五、異世界恋愛ものの女主人公は、異母姉妹とは仲が悪いのがテンプレ? 何事にも例外はある
「きょうだいの皆! 元気にしてたかー!」
「「「「おー!」」」」
「公衆の面前で婚約破棄されて、大恥かかされた姉妹のご帰還だぞー! 皆、今晩は私を慰めろー!」
「「「「おー!」」」」
「馬鹿王子の行く末に、不幸の多からん事を! 乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
私の音頭に合わせて、3人のきょうだい達とリチャードが杯を掲げた。
きょうだい達が用意してくれた、慰めの為の宴。そこには本日の主役である私、スキンファクシ家次女ミシェル・スキンファクシ。長兄アラン、長女シャーロット、三女ティナ。そして、フリームファクシ家から我が乳兄弟、リチャードもいる。
父上達は、きょうだい同士、積もる話もあるだろうと、気を使って席を外してくれている。気心知れたきょうだい達しか居ないし、今日は無礼講である。都の夜会では、気楽にダラダラ酒を飲むなんて出来なかったし、この感じも、なんとも懐かしい。
ちなみに、この国では十五、六で成人の儀を行い、そこから大人として扱われる。法的にも、文化的にも、二十歳以下でお酒を飲んでも問題ないので悪しからず。画面の前の皆は、二十歳まで、お酒を飲んじゃダメだぞ!
「いやー。災難でしたね」
「酷い話ね、まったく」
「……お姉様をこんなに悲しませるなんて、あの馬鹿王子、絶対に許さない……」
「はは。しかし、こう言ってはなんだが、変なのと結婚せずに済んで、かえって良かったと思うぞ。俺は」
四者四様に、きょうだい達は、皆、私に同情してくれている。
「リチャードの言う通りだわ。あれに今までお仕えしていたのが、アホらしくなってくる」
「それ程ですか……」
同情的な視線を送ってくるアラン兄上。
兄上は、相変わらず、黒髪黒眼の(外見は)美少女で、一見、人形の様にも見える。小柄で物腰も柔らかい。
「お茶会をドタキャンされた回数、九回。無意識に酷い事言われたのが十三回。明確に悪意を持った罵声を浴びせられたのが三十五回。浮気された回数が、婚約破棄の原因になった今回を含め四回……全部記録に残してやってるから、側室様に提出して、慰謝料むしり取る為の証拠にしてやるわ」
「貴女、かなり根に持つタイプでしたね……。しかし、殿下も酷いお方だ。私だったら婚約者にそんな事はしませんよ」
「そりゃ、兄上はそうでしょ」
この兄上の最大の特徴は、自分の許嫁への執着が一等強いという事だろう。一応、政略結婚だが、そんなのは関係無く溺愛している。
溺愛しすぎてて怖い。いわゆるヤンデレというやつだ。彼の部屋には魔法カメラで撮られた許嫁の写真が、壁一面に貼り付けられていたりする。
更には、どうやって入手したのか、彼女の下着やら、体毛やら、唾液や血が入った小瓶やら、果ては使用済みの生理用品まで、とにかく、自身の許嫁に関するありとあらゆるものが、彼の部屋には所狭しと並べられて、飾られており、部屋を狂気で彩っている。
妹の私も流石にドン引きだが、義姉上は義姉上で、遊びに来た時には、その部屋で平然と過ごして、楽しそうに帰っていくので、こちらも大概只者では無い。仲が良い様で大変結構である。ドン引きだけど。
そんな兄上からすると、婚約者にそんな酷い事をするバカ王子の事が信じられない、というより、理解自体出来ないのだろう。
「この子の事はともかく、そんなに酷い人なの? レイジ様って」
シャーロット姉上が興味深そうに聞いてきた。彼女は、金髪の髪をショートヘアにしたおっとりとした、一見、優しそうな女性で、私が王子の許嫁に選ばれた時には、一番喜んでくれた。それだけに、妹がその王子にひどい目に遭わされたという事を心配している。
ちなみに、この人にも婚約者がいるが、こっちもこっちで愛が重い。
元々、幼馴染の伯爵令息に懸想を抱いていたのだが、彼が別の女性と婚約すると、彼のストーカーに変貌。暇さえあれば、陰からストーキングしていたのだが、その最中、その婚約者の浮気に気付き、それをストーキング対象の幼馴染へ密告。結果的に婚約解消に追い込んだ。
更に、傷心の幼馴染君に接近し、言葉も体も使って彼を慰め、依存させ、まんまと新しい婚約者の位置に収まったという剛の者である。本当に人は見かけによらない。チャンス舞い込んだ時に、それをものにする運と決断力が凄いのだ。
ちなみに、婚約者が元自分のストーカーであったという事を、義兄上は知らない。我々も、あえて教える事も無いし、墓場まで持っていくつもりだ。知らない方が幸せな事って、あるわよね。
「酷いっていうか、しいて言えば、自分に妙な自信があって、自分の信じた正義を盲信して疑わないタイプね。世の中、正解が一つとは限らない事の方が多いし、正解が無い事もある。という事が分からないし、なんなら自分がそれらに対して、絶対的な正解を持っている、なんて考えちゃうタイプ。よく、プロパガンダを盲信しちゃう人っているでしょ? ああいう人」
「うわー、めんどくさいタイプ……」
「仮にも一国の王子が、そういう気質なのは、アレですね……」
「取り巻き連中も、揃いも揃って、イエスマンのバカヤロー共でさぁ。そんな奴ばっかり集まって、身内同士で盛り上がるもんだから、冷静な視点というものがどんどん失われていく。エコーチェンバー効果ってやつ? 結果として、連中の間では、私は可憐な男爵令嬢を嫉妬でいじめた悪女扱いよ。私なんか、本当は、傾国ちゃんへの、他の貴族令嬢達の憎悪を宥める側だったのに」
それから、恨みを込めて、今までされた事をきょうだい達にぶちまけた。特に出会ったばかりの頃に言われた、彼らにも関わる、私の家族達をなじった時の事は詳細に。
曰く、「三人も側室持ってるとか、お前の親父は頭も下半身もおかしい」だの、「きっと、母親達の仲も悪いんだろう。可哀想に」だの、「この手の話では大概、正室の子は、異母姉妹あたりからいじめられている。安心しろ、将来、俺が王になったら真っ先に粛清してやる。そして、一夫多妻制なんて古臭い制度廃止してやる」だの。
何でそんなに人の神経を苛立たせる事が出来るのか。何でそんなに的確に人の地雷を踏めるのか。
いや、会ったばかりのお前に、私の家族の一体何が分かるんだ。大して仲良くない人に、自分の家族をコケにされたら、普通は腹が立つという事も分からないのか?
そんな風に思った。私が奴を嫌う様になったのも、この一件以来だった気がする。
「粛清……お姉様を愛してやまない私に、意味不明な言いがかりつけた挙げ句、粛清……」
末の妹のティナが、ハイライトの消えた瞳でつまみのスルメを齧りながら、凄い顔をしている。
ティナは、私の事が大好きな、いわゆる、シスコンである。
ピンク色の髪をツインテールにした、可愛らしい娘である。奇しくも、傾国ちゃんと同じ髪色髪型で、私が彼女をかばっていたのも、なんとなく妹に似ていて、可哀想な目に遭わされるのを、ただ見ているのが忍びなかったからだったりする。
まあ、その私からの守護も、自分自身の手でぶち壊した訳だが。先述の通り、立場をわきまえて、側室狙いだったら私も協力したのに。
「私も、流石に困って、『殿下、そんな事は必要ありません。私は姉妹達とは仲良しですし、私の両親を悪く言うのはいい気分はしません。それに、一夫多妻制の廃止も必要ありません。どう考えても大混乱必至です。それに、無暗に俺が王になったら、などと言わない方が良いですよ。叛意ありと思われかねません』ってイライラを押さえつつ、淡々と注意したのよ。そしたら何て言ったと思う? 」
「何て言ったんだ?」
「女のくせに口答えするな! ここは一夫多妻制を否定する先進的な俺を称えるべきだろう! 気の利かない奴め! だってさ! 古臭いのは手前の頭よ! 何で一言で矛盾してるのよ、あの野郎! 」
「クズね……。そんな奴の方から別れを切り出してくれて、良かったわ」
アルコールが回って来たのか、私はその後もペラペラと饒舌に、あの馬鹿王子の悪口をぶちまけた。その他、胸糞悪いエピソードには事欠かないが、それらを話していくごとに、アラン兄上は顔が引きつり、シャーロット姉上は、優し気な顔が東の国の仮面『ノーメン』の様になっていき、ティナに至っては、光の失った瞳で、ぶつぶつと「あのバカ王子……いつか殴る……泣かす」としか言わなくなっていった。