戦場のリアリスト 1
こうして、京平の残りの異世界生活の大半は野球に消えるかと思われたが、そうは問屋が卸さなかった。
現世に還る日を翌日に控えた朝。目覚めた京平がいつものように食堂へ向かうと、そこには誰かと話し込んでいるジェノの姿があった。後ろ姿しか見えないその話し相手は、見覚えがあるような気もするが思い出せない。そして、いつもなら騒ぎながらジェノと朝食をとっているマリエラとティファナの姿はない。
「ああ、ニワ。悪いが今日はヤキュウは無しだ」
京平に気付いたジェノが顔を上げてそう言うと、話し相手もつられて振り返った。厳しい表情を一瞬緩めて会釈したその人物は、確か冒険者ギルドを見学した時に受付にいた女性で、名前はエルザだ。
「あ、はい……」
とりあえず頷いた京平だったが、ジェノはとっくにエルザとの会話に戻っていた。その険しい表情に胸騒ぎを覚えないではなかったが、自分に出来ることもない。二人の様子を気にしながら、用意されていた朝食に手をつける。
暫くすると、ガチャガチャと金属の音を鳴らしながらマリエラとティファナがやってきた。二人とも既に鎧を着込んでいる。マリエラは前回同様のフルプレートだが、ティファナの鎧はそれよりかは金属の量が少ない。どちらかと言えばレリーのハーフプレートに近い感じだ。そして何より目を引くのが彼女の携えている武器である。広刃の如何にも凶悪そうなグレートアックスを手にしているだけでなく、同じ物をもう一本背中に担いでいるのだ。
「おはようございます、キョウヘイさん」
「キョーヘーさん、おはよーっす」
ティファナの姿に軽く引き気味の京平だったが、二人は気付かなかったのかいつものように声をかける。だが、京平が返事をする間もなく、すぐにジェノ達の会話に加わってしまった。暫く四人は深刻そうに話し合っていたが、やがてエルザが立ち上がり深々と頭を頭を下げる。
「それでは皆さん、よろしくお願いします」
「ああ、出来る限り何とかするさ」
ジェノが片手を上げてそう答えると、エルザは少しだけホッとしたような表情を見せた。
「アタシらが行くんで大丈夫っすよ。大船に乗ったつもりでいてくださいっす」
ティファナが笑いながら言うと、マリエラも微笑みながら頷いた。
「はい」
「王都の連中には龍の巫女がブチ切れてたとでも言ってやれ。高くつくぞって」
「ええ。オブラートに包んでお伝えしておきます」
エルザは少し笑顔を取り戻すと、もう一度軽く頭を下げ去っていった。その背を見送ったジェノ達は、すぐに厳しい表情に戻る。
「とは言ったものの、どうしたもんすかねぇ……」
「……使いの人が村を出てから一晩経っている訳ですもの。最悪の状況、という事も考えられますわね」
「まあ、とにかく行くしかないだろう」
そう言って立ち上がったジェノと、京平の視線が合う。
「あの、何かあったんですか?」
タイミングを計っていた京平が、これ幸いと声をかける。
「ああ、仕事が入った。だから今日は……」
ジェノが不意に言葉を切った。改めて京平をしげしげと見つめている。
「……ついて来い。お前にリアルな現実ってやつを見せてやる」
それはもはや強制だった。京平の返事を待たずして、ジェノはマリエラ達に指示を与えている。
「マリエラ、ティファナ。ニワの準備を手伝ってやれ。この前のナオエみたいにガチガチに固めておけば死にはせんだろ」
最後の一言に恐怖を感じた京平だったが、こうなってしまっては反対のしようもない。マリエラ達に促されて食堂を出る。
「表で待ってる。ニワの準備が出来次第出るぞ」
その背にかけられたジェノの言葉に、京平は少しばかりの焦りを感じた気がした。それはマリエラ達も同じだったのだろう。倉庫につくなり、早速京平の準備に取り掛かる。
「とにかく防御力重視でいいってことっすよね?」
「ええ、でも、重武装は難しいかもしれませんわね」
二人の視線が京平の体に突き刺さる。マリエラに言われるまでもなく、筋力には自信がない。
「じゃあ、やっぱりこのあたりっすよね」
ティファナから銀色に輝くチェインメイルが投げ渡される。受け取った京平は、その軽さに驚きを隠せない。
「ミスリルだから、動きやすいっすよ」
着てみると、厚手のジャンバー程の着心地しかない。確かにこれなら動きが阻害される事もなさそうだと、京平のテンションも少し上がる。
その後もマリエラ達は、指輪、マント、手甲等々、次々とマジックアイテムを手渡してくる。京平はそれらを渡されるがままに装備していった。
「……どれだけ付けるんですか?」
その量の多さに思わず問いかけた京平を、マリエラは真剣な眼差しで見つめながら答えた。
「勿論、付けられるだけですわ」
そう言いつつさらに数点のアイテムを追加してくる。マジックアイテムのクリスマスツリー状態になった京平は、感動を通り越えて呆れてしまっていた。
「どれだけバフ掛かってるんだよ……」
一般人なのだから万全を期すに越したことはないのだろうが、それにしても付け過ぎだろうと思う。魔力感知の呪文を使われたならどのように見えるのか、気になって仕方がない。
「うん、こんなもんすかね」
一通りコーディネイトが済んだ京平を見て、ティファナが満足そうに頷く。
「ええ、いいんじゃないかしら」
マリエラも頷く。
「じゃあ、最後は武器っすね。得意武器はないっすか?」
人生において聞かれる事があるとは思ってなかった質問の一つである。
「ない、ですね」
「元の世界でも?」
「ええ、まあ。そもそも武器自体が必要なかったですし」
少し不思議そうなマリエラ達。戦闘が生活の一部になっている彼女にしてみれば、そもそも武器が不要という世界が想像つかないのだろう。
「……じゃあ、ばっとに似てるクラブとかがいいっすかね?」
別にバットで人を殴ったりはしない、と思った京平だったが口にはしなかった。
「魔法のクラブなんてあったかしら?」
「探せばあると思うっすけど……面倒っすね。メイスでどうっすかね?」
「メイスなら滅殺のメイスがどこかにあったと思うのですけど……」
そう口々に言いながら倉庫中を引っ掻き回していた二人だったが、やがてどちらからともなく諦めたようなため息をついた。
「……まあ、キョーヘーさんが攻撃する事なんて多分ないっすよね……」
「ですわね」
二人は顔を見合わせると、最後に手にしていた武器を京平に差し出した。小振りの剣と斧だ。
「好きな方使ってくれたらいいっす」
投げやり気味に言うティファナに促された京平は、剣を手に取った。
「それでは、参りましょうか。ジェノ様も待たせていることですし」




