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第三十集:流感・壱

流感(インフルエンザ)が流行り出しましたね」

 残暑もそこまで長引かずにおとずれた初秋。

 その分、大気が急激に乾燥し、昼と夜の気温差で体調を崩す人々が増えてきた。

 免疫力が下がったところに流感(インフルエンザ)(ウィルス)が入り込み、基礎疾患のある人や栄養不足で弱った身体を中から浸蝕していく。

 幼い子供は脳が侵され、後遺症が残ることも。

 合併症で肺炎や心筋炎を患えば、労働力としての復活は絶望的になる。

 直接的な生命の危機のみならず、社会的な『死』をもたらすとても厄介な病なのだ。

「それにしても異常だな」

 先日の暗殺未遂事件のあった商談会で薬用として仕入れた大量の焼酎を使い、診療所を消毒しながら掃除している朱草(しゅそう)素采(そさい)

 太医や医女たちは、厳重な警戒態勢で妊婦検診へと出かけている。

「文官の半分が罹患。武官は四分の一が体調不良……。朝政もままならない状態です。幸い、後宮は宮女の罹患に気付くのが早く、すぐに隔離できたので今のところ蔓延はしていませんが」

「さすがは朱草(しゅそう)。腕が良い」

「この身体のおかげです」

 煌仙子(こうせんし)になってからというもの、量や濃さに差はあれど、靄のような形で病が視えるようになっていた。

 もちろん、本当に微かな場合は見逃してしまう時もある。

 ただ、今回のように重い流行り病に関しては、人間から立ち昇る靄は濃く、量も多い。

 本人が体調不良を訴える前に気付く事が出来るのは、幸いとしか言いようがない。

「それにしても、(ウィルス)が入り込んでから発症までの潜伏期間が短いのがひっかかる。内功の強さに差があるのは仕方がないが、あまりに早い。これではじきに国中が侵されてしまう」

「そうなれば、薬も間に合わなくなります」

 朱草(しゅそう)は診療所にある百味箪笥を見て溜息をついた。

「……人為的なものかもしれないぞ」

「誰かが(ウィルス)をまき散らしていると?」

 たまに、自暴自棄になった者が病に罹患したまま街中を歩き回り、病気を感染(うつ)してまわることはあるが、今回のはその比ではない。

禍人(まがびと)ならば可能だ」

 素采(そさい)の言葉に、一人、思いあたる存在が脳裏に浮かぶ。

玄天(げんてん)……。探してきます。お師匠様は診療所をお願いします」

「十分注意するんだぞ。まさか、休日に君を遊びに誘いに来たらこんなことになるなんてな」

「この埋め合わせはしますから」

「うんうん。楽しみにしている。気を付けて行ってこい」

 朱草(しゅそう)は診療所内で姿が見えないよう仙術を使うと、そのまま外に出て空へと浮かび上がった。

(仙術でみんなを治してあげられたら一番いいけど……)

 仙術による治療の基本は、薬術の力を患者の内功に作用させ、治癒力を高めるというもの。

 つまり、相手の身体の根幹の強さと、体力次第で治療の強弱が決まる。

 ここで治療に専念しすぎてしまうと、患者の体力を使い果たし、せっかく病を治しても何週間も寝込むことになったりする。

 いくら神仙の力でも、種族の違う者に対しては万能ではないのだ。

(……隠れる気ないのかな)

 皇宮内にある大きな池の中心に建つ東屋に、それはいた。

玄天(げんてん)殿」

「おや? 朱草(しゅそう)殿ではありませんか」

 相変わらず生気の無い肌の色に、虚ろな目。

 漆黒の法衣(ローブ)も相まって、幽霊のようだ。

 朱草(しゅそう)は東屋手前の橋の上に降り立つと、周囲に人がいないことを確かめて姿を現した。

「視えるんですか?」

「さすがに神仙の術で隠された姿は視えませんよぉ。声でわかっただけです」

 玄天(げんてん)は水面に寄ってくる魚を見ながら微笑んだ。

流感(インフルエンザ)(ウィルス)をばら撒いているのはあなたですか」

「随分直球な質問ですねぇ。では、ワタシも正直言いましょう。違います」

 玄天(げんてん)朱草(しゅそう)をまっすぐと見つめながら答えた。

「どうやって信じろと?」

「もしワタシが犯人ならば、ニンゲンの心臓が不味くなるような病は振り撒きません。美食家なので」

「……じゃぁ、誰かほかに禍人(まがびと)がいるとでも?」

「これはニンゲンの仕業だと思いますねぇ」

「え? どういうことですか」

 玄天(げんてん)(くう)から(はり)を取り出した。

「病を患っている者に使った鍼を、煮沸消毒もせずに他の者に使ったどうなると思います?」

「……それが(ウィルス)や細菌によるものなら感染するでしょう」

「これはあくまで比喩です。どうもワタシは、ニンゲンの性的な営みにある種の嫌悪感がありまして」

 朱草(しゅそう)玄天(げんてん)の言葉を脳内で変換してハッとした。

「まさか……、闇営業の妓楼ということですか?」

「その可能性は高いのでは? 粘膜からの感染だと、発症も速そうですよねぇ」

 通常、官吏の妓楼通いはご法度であり、迎え入れた妓楼側にもその罪は派生する。

 そのため、官吏の側近の中には、非公式に店舗を持たない妓楼を経営している者がいる。

 その実態は口にするのも(はばか)られるほど残忍。

 雇われている者の多くは、人攫いや人身売買によって連れてこられた人々であり、いわゆる、他者との繋がりが気薄(きうす)な者たちである。

 殺されても、探す人がいないのだ。

 性交渉の内容によってはひどく暴力的で残虐な扱いを受け、命を落とす者も多い。

 死体はもう使われていない井戸や山奥、湖などに遺棄され、見つかることはない。

 先帝の時に一斉摘発が行われ、一度は壊滅したかと思われた闇妓楼。

 しかし、人間はそう簡単に変われるものではない。

 密かに恐ろしい所業が続けられていたのだろう。

「いったい、どなたに話を聞けばいいのでしょうねぇ。さすがに、そこまではワタシにもわかりませんよぉ」

「どうして……」

糸口(ヒント)を差し上げたのか、ですか?」

「そうです。だって、あなたは敵でしょう?」

「そうですが、そうでもないかもしれないし、はたまた、気まぐれかもしれません。今回は、ただ、ニンゲンの醜悪さに耐えられなかったから、とだけお伝えしておきます」

 素采(そさい)が以前言っていた。

 禍人(まがびと)にはある種の倫理観がある、と。

「お礼を言った方が良さそうですね」

 朱草(しゅそう)は頭の中で繋がった(かい)に怒りを覚えながらも、助言をくれた玄天(げんてん)に少しだけ笑いかけた。

「おや? 誰に聞けばいいのかわかったのですか」

「ええ。これは、後宮にも関係ありそうです」

「後宮に? ふむ。もしあなたの気が向いたなら、どう解決したのか、教えてください」

「ええ。気が向いたら」

 朱草(しゅそう)は再び姿を消すと、空へと飛び立った。

 闇に手を染めた悪辣な人間に、裁きを下すために。


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