二、名前に『ストライク』とつければ、大体のものは格好良い響きになるんだよ(持論)
私は愛馬、ストライクブラックウィングちゃん(♀5歳)と共に家路にいる。
こちとら辺境伯家の娘。移動には馬車では無く、自ら馬を駆る。乗馬自体久しぶりだが、体が覚えていたのか、振り落とされる事無く、難なく乗れている。
私の愛馬のストライクブラックウィングちゃんは、とても大きな黒い駿馬で、東の国の、ショート・ウーマヤという王子が愛馬にしていたという、『黒い有翼馬』にあやかって、ストライクブラックウィングと命名した。名前の通り、本気で走らせると、羽が生えていると錯覚する程に速い。
名前がダサい……? 余計なお世話だ。悪かったな、ネーミングセンスが無くて。
ちなみに、ショート王子は、どこぞのバカ王子と違い、物凄く有能だったとか。あれにも、ショート王子の爪の垢を煎じて飲ませたい。
実家のある辺境伯領まで、王都から、およそ三日の旅程だ。今日は、私が王都を発って三日目。辺境伯領までは、もう目と鼻の先だ。
婚約破棄の情報は早馬なら、もうとっくに着いているだろう。家族との仲は良好なので、私が悪くないというのは理解してくれるだろうが、やはり直接報告した方が良いだろう。自然とストライクブラックウィングちゃんの速度も速くなる。久しぶりに全力で走れて、彼女も嬉しそうだ。
「む?」
私の耳が悲鳴の様な声を捉えた。若い、なんなら子供の様な、女の子の声だった。
人並みに正義感もある私は、それまで走っていた街道を外れ、その声のする間道に馬の歩みを進める。
果たして、道の先で悲鳴を上げていたのは、白い髪をツインテールにした、赤い瞳の少女だった。ウサギを思わせる彼女は、盗賊と思われる三人組の男達に囲まれていた。
この手の手合いはどこにでもいるのだな、と思いつつ、私は声をかけた。
「お前達、何をしている! 怖がっている女の子を多数の男で囲むのは、マナー違反だ」
「あぁ!?なんだテメェ」
「待て、女だ……それに、良い馬だ。売れば金になる」
「グヘヘ……」
ゲスな発想をしたのか、顔が醜く歪む盗賊達。武器を抜いて、敵意を露わにする。そんな彼らに私も馬上で剣を抜いた。三対一だが、馬上な事と、私の剣技を考えたら、丁度いいハンディだろう。これでも武門の家の娘。腕に自信はある。
それに、久しぶりに剣を抜いて、私の心臓も高まっている。ああ、早く目の前の賊を切り刻みたい。きっと、血がドバドバ吹き出て、きっと、溜まった王子への鬱憤も、少しは晴れるだろう。
「攻撃の意思を確認。排除する。相手にとって不足無し。交戦する!」
私は、ストライクブラックウィングちゃんを加速させ、すれ違いざまに一撃し、一番近くにいた賊の首を刎ねた。
「なっ!?」
「一つ!」
「あ、兄貴!」
どうやらリーダー格だった様だ。残りの二人は明らかに動揺する。
その隙を逃さず、私は愛馬を反転させるや、太ももにマウントしていた投げナイフを放った。
「がはっ!」
ナイフは、見事、賊の首に命中し、彼は悶絶しながら倒れる。
「二つ! ははは! 皆地獄に落ちろ!」
「ひ、ひぃィィィ!」
最後の一人は、即座に仲間がやられた事に動揺したのか、背を向けて逃げようとした。が、馬に乗った相手から、徒歩で逃げられる訳がない。すぐにストライクブラックウィングちゃんに追いつかれ、前脚で蹴り飛ばされた。そのまま、倒れ伏した所を、私に剣で突かれてトドメを刺された。
「三つ! 口ほどにもない」
私は、愛馬から降りて、三人の死体の心臓に改めて剣を突き刺して死亡確認をしてから、白い髪の少女の手を取った。
「怖い目にあったわね。もう大丈夫よ」
「あ、ありがとうございます」
「あまり人気の無い道は通らない方が良いわ。今日みたいな事になるわよ」
見ると、少女は乱暴狼藉される寸前だったのか、服が破られて、胸元が露出していた。私は、気を効かせて、羽織っていたジャケットをかけてやる。
そういえば、あの男爵令嬢もツインテールだったか。妙な繋がりを感じる。
「それ、あげるわよ。早く家に帰って着替えなさい」
「え、でも……」
「何、そろそろ買い換えようと思ってたの。それとも、その格好のまま、家まで行く?」
「……ありがとうございます」
少女は、すこし躊躇しつつも礼を述べた。
「あの……」
「どうしたの? 怪我でもした?」
「あ、いえ、体は無事です。私、メアリー・マクナリーといいます。やはり助けて頂いた上に、ただで服までいただくというのは気が引けます。……今日は、母の知人に手紙を届けるお使いの途中でして、その帰り道で襲われたのです」
「そりゃ、災難だったわね」
「はい。やはり、女一人で人気の無い道を通るものではありません。それで、本題なのですが、私、母が凄い占い師で、それに憧れて、占い師を目指してるんです! 服と助けていただいたお礼と言ってはなんですが、あなたの事を占っても良いですか?」
「……占い、か」
正直、私もオカルトの類は嫌いではない。しかし、先程まで危機的状況だった上に、近くには盗賊の死体も転がっているのに、大した肝っ玉だ。将来は大物になりそうだ。
「母からは筋が良いって言われるんです。どうですか?」
「そういう事なら、一つ、占ってもらおうかしら」
「ありがとうございます! 出先なので簡易なものしか出来ませんが……」
そう言いつつも、彼女は鞄からカードや本を取り出した。道具一式は携帯しているらしい。熱心で感心する。
「何を占いましょうか?」
「そうね……」
現在、頭を悩ませている事と言えば一つしかない。
「実は、私、色々あって、先日婚約者に婚約破棄されてしまってね」
「それは……心中お察し申し上げます」
「いや、はっきり言って、クソみたいな婚約者だったからそれは良いんだけど。今後、私はどうしたら良いのかと悩んでいて……。すぐに新しい婚約者を見つけるべきか、しばらく色恋沙汰から離れてのんびりするか。なんなら、一生独身の方が良いのか」
「恋愛に関する占いですね。それなら、この占いと、この占いで……」
メアリーは、いくつか占いをしてくれた。引っ込み思案そうな印象とは裏腹に、占い中はよく話をしてくれた。何かきっかけがあれば饒舌になるタイプなのかもしれない。
そのうち、結果が出たのか、彼女は少し嬉しそうに口を開いた。
「結果が出ました。結論から申しますと、すぐに素敵な出会いがあると思います」
「ほう。それは良かった!」
「昔馴染みの人が良い。とも読めますね。この結果は。それから、トラブルにも巻き込まれるかもしれませんが、大した事にはならない、とも」
「はは。ひとまず安心したわよ」
私は満足げに言った。昔馴染みか。奇しくも、今から丁度、故郷に帰還する所だ。そこで何か、出会いがあるという事だろうか。
「ありがとう。参考にさせてもらうわ」
私は、そう礼を言うと、ストライクブラックウィングちゃんにまたがった。
「こんな事しか出来ず、申し訳ありません」
「いや、楽しい時間だった。ジャケット分の価値はあったわ。……これも何かの縁でしょう。もし、何か困った事があればスキンファクシ辺境伯家を訪ねて。私はそこの家の者だから。出来る限り、力になる」
「っ! お、お貴族様でしたか! 何か非礼はありませんでしたか?!」
「あぁ、あまり気にしないで。民達に関わるのも貴族の仕事だし。じゃあね! もう一人で人気の無い所をノコノコ歩かないでね!」
私は爽やかに言うと、ストライクブラックウィングちゃんに鞭を入れた。