十一、人の恋路を邪魔する奴は……
「撃ち方用意ー! 構え!」
時間は夜の十時。辺境伯家の屋敷は物々しい雰囲気に包まれている。
完全武装の辺境伯家の兵たちが、突入してくるであろう敵を、手ぐすね引いて待ち構えている。
レイジ王子達が屋敷を襲撃し、私、ミシェル・スキンファクシを拉致しようとしているという話の裏はすぐに取れた。王子の取り巻きから二人ほど買収して情報を吐かせた所、まったく同じ襲撃計画を入手出来たのだ。
更に、姉上のストーキングスキルで入手した情報も、これらの話の裏を取るには十分な質を有していた。
襲撃予定の日時まで分かったお陰で、迎撃の準備は完全に完了している。
ちなみに、情報を吐いた連中は、もうあのバカ王子には付き合いきれない、と、雲隠れしているらしい。
レイジ王子一党を先手を打って捕縛しても良かったが、それはそれで逆に察知される可能性もあった。なにより、ケイシー様に占ってもらった結果が、「泳がせて、襲撃してきた所を一網打尽にした方が良い」との事だった。
それを信用する事にした。
果たして、彼らはリークされた情報通りの時刻に屋敷に突入してきた。
ハンマーで門の鍵が壊され、屋敷に侵入してきた彼らが見たのは、完全武装した辺境伯家の兵達が、弓を引き絞る光景だった。
今日は満月。光があるので、実に狙いをつけやすい。襲撃にわざわざこんな日を選ぶ辺り、王子の軍事的な無能さが分かる。
「放て!」
辺境伯である父上の号令の下、弓隊が一斉に矢を放った。
十字砲火に晒された突入隊は、次々に薙ぎ倒された。殆どが唖然としたまま、矢に射抜かれていく。
「抜刀! 一人も逃すな!」
兄上に指揮された白兵戦部隊が、怯んだ敵に死命を決するべく、剣を抜いて襲いかかる。リチャードもその中にいる。後方から、私が見ているお陰か、彼の働きは大したもので、次々に敵兵を仕留めていった。
ああ、私もあそこに加わりたいが、万一の事があると困るので、後方で観戦だ。ああ、つまらん、つまらん。
「う、うわぁぁぁ!?」
敵の後方から、情けない声が響いた。見ると、馬に乗ったレイジ王子が、目の前の光景が信じられない、と言いたげな表情のまま、悲鳴をあげていた。彼は、そのまま馬に鞭をいれると、指揮すべき兵達や取り巻きの貴族連中を見捨てて、背を向けて逃げ出したのだ。
「敵前逃亡なんて、どこまで情けない所を見せれば気が済むのよ」
私は驚愕半分呆れ半分で、それを見ていた。責任ある立場の人間が一番してはいけない事を、彼はあっさりとしやがった。そして、私は彼を、この国の王にしてはいけないと確信した。何としてでも、ここで捕える。
私は厩舎に向かい、愛馬であるストライクブラックウィングちゃんに手早くまたがると、鞭を入れて、戦闘が起こっていない裏口から、バカ王子を追撃した。
そんな私に気づいたのだろう。リチャードも、目の前の敵兵を切り捨てると、私に一歩遅れて、馬に乗って追従した。
***
王子にはすぐに追いついた。土地勘があるのはこちらの上、私の愛馬はペガサスの如き快速である。彼は、屋敷から少し離れた畑のあぜ道にいた。そこは少し大きい道で、周りのあぜ道より、少し小高くなっていた。馬二頭くらいなら並んで歩けそうな幅だ。
あまりに全力疾走させた為か、スタミナ切れで疲労困憊状態の馬に乗り、トボトボ歩く背中は王子と思えないくらい、哀愁を感じる。
「元王子のレイジ・バールね」
「……ミシェル・スキンファクシ」
彼も、私に気付いたのだろう。みるみる怒りの表情になっていく。
「全てお前が悪いのだ! 全てお前が! お前さえいなければ……!」
「おー、怖い怖い。少し、錯乱してるみたい。まともな会話は出来なさそうね。元はと言えば、あんたが全部悪いんでしょうが。あんたが婚約破棄なんて言い出さなければ、こんな事にもならなかった」
「黙れ! 黙れ! 女のくせに口答えするなぁぁぁ!」
彼は、剣を抜き、馬を加速させる。本気で斬りかかるつもりらしい。
「戦意は十分!」
私も剣を抜いて、ストライクブラックウィングちゃんを加速させた。回避するスペースの無い、狭いあぜ道の上だ。勝負は一撃で決まるだろう。
「死ねぇ!」
「だが、腕が戦意に追いついてない」
私は彼の刃をかわしながら、剣では無く拳を振るう。私の拳は、彼の頬を捉えた。
「がっ……!」
剣では無く拳が飛んでくると思わなかったのか、レイジの見てくれだけは良い顔に、私の拳が突き刺さり、そのまま落馬した。失神したのか、そのまま目を回して、起き上がる事は無い。
思いのほか、クリーンヒットだったらしい。
「パンチ一発でダウンとは、情けない奴ね」
私が勝負を決めてすぐに、リチャードが追いついてくる。私は、下馬して剣をしまった。
「ミシェル! 無事か!?」
「ええ。怪我一つしてないわ」
「良かった……。万が一の事があったらどうしようかと……」
「私は辺境伯令嬢よ。こんなのに遅れは取らないわ」
すると、リチャードも下馬して、私の身体を優しく抱いてくれた。
「今日は積極的ね」
「俺だって、最愛の人の危機には心配するんだよ」
「ふふ、ありがとう」
そう言って、私は彼の頬に軽くキスをしてあげた。するとたちまち、リチャードの顔は真っ赤になった。本当に堅物だなぁ、この子。
「ま、まだだ、ミシェルは……ミシェルは、俺の物だ! 下賤な奴め……彼女から手を離せ!」
そうするうちに意識が戻ったのか、ふらつきながらも、剣をとってレイジが私達の方に向かってきた。
まずい、と思ったが、彼が私達のもとにたどり着く事は無かった。
ストライクブラックウィングちゃんが、颯爽と彼を蹴り飛ばしたのだ。
「御主人、お幸せに。邪魔な奴は、私が蹴り飛ばしておきましたぜ!」
言葉は通じないが、彼女の瞳には、そう書いてあった。我が愛馬は空気が読める子らしい。
「う、うわぁぁぁ!?」
蹴り飛ばされたバカ王子は、そのままあぜ道を滑落していき、最後はたまたま、あぜ道の下にあった肥溜めに、頭から突っ込んだ。




