《短編》ちょいたし令嬢のおいしい牢屋生活
*日間ランキング1位・週間ランキング1位ありがとうございます!(2023/5/8~12、コメディ)
*主人公はツェリシアはぼーっとした性格なので、おしゃべりなドロシー寄りでお送りします。
*活動報告にレシピをUPしています。今後増えます。
*続編『ビジュエルディアの嫌がらせ王子』→『嫌がらせ王子と眠れる公女』(2023/06/06 6時投稿予定)を書きました!
「ドロシー?」
鈴を転がしたような声が、ドロシーの名を呼ぶ。むだに顔がいい牢屋番のグレイソンが吐きそうな顔でこちらを見ている。
しかし、そのとき彼女の脳内では爆発が起きていた。
口に出せないあの食べもの。まさかこんなにもおいしいものだったなんて。ヒトが食すものではないとされている、古代聖女が持ち込んだ穀物。火を通さずに食べるなんて考えられない卵。そして、同じく聖女の暗黒液と呼ばれる調味料。それぞれが調和して、恐ろしくおいしい……!
(これが嫌がらせ? 殿下は食べたことがないから知らないのだわ)
いや違う。──「私はこの味を知っている」?
2つの目のような光が迫ってきて──。ぎゅっと目をつぶる。
「ドロシー、ドロシー?」
「はっ!」
荒く息をしていたドロシーは、公爵令嬢ツェリシアが背中をさすってくれていたことに気がつく。
「も、申し訳ございません……! お食事を分けていただいただけではなく、ツェリシア様にこのようなことを……」
「あら、いいのよ? どうかしら? 他の方はみな口に合わないそうなのだけれど……」
「たいっっっっっっっ」
「タイ?」
「へん、おいしゅうございます……!!!!!!」
ドロシーは、ツェリシアの手を取った。その新緑のような目は、いつになくきらきらとしており、ふだんのおどおどした態度とずいぶん変わったことにツェリシアはとまどっているようだ。
(前世のことは言えないけれど……)
「ドロシー? なにか言った?」
「いいえ、いいえ。お嬢さまの貴重なお食事ですのに、あたしが分けていただいていいのですか?」
「ええ、もちろん。わたくし、お料理をするのが大好きなの」
ツェリシアはふわりと微笑んだ。
「ああ……」
ドロシーは遠い目をした。
ここは貴族牢。広いしきちんとした寝台やテーブル、書き物机や湯浴みができる場所まであるのだが、公爵令嬢であるツェリシアが入るべきところではない。
(でも……。これが、彼女の、チェリー様のためなのよね)
"前世”を思い出したドロシーは、ぐっと拳を握る。ここは、乙女ゲーム『ビジュエルディアの宝石公女』の世界なのだから──。
『ビジュエルディアの宝石公女』は、十六王国物語のなかでも新しく発売されたほうだ。ヒロインは悪役令嬢ツェリシア(通称チェリー)。破綻している。だが、"悪役令嬢”として主人公が婚約破棄されるところからはじまる物語なのである。
(ふふ、あたしは知っているのよ。グレイソン。むだに顔がいい牢屋番だと見せかけて実は高貴な人なのだということを──!)
ドロシーはにんまりと笑った。
(でも、TKGの良さがわからないなんてちょっと減点だわ……)
TKGを楽しむ二人を虫を見るような目で眺めているグレイソンを一瞥して、ドロシーは思った。
(? TKGを作れるということは、もしかしてお嬢様も……!)
「転生者なのですね!!!!」
「どうしたのドロシー? テンセイシャって何かしら?」
「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁ」
「テンセイシャってなにか、どこかで聞いたような……」
ツェリシアお嬢様がこてりと首をかしげる。
(……っ美しい!)
声にならない叫びが漏れた。
ふわふわとした銀髪は腰まであり、よく手入れがなされてつやつやだ。ぱっちりとした猫のような瞳は、アメリカンチェリーのようなお色。──なお、公式サイトでは柘榴石の瞳とあったが、ドロシーは食いしん坊なのである。
一見すると気の強い美少女といった顔立ちだが、そのせいかくは極めておっとり。しかしながらきゅっとくびれた腰にふんわりマシュマロボディ!
「ドロシー?」
「あああああお嬢様申し訳ございません。少し考え事を」
「ふふ、なんだか今日のあなたは違う人みたい。でも、お友だちとお話ししているようでうれしいわ」
「お嬢様ぁぁぁぁ」
ドロシーは思わず主人に抱きついていた。
そのとき、しんと部屋の温度が下がったような錯覚を覚えて振り向く。
「貴様ら、何をしているんだ」
(ひいいぃぃぃぃ、馬鹿殿下!)
扉から覗いているのは、この国の王太子であり、つい先ほどまではツェリシア様の婚約者だった男だ。きらめく金髪。アメジストのような瞳。黙っていれば美しいのだが──。
「ふん、差し入れを持ってきてやったぞ? 牢にいては食することなどできぬ甘味だ。感謝するんだな」
貴族牢は、高貴な人を収監するための場所。
部屋自体はかなり広めの客室のような形である。だが、扉だけは普通ではない。上部には鉄格子が嵌められており、室内に入らずとも様子を窺うことができる。そして下部には猫の潜り戸のような扉が設けられており、外側の鍵を開ければ物のやりとりができる。
王太子キースグリムは、その扉を開けてこちらにお盆を差し入れた。精緻な細工がほどこされた硝子の器だが、そこに乗っているのは一口大に砕かれた氷。ドロシーは絶句した。
「泣いていると思ったのだが、涙のひとつもこぼさぬとは……。せいぜい氷でも舐めているがいい」
キースグリムは嫌な笑みを浮かべると去っていった。
「──あの、ツェリシア様、大丈夫です?」
扉の外からむだに顔のいいグレイソンが声をかけてきた。
「ええ、もちろん! だってわたくしにはスキルがありますから。大丈夫ですよドロシー、これもおいしくできますからね」
ツェリシア様はにこにこして言った。
「ギフト"ちょい足し”」
ツェリシア様のアメリカンチェリー色の瞳に、きらきらと星のような光が散る。
目の前にはタブレットを透明化したような魔法石板が出てくる。そしてツェリシア様は、ネットスーパーで買いものをするかのように、ポチポチとタップしたりスワイプしたり……。
しばらくすると、書き物机の上に、明らかに日本製と思われるかき氷シロップ、かき氷機、そして練乳が出てきた。
(こんな展開ゲームになかったぁぁぁぁ)
「まあ、かわいい。牛さんの絵柄ですね」
ツェリシア様が練乳の入ったチューブを持っておっとりとほほ笑む。
「では、少しお待ちくださいませ」
ツェリシア様は優雅にカーテシーをした。
この世界には、いや、この国周辺だけなのだろうか。ギフトが存在する。すべての国民に与えられるわけではなく、しかも、あったとしても大抵が秘匿する。過去にギフトを巡っての争いがあったからだとか。
ここまではゲームと同じで、ツェリシア様のギフトはたしか癒やしに特化したものだったはずなのだが……。ちなみにむだに顔がいいグレイソンのギフトは氷結。王太子キースグリフは神雷である。
いくら記憶を辿ってみても、ドロシーにはなんのギフトもないようだ。
(──なんでだよう~。転生者特典は? チートは……)
ドロシーは半泣きになった。
「さあ、できましたよ、ドロシー、グレイ」
目の前には三色のかき氷が並んでいた。
「オレも食べていいんすか?」
むだに顔がいい牢屋番は、ふつうに鍵を開けて入ってきたかとおもうと、どかりと座ってかき氷を食べ始める。
「正直さっきの飯は食べる気がしなかったけど、これはうまそう」
「ほほほ、ひんやりしているわ。キース様の素敵な贈り物がうれしい」
(素敵な贈り物って)
ドロシーは呆れたが「練乳たっぷりめでお願いします」とツェリシアに告げた。
「ええ、よくってよ」
「それにしても、姫さんのギフト変わってますね」
グレイソンが言う。
「ええ。でもちょうどよかったわ。わたくしの食事、誰も用意してくれないんですもの」
「──え?」
(ゲームと、違う?)
ドロシーは思ったがなんとか口を押さえた。
「お腹がすいてどうしようもなくって。そのとき、厨房の片隅でごはんを見つけたの。みんな悪魔の穀物だと言って食べないでしょう? そうしたら頭の中にギフトの名前が浮かんできて、──あとはどうすればいいか自然にわかったのよ」
「へえ。置かれた環境で開花したギフトなんすかねぇ」
訊いておきながら、大して興味がなさそうにグレイソンが言った。
すでにかき氷は空っぽだ。
「王太子の嫌がらせがあってよかったっすね。昼間に米だけ持って現れたときは驚きましたが……」
「そういえば、支払い? 等価交換みたいなものはないんですか?」
ドロシーはふと思いついて尋ねた。ツェリシアははっと口元を押さえて「まあ、大変!」と叫ぶ。
そして、先ほどの魔法石板のようなものを出し、まだ手をつけていなかった彼女の器から、スプーンひとすくいのかき氷をそこにかけた。
「ええええええ」
「ごめんなさいね、チョイさん。遅くなったけどお味見をどうぞ」
「チョイさん?」
「ええ。わたくしのギフトの名前よ。こうして味見をさせてあげることだけで、材料や道具の提供をしてくれるの。そして、それがおいしいほど、難しい料理にも挑戦できるようになるみたい!
ただ、ここ数年はおなかいっぱいでギフトを使う機会がなかったものだから……。難しい料理はあまり挑戦できないのよ」
「炊飯器とかも保存できるんですね」
「ええ! チョイさんは素晴らしいのよ! 次回も使えるものは保管しておいてくれるわ。それに余った材料は時間停止した状態で置いておいてくれるの」
魔法石版が赤くなり、湯気のようなものが見えた。
「じゃあ、たとえば今なにか出してもらうことはできるんすか?」
ツェリシア様はふるふると首を振る。
「0から何かを出すことはできないのよ。必ず料理の核となる材料が必要なの。でも、逆にそれさえあれば、それにちょい足ししていく形になるわ。だから、メインディッシュもスープもお出しできなくてごめんなさいね」
ちなみに、初回に出てきたのは日本製の炊飯器(魔法石版への充電式だ!)であった。
それからも王太子の嫌がらせは続いた。
一日目の夕食は米と卵、デザートが氷。二日目は代わり映えのしないものだった。
二日目。
朝昼晩と米と卵が続いた。
初回はシンプルなTKG、
次は卵黄、バター、おかかに醤油を垂らした濃厚系のTKG、
白身をメレンゲ状にしてごはんに混ぜ込み、卵黄と醤油をあとからかけたTKG、
それからわさび、ごま油、鶏ガラスープの素を混ぜたさっぱり系のTKG……。
三日目の朝。
ふたたび届けられる卵。
たっぷりの揚げ玉、刻みネギ、めんつゆ、マヨネーズでたぬき風TKG。
ここまでツェリシアがたくさん工夫をこらしていたが、ドロシーはすっかり飽きていた──。
「ううう……野菜が、野菜が食べたい……」
「まあ、どうしましょう。そうよね。美容面が気になってきてしまうわ」
ツェリシア様がおろおろしている。
ちょうどお昼時である。また"奴”がやってきた。
「野菜が食べたいだと? ちょうどいい。これを差し入れてやろう」
(……はかったようなタイミングで来るけれど、見張ってるのかしら)
「ぐっ」
グレイソンが口と鼻を覆う。
いつもどおりの米。卵。
そしてそこにはキムチがあった。
これも古代聖女シリーズの食べ物である。国内では一部の者にしか食べられていない。
「まあ」
ツェリシアは目を瞬かせる。
しかし、このような嫌がらせは問題にならなかった。チョイさんにかかれば、電子レンジにピザ用チーズ、さっき使っためんつゆが出てきて──。
「ああ、キムチTKG……。辛いのも恋しかったです」
「そうね。わさびとはまた違った辛さがあるわね」
「──オレは絶対に食いませんからね」
牢生活とはいえ、とても快適な時間を過ごしていた。扉から寝台は見えないようになっているため、せっかくだからツェリシアにマッサージをほどこした。前世のドロシーは美容オタクで、マッサージからメイクまでひと通り探究していたのである。
「でも、暇ですね……」
「ええ。チョイさんは、あくまでも料理に必要なものしか取り寄せられない。食べものや調理器具以外はむずかしいでしょうね」
チョイさんは詠唱していないのに勝手に出てきて、ぺこぺこと謝っている。タブレットに酷似したなにかがぐにゃぐにゃ曲がっている様子は気味が悪い。
「そうだ、料理本はどうですか?」
ふと思いついた。
「料理本?」
「ええ。料理にまつわるものだったら出せるのでしょう? 核となる食材じゃなくて、料理を調べるものだったらどうでしょう? たとえば、核となるものを、真っ白なメモ帳にします。ここにレシピを書いていくために出してもらうとか」
「チョイさん、お願いすることはできる?」
チョイさんは困ったように後退りした。確かにドロシーもいささか強引すぎるような気がしていた。
ツェリシアがうるうると見つめる。無言の攻防が続き、しかし、しばらくして決意したようにピンとまっすぐになった。
そこからはとても快適だった!
はじめは生真面目に料理本を出してもらっていたのだが、「おいしいごはんが登場する物語はどうかしら? ──もちろん、どんな料理が出てきたかメモするわ」とツェリシアが尋ねたのを皮切りに、グルメ小説が出てきた。
「それにしても、ここの寝具は固いですねえ。クッションがほしい」
ドロシーは言った。そしてふと思いつく。前世で食べものモチーフのクッションがあった! ツェリシアを部屋のすみに連れて行くと、こそこそと耳打ちをする。
「あの、チョイさん? わたくしたち、れしぴのーとを作ろうと思っているの。ええ、このメモ帳を使ってね。そこにイラストをちょい足ししたいのだけれど……。食べものモチーフのクッションなどは出していただける?」
こうした攻防が夕方まで続いた。
そしてついに、ドロシーたちはスマホを手に入れたのである。「レシピノートをつくるためのレシピ動画」で押し切った。
メールやSNSといった外部とつながる機能は使えないようだが、動画やレシピサイトを見ることはできた。食べものが出てくるもの限定ではあったが、日本を含むもとの世界の映画も観ることができる。
ツェリシアとドロシーは、広い寝台に寝っ転がって映画鑑賞にふけった。
こうしてツェリシアと侍女ドロシーの牢屋生活はどんどん快適なものになっていったのである。
「ふん、今夜はこれでも食んでいろ」
夜になってまた奴が現れた。
ドロシーはいらっとした。それがたとえばレタスだとか、トマトだとか、生で食せるものならいいのだが、いつもの米・卵に加えて、ごぼうだったのである。
「うう……非情な方だ。なんだって木の根なんか」
グレイソンが目を背ける。土がたっぷりついた立派なごぼうだが、そういえば国によっては食べないのだった。
ツェリシア様はぱちぱちと瞬きをしていたが「ああ、これは昔そのままかじったことがあるわ」と言った。
すでに経験者だったようだ。
「義妹がくれたのよ」
(間違いなく嫌がらせだわ……)
ドロシーは気の毒に思った。
(義妹って、このゲームの"ヒロイン(悪)”のことよね。あの子こそ、今考えると転生者のような気がするのだけれど……)
「でもね、せっかくくれたのだけれどおいしくなくって……。土もついていたしね。でも、チョイさんがいたら食べられるのではないかしら」
そうしてしばらくチョイさんとにらめっこしていたツェリシア様の顔がぱあっと輝いた。
「まあ! いろいろなお料理に使えるのね。あら? なんだか作れるものが増えているわね? ──たくさんの"れしぴどうが”を観たからかしら? なるほど。経験値が貯まったそうよ」
ツェリシアがチョイさんからのお告げを口にするが、意味はよくわかっていなさそうである。
「そうね、今日はそろそろ皆さんも飽きたと思うから、卵をそのままごはんにかけるのはやめて焼いてみましょうか」
「卵焼き……」
「そうよ」
「──えー、姫さん、他のもあるんだったらさっさと作ってほしかったっす」
「グレイ、無礼すぎ!」
ドロシーたちの掛け合いを見て、ツェリシアはくすくすと笑った。
「ごめんなさいね。わたくし、TKG?しか作ったことがなかったのよ」
その日は、シンプルな甘い卵焼きと、ほかほかごはん、それからごぼうの煮物だった。
チョイさん自らが書き物机の上にびろんと広がると、IHコンロのようになった。
卵焼きは、卵3個を割って、よく解きほぐし、白だし少しと、少し甘めになるように砂糖は大さじ1(もちろんすべての道具はチョイさんが出した)。だいたい50ccずつになるように入れていくとちょうど3等分になる。
ドロシーだったら適当にやってしまうが、ツェリシアは初めて挑戦する料理だからと、チョイさんを通して頭の中に浮かんだレシピらしきものに忠実に、とても慎重に進めていた。
ごぼうの煮物は、ごぼうだけになるかと思いきや、チョイさんが人参、ひじき、油揚げ、こんにゃくも出してくれた。すべて食べやすく切って、炒め、白だしと水で味つけ。
「仕上げにこれを振りかけるといいのですって」
ツェリシアが取り出したのは七味唐辛子だった。
「あああ……生き返る~ お味噌汁も飲みたいです」
「──ふん、この腐ったものでも食っていろ!」
扉から豆腐と納豆が差し入れられた。
ドロシーはまだ知らない。
確かにゲームと酷似した世界ではあったが、いろいろなことがすでに変わっていたことを。
そして、嫌がらせ王子が本当は悔しい思いをしながら愛する少女を守るために道化を演じ、閉じ込めているのだということを。
ちょい足し令嬢のおいしい牢屋生活は、まだもう少し続きそうなのだった。
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