ありふれた雑談とその結末
昼休み、二人の少女が談笑しながら昼食を食べていた。話の内容は何の変哲もない。昨日見た動物番組についてである。
「可愛かったよねー、あの赤ちゃん」
「うん、私もあの毛並みの感触が気になってしかたなかったよ」
「ほんとにねー。あー、もふもふの猫ちゃんに癒されたいなー」
「あれに抱きついたら、まさに天にも登る気持ちになれるだろうね」
「ねー」
と、ひとしきり話し終えたところで、小春は一息ついてサンドイッチを頬張った。パンは乾燥して固く、中のレタスはしなびていて歯ごたえが無い。小春は顔をしかめるが、その理由は包装紙に貼られた半額割引シールが物語っている。
「ねぇ、小春」
急に呼びかけられた小春はサンドイッチを咥えていたのですぐに返事ができなかった。先程の話の続きだろうか。急いで水気のないサンドイッチを飲み込もうとしたその時、
「殺されるっていうのは、いったいどんな気分なんだろうね?」
何気なく六花が尋ねてきた。
「……ふぇ⁉ 」
小春は思わず口に含んでいたサンドイッチを吹き出してしまった。
「けほっけほっ、いきなり何言い出すのりっちゃん! 今そんな話の流れじゃなかったじゃん!」
涙目で向かいに座る六花を睨む。
「ごめんごめん。ただね、関係ない話じゃないんだよ。猫の特集の後に、捨て犬を殺処分するVTRがあっただろう?」
先程まで猫の赤ちゃんの可愛さに盛り上がっていた六花とは、まるで別人のような雰囲気を纏っていた。可憐な少女の容貌は鳴りを潜め、獲物を狙うハイエナのように眼光は鋭く輝き、口許は笑みを隠しきれていない。なんなら涎すら垂れてきそうだ。
「自分の死が目前に迫った時って、どんな事を考えるんだろう。やっぱり怖いのかな? それとも意外と興奮しちゃうのかもしれないね。いいや、もしかしたら……」
六花は完全に自分の世界に入っている。こうなってしまったら、もう誰も彼女を抑えることは出来ない。たとえ長年幼なじみとして一緒に居る小春であっても無理だ。
過去にこんなことがあった。
小学生の頃、二人は一緒に学校から帰る途中だった。年々気温が上昇して蒸し返すような暑さのコンクリートジャングルの中を、少女達は取り留めもない話で盛り上がりながら歩いていた。
家の近所にある公園に差し掛かったあたりで、二人は路上に見慣れないものがあることに気づいた。それは手のひら程度の大きさで、色は黒に近い茶色ということまでは視認できるが、ここからだと遠すぎてそれが何なのかまでは分からない。なのでとりあえず近づいてみることにした。初めに六花がそれに近づき、恐る恐る小春が後ろに続く。
ある程度近づいたところで、突如六花が駆け出した。
「待ってよ! りっちゃん!」
慌てて追いかける小春。
「はぁ……はぁ……急に走り出してどうしたの?」
「……」
立花は振り返らない。
「ねえ、どうしたの? りっちゃ……」
突然、六花がこちらを振り向いた。手には謎の赤黒い物体を携えていて、なぜか表情は恍惚としている。
「見ておくれよ! これ、雀じゃないかい⁉」
「え……?」
六花が嬉々として小春に見せつけた赤黒い物体は、雀の死骸であった。
「……ひっ……」
小春は悲鳴を上げようとしたがあまりの驚きで声を出せなかった。六花はそんな幼なじみの様子を気にもせずに捲し立てている。
「うわぁ、面白いなぁ。空を飛んでいるのを見た時から中身がどうなっているか気になって仕方なかったんだ! 捕まえようとしても逃げてしまうし……今日は本当についてるよ! 小春、家に持って帰って中を開いてみようよ!」
六花は雀を掴んでいた手のうち片方を離して、呆然とする小春の手を握った。もはや小春は脳の処理が追いつかず何も反応できない。泥なのか血なのか分からないが、ぬるぬるとした六花の手の感触だけがやたら鮮明に感じられた。小春はそのまま六花の家まで連れ去られ、しばらく雀の解剖に付き合わされたのだった。
「……ねぇ、聞いているのかい?」
思考の沼に逃避していた小春に、六花は声をかける。
「……あっごめん、ちゃんと聞いてるよ。えっと、猫が可愛いって話だよね?」
「その話はとっくに終わったよ。今は殺される感覚を体験してみたいって話さ」
「あー……そうそう、そんな話だよね! 冗談だよ、冗談」
なんとか話の方向をそらそうとする小春に、六花は怪訝な目を向ける。
「……まぁ、いいや。それでね、是非とも小春に私のことを殺して欲しいんだよ。せっかくなら仲のいい君にお願いしたいんだ」
六花の声のトーンは猫の話をしていた時と全く相違ない。彼女は昔から変わらず自分の興味関心に一直線なのだ。その事実が小春を一層現実に引き戻した。
小春は今まで幼なじみの好奇心を満たすために、あらゆる協力を惜しまなかった。彼女が欲しい物があると言ったときには、なけなしの小遣いをはたいてプレゼントした。彼女が手料理を振る舞いたいと言ってダークマターを生成したときには、喜んで完食した。彼女がキスをしてみたいと言ったときには、迷わず唇を差し出した。雀の解剖をしたときも最初は気持ち悪かったが、六花の役に立っていると自覚してからはむしろ喜々として手伝っていた。六花もそんな幼なじみのことを非常に好ましく思っており、今回もいつものように自分の頼みを叶えるために助力してくれると考えていた。
ところが。
「それは……出来ないよ」
小春は霞んでしまいそうな声で、それでもはっきりと言った。
「……? どうしてだい?」
今まで自分の頼みを断ったことなどなかった幼なじみが、今回初めて明確に拒否の意を示したことに六花は非常に驚いていた。
「だって殺してしまったら私はもうりっちゃんとこうやってお喋りできなくなるんだよ。そんなの、私は嫌だよ」
きっかけは些細なことだ。小春の父親は非常に多忙で、今の街に腰を据えるまでは転勤を繰り返していた。小春もそれに着いて行くために保育園を転々としていたためまともに友人など出来ようはずもなく、仮に出来たとしても数ヶ月で別れてそれっきり、なんて経験を何度も繰り返していた。そのせいでコミュニケーション能力が成熟せず、話しかけられても無言、自由時間は隅っこで体育座りのTHE・ボッチが完成した。
ところがそんなボッチになぜかしつこく話しかける少女が一人。それが六花だった。六花は単に他の園児たちがボールや遊具で遊ぶ中で、なぜか毎日体育座りをキメる約一名に興味を持っただけなのだが、小春は緊張からどうしても無言になってしまう自分になぜか遠慮無く話しかけてくれる彼女のことを天使ではないかとしばらく思い込んでいた。その後、二人は家が近所だと判明したことも相まって唯一無二の親友として親交を深めていった。
小春にとって最も耐えがたいことは、六花と離ればなれになることである。たとえそれが他でもない大切な幼なじみの望みでも受け入れることは出来ない。瞳に涙を溜めて、それでも強い意志を持って六花に相対した。
「そっか、小春の考えはよく分かったよ。でも、一度気になってしまったら、自分でも抑えが効かないんだ。それは小春も知っているだろう?」
「それはそうだけど……でも……」
六花の好奇心のたちの悪さは小春が一番知っている。それでも今回に限っては納得したくなかった。言葉を濁す小春を見て、六花はしばらく腕を組んで悩んだ後、
「そうだ! 小春は私を殺した後、誰かに殺してもらうか、自分で死ぬというのはどうだい? そうすれば私が居なくても寂しくないんじゃないかい」
六花は提案する。
「……ッ! それもダメ!」
小春は慌てて答える。段々と口調が荒くなっていく。周りのクラスメイト達も、地球がひっくり返っても喧嘩なんてしないだろうと言われる二人が、何やら異様な様子を醸し出していることに気づき始めたが、だからといって何かできるわけでもないので、遠くから傍観していた。
「私が死んだ後、あの世でりっちゃんに会えるかわかんないでしょ!? 私はりっちゃんと一緒にいたいの! 一瞬でも離れたくないよ……」
小春の頬を涙が伝う。そんな様子を見て六花はいよいよ困り果てる。彼女とて幼なじみを傷付けたいわけでは無い。だからといってこのまま欲求を押さえ込んでしまったら、精神に支障を来すだろう。実は六花も幼なじみにかなり依存していた。献身的にサポートしてくれる小春のおかげで六花は今日まで安定した精神を保っていられたと言っても過言では無い。だからこそ幼なじみの意向を最大限尊重したかった。六花はなんとか小春を説得できないか悩み、色々と提案してみる。
「一緒のお墓に入れば……」
「私の動画をたくさん撮っておけば……」
他にもいくつかの提案をしたが、結果は全滅、成果ゼロである。その間に、小春は泣きすぎてとうとうまともに会話することすら難しくなってきた。六花ももはや為す術がなくなり、諦めかけていたが……。
その時、ふと妙案が浮かんだ。この方法なら六花は好奇心を満たすことができるし、小春も六花と一緒に居ることができる。六花はどうして今まで気づけなかったのかと驚きながらも、いまだ泣きじゃくる幼なじみに最後の提案をした。
「それじゃあ、こういうのはどうだい?」
「次のニュースです。先日未明、■■県■■■市の自宅で、二十五歳の女性が殺害された事件で、県警は同市在住の■■■■容疑者、二十五歳を殺人容疑で逮捕しました。警察によると二人は同級生で……」
「ひぇー、これ私たちと同い年じゃん。恐ろしい事件だねー」
「そうだね」
都内のワンルームマンションで二人の女性がテレビを見ながらソファでくつろいでいた。今日は休日で特に予定もないため、こうして家でだらだらしている次第である。
「それにしても、なんでクラスメイトを殺しちゃったんだろうね。よっぽど嫌いだったのかな?」
「さあ、どうだろうね。私には分かりかねるよ。でも」
「でも?」
「殺す理由が、相手が嫌いだからとは限らないんじゃないかな」