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アンティーク喫茶  作者: 砂月
3/4

その三 副業として

「いらっしゃ……おんや。

ルカさんじゃあ、ありんせ」


 その日、店じまいを始めていたオレの手を留めたのは、椿さんが呼んだ名だった。

 振り返ると、真っ黒なロングコートを着こなした女性が、入口に佇んでいた。

 扉についているカウベルを鳴らさないで入れるのは、ルカだけだ。

 ハルカ、と言うのが名であることしかオレは知らない。

 そしてハルカが、ここの経営者。

 一度死んだ椿さんたちに肉体を与えた、占い師その人だ。


「こんばんは。良い夜ね」

 大きくはない、だがよく通る声で挨拶をすると、滑るようにカウンターに歩み寄った。

「お久しぶりです」

 バイト仲間の葵が、執事のようにハルカの斜め後ろから黒いコートを受け取る。

「ありがとう。どう、身体の調子は?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 葵も出戻り組だ。

 ハルカの心配は、再び肉体を持って舞い戻ってから、そんなに長い時間を過ごしていないためのやりとり……ではない。


 葵は本来女の子だそうだ。

 にも関わらず、男の肉体を持って戻ってきた、たぐい稀なケースの一人なのだそうだ。

「なにかあったら、必ず私か、椿に言ってね」

「はい」

 それを見るともなしに見ていたオレの横で、イチが小さく鼻を鳴らす。

「くぅ! 美少女のはにかみは、心に響くねぇ!」


「……そうか」

 キツネであるイチも、もちろん椿、ハルカにも、葵の元の姿が見えているそうだ。

 オレには、ただの同じ年くらいの男にしか見えないが。

 一度生まれ持った姿には、二度と戻れないそうだ。

 だから葵も、もちろん椿も生きていた時の姿と今の姿はまったく違う、らしい。

「良くも悪くも、それが人の持つ、因果律なんえ」

 よく椿がいう言葉だ。


「どうしなすったんです?」

 椿はルカの隣に陣取り、小さく首を傾げる。

「そうっすよ。そんな小さい小物も引っ釣れて!」

 イチは鼻をくんくんさせながら、ルカの胸元を指す。

「イチくん。ルカさんに失礼だよ。ルカさん。どうぞ」

「ありがとう」

 イチの手を叩き落とし、代わりに笑顔で葵がルカにカップを手渡した。

「ひでぇ! 初めはあんなに優しかったのに!」

 見た目が六歳くらいの子どもに化けているイチに、優しく接していた葵だがこのごろ何かを学んだらしい。

 いわく「子どものしつけは、早いうちに」だそうだが。


「今日は、タカ君にお願いがあったのよ」

「オレに?」

 面食らったオレだが、即座に語る。

 アレ、か。

 表情を読んだのだろう、ルカは小さく微笑み、胸元から小さく光る玉を取り出した。

 すぐにその光は、イチより小さな人の子どもの姿を取った。

 瞬間、ルカの後ろに隠れる。


「……えーと」


 ルカの影から少しだけ顔を見せている子どもを、一時見つめあってから、オレは周囲に助けを求めて視線を彷徨わせる。

 椿はオレの名前が出た瞬間から、我関せずとキセルを吸っており、オレの視線など無視。

 次に目のあった葵は、にっこり笑っただけ。

 すぐそばのイチは、「人間のことをオレに聞くな」と、手を振るだけ。

 ……どうしろ、と。

 子どもは無表情すぎて、何を考えているのかさっぱりだ。

「ミチコちゃん。このおにいちゃんが持ってきてくれるわ」

 ルカの言葉にも、小さく眉をひそめただけ。

 きゅっとルカの服を握りしめ、じっとオレを睨み付けるだけだった。

「ルカさん?」

 どうしたらよいか、訊ねようとした瞬間。


ガララーン!


 入り口の扉が乱暴に開かれ、黒ずくめの人間が転がり込んできた。

「キサマ、よくも俺の仕事を横取りしたな!」

 怒り心頭の声に、オレは首をかしげた。

 聞いたことのある声だったのだ。

「あら?」

「あら、じゃない! 

そこのガキは、俺が始末する魂だぞ! 

勝手に規定を無視して持って行くな!」

 そのままルカに荒々しく近づく黒ずくめローブの前に、葵がすべり込んだ。

「店内での乱暴な行為は迷惑なのですが」

 無表情な葵だが、目がかなり怒っている。

「お前は関係ねぇ!」

「……、失礼」

 葵を押しのけようとした腕は、逆に取られ「せい!」

という言葉とともに、床に叩きつけられた。


「正当防衛ですから」

 軽く襟を正す葵に、オレとイチは怯える。

「目が笑ってねぇ」

「怒ってるぞ、マジで」

 女なのに、武道は一通り修めたらしい葵に逆らうとは……。


「ん?」

 床に転がり目を回した黒ずくめのフードがずり落ち、寝癖がついた茶髪が見えた。

 よく見ようと足を踏み出したオレは、転がっていた黒ローブのもっていた棒に足を引っかけた。

「あ? あー……もしかして、これ……」

「鎌だな」

 足元に転がってきた棒を足で転がし、イチはしかめっ面で頷く。

「死神だもの、その子」

 コーヒーを飲みながら軽く言うルカに、オレはため息をつくしかない。

 驚けない、異常事態に慣れた自分が悲しくて。

「……っつ」

 うつぶせに倒れたから、思いっきり顔面をぶつけたのだろう。

 うめき声を上げながら顔を抑える黒づくめの背中を、葵は踏みつけた。

「何しやがる!」

「自分の先ほどの態度を省みなさい。

このくらい当たり前です」

 足蹴にされた黒づくめは、立ち上がろうにも上手に踏みつけている葵の足を振り払えない。

「っとに! なんだよ、ココ!

 思いっきり顔を上げた黒ローブと、ばっちり目が合ってしまった。

「……遠藤?」

「ああ? 榊?」

 万年遅刻魔のクラスメイトの顔が、不思議そうな表情を浮かべていた。

「タカくん。知り合い?」

 面白そうに、二人に落ちた沈黙を眺めていたルカが、口を挟む。

「はあ、まあ。クラスメイトですが」

「そうなの? タカくんクラスって、本当に面白いわね」

「……、ここまでくると、否定できません」

 ナチュラルに会話を交わすオレたちに、ようやく我に返ったらしい遠藤がじたばたと暴れ始める。

「おい、榊! 

コイツの足をどけさせろ! 

っていうか、お前そこの女と知り合いだったのかよ? 

ってことは、俺の敵かぁ? 

ふざけんなよ、お前、普通の人間だろ? 

つか、あぁあ!?

何がなんだかわかりゃしねぇ!」

 混乱している遠藤が憐れになり、近寄って軽く頭に一発入れる。

「いってぇ!」

「ちょっとおとなしくしろよ。

そんで話を聞けよ」

 オレの言葉に、一旦動きを止めた遠藤の瞳をじっと見つめ。

 一言いってやる。


「似合ってないぞ、その黒いローブ」

「……う、う、うるせー! 

俺だってこんな時代遅れなの着たくねぇんだよ! 

でもこれが正装なんだから仕方ないだろ! 

ってか誰にも見られないだろうから、俺だって我慢して着てたんだ! 

断じて俺の趣味じゃない!」

 力いっぱい断言した遠藤は、がっくりと床にはいつくばった。

 力尽きたようだ。


 オレは空々しく「そうか」と言ってやり、葵を振り仰ぐ。

 軽く肩を竦め足を外した葵は、ルカの後ろに控えた。

 つんつん、と遠藤をつつきながら、オレは優しく声をかけてやる。

「おーい。生きてるか? 

ちょっと状況説明しろよ」

「この子の魂は、すでに私の管轄下にあるわ。

疑うならば、一度戻って書類を確認してらっしゃい」

 それまで口を挟まなかったルカが、動きを止めた遠藤に言葉を投げる。

 がばぁ、と顔をあげた遠藤に、ルカは軽く肩を竦める。

「元々この国では、貴方たちより、私の方が゛律゛を絡め取るのに有利なのだから。

わかっているでしょう?」

 悔しげに唇をかみ締める遠藤に、ルカは小さく笑う。

「私が邪魔をした、といえば誰からも文句は言われないわ」

 すでに゛律゛は書き換わっているのだし、と続けるルカを見つめた遠藤は、長々と大きいため息をつく。

「あきらめろ」

 せめてものアドバイスをやると、遠藤は情けない顔でオレを見た。

「なんで、こんなトコに榊がいるんだ?」

「ここ、オレのバイト先」

 簡潔に答えてやると、遠藤は身体を起こし床に座り込む。

「でね、タカくん、今日いい?」

 何事もなかったように微笑むルカに、頷きそばの椅子に腰掛ける。

 思いっきり無視されている遠藤は、体育座りになり床に文字を書きはじめた。


「今回は簡単。この子のぬいぐるみを、この子に部屋から取ってきて渡してあげてちょうだい」

 少し待ったが、それ以上何もルカは口にしない。

 オレは拍子が抜けた。

 いつもより、ぜんぜん簡単な仕事だった。

 いつもなら、悪霊に追い掛け回されたり、食料と看做されて妖怪に襲われたり、異次元に投げ込まれたり、ドロボウの真似事をせざるを得なかったり……。

 思い出しただけで鬱になりそうな、過去の諸々をうっかり振り返りかけ踏みとどまる。

 人間、過去を忘れることも、時には必要なのだ。


「それ、オレでないと駄目なんですか?」


 過去にはふたをし、用心だけは忘れないように聞く。

 でなければ、ルカは情報を教えてくれない。

 いや、わかったんだと判断するのだ。

「ええ。

そこの坊やが変な所で割り込んできたお陰で、この子の魄が一つ、零れ落ちたの。

それも坊やのせいで、魄が力を持つものに怯えちゃって。

近づくと逃げるのよ」

「逃げる?」

「ええ、クマのぬいぐるみに宿っているから。

手足、あるもの」

「……そうですか」

 なんとも突っ込めず、ただ頷く。

「それで?

ぬいぐるみを探して捕まえて来い、と」

 妙に疲れ、テーブルにひじをつく。

「ぬいぐるみは、この子の部屋にあるわ」

 葵が差し出したサンドイッチを受け取ったルカは、子どもを指す。

「子どもの魄、それも一つのみだから。

無駄に力を使わせたくないのよ」

 訝しげなオレに、子どもの頭を撫でながらルカは呟く。

「本当は、タカくんに頼みたくないのだけど。

時間もないの。

……、頼んでも良いかしら」

 ルカがお人よしであることを知っているオレは、自分でもわかるくらい優しく小さく笑っていた。

「任せて下さい」

「……、ありがとう」

 立ち上がってルカの前で腕を差し出したオレに、ルカは目を伏せながら礼を言い、簡易儀式を行う。


「契約を」

「遵守する」


 そのやり取りのみだけで、差し出したオレの腕に緑の石がついた腕輪が巻きつく。

 ルカの依頼を受けるごとに、契約を結ぶ。

 依頼が終了すると、石だけを残して腕輪が消える。

 この石が、奴の下へ行くための、足がかりになるのだ。

 石を軽く指ではじき、ついでにすぐ近くにあった子どもの頭を、ぐりぐり撫でてやる。

 見上げてきた黒黒と虚ろな瞳に、にやりと笑ってみせてから、思いっきり身体を伸ばす。

「では。

この子のうちの住所、教えて下さい」

 エプロンを脱ぎながら頼みながら、ふと、我に返った。

 ……また不法侵入かぁ。

 奴のためとはいえ両手の数以上は罪を犯している現状に、軽く落ち込む。

「それならそこの坊やに連れて行ってもらいなさい。

空からなら、ダイレクトに部屋に着くわ」

 いきなり指名された遠藤は「はぇ?!」ときょろきょろし、すべての人間が自分を見つめているのに気がつく。

「タカくんを、この子の部屋まで」

 笑顔で圧力をかけるルカに怯えた遠藤は、カクカクと頷いた。

 時間がない、とルカが言ったのでそのまま出て行くことにする。

 ぶつぶつ文句を呟く遠藤を連れて。

 だが、やっぱりアホだな、コイツ。

 わざと鎌を返す暇をやらなかったが、絶対忘れている。


 送り返してもらえるようで、オレはラッキーだが。








 そして、オレは侵入する。


 一人の子どもと、ぬいぐるみがある部屋へ。


 扉の向こうには、父親と母親が行き交う気配があるうちの中で。


 数日前には、

 瞳を閉じれなくなった

 子どもの部屋へ。







 だから、オレは。



 人がキライなんだ……。








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