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猫の招き

ポロロロロン......


かすかに聞こえる綺麗な音に意識を闇から引き摺り出される。

最初は抗わずにその音に引っ張られるままだったが、意識が鮮明になっていくにつれ、その音に謎の拒否感を覚える。

何だと思う前に、見慣れた天井が目に入り、状況を理解した。

「あぁ...」

もう朝か。一日の中で一番嫌いな時間だ。

スイッチの入りきっていない身体と脳が不快感を与えてくる。

比較的自由に動く眼球はゴロゴロしていて気持ちが悪い。

再び意識を闇に放り投げようと目を閉じて布団を頭まで被るが、いまだに聞こえるアラーム音がそれを許さない。

深く布団を被れば被るほど、なぜか音はより耳に入ってくるようになった。

「んー...」

軽くうなりながら右腕を動かし、音の発生源を探す。

記憶が正しければ枕元にスマホを置いたはずだ。

すぐに見つかる。また眠れる。


「......」


しばらくして、もぞもぞと動かしていた腕を止める。

無い、何処にも。

目を開けて確認すると、寝る前に置いたはずの場所にスマホはなかった。

絶望する自分をよそに、アラームはどこかで鳴り続ける。

もう一度布団を深く被るが、さっきと同じでアラームは変わらず聞こえてきた。

「はぁ...」

仕方なく掛け布団を蹴り飛ばして、上半身だけ起き上がる。

一瞬で温もりは消え去り、服越しにも肌を刺す寒さが襲ってきた。

震えながらも布団全体を見渡すと、太もものあたりにスマホを発見する。

素早く手に取り、画面に表示されたSTOPをタップする。

10時7分、ようやく静寂が訪れた。

「はぁ...」

待ち望んだ瞬間ではあるのだが、素直に喜べない。

7分間のスマホとの攻防と寒さでかなり身体と意識が目覚めてしまい、二度寝できそうにない。

そして一度起き上がった今、再び寝転がるのも面倒に感じる。

素直に起きればいいのだが、立ち上がるのもまだ面倒だ。

「...うっし」

何をする気にもならないまま寒さに耐えること数十秒、座るのに疲れて結局起きることにした。

布団への名残惜しさを感じつつも、立ち上がってリビングに向かう。

暖房のスイッチを入れて風下になりうる位置に立ち、開くエアコンの口をボーっと見る。

微かな温風を感じたら、立ったままもう一度目を閉じて深呼吸をする。

深い意味はない、なんとなくで出た行動だった。

「妙にリアリティあったな」

ふと、今朝見た夢を思い出す。

夢の中の自分は、闇の中でもがいて光を見つけ、幸せになったと思ったら誰かに殺されて再び闇の中に戻っていた。

おおまかな内容は覚えていないが、かなり筋道の通った夢だったことは覚えている。

まるで、本当に起きた出来事をなぞっているようだった。

これは何かの暗示なのだろうか。

「...就活の行く末を暗示してるのかな?だとしたらやだな」

悪い想像をしてしまい、顔を顰めてぼやく。

11月下旬、秋の終わり頃。

色づく世界が白に戻りそうなこの季節だが、3の数字が視界を黒く染める。

受験を乗り越えれば、あとはエスカレーター方式に上がっていくだけだと思っていた愚かな男は、大学三年生(就活生)という現実に苦しめられていた。

「...デイリーやるか」

再びスマホを手に取り、ゲームアプリを起動する。

朝から陰鬱になりたくはないので、画面の中の世界に逃避することにした。

彩りの多いそれは寝起きの目に毒だったが、一瞬で現実を忘れさせた。



「ほへぇ...歩兵~」

阿呆なことを言いながら、軽い足取りで道を進む。

ゲームのデイリーも終わり、暖房が完全に部屋を暖めるまで暇だから、完全に身体を起こすために散歩することにした。

寒いのに外に出ているという点は、この際気にしない。

コートやヒートテックで防寒対策はばっちりで、何より頭を空っぽにしてめちゃくちゃな行動をするのが一番楽しい。

とはいえ、どこまでも歩くというわけではなく、範囲はこの狭い田舎町の中と決めている。

戻るのが面倒になるということと、静寂を求めてのことだ。

「ほへぇ...」

まだ日が昇っている時間、登校する学生の声も通学する車やバイクの音もしない。

聞こえるのは自分の靴がアスファルトを踏む音のみ。

すれ違う人もほとんどおらず、道の真ん中で両手を広げて歩くこともできる。

何と言う贅沢な時間なのだろう。

脳汁があふれるというよりは、何もかもから解放されたようなすっきりとした爽快さがある。

田舎に住む、自由の多い(就活さぼっているだけだが)大学生だからこその娯楽だ。

「スキップ、スキップ~♪

あ~スキップ機能じゃなくて足取り~♪」

訳の分からない歌を歌ってスキップしながら昼の街を徘徊する成人男性21歳。

はたから見たらもう完全に事案である。

しかし、誰も見ていないので気にしない。

今、この瞬間だけ世界には自分しかいないと思い込もう。


「なんなん?」


頭が真っ白になり、スキップも歌うのもやめる。

身体は反射的に普通の歩きに戻り、まるで何事もなかったかのように振る舞う。

時折、背伸びをして体をならすようなジャンプもしながら、遅すぎる「何もしてませんよ?」アピールを行った。

「...」

頭の中では、"何もなかったようにこのままどこかの道で曲がって去る"と"振り返って弁解する"の二択がせめぎあっている。

前者は相手が無視してくれる可能性もあるが、結果がどうなったか分からない不安に悩むこととなる。

後者は融通の利く択ではあるが、余計に変な印象を与える可能性もある。

焦りに支配された脳がそこでフリーズしてしまい、ジャッジを下せないでいると、再び後ろから声が聞こえてきた。

「ニャ~」

「...ん?」

声、というよりは鳴き声のようだ。

もしかして、と歩くのをやめて振り返ると、可愛らしい白猫が道の真ん中でニヤニヤ笑いを浮かべて尻尾を揺らしていた。

「なんだお前か。おはよう、今日は冷えるな」

挨拶を返して猫に近づき、頬を指で撫でてやる。

猫は待ってましたと言わんばかりに手をつかみながら喉を鳴らした。

「ニャ~」

初めて会ったわけではなく、この猫とは7年ほどの旧知の仲だ。

飼い主の知り合いというわけでもなく、餌をやった覚えもないが、いつからか外に出るときは必ずと言っていいほど会って戯れるようになった。

奇妙な縁だと思いつつも、特別感があってずっと大切にしている。

浮かれていて今日会う可能性がすっかり頭の中から抜け落ちてはいたが。

「いい匂いだな、シャンプー変えた?俺もそろそろ変えようかな」

「ニャ~」

「いやシャワー浴びるのめんどくてさ」

今ではこんな風に会話も成立する。

基本的に自分が勝手に読み取って一方的に話して、猫が鳴くだけだが。

7年も続いているんだからグッドコミュニケーションできているのだろう。

きっとそうに違いない。多分。


「あ、そうそう。俺今日変な夢見てさー。

暗い空間にいたと思ったら、自分の中から光が出て世界が照らされたんよ。

んで、天に昇って神様になったと思ったら...なんだっけ?」

色々な話をしているうちに夢のことを思い出して語ろうと思ったが、内容をほとんど忘れてしまったことに気づく。

覚えている情報も、どこか改変されているような気がしてならない。

あれから数分も経っていないというのに、夢とは不思議な現象だ。

「...」

「ん?どうした?」

猫は鳴くこともせず、ニヤニヤ笑いを浮かべることもなく顔をじっと見つめてきた。

尻尾は恐ろしく緩慢な動きで揺れ、そのまま地面につけられて動かなくなった。

初めて見る行動に首をかしげる。

何かおかしなことでもあったのだろうか。

「...にゃあ」

「おっ?」

しばらくして猫はぺしぺしと手を叩いた後、腰を上げて振り返り歩き始める。

お別れかなと思ったが、数メートル進んだ先で止まり、もう一度「にゃあ、にゃあ」と鳴いた。

「こっちに来て、ってこと?」

自分も腰を上げて猫の方に歩く。

すると猫はまた歩き始めて、数メートル進んだらまた止まってこちらを見る。

ついてきているのを確認したらまた歩き始める。

どうやら自分をどこかに連れて行きたいようだ。

「んーなんだろ」

戸惑いつつも、好奇心が湧いてついていくことに決める。

しばらくついて歩いていると、猫は満足そうにいつものニヤニヤ笑いを浮かべた。



それから数分間歩き、たどり着いたのは寂れた小さな商店街アーケードだった。

ほとんどがシャッターを閉められており、こう言うのは何だが半分死んでいるような状態だ。

猫はこの中のどれかに侵入して暮らしているのだろうか。

「にゃあ」

「おっ」

猫が立ち止まったのは、シャッターではなくアンティークな黒い扉の前だった。

"closed"の看板がぶら下げられており、何かの店であることはわかる。

しかし店名やジャンルを差すようなものはなく、窓もないので中をうかがうこともできない。

望みは薄いが、ネットで調べれば出てくるだろうか。

「にゃあ!」

「うおっ!?」

スマホを取り出そうとすると、猫が急に大声で鳴いた。

猫の方を見るとニヤニヤ笑いも浮かべずにぺしぺしと扉を叩いている。

「んなもんいいからさっさと扉を開けろ」とでも言いたげだ。

「本当にどうしたんだお前...つかクローズドだし。

んー、でもここの猫が入れって催促してるからいいのか?」

30秒くらい悩んでから、猫がしつこいので取り合えず入ってみることにした。

ゆったりできるカフェだったらいいなと思いながら扉に手をかける。

ギギギ...と軋む音を響かせながら開いた扉の向こうから漂ってきたのは...。


「ゲホッ、ゴホッ!!けほっ......!!」


コーヒーの匂いではなく強烈なコショウの匂いだった。

期待につられて匂いを楽しもうと呼吸を深くしていたため、無防備に匂いをくらって盛大に咳き込む。

「にゃあ!」

匂いから逃れるために一度扉を閉じようとするも、咳より大きな鳴き声が聞こえてきて動きを止める。

なんとか下を見ると、猫が扉の前に座って閉じるのを邪魔していた。

引いても手を放しても扉が閉まって猫にぶつけてしまうので動けない。

絶対に自分をこの店に入れたいようだ。理由はまるで分からないが。

「あー、換気扇回してなかったのなー。

あれ?でも看板はクローズドにしていたはずなのなー?」

咳がうるさい自分とよくわからないが強い意志を見せる猫とは対照的な落ち着いた声が、店の奥から微かに聞こえてきた。

ごおおぉぉ、という鈍い音が次に聞こえてきて、次第に匂いも薄まっていく。

声の主が換気扇を回したようだ。

それと同時に咳も落ち着いてゆく。

「招き猫の真似事なのなー?休み中も客連れてきたりはしなくていいのな...」

先ほど聞こえてきた声が近づいてくる。

顔を上げると、扉の向こうに一人の女性がいた。

ぼさぼさの茶髪にダークブラウンの目、病み系美人と言う言葉が当てはまる顔立ち。

それだけでもだいぶ目を引くが、真に目を引くのはその服装だ。

うさ耳に身体のラインが出る衣装、俗にいうバニーガールの恰好をしていた。

(燕尾服も着てるし露出度も低いからセーフ?ってそうじゃない)

田舎では、というかどこであろうとそうそう見かけないような光景に思考がバグる。

”猫に連れられて訪れた店にバニーガールがいた”

ラノベでも書けそうな展開だ。とても現実とは思えない。

「猫が君を連れてきたのなー?」

「...えっ?ああはい」

不意に女性が質問してきて、思考を中断する。

女性は何故かじっとこちらを見て「ふむ...」と考え込んでいる。

こちらは特に変わった格好をしているわけではないのだが、いったい何だろうか。

「とりあえず入るのなー。お昼ごちそうするから、互いにおなかを満たしてから質問お願いなのなー。

こっちからも質問するのなー」

「えっ?」

「にゃあ!」

ぐいぐいと袖を引っ張られ、店内に誘導される。

訳が分からないが天元突破しているが、猫も足にしがみついているので入らないという選択肢は取れそうにない。

そして、これ以上この時点で考えても特に答えは出ないだろうことや、質問の機会を設けてくれるのであればそれに越したことはないことからも、素直に従うことに決める。

店内に両足が入ったところでようやく猫は満足してくれたのか、足から離れてくれた。

「いらっしゃいませなのなー」

女性も裾を手放し、客を迎え入れるお決まりの口上を述べた。

奇妙な縁はより奇妙な形に。

何はともあれ、その非日常な感じに自然とワクワクする自分がそこにはいた。



「先に言っとくけど語尾はキャラ付けなのなー」

「あ、さいですか...」


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