十、破滅が迫ると、人はテンパってわけのわからない行動しがち
レイジ王子は、この日、いつも通り不機嫌そうな顔を隠そうともせず、馬に乗っていた。
時刻は午後六時。既に辺りは暗い。彼の後ろには、彼の側近達や金で雇った傭兵達が続く。武装した彼らが目指すのは、辺境伯家の屋敷である。
彼に残された時間は、もう少ない。
当初、彼はすぐに自分が捨てた婚約者が戻ってくると思っていた。本気で、まだ自分に惚れているはず、と、錯覚していた。
ミシェルとは少し、ほんの少しすれ違いがあっただけだ。こちらが少し譲歩すれば、大喜びで、妥協先の新しい婚約者を捨てて戻ってきてくれるはず……。そんな事を本気で思っていたのだ。
その思いが形になったのが、あの、傲慢さを隠しきれていない、譲歩の欠片も無い、手紙と言うのもおこがましい怪文書だった。
そして、しばらくして、返信がきた。届くまでかなり時間がかかったので、気が気ではなかった。なにしろ、彼に与えられた時間は一ヵ月しかない。何かの手違いで届かなかったのかと、同じ様に愛を綴った長文の手紙を送っても、返信が無い。
実際の所、その辺を分かっているミシェルの、ささやかな嫌がらせと、襲撃に備える為の準備期間として、返信が届く日時をギリギリまで伸ばしていたのだが、そんな事は彼が知るよしはない。
そして、念願の返事がきた。きっと、今まで意地の悪い姉妹や、新しい婚約者に邪魔されて届けられなかったのだと思い直して、文面を読んだ。
そして、驚愕した。
次いで、怒り狂った。
返信には一言「F * * * YOU」とだけ、書いてあった。いくら彼が厚かましいバカでも、最早、脈が一切ないというのは理解出来た。
この一カ月間、彼も遊んでいた訳では無い。何とか、貴族間のコネを通じて、彼女を田舎から引きずってこれないか模索した。
が、かなり早い段階で、味方作りを始めていた辺境伯家の影響で、主要な貴族は、皆ミシェルに同情的で、まるで、彼を悪役の様に扱う。
直接会って思いを伝えようと、あわよくばそのまま攫えないかと、辺境伯領までわざわざ足を運んだ事もあった。
が、本人は面会拒否。彼女の異母きょうだいが代理人として、主張を聞くというので、やむなく、彼らに自身の主張をぶちまけると、ただ敵意と憎悪を込めた目で見られた上で、やんわりと都に帰れと促された。
異母きょうだいなんて、仲が悪いものだから、ミシェルの悪口を言えば同情してくれると思って、彼女の事を罵ったら、ミシェルの妹に箒を持って追い掛け回された事さえあった。外見がアンゼリカに似ていると思って、おっとりしたタイプだと思ったらとんでもない。
そのアンゼリカとも、既に縁を切った。レイジがあれ程に愛していた女は、彼に愛を囁く裏で、なんと彼の側近全員とみだらな関係を持っていたのだ。
王子の権限を最大限に使って、彼女を牢から解放した直後に判明した。レイジの部屋で、彼の側近の一人と愛し合っている所に、間が悪く偶然、レイジが帰ってきた事で発覚した。
アンゼリカが、こんなふしだらな女だった事を知ったレイジは、色々と萎えてしまい、すぐに別れた。
その後、更に、アンゼリカが主張していた『いじめ』というのが、全て狂言というのが判明し、レイジは更に怒り狂った。
「お前のせいで、俺は婚約者と別れなくてはならなくなった! しかも、そのせいで廃嫡の危機だ! どうしてくれるんだ!」
そう言って、制裁として、嫌がる彼女の髪を無理矢理断髪し、出家させて、厳しいという修道院に放り込んだ。さらに、そこに向かう途中で、恨みを買っていた他の貴族令嬢が放った刺客から、乗っていた馬車を襲撃されたという話を聞いたが、最早、彼女の生死を含め、彼にとってはどうでも良い事だった。
彼女と関係を持っていた側近たちにも、殴る蹴るの暴行という形で、制裁を施した。当然、彼らからは恨みを買ったが、今日の襲撃で、捨て駒として使い潰すつもりなので、問題無い。もし王太子に復帰できれば、尻尾を振ってくる連中など他にいくらでもいる。
今日、いよいよ追い詰められた彼は、ミシェルを力づくで攫う事にした。
本人さえ手に入れれば、後は洗脳なり、薬で自我を麻痺させるなりさせて、彼女を自分の言う事を何でも聞く存在に改造する事で、父である王の前で、彼女に「復縁した」と言わせる事が出来ると考えていた。
そんな事した所で、むしろますます王の怒りを買うだけなのだが、追い詰められた彼は、ただ、落ちぶれたくない一心で、半ば錯乱状態になっている。
そして、彼のそういう『暴発』を心待ちにしている連中がいるというのも、彼は想像していない。




