髪がステキよ。
さっきから見てるとずいぶん熱心に仕事してるじゃない。わたし感心しちゃった」
こいつが恐ろしい悪魔?かわいい女神じゃないか!
「女神様、お願いです。その斧を返していただけませんか?」
「返してあげてもいいけど、働きすぎは体に毒よ。私と少しおしゃべりしない?」
いやいや、俺には彼女がいるんだ。金が必要だから、仕事を休んでる暇なんてない。やはり悪魔が女神に化けてるのかもしれない。こういう時は黙ってるに限る。
「ふ~ん、ガン無視。やっぱりいい男は周りの女がほっとかないもんね。
でも、私と結婚してくれたら絶対に幸せにするわ」
「なに言ってんですか!人間と女神が結婚するなんてありえませんよ」
「違うわよ。私は何の力もない普通の女神だけど、普通が一番だといってるのよ」
「姉上、抜け駆けはズルいでありんすよ」
そう声を上げて、銀髪の少女が湖の上に現れた。背丈より大きな巨斧を担ぎ、大きな目をしている。
「ゲッ、あれはテンプレの巨斧を操るロリキャラ!!」
「末妹が来たわね。あの子、斧使いだけど中二病なのよ。自分の担当の泉をほったらかしてわざわざこの泉まで遠征したのよ」
「おい、どういう世界観だよ!」
妹の女神は巨斧を振り上げて襲い掛かる。その瞬間、湖の向こうにさらなる存在感が!
泉の向こうに巨大な女神が出現した。美しいウェーブのかかった金髪をなびかせている。
泉の女神は木こりにささやく。
「長女が来たわね……。力は一番強いけど、行き遅れの『行かず後家』であせってるのよ」
「妹の分際で、姉を差し置くとは許せませんわ。罰としてお仕置きして差し上げますわ」
長女の女神は美しい顔に酷薄な表情を浮かべた。すると、女神の背後に無数の斧が出現し、空中を浮遊している。
「あ、あれもテンプレだけど、まさか……」
斧の大群がうなりを上げて空を裂きながら飛んでいく。その軌跡はまるで斧の流星雨だ。鋭い風切り音が耳を裂き、空気が震える。ターゲットはただ一つ、巨斧を振るう銀髪のチビ女神だ。
「させるかぁぁぁ!」
末妹――巨斧の女神は、絶叫とともに自身の斧を振りかざした。
ガァンッ!
次々と飛び来る斧――それは一つ二つではない。数え切れないほどの金の斧が、空から雨のように降り注いでくる。その圧倒的な量に思わず背筋が凍る。
ギィィン!ガァァン!キィィン!
末妹の巨斧が、それら全てを目にも止まらぬスピードで弾き返していく。
金属の軋む音、ぶつかる音、それに混じる火花の光。赤、橙、そして金色が入り乱れ、戦場は光と音の狂乱に包まれる。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
俺は全力で叫びながら逃げ回るが、地面が裂け、木材が飛び交う中で身を隠せる場所などどこにもない。恐怖で心臓が潰れそうだ。
「大丈夫、結界を張ったから。私のそばにいて」
普通の女神が落ち着いた声で言うが、その言葉を信じる余裕なんてない。
目の前にものすごい勢いで飛んできた斧が、見えない壁にぶつかって弾き飛ばされる。
「キィィィン!」
透明な障壁に当たると、斧の刃先が青白い閃光を残して軌道を変えた。それが間一髪俺の顔をかすめて飛び去っていく。
叫びながら振り返ると、女神たちが次々と飛び交う斧を弾き返していた。末妹の巨斧が、ドゴォン!と地面を叩きつけると、地面が割れ、土煙とともに巨大な斧の衝撃波が広がる。衝撃で、近くの木が軋みを上げて倒れた。
「バキィィン!ガシャァン!」
鋼鉄が砕け散る音が響き渡り、破片が閃光となって空に舞う。その光は金と銀――金髪の巨大女神と銀髪のチビ女神、それぞれの斧で力を象徴しているかのようだ。
俺はそれをただ呆然と見ているしかなかった。周囲の景色はもはや戦場を超えて、破壊そのものだ。
俺の周囲はもはや木材の山と化している。枝や幹が飛び交い、空気は土の匂いと鉄の匂いで充満している。これ全部俺が片付けるのか――いやいや、それどころじゃない!
「あなたを落としたのは、どの女神でしょうか?さあ、誰を選ぶ?」
「……」
泉の女神が微笑みかけてきた。だがその背後では妹と長女が全力で戦い続け、地形すら変わりそうな勢いだ。
「もしもーし、聞いてます? 普通の女神を選ぶと、正直者の褒美に金の女神と銀の女神もついてきますよ」
俺は女神の顔を見た。いや、こんな状況のどこが普通だ?俺は叫んだ。
「俺には彼女がいる。普通だよ、普通の人間だ。斧さえ返してくれれば、俺は彼女と結婚して生きていく!!」
その瞬間、すべての女神が動きを止め、俺をじっと見つめた。無数の斧も空中で停止している。
「……え?」
女神たちは目を合わせると、ため息をつき、そろって言った。
「……普通の人間なんて、つまらないわね」
「ジャブン、ジャブン!」
長女女神が操る斧が音を立てて次々と泉の中に沈んでいく。
女神たちはどこかへ去っていった。泉の周りはめちゃくちゃだが、俺は胸をなでおろした。森の木々に突き刺さっているやら、土にめり込んだ斧を拾い集めると 20丁以上あった。上等な斧だ。 2,3丁を手元に残して残りは町で売り払おう。
俺は仲間の忠告の実感した。神秘の泉には、恐ろしい「アホ」な女神がいることを。
普通が一番だと女神たちは言ったが、彼女たちの普通が俺には一番恐ろしかった。
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