・「氷の世界」とおじさん、の巻
「…サラリーマンは上司からの評価が全てです。
上司(我々)の目の届かない所で、同僚(我々)の知らない仕事をやっていたとしても、会社(我々)に評価されなければ、あなたは働いてないのと一緒なんですよ。
…お分かりですか、片平課長代理?」
わたしの正面。専務の隣の席に座っている総務部の新課長にして、我が社の『期待のホープ』。29歳の元高校球児、岡康徳は長机に両肘をついたまま、気味の悪いニタニタ笑いをその顔に浮かべながら、わたしに言った。
8年前。
こいつがこの会社でまだ試用期間中だった頃、管理部内でわたしが会社のイロハを教えてやった時には、少なくともこんな顔をする男じゃなかったハズだ。
しかし、最もわたしの心を支配していたものは、わたしに対する岡の裏切りへの悲しみと怒りでもなく、会社を思いのままに牛耳る専務に対する緊張感でもなく、ましてや専務主導で開かれたこの『査問会』なるものに対する疑問でもない。
『____笠原は今どこにいるんだ?』
学生時代からの親友で、わたしの入社同期。営業部部長の笠原和男が、今この査問会の場にいないことが、わたしの心を冷たく凍てつかせていた。
他の部長クラスの面々は、皆嫌々ながらも、専務の開いたこの査問会という名の弱い者いじめに参加している。中には岡のように、ニヤニヤ笑っている者もいた。
『ああ、あそこにああしているのが、自分じゃなくて本当に良かった』
そんな顔でわたしを見ている者もいた。
わたしは、会議室の閉ざされたドアを横目に見ながら、心のなかで叫んだ。
『____助けてくれ笠原。頼む、助けてくれ!!』
…しかし、わたしの願い虚しく笠原は、査問会には最後まで現れなかった。
弱い者いじめの査問会が終わる頃には、わたしの中の『社への信頼』は悉く消え失せ、わたしの心の中は、ただ凍てつく風が吹き荒ぶばかりになっていた。
続
『岡』は実際の人物団体等とは一切関係ありません。