七、意外と世界は狭いみたい
前々から兄上達が両親達や家人達には、(どこぞの王子と違い)前もって完璧な根回しをしてくれていた様で、私の新しい婚約者を、リチャードにするという事に、特に障害は無かった。
中央の貴族達の間では私の事を、「王子に振られ、他に嫁ぎ先が無いので、家臣の息子とやむなく婚約した傷物令嬢」などと、揶揄して嘲笑する奴もいるそうだが、所詮、人の噂も七十五日。他の奴がやらかせば、そちらの方へ皆の関心は移るし、何より私は、田舎で休養しながら鍛錬や嫁入り修業をしているので、それらの噂で心を痛める事は無かった。
そうして、リチャードと付き合う事になって数日が経った頃、家に、ある母娘が訪ねてきた。曰く、「娘がここの人間に助けられたので、改めてお礼が言いたい」という事である。
まさかと思い様子を見に行くと、果たして、そこに居たのは、メアリー・マクナリー。故郷に帰る道中で助けて、占いをしてくれた少女と、その母親であった。
「あなた達、わざわざ来てくれたの?!」
「これはミシェル様! 改めてお礼に参りました」
「はい。我が娘の恩人です。一度、母である私からも一言お礼申し上げたく」
メアリーとその母親は、改めて平伏した。
「私は貴族として、当然のことをしたまでよ。頭を上げて」
「ミシェル。道中でそんな事をしていたのか。凄いじゃないか。盗賊相手に大立ち回り!」
それまで対応をしてくれていたリチャードは、ニコニコと笑いながら、私を称えた。今までが今までだったせいか、恋人に褒められるというのは、どうも、慣れない。
「ミシェル様、とってもかっこよかったです!」
「どいつもこいつも相手にとって不足だったわ。私にかかれば朝飯前よ。もっと、命をかけた闘争がしたかったくらいよ」
母子から改めて礼の言葉を貰い、その後は、しばらく雑談したが、メアリーの母君は、なかなか凄い人だった。
「隣国の『聖女』? 貴女がですか! 」
「昔の話ですよ。ざっと三十年以上前の事です」
母君、名をケイシー様というらしいが、彼女は驚いた事に、元々隣国で神殿に仕えていた『聖女』であったという。彼女は、この国の言葉は完璧にマスターしていて、一見、隣国人には見えなかった。
聖女というのは、魔法や、占いや、薬を用いたトリップを用いて神託を受け、それを人々に伝えるという役目を、生まれながらにして受けた巫女の事である。まぁ、今はそういう、学術的な事はどうでも良い。問題は彼女が隣国の聖女という事だ。
「元々、私は隣国の神殿にお仕えしておりました。そこで、私の場合、日々占いで、神からの神託を受けていたのです」
こころなしか、少し、リチャードの顔が厳しくなっている。私も似たような顔をしているだろう。
この国と隣国の仲はあまりよろしくない。現在は戦争状態にこそなっていないが、かつては、血生臭い事件も度々起こっているし、国境沿いでの小競り合いなどは現在でも定期的に発生している。
特に辺境伯家などは、歴史的に最前線で彼らと戦ってきたから、隣国の名が出た時に私達が警戒するのは、悲しいが、血に刻まれた一種の本能の様なものだ。
空気が変わった事が、ケイシー様にも分かったのか、あえて、にこやかに話を続けた。
「ふふ……ご安心下さい。隣国出身といっても、私はそこから追い出されたのです。もはや彼の国に情はありません」
「追い出された?」
私が反芻すると、ケイシー様は話を続けた。
「はい。私は自分で言うのもなんですが、腕のいい占い師でしてね。神殿での地位は中々高かったのですが、ね。政治的なセンスというのは持ち合わせていませんでした。まぁ当時は十六、七歳の少女でしたから、その辺りは仕方ありません。当時、かの国は、この国と戦争をしたがっていました。内政でポカをやらかして、民の不満が溜まっていましたから、それから目を逸らさせる必要があったのです」
「三十年前……ホウネール紛争の時の話か……」
「確か、隣国がこの国のホウネール州へ攻め込んできた事件だったわよね」
この時、辺境伯家が迎撃を行ったという話を、私達は父上達から聞いた事があった。
「この時、私はこの戦争の成否について、神へお伺いをたてたのですが……答えは絶対に戦争はしてはいけない。戦えば必ず負ける。というお告げが出たのです。私は戦争反対を訴えて……それが目ざわりだったのでしょう。当時はかの国の王子と婚約していたのですが、冤罪をかけられて、婚約破棄の上、聖女を騙る偽物として、国外追放されてしまったのです」
「うわぁ……なんかデジャヴが……」
ちなみに、ホウネール紛争は辺境伯家が健闘した事もあり、数年に渡る血で血を洗う激戦の末、お告げ通り、隣国は兵の死傷十万人以上、士官クラスの戦死三百人以上という壊滅的損害を出して敗退。内政の失敗とのダブルパンチで、国内はガタガタになったと聞いている。
「私は国外追放されて、国境で野垂れ死にするはずでした。そこを保護していただいたのが辺境伯様です」
「父上が!?」
意外な繋がりが出てきて、私は驚く。
「従軍中に、たまたま行き倒れていた私を見つけて、身なりも良いので、訳ありだと思われたそうで。彼には、大変よくしていただきました。……情勢が落ち着いたら、夜のお誘いをしてきたので、流石に丁重にお断りして、この地を去りましたが。奥方様もいらしたようですし」
「なんかすいません。うちのスケベ親父が……」
なにやってんだ、あのハーレムおじさん。この人も側室様になる可能性があったと思うと、複雑な気分になる。
「まあ、別に無理強いされた訳ではないので、それは良いんですが。その後、この国で占い師として生計を立てて、称賛に値する人とも巡り会えて娘も生まれ、それなりに幸せな人生を送れています。……今回、娘が貴女に助けられたのも何かの縁でしょう。元聖女として、占い師として、今後、お困りの事があれば、手を貸しましょう」
そう言って、ケイシー様は微笑んだ。