ヤバい奴に住み着かれとる
静かな朝焼けが大地を包んでいく、いつもと変わらない夜明け......いや違う、少なくとも俺にとってはこの上ない大切な日だ。2023年7月11日午前5時30分、イギリスからこの日本まで俺を運んでくれた飛行機に心の中で感謝を伝えながら久しぶりの日本の大地に足をつける。
「んぅぅぅぅぅん!久しぶりの日本の空気だ!」
「確かに!5年振りの日本は格別ね!感動すら覚えるわ!」
俺は5年間の共にイギリスで暮らしていた同期で実質相棒みたいな女鏡乃 沙羅と共に久しぶりの日本の空気に浸る、5年前、会社の新事業のチームリーダーに抜擢された俺、傘谷 大智とその補佐に当てられた鏡乃は2人揃ってイギリスへ行くことになった。当初は唐突な赴任だったこともあり、2年という破格の期間で帰れる筈だったのに、色々あって帰ってきたのはまさかの5年後、延長の報告を聞いた時、俺は1人社宅のアパートで泣き崩れた、なぜなら俺には海外赴任を伝えられる1ヶ月前に立てたばかりのマイホームがあったからだ、彼女なし独身男が建てる一軒家だから決して広くは無いのだがそれでも自分だけのマイホームには特別感があった、なのに、その幸せを感じられたのはたった3ヶ月でそこから2年で帰れるものだと思ってたのにさらに3年延長、もう泣くしかないだろう、しかし、そんな思いも今日で終わりだ!長い海外赴任のお陰で金はたんまりと口座に入ってきた、ローンの心配ももうしなくていい、それにイギリスでの生活だって別に辛いことばかりだったわけじゃない、日本に戻る前日の送別会はほんとに楽しかったし、現地の唯一無二の親友ザックとの最後のゲームはなんとも言えない悲しさが込み上げてきて、思わず泣いてしまった。そんな思い出があるのだからイギリスへの赴任だって悪い事じゃない、家との思い出はこれから積み上げて行けばいいのだから。
「そういえば傘谷は家までどうやって帰るつもりなの?」
「え?とりあえず口座から多少金は下ろしたし、バス乗って電車乗って帰るつもりだけど」
「なんか面倒くさそうだね〜」
「何だと?じゃあお前はどうやって帰るんだよ」
「そりゃあ私は近くの友達の家に預けてある自動車に乗って帰るんだよ。友達曰く整備もバッチしらしいからねすぐにでも乗り回したい気分だよ」
「はぁ〜自動車ねぇ〜良いな〜そーいうのあるの」
「そういえばあんたは自動車よりも前にマイホームの契約をしたもんね、はっきり言ってイカれとりますわ」
「うっせ」
「嫁さんどころか恋人も居ないくせに一軒家なんて買っちゃってねぇ〜」
「別にいいだろこれからできるかもしれないだろ!」
「そんなこと言って、あなたもう30超えてるんですよ?」
「うっ」
「まあしょうがないか〜少女みたいな華奢な体つきに完全な女顔なんだから、彼女より先に彼氏が出来そうだわ」
「うるさいなぁー!そっちはどうなんだよ!そっちは!」
「はい?私には高校から付き合ってる理解ある彼君がいますから、赴任する前に籍も入れましたし?これからの2人の幸せな生活が楽しみだな〜」
「ムカつくな〜いちいち!」
「聞いてきたのはあんただけどね」
クソ、正論だから言い返せない......まぁいいか、そんなくだらないやり取りをしながら互いにそれぞれの帰路に着く、バスや電車の中で見る久しぶりの東京の街並みはどこか懐かしくも何処か変わっていってる雰囲気を感じて少しセンチメンタルになる。変わりゆく移りゆく世の中で俺だけが取り残されているような感覚、まあそれだって、これから積み重ねて慣れていけば良いだけだ。
「っとここかな?」
荷物をまとめ、駅から徒歩15分ほどの位置にある自宅まで歩いていく、うつり変わって行く世の中そんな世の中だとどうしても変わらないものに縋りたくなる、多分自分の中でそれはマイホームだ一応定期的な清掃や整備を業者に頼んでいたし、家だけはきっと5年前のあの姿のままであるという確信を持てる、五年前のノスタルジーにゆったり浸りたいなと考えていると、あっという間に家に着く、俺の期待通りだ、家の外装は全く変化が無く、まるで5年前から時が止まっているかのような感覚に襲われる、ふと別に外装に関しては保全の業者なんかも呼んでないのにこんなにピッカピカなのは何か違和感を感じたが、そんなことはどうでもいい早く家入ろうそうしておれは鍵を開けようとする、しかしそこで奇妙なことが起こる。
「あれ?開かない?いや鍵は回ってるな?音が鳴ってない?」
もしかして鍵を開けたままにしてしまったのだろうか一抹の不安が脳裏によぎる、いやそんなわけが無い、きっと頼んだ業者さんが鍵を閉めた忘れたのだろう、きっとそうだ
おっちょこちょいな人もいたもんだ、気分が良くなかったらクレームを入れていた、俺は何も考えないようにしてドアを開けて中へ入る、俺の家はドアを開けたらまず玄関があり、そこから少し真っ直ぐ進んだからもうひとつ引き戸式のドアが有りそこ開けばリビングなのだがそのドアが開いていた、もうこれだけでホラー度満点恐怖の出来事なのだが俺の注意はもうそんなところには向いていなかった。
だって俺の目の前にそれ以上の異常事態が起きていたから
「え......誰?」
「あっ......」
俺の目の前には俺の家のリビングで金髪金色パーカーを着た謎の女がポテトチップスを食いながら動画を見ている。
「だだだだだだだ誰?え?誰?」
「あーヤバい、まさか今日だとは思わなかった、バレかたとしては最悪な方だよこれ......」
「え?通報?通報した方がいいよねこれ、通報しなきゃ」
「あー!待って待って待って!落ち着いて!落ち着いて聞いてください!」
「落ち着けるか!不審者が居るんだぞ!」
「それはそうだけど!言い逃れできないけど!落ち着こうか!」
「落ち着けるか!せめて言い逃れる努力をしろよ!」
「ひいいい!ごめんなさい!でもとりあえず落ち着いて!泥棒とかじゃないから!」
「え?そうなの?」
「そうそう、勝手にここに住み着いてるだけ」
「通報通報」
「待って待って待って待って!通報やめて!」
「いや辞める道理ないが?」
「お願い一旦落ち着いてステイステイ」
「はぁ.......」
あまりにも切迫されるのでとりあえず深呼吸をしてスマホを持つ手を降ろす、すると
「今だ!」
「え?」
俺はすごい勢いで突っ込んできた女によって押し倒される
「ごめんね......とりあえず悪いこと.......悪いことはしないから......」
「いやもうこれが悪いことなんですけど......」
「とりあえずお話しましょう」
「お話ね......今の行動がそのお話からめちゃくちゃ遠ざかってるけど」
「ごめんなさいでもこうしないと通報するじゃん」
「するよ?」
「しないで!」
「いやするに決まってるよ!?だって目の前に不法侵入者いるんだよ?」
「確かに......でも通報はしないで欲しい......落ち着いて話を聞こう......」
「はぁ......わかったよ」
このままだと埒が明かない、そう感じた俺は一旦彼女の要求を呑む
「ふぅ......落ち着いてくれた」
「流石に落ち着いたよあそこまでされると」
「それじゃあまず私が誰か?分かります?」
「いや知らないけど」
「でしょうね」
「じゃあなんで聞いたんだよ」
「それじゃあ次に貴方が今結婚してることは自覚してます?」
「はい?」
「やっぱそうですよね?」
「やっぱそうですよねじゃ無いが?何を言ってる?」
え?何?俺結婚してるの?何?意味がわからない
「そりゃあそうです、私が勝手に婚姻届書いて受理してもらったんですもの」
「え?ちょっと待て?そんな簡単にできるものではなくね?署名とか必要なんじゃ」
「まあ......自慢じゃないんですけど......私特技あって、他人の文字を完コピ出来るんですよ、あっこれ婚姻届の写しです」
「はい?」
何それ?なんその特技、しかも婚姻届に書いてある文字はガチで俺の文字だ、似てるとかではなくもう俺の書いた文字そのものだ、何だこの特技、最悪だろ
「てことで私の名前は傘谷 斗色と申します、以後お見知りおきを旦那様♡」
「いや旦那様じゃ無いが?」
ヤバい......ほんとにヤバい.......ほんとにヤバい奴に住み着かれとる、五年もあれば色々変わるのはわかるが、それでも変わりすぎな気がする、なんでイギリスから帰ってきたら知らん女に住み着かれてしかも婚姻届まで出されてその女と夫婦になっていなきゃ行けないんだ?
「なんなんだよも〜〜〜!」
俺の悲痛な叫びがこの家全体に広がるしかしそんな悲鳴をあげたところで目の前の女、斗色がにっこにっこな笑顔でこちらを見つめてくるだけだった......