九、元婚約者からの怪文書
私、ミシェルは、最近はリチャードの実家であり、私の乳母の家でもあるフリームファクシ家で暮らしている。
この国の貴族の風習では、大体3~5歳位の歳まで、貴族の子は乳母の家で育てられる。子供の頃を暮らした家だから、実家よりも正直気楽であるし、私にとっては育ての親である(……と言っても、今後は、義理の両親になるわけだが)乳母夫婦とも交流したかったし、何より、彼とより多くの時間を過ごす事が出来る。
酒の席で生まれた乳兄妹カップルと言っても、私は彼に対して、しっかりと異性として愛情は抱いているのだ。
***
「ま、大体事情は分かったわよ」
そんな私は、我がメイドにして、今後は義妹になるリチャードの妹、ハンナ・フリームファクシから都の状況の報告と、長ったらしい手紙を受け取っていた。
馬鹿王子が失脚しそうなのは、胸がすく様な思いになったが、同時に渡された手紙には嫌な気分にさせられた。
手紙の送り主は、馬鹿王子……そろそろ元王子になりそうな、レイジ・バールからである。
私が暮らしていた貴族学園の寮を引き払い、そろそろ、故郷へ帰ろうとしていたハンナに、無理矢理、これを渡すように頼んだらしい。
ハンナとしては、主であり、義姉になる相手に恥をかかせた上、もはや政治的に風前の灯火の相手など、関わるのも嫌だったが、無下にする訳にもいかず、持ってきたらしい。
手紙の内容はといえば、傲慢で、プライドだけは一丁前に高い彼の性格がにじみ出ている様な内容である。
曰く、
「今思えば、お前はしっかりと俺を支えてくれていたのだな。あの女に騙された」
「新しく自身の乳兄弟と婚約したと聞いた。そんな妥協相手より、俺の方が断然良い。俺の元に戻りたいと思わないか?」
「俺の元から去った事と、慰謝料を請求した事を謝れば許してやる。もう一度やり直そう」
「そうしないと、ちょっと怖い目に遭うかもしれないぞ?」
と、無駄にポエムめいた文で、これらの事が書かれており、読んでいるだけで、正気を削られそうな内容だった。
「これは、薪の火種にでもして」
「御意。お返事は?」
「F * * * YOUとだけ書いて送って。あれには長い言葉より、そっちの方が伝わる。出来るなら、私が直接渡したいけど、あいつと会ったら衝動的に切りつけちゃいそうだから、止めとくわ。あと、返信は三週間くらいしてから出しなさい。彼に与えられた時間は一ヵ月。奴さん焦るわよ~。アレに手紙を出してもスルーされる事が多々あったから、それくらいの仕返しは許されるでしょ」
「ははっ」
ハンナは手紙を丸めると、ポケットにしまった。
「おおむね、ここにきて自分の立場が危ういから、ミシェルと復縁できないか、なりふり構わずなんだろう」
私の隣で、妹の話を聞いていたリチャードは、呆れつつも警戒を込めた瞳で、妹がしまった手紙を眺めている。
「この手の相手は、あまり追い詰め過ぎると、なぜか逆切れして被害者意識を持ち始める。少し警戒しておいた方が良いかもな」
「実は、私もそれは考えていました。こんな事もあろうかと、王都を発つ前に、少しあの駄目王子の周囲を嗅ぎまわっていました。結論から言うと、兄様の言う通りです。この手紙でミシェル姉様が戻ってこなければ、親の力で釈放された取り巻き連中と共に、強硬手段をとるつもりらしいです」
「流石、我が従者にして妹! 有能ね。それで、強硬手段ってのは?」
「傭兵を雇い、屋敷を襲撃して、姉様を拉致するつもりとか」
私は思わず、口笛を吹いた。随分度胸のある連中だ。国内最強の軍団を持つスキンファクシ家に、直接突撃をかまそうとは。……そういうのは勇気ではなく、無謀というのだ。
「とりあえず、本邸に戻った方が良いわね」
「だな。俺は、妹と共に辺境伯様にこの事を報告してくる」
「あ、ちょっと待って」
ハンナと共に父上の元にいこうとするリチャードを、私は呼び止める。
「この愚かな計画、逆に利用出来ないかしら」
「利用?」
「ええ。あのバカ王子の事だもの。私と復縁出来ずに平民に落とされたとして、絶対に逆恨みしてくるわよ。変に無敵の人になられて、テロリストにでもなられたら困る。ここで社会的にも、精神的にも、再起不能にすべきよ」
「……意外と、おかっかない事言うよな、ミシェル」
少し、恐ろしげに私を見るリチャード。嫌われてしまっただろうか?
「だが、気に入ったぜ。流石辺境伯様の娘だ、怖くて、強くて、かっこいい。ゾクゾクする」
「……ありがとう」
少し、狂気の入った目で、リチャードは私を見ている。兄上の悪影響を少し受けたかもしれない。そのうち、部屋に飾るので私の下着をくれ、とか言いださないと良いが。
「で、どうするんだ」
「あの方へ、お伺いをたてようかしら……。それから、ハンナ、帰ってきて早々悪いんだけど、都に戻って、王子の取り巻きを買収して、情報を吐かせられないかしら。そうね……コオール伯爵の令息や、ナシリー子爵の令息は強欲で、それでいて小心者だから狙い目ね。彼らも、今回は解放されたけど、流石に辺境伯家の屋敷を襲ったら、少なくとも、流罪は免れない。情報を売れば、彼らの責任は問わないという条件を付ければ、喜んで情報を売ってくれるはず。姉上にも事情を話して、協力してもらえそうなら、手を貸して貰って。あのストーキングスキルは密偵に向いている」
「はっ!」
「リチャードは、私に付いてきて。あの方の元に行って、今回、賽を投げて良いか問う」
「あの方……成程」
リチャードはそれだけで誰の元に行くか、察したらしい。
辺境伯領から馬で三時間ほど。
はたして、私達が来たのは、ある小さな占い館だった。用があるのは、入口を入ってすぐに置いてある椅子に座っている女性だ。
私は扉を叩くと、躊躇いなく店内に足を踏み入れた。少し、意外そうな顔をする女性。そんな彼女に、私は元気よく言葉を述べた。
「ケイシー様。早速、お手を借りたい事が! とある事について、占って欲しいのです! 」