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第十一集:演舞

 (とどこお)りなくすべての儀式を終え、祝宴が始まった。

 楽人たちによる雅な演奏に、女官たちによる伝統群舞。

 とても華やかで楽しい空間で一人、寂しげな表情を浮かべている青年がいる。

「母上、大丈夫かな……」

 此度(こたび)冊封(さくほう)により皇太子となった棠梨(とうり)

 儀式には、皇貴妃(こうきひ)として参加する予定だった母が登場することはなく、代わりに皇后がその位置についていた。

 太監たちは何も教えてくれない。

 それに、友人である朱草(しゅそう)の姿も見えなかった。

 一緒にお祝いしてほしい二人がいない宴席では、あまり愉快な気分にはなれそうにない。

「皇帝陛下、皇太子殿下、ごきげんよう」

 声をかけてきたのは、禪貴妃の侍女頭であり、春雷(しゅんらい)隊副隊長の桜蓮(おうれん)だった。

「どうした? もしや、貴妃に何かあったのか?」

 姚黄(ようこう)が立ち上がろうと身体を動かすと、桜蓮(おうれん)はそっと手を前に出し、制止した。

「これより、新しく追加させていただきたい演目がございます。よろしいでしょうか」

 棠梨(とうり)は何のことかわからなかったが、姚黄(ようこう)は察したらしい。

「喜べ、棠梨(とうり)。この世で最も美しい舞が見られるぞ」

「この世で一番……、美しい、舞、ですか?」

「ふふふ。桜蓮(おうれん)、さっそく始めよと伝えてくれ」

「かしこまりました」

 桜蓮(おうれん)はにこやかに会釈をすると、衣擦れの音もたてずにその場から立ち去った。

 会場に流れている音楽が変化し、甲冑が擦れ合う音が響き渡る。

「……あれは!」

 会場へ入って来たのは、普段よりも幾分か身軽な格好の春雷隊。

 その顔は凛々しく、しなやかな体躯からは想像も出来ないほどの覇気を漂わせている。

 春雷隊が棠梨(とうり)たちが座っている高座の前につくと、まるで波が割れるように二手に分かれ、互いに見合うように立ち、剣を抜いた。

 英宰相の眉がぴくりと動く。

 その額には、汗が滲み始めた。

「これより、我らが隊長と、謎に包まれし女武侠(おんなぶきょう)による演舞を開始いたします!」

 剣が掲げられる中、美しい銀色の甲冑を身にまとった禪貴妃が、まっすぐと歩いてきた。

 英宰相は、今にも怒りで血管から血を吹き出しそうなほどその光景を睨みつけている。

「は、母上⁉」

 棠梨(とうり)は目の前に現れた女武将の姿に驚き、持っていた杯を落としそうになった。

「皇帝陛下、皇后陛下、そして、我が息子棠梨(とうり)。この度は、おめでとうございます」

 禪貴妃の包拳礼(ほうけんれい)は強く美しく、華麗。

 その時だった。

 天井から、漆黒の甲冑と、銀仮面を身に着けた女武侠――朱草(しゅそう)が、宙返りしながら降ってきたのは。

「お相手いたします。小紅(しょうこう)隊長」

「望むところです」

 春雷隊の隊員たちは桜蓮の号令で剣を鞘におさめ、その場で跪いた。

 そして、禪貴妃が振り下ろした一太刀により、演舞が始まった。

 曲が激しくなる。

 禪貴妃が突き刺すように差し出した剣の上に飛び乗った朱草(しゅそう)は、後方宙返りしながら剣を蹴り上げ、禪貴妃から武器を奪う。

 禪貴妃は好戦的に微笑み、隊員から弓を受け取ると素早く朱草(しゅそう)目掛けて射った。

 それを朱草(しゅそう)は空中で弾き、着地。

 宙を舞う禪貴妃の剣の持ち手を蹴り飛ばし、反撃。

 禪貴妃は回転しながら剣の飛ぶ勢いを殺しつつ手におさめ、弓を隊員に投げて返し、再び構える。

「さすがは貴妃。猛々しくも流麗で華がある。あの女武侠も、よくついていっているようだ。ふむ、いったい誰なのか……」

 姚黄(ようこう)は身を乗り出して魅入っている。

 その横で、棠梨(とうり)は目まぐるしく場面が変わっていく演舞の激しさと華麗さに、顔を紅潮させながら手に汗握っている。

「す、すごい……。母上が剣術の達人なのは知っておりますが、それについていくばかりか、反撃までするあの武侠は何者なのでしょう」

女子(おなご)を敵に回してはならぬということがよくわかるな、棠梨(とうり)

「はい。全く同意見です」

 一進一退の攻防が続いた演舞は、禪貴妃と女武侠の剣が交わり、火花が散ったところで大団円となった。

 割れんばかりの拍手と感嘆の声。

 禪貴妃は立ったまま、朱草(しゅそう)は跪いて、ともに高座に向かって包拳礼(ほうけんれい)をし、隊員たちと共に退出した。

 しばらく歩き、控室へ着いてから朱草(しゅそう)は仮面をとった。

「ど、どうでしたでしょうか……、わあ!」

 仮面を置く間もなく、いきなり禪貴妃に抱きしめられた。

「とっても素晴らしかったわ、朱草(しゅそう)! あなた、本当に強いわね! 怪我をしているのに、上出来よ」

「あ、ありがとうございます」

「春雷隊へ入れるのがもっと楽しみになったわ」

 禪貴妃の言葉に、朱草(しゅそう)は目を輝かせ、「精進いたします!」と頭を下げた。

「さぁ、汗を拭いて着替えたら宴席へ行って何か食べましょう。棠梨(とうり)が待っているわ」

「はい。あ、でも……」

「そうだったわね。英宰相のせいであなたの装束は残念なことになっているんだった」

 そのとき、桜蓮が一着の装束をもって現れた。

「貴妃様、朱草(しゅそう)にはこちらを着せましょう」

 それは禪貴妃の侍女たちが着ている薄荷色の装束と同じ色味の、男性用の深衣(しんい)だった。

「まあ! 棠梨(とうり)のじゃない。これ、私も好きなのよね。朱草(しゅそう)が着たらあの子も喜ぶわ」

「え、い、いいのですか?」

「もちろんよ。ちょっとだけ紐で丈を調節すれば、充分着られるわ」

「ありがとうございます!」

 朱草(しゅそう)は侍女たちに手伝ってもらいながらそれを身に付けると、桜蓮に「ううん、髪も男性的な結い方の方が美しいわね」と、後頭部の真ん中あたりで上半分の髪をまとめて結う髪型にしてもらった。

 (かんざし)も、華美なものではなく、凛とした雰囲気の銀のものをさしてもらった。

「やだぁ、素敵! 可愛い子の男装ってときめくのよねぇ」

「あ、ありがとうございます」

 侍女たちの目が、どこか色めき立っており、少し居心地の悪さを感じながらも、とても格好いい姿にしてもらい、まんざらでもない朱草(しゅそう)

 支度の終わった禪貴妃の後に続き、控え室から出ると、空はオレンジ色に染まり始めていた。

 涼しい風が心地いい。

 なんとなく、心に浮かんだのは、素采(そさい)の笑顔。

 先ほどの朱草(しゅそう)と、今の朱草(しゅそう)

 見て、どう感じてくれるだろうか。

 少しの不安と期待が、胸を高鳴らせた。


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